第二十三話 脅すより『損得』ですわ
「偽物の出どころは、まだ掴めておりませぬ」
カールス将軍の低い声が、執務室の空気をわずかに震わせた。カールスは無骨な指で一枚の紙をつまみ上げ、そのまま私の机の上へ置いた。
「ただ、今朝から市場のあちこちで『やけに新しい券だ』という噂が立ち始めております。兵の家族の手にも、何枚か紛れ込んでおりました」
机の上の紙は、一見すればただの帝都商品券。
だが、指先で撫でると紙肌がわずかにざらつき、印刷の線が少しだけ太い。
私の視界に新しい表示が浮かぶ。
【偽造商品券・初期分析】
・紙質:本物よりやや粗いが、庶民では判別困難
・印刷精度:高(街の印刷所レベルではない)
・記載情報:『帝都支部・第二印刷所』など、もっともらしい虚偽
・評価:腕はある/頭はそこまで良くない
(なるほど。真似をするなら、本当に存在する肩書きにしておくべきでしたのに)
「捕まえますか?」
「いいえ、まだですわ」
私は偽の商品券をつまみ上げ、光に透かして眺めた。
「ここで慌てて『偽物は使えません』と触れ回れば、商品券そのものへの不信が広がりますわ。せっかく育ってきた信用を自分で壊すのは愚策ですもの」
「では、どうなさるおつもりですか?」
「簡単なことです。『偽物ごと買い取る』のですわ」
◇
翌日、帝都中央市場。
広場の一角に急ごしらえの台を据え、私はそこに立っていた。通商連合の制服を着た事務員たちと、帝都特別財政監査局の官吏たちが左右に控えている。
「本日より『帝都商品券・第一期券』の刻印確認、及び交換を行います!」
ミリアの張りのある声が、拡声の魔導具を通して広場に響いた。
「偽物が出回っているという話も聞こえておりますが、ご安心くださいませ。今、お手元にある券が本物であれ偽物であれ、今日から三日間は、すべて等しく正券と交換いたします」
ざわっ、と人波が揺れた。
【市場の反応】
・「損をせずに済む」と安堵:多数
・「今のうちに偽券を混ぜたい」と企む者:少数
・「そもそも偽物を作った奴は震えている」:確定
・評価:十分に捕まえる餌場になる
「ただし交換の際には、名前と住まい、それから受け取った店の場所を一つ残らず書いていただきますわ」
エリアスが思わず小声で呟く。
「……かなり手の込んだ網ですね」
「網は広く薄くですわ。細かく張りすぎると自分たちの手も動かしづらくなりますもの」
交換用の窓口には、すぐに列ができた。
商人、労働者、軍の兵士。手にした商品券を何度も見比べながら、ひそひそと話す声があちこちから聞こえてくる。
「ユーフェミア様、あそこの人……」
ミリアがそっと袖を引き、小さく指さした先に、分厚い束を持った男が落ち着きなく足を踏み鳴らしていた。
【商品券の束を抱えた男】
・職業:両替屋
・所有券の内訳:正券:偽券=3:7
・心境:「今なら全部本物に変えられる」と算盤を弾きつつ、「どこでバレるか」も恐れている
・評価:偽札の入り口に一番近い扉
「良いですわね。まずは入口からですわ。ミリア、あの方はあとの時間帯に窓口へ通して。列の整理という名目で構いませんわ」
「は、はい!」
◇
帝都財政監査局・取調べ室。
「じ、自分は何も知りませんよ! ただ、客が持ち込んだ券を両替しただけで……!」
両替屋の男が、額に汗をにじませながら必死に言い訳を重ねていた。
「もちろんですわ。最初からすべて知っているなどと思ってはいませんことよ」
私は静かに首を振り、机の上に二種類の商品券を並べる。
「ただ、偽物がどこから流れ込んでいるかぐらいは、ご存じでしょう?」
「っ……」
男の目がわずかに泳いだ。
【両替屋・簡易分析】
・嘘をつく技量:低
・金勘定の正確さ:高
・自分の身を守る優先度:高
・評価:脅すより『損得』で話した方が早い
「では、こういたしましょう」
私はペンを手に取り、さらりと一行書き付ける。
「本日、ここであなたが正直に話した場合、『偽券を知らずに扱った最初の協力者』として扱いますわ。交換した偽券分の責任は半分にして差し上げます」
「半分……?」
「ええ、黙って逃げようとして捕まった場合は『共犯』扱いですから全額ですわ。場合によっては、それ以上」
「……」
沈黙。男は目の前の紙と、自分の指をじっと見つめていた。やがて諦めたように肩を落とした。
「……印刷は北区の裏通りだ」
「詳しく聞かせてくれませんこと?」
口を開いた男から流れ出た情報は予想していたよりも素直だった。商人たちの間で昔から噂されていた「仕事の早い印刷屋」。帝都の官庁にも名目上は出入りしているが、本業は別にあると。
◇
北区・裏通り。
路地を抜けた先に、小さな二階建ての建物の前で、私は足を止めた。表向きの看板には『遊戯用カード・広告印刷承ります』と控えめな文字。
【北区某印刷所】
・登録上の主な取引先:帝都官庁・一部貴族家
・実際の売上:三割が合法印刷/七割が裏仕事
・主な裏仕事:密輸用の証紙/借用証文の改竄/そして今回の偽商品券
・評価:潰すには惜しい。使い方次第で主力工場
「表から行くのですか?」
エリアスが静かに口を開いた。
「ええ、堂々と」
私は扉をノックもせずに開ける。
紙とインクの匂いが鼻をくすぐる。奥では、インクまみれの前掛けをした男がこちらを振り向き、目を見開いた。
「き、客かい? 今は立て込んでて――」
「クラウストラ通商連合代表、ユーフェミア・クラウストラですわ」
私が名乗った瞬間、男の顔が青ざめていく。
【印刷職人】
・技術:A
・倫理観:C
・ここ数日の睡眠時間:少なめ
・評価:指先は優秀/頭の使い道は今から矯正可能
「お忙しいところ失礼いたしますわ。少々、刷っていただきたいものがあって参りましたの」
私は懐から本物の商品券と、偽の商品券を取り出し、並べて見せた。
「こちらと、こちら。どちらが出来がよろしいかしら?」
「……っ」
男の肩がビクッと跳ねる。
「お、お嬢さん……いや、代表殿。仮にだ、仮にだぞ? こっちの出来が良いとしたところで、それを刷ったのが俺だなんて一言も言ってないからな?」
「そうですの? 残念ですわ。とても良い仕事でしたのに。線の太さ、インクの乗り方。少なくとも帝都官庁の印刷所より、ずっと腕が良いのに」
「…………」
男の頭上の文字が変わる。
【印刷職人】
・感情:若干の誇らしさ/それ以上の恐怖
・逃亡ルート:裏口から路地経由で三通り想定済み
・評価:褒めてから逃げ道を塞ぐのが最も効果的
「逃げるなら今ですわよ?」
わざと、そう告げる。
「ただし、その場合――」
私は入口の方へ視線を流した。
すでにカールス将軍の部下たちが路地の両端を押さえている。
「帝都で唯一『本物と見紛う偽札が刷れる職人』として、追われることになりますわね。帝都を出ても、大陸中の通商連合の支部に、あなたの名前を回して差し上げます」
「……脅しか?」
「事実ですわ」
男はしばらく顔を歪めていたが、やがて、がくりと腰を落とした。
「俺に、どうしろってんだ……」
「簡単ですわ。今日からここは本物の『帝都支部・第二印刷所』になりますの」




