第十八話 帝都中枢の初期制圧ですわ
帝都が近付くにつれ、私の視界を埋める情報はさらに密度を増している。
【帝都街道】
・街道沿いの難民キャンプ:多数
・帝都への流入:希望者増加
・帝都からの脱出者:流入を上回る速度で増加
・評価:大きな器に致命的なひびが入っている
「こんなの見れば、誰でも分かるはずなのに……」
ミリアが窓の外の悲惨な光景に言葉を詰まらせた。
「分かっていても、止める手段がなかったのですわ」
「帝都の高官たちは『腹を空かせた民は、いずれ黙る』と、本気で信じているのです」
エリアスが自らの罪を告白するかのように告げた。
「ええ、黙りますわよ」
私も冷たく同意する。
「声を出す気力すら無くなれば、後は倒れるだけですもの」
馬車の向こう側――地平線の先に帝都の巨大な輪郭がうっすらと浮かび上がった。高い城壁と塔。その周囲を取り巻く淀んだ灰色の靄。
【レグナ帝国・帝都】
・人口:南部港の二十倍以上
・穀物備蓄:不足(帳簿上は問題なしと報告)
・暴動リスク:大
・旧貴族・官僚の既得権:除去困難
・評価:触れれば砕け散るガラス細工
「いよいよ、ですね」
エリアスの緊張を含んだ声に、私は不敵に微笑んでみせた。
「ええ、ここからが私たちの本番ですわ」
◇
帝都城門前。
出迎えの儀礼だけは、表面上完璧に整えられていた。
整列する近衛騎士、ファンファーレを奏でる楽団、色鮮やかな花弁。だが、その背後で遠巻きに見物している市民たちの瞳には歓迎の色など微塵もなく、深い疑いだけだ。
「よくぞお越しくださいました、クラウストラ通商連合代表殿」
出迎えの列から一歩前に出た男がいる。
細身の体に金糸の刺繍が施された豪奢な礼服。
顔に張り付いたような、わざとらしい笑み。
【レグナ帝国・摂政評議会議長ヴォルク】
・知性:B
・自己保身力:S
・評価:最初に切除すべき腐った患部
「お招きいただき光栄に存じますわ」
私は形式通りに淑女の礼を返す。
「帝都までの道中、さぞお疲れだったでしょう。今宵はささやかながら晩餐の席を設けております」
「ささやか、ですか」
「ええ、何ぶん、我が帝国も色々と台所事情がございましてな」
ヴォルクは、エリアスへ卑しい視線を投げる。
「王弟殿下もずいぶんと思い切った賭けをなさったものです。我らの港を勝手にいじくり回し、どこの馬の骨とも知れぬ外国商会に実権を渡すなどと」
「結果として、南部港は動き始めています。民がパンを得て命を繋いでいるのは事実です」
「民のパンなど、後からいくらでも取り戻せますよ」
ヴォルクは鼻で笑った。
「ですが、一度手放した『権限』というやつは、なかなか戻りませんがね」
その時、私の視界に文字が浮かび上がる。
【帝都・最初の交渉相手】
・分類:数字を理解しない権力者
・推奨対応:正面から説得する価値なし。まずは檻を用意せよ
(やはり、こういう手合いはどこにでもいますわね)
「権限とは元々責任と対になっているものですわ」
私は相手を射抜くように穏やかに微笑んだ。
「責任を取る気のない方が握っていても、ただの飾りですのに」
「ほう……これは手厳しい」
ヴォルクの笑みが、わずかに引きつる。
「ぜひとも晩餐の席でゆっくりとお話を伺いたいものですな。南部港の成功例とやらを」
「ええ、喜んで。実際の数字もお持ちいたしましたもの」
私は軽くスカートの裾を揺らし、帝都の城門をくぐる。
内側の空気は外よりもさらに重く、腐臭を含んでいた。大通りには豪奢な建物が並んでいるが、その華やかな表層のすぐ裏側、暗い路地の奥からは骨と皮だけになった子どもたちが、こちらを見つめていた。
【新規案件:レグナ帝国・帝都】
・状態:見栄と虚飾で塗り固められた末期的な病巣
・交渉余地:大(ただし敵対勢力多数)
・推奨対応:まずは数字で逃げ道を塞ぎ、その後、ゆっくりと組み替える
(これまでに王国を落とすのに十日。港を一つ動かすのに二十日、この帝都はどれぐらいかかるかしら?)
私の頭の中で数字が踊り始める。
蹂躙とは壊すことではない。相手が二度と立場を逆転できないところまで圧倒的な差を見せつけ、管理下に置くことだ。この帝都にも、その本当の意味を教えてあげる時が来た。
◇
私たちが案内されたのは、王城の離れにある迎賓館の大広間だった。テーブルには、今の帝都の窮状を嘲笑うかのように贅を凝らした料理が並ぶ。
【歓迎の晩餐会】
・総費用:金貨八百枚
・原資:緊急予備費の流用
・食材:市場からの強制徴発(未払い)
・評価:最後の晩餐
「さあ、冷めないうちにどうぞ。これだけの食材を集めるのは、今の時期は骨が折れましてな」
ヴォルクがワイングラスを掲げる。
その周囲に、ヴォルクの取り巻きである高官たちが品定めするような目で私たちを見ている。
【帝都の高官たち】
・平均借金額:年収の五倍
・関心事:保身、派閥争い、裏金
・評価:沈没船の乗客(全員自覚なし)
エリアスは出された皿を見て、カトラリーを持つ手を微かに震わせている。エリアスには分かっているのだ。この肉も、パンも、本来なら民に配られるべき備蓄から回されたものだと。
「いただきませんわ」
私は静かに告げた。
「おや? お口に合いませんか。辺境の商会では、なかなかお目にかかれない高級品なのですが」
「ええ、確かに珍しいものばかりですわね。これほど『高価』な料理は」
私はナプキンをテーブルに置き、ヴォルクを直視した。
「この仔羊のロースト。市場価格の三倍で徴発した帳簿になっていますわね。差額の二倍分は、どなたの懐に入ったのかしら?」
広間の空気が、ぴたりと止まる。
「……何を、おっしゃっているのだ?」
「そちらのワイン。年代物ですが、納入元の商会には三年前から支払いが滞っているはず。実質、盗品と変わりませんわ」
私は淡々と、テーブルの上の『数字』を読み上げていく。
「パン、魚、付け合わせの野菜に至るまで、すべてが『未払い』か『横領』で構成されたフルコース。これを喉に通すには、私の神経は少々繊細すぎますわ」
ドンッと、ヴォルクがテーブルを叩いた。
「無礼であろう! 客として招いてやれば、言いたい放題言いおって!」
「あら? 私は事実を申し上げただけですわ」
私はヴォルクに怯むことなく、冷ややかな視線で周囲を射抜く。
「あなた方はこの帝都が今、どのような状態かご存じないのですか? 民が飢え、暴動の火種が燻っているこの時に、金貨八百枚の食事遊び。経営者として評価するのであれば、『無能』の一言でも生温かいですわね」
「き、貴様っ……! たかが商人が帝国の摂政に向かって!」
ヴォルクの顔が怒りで赤く染まる。
周囲の衛兵たちが、ガチャリと剣の柄に手をかけた。
エリアスが立ち上がろうとするが、私はそれを手で制する。
「商人を侮らないことですわ、議長閣下」
私は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上に滑らせた。
「これは……?」
「この迎賓館の維持管理費、及び今夜の食材の手配ルートですわ。それらの債権をここへ来る途中ですべて買い取らせていただきましたの」
「なっ……!?」
「つまり、あなた方が今座っている椅子も、目の前の料理も、法的には『私の所有物』となります。私の許可なく手を触れるなら窃盗罪で衛兵に突き出さなければなりませんわね」
ヴォルクが絶句し、口をパクパクと動かす。
高官たちが慌ててナイフとフォークを置いた。
【戦況報告】
・ヴォルクの精神状態:混乱、焦燥
・周囲の敵意:恐怖へと変化
・制圧率:30% → 80%
「さて、議長閣下。食事は下げさせますわ。代わりに別のメニューをお持ちしましょうか」
私は優雅に微笑み、ミリアに合図を送る。
ミリアが恭しく広げたのは分厚い書類の束だ。
「『帝都再建のための構造改革案』、及び『債務返済計画書』です。メインディッシュには少々重いかもしれませんが、今のあなた方にはこれこそが必要な栄養ですわ」
私は青ざめるヴォルクに向かって、慈悲深く、かつ逃げ場のない笑顔を向ける。
「さあ、たっぷりと味わってくださいませ。残すことは許しませんわよ?」
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