第二十一話 真の支配はこれからですわ
帝都再建六日目:最初の見せしめ。
最初の『血祭り』は、思ったより早く訪れた。
架空の兵站費を計上し続けていた中級官吏が、監査局の命で拘束されたのだ。役所の前で衛兵に腕をねじ上げられた男は、真っ赤な顔で叫ぶ。
「ば、馬鹿な! これは昔からの慣例だぞ! どこの部署でもやっていることだ!」
「ええ、ですから、その『昔からの慣例』ごと整理して差し上げますの」
私はバルコニーから見下ろし、冷静に告げる。
「あなたが流用した金の一部と自宅の地下に隠していた倉庫の穀物。すでに全量押収済みですわ。それは今夜の民のスープになります」
【本日押収分】
・穀物:帝都民三日分の配給に相当
・高級酒:軍の糧食と偽装する予定のもの
・帳簿:三冊(改竄の跡だらけ)
・評価:一人目としては十分に分かりやすく、憎まれ役としても最適な教材
その場を見ていた他の役人たちの頭上に、「青ざめる」、「視線をそらす」、「自分の帳簿の行方が気になって震える」といった文字が浮かんだ。
「これで『やりたい放題の時代は終わった』と、骨の髄まで理解してもらえればよろしいのですが」
隣でエリアスが痛ましそうに、しかし覚悟を決めた顔で息を吐く。
「……本来は帝都自身の手で自浄すべき仕事でした」
「ええ、ですが間に合わなかった結果が今のこれですわ。今から取り返すなら少しばかりの痛みと、派手な手術痕は必要ですの」
◇
帝都再建七日目:暴発の火を配る。
西区の貧困街に近い配給所で大きな怒号が上がった。配給列の最後尾でパンの残量をめぐる口論が膨らみ、肩がぶつかり、誰かの拳が振り上がった瞬間だ。
「やめろ! 今日はもう終わりだってよ!」
「終わるもんか! うちの子どもがまだ食ってないんだ! 貴族の倉庫にはあるんだろう!」
暴動の火花が飛び散りかけた時、重厚な甲冑の軋む音が、揉み合いをかき消す。
「列を崩すな!」
カールス将軍率いる帝都防衛軍の兵たちが、慣れた動きで人の輪を広げる。剣を抜くためではない。荷馬車を前に出し、昨日押収したばかりの穀物の袋を、その場で開けてみせた。
「今日の分はまだある! 順番に配るが、暴れた奴は後回しだ! グダグダと抜かす前に並べ!」
その言葉に、揉み合っていた男たちが悔しそうに舌打ちしながらも、おとなしく列へ戻っていく。兵士たちもまた、昨日から商品券での給与支払いが始まり、彼らの家族も列に並んでいる。
守るべき対象が、明確になった兵は強い。
【帝都防衛軍】
・現場の信頼:+30%
・上長に文句を言う代わりに、自分たちで現場を回す傾向:+70%
・評価:正しく使えば暴動の火消し役として、警察機構としてかなり有能
「良い兵ですこと。命令さえ間違えなければ、帝都を支える筋肉として、十分に働きますわね」
◇
帝都再建八日目:闇市の値札。
帝都の影の部分である闇市にも変化は現れていた。
薄暗い路地裏で粗末な袋に入った穀物を前に、闇の仲買人たちが渋い顔をしている。
「……チッ、この麦は昨日より安くしねえと売れねえな」
「南部からの荷が増えたらしいぞ。正規のルートで変な紙と交換できるなら、わざわざ危ない橋を渡って買いに来る客が減ったんだ……」
値段の札が書き換えられていくと、私の視界の文字が更新された。
【闇市・本日の変化】
・穀物価格:前週比−12%
・暴利を貪る余地:減少
・路地裏で発見される死体の数:減少
・評価:まだ焼け石に水だが、水は確かに隅々まで届き始めている
ここを完全に締め付ける必要はない。むしろ、ほどほどに息をさせておいた方が、市場の適正価格を教えてくれる指標になる。
◇
帝都再建九日目:反発という名の在庫。
摂政評議会の一部、特権を奪われた貴族たちが、夜会という名の密談を開いていた。豪奢だが薄暗い部屋で、彼らはワイングラスを傾けながら、威勢の良いことを話している。
「このままでは、あの女商人に帝都を乗っ取られるぞ」
「クーデターだ。まだ近衛の一部は動かせる。今のうちに……」
そこで交わされる言葉は予想通りで、退屈ですらあった。なぜなら、その部屋の隅で酒を注いでいる給仕の一人が、すでに私が送り込んだ『帝都特別財政監査局』の調査員だからだ。
【反対派の動き】
・クーデター計画:芽生えかけ → 当日中に摘み取り済み(資金源の凍結により実行不能)
・国外逃亡の準備:一部進行中(出国ルートはすでに把握)
・評価:泳がせてから、まとめて処理すれば良い見せしめになる
「急いで捕まえる必要はありませんわ。少し自分たちの首を絞めて証拠が出揃ってからの方が、周囲への説明が楽になりますもの」
◇
帝都再建十日目:崩壊予定日の後ろ倒し。
迎賓館のバルコニーから見下ろす帝都の景色は、到着した日と比べれば、わずかに色を変えていた。死の色から生活の色へ。
【帝都・十日目の数値】
・城門前の配給列:長さはほぼ同じ/怒号は減少
・日中の喧嘩件数:微減
・夜間の路地裏の死体発見数:前週比−30%
・帝都商品券の流通量:初期発行分の六割が市場内を循環中
・暴動発生リスク:『十日以内の大規模化』 → 『三十日以内の中規模化』へ後ろ倒し
・評価:『今すぐ崩れる』から『集中治療室』に格上げ
ガラス細工そのものが丈夫になったわけではないが、内部に新しく差し込んだ経済という名の支柱と歯車が、辛うじてヒビの広がりを遅らせているだけだ。
(十日で王国を落とし、二十日足らずで港を走れるようにした。今は十日で帝都の崩壊予定日を、ひとまず後ろへずらした、というところですわね)
「クラウストラ様」
背後から声をかけられ振り向くと、エリアスが決裁書の束を抱えて立っていた。エリアスの顔つきもまた、この十日で変わった。迷いが消え、実務家の顔になっている。
一番上の紙には、本日付の決定的な文言が並んでいる。
【本日の決裁】
・帝都特別財政監査局:臨時機関 → 常設機関へ格上げ
・帝都中央市場再編:試験運用 → 本格運用へ移行
・摂政評議会の権限:財政面において実質半減
「ここに私の署名も入れておきました」
エリアスはペンで示しながら力強く言った。
王弟の名が決裁書の上段に、そしてその下には、通商連合代表としての署名欄が空白のまま私を待っている。
「本当によろしいのですの? これにサインすれば、あなたは名実共に『帝都を売った王弟』になりますわよ?」
わざと意地悪く問いかけると、エリアスは迷いなく頷いた。
「ここから先は『帝都をどう変えるか』です。あなた任せにしておくわけにはいきません。帝国も共に、その痛みと責任を負います」
「よろしいですわ。投資家として実に好みの返答ですもの」
私はペンを走らせ、署名欄を埋める。インクが紙に染み込むと同時に、視界にいつもの文字が浮かんだ。
【レグナ帝国・帝都】
・状態:末期的病巣 → 集中治療中
・通商連合の関与度:表向き一部協力/実際は喉元を完全掌握
・評価:本格的な蹂躙の準備完了
「十日間の下ごしらえは、これで終わりですわね」
街には灯りが点り始めている。それは私が与えた油で燃える灯りだ。
「これでガラス細工の帝都を、私が望む形の『収益源』へ再構築する工程に入れますわ。真の支配は、これからですわよ」
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