第十五話 共犯者の誕生ですわ
「ユーフェミア様、王弟殿下がお見えです」
「通して」
しばらくして、エリアスが姿を現した。十日前に比べれば顔色も良い。だが、どこか疲れが抜けきらないのは帝国の重さが肩に乗ったままだからだろう。
「お忙しいところ失礼します。少し、お時間をよろしいでしょうか?」
「ええ、ちょうど一息ついたところですわ」
私は椅子を勧めた。
エリアスは腰を掛ける前に港の方へ視線をやった。
「……信じられませんね」
「何がですの?」
「三日前まではここで喧嘩していた連中が、今は仕事の段取りで言い合いをしている。怒鳴る声が、『金を寄越せ』から、『こっちは荷物が間に合わない』に変わっただけで、かなり印象が違います」
「文句を言う体力があるなら、まだ大丈夫ですわ。本当に厄介なのは文句を言う元気すらなく、黙って腐っていく場所ですから」
「……その通りですね」
エリアスの文字が更新されている。
【エリアス】
・現場の空気を見る目:B+ → A
・自国の愚かさへの自覚:順調に増加中
・評価:ますます同志候補の色が濃くなってきた
「ところで、わざわざ直接いらしたということは、よほど面倒な話ですのね?」
私が先に切り出すと、エリアスは苦笑しながら懐から厚手の封筒を取り出した。
【帝都発 書状】
・差出人:レグナ帝国摂政評議会
・内容予測:『勝手な真似をするな』、『食糧を寄越せ』
・評価:読む前から分かる
「帝都からですね?」
「え、ええ。『南部港湾都市の現状報告と、あなたの独断専行についての問い合わせ』だそうです」
「独断専行とは、ずいぶんと殊勝な言い回しを覚えたものですわね」
私は封を切り、さらりと目を走らせる。
案の定、書状の前半はこうだ。
・外国勢力を勝手に引き入れて、港の管理権を渡した理由を説明せよ。
・帝国の威信を損なうような行為は慎むべきである。ただし、南部港湾都市の復旧と穀物輸送が順調に進んでいるという噂も届いている。
・帝都への穀物供給と、軍への優先配分について協議したい。
「威信と腹の虫、どちらを優先するべきか迷っている文章ですわね。『お前は気に入らないが、お前の持っているパンは欲しい』。子どもの喧嘩でも、もう少し素直ですわよ」
「正直に言えば、この手紙が届く前に私はすでに『怒号か罵倒か、あるいは更迭命令』を覚悟していました」
「更迭されて困るのは彼らの方でしょうに」
「ええ、ですが彼らはそこまで計算できるほど賢くはない。だからこそ、こちらで先に盤面を整えてしまおうと思ったのです。あなたをここへ呼んだのも、その一環でした」
「結果としては悪くなかったでしょう?」
「悪くないどころか、一つの港だけでも、ここまで変えられるのかと、正直恐ろしくなります」
「港一つで恐ろしいと言っていたら、この先やっていけませんわよ? さて、帝都は『説明』と『協議』を求めている。ならば、こちらから出向いてさしあげるのが礼儀ですわね」
「ま、待ってください。帝都にあなたが?」
「ええ、元より、そのつもりでしたもの」
私はあっさりと頷いた。
「南部港を『見本市』にすると決めたのは私ですわ。ここで作った仕組みを一つ持って行って、『この通りにすれば飢えずに済みますわよ』と見せてあげないと」
「帝都には旧来の貴族や官僚が山ほどいます。あなたのやり方を快く思わない者も、必ず」
「いるでしょうね」
私は素直に認めた。
「でも、彼らが何を好もうと、腹が減っては戦も政治もできませんわ」
窓の外で笑い声が上がった。
共同食堂から出てきた子どもたちが、パンを高く掲げて走っている。
「飢えた民に対して『威信』だけで何日間説教が持つと思われまして?」
「……あなたが帝都へ行くと言うのなら、その際は私も同行させてください」
「もちろん、そのつもりでしたわ。案内役と現地責任者として」
私はあえて少し意地悪く言葉を足した。
「それともう一つ。人質として」
「人質……?」
「帝都の者たちが、あなたの決断だけを切り離して、『勝手な暴走だった』と言い始めないように。あなた自身の口で『帝国は変わる必要がある』と言っていただきませんと」
エリアスは一瞬だけ目を閉じ、それから頷いた。
「分かりました。覚悟はとうに決めていたつもりです」
【エリアス】
・覚悟:口先ではなく行動レベルに移行
・逃げ腰度:低下
・評価:駒から共犯者へ
「あの、お二人とも帝都に行かれるのは、すぐですか?」
「そうですわね。南部港の『心臓』共同食堂と交換所、それから港の安全確保。最低限の動きが自力で回るようになるまで、あと二週間」
「二週間ですか……」
「その間に現場の指揮系統を固めておきます。イルマ、サーラ、マシドの使い道も、もう少し試しておきたいですし」
ミリアが小さく笑う。
「マシドさん、最近は子どもにまで『おじさん、前は悪いことしてた人なんでしょ?』って言われてました」
「それは事実ですもの」
「ですよね……」
◇
その日の夕方。
港の片隅、小さな丘の上に立って、私は海を眺めていた。
潮風が髪を揺らす。赤錆びた桟橋の向こうに、沈みかけた太陽が細長く道を伸ばしている。
「ここから見ると、本当に違う港に見えますね」
いつの間にか隣に立っていたエリアスが、同じ方向を見て呟く。
「昔はここから見ると、もっと重かったです」
「重さは変わっていませんわよ。ただ、その重さを『何もできない石』から『動かせる歯車』に変えただけですわ」
「歯車ですか?」
「ええ、歯車なら噛み合わせを変えれば別のものも一緒に動かせますから」
「帝都はどれほどまでに重いのですか?」
「そうですわね……」
エリアスが半ば怖いもの見たさで尋ねてきた問いに、私は帝都に視線を合わせる。
【レグナ帝国・帝都】
・人口:港の二十倍以上
・無駄な特権階級:多
・民の不満:高
・飢餓と疫病の予兆:進行中
・評価:巨大で壊れやすいガラス細工
「重くて脆いですわ。だからこそ丁寧に組み替える必要がありますの。雑に叩き割っても誰も得をしませんから」
「あなたは本当に……」
エリアスが言葉を探している。
恐ろしい。頼もしい。危険。救い。どれも当てはまる言葉。
「何か?」
「ええ。実は帝都に行く前に一つお願いがあるのです」
「お願いとは?」
「帝都に蹂躙を仕掛ける時、どうか、そこにいる『民』だけは置き去りにしないでください」
その言葉に私は目を細めた。
【エリアス】
・利害以外に口にした願い:初
・帝都の民への感情:確かなもの
・評価:『駒』ではなく『守る対象を持つ者』
「愚問ですわね。民を置き去りにするやり方は、すでに旧王国と旧帝国が散々してきたでしょう? 私は非効率が嫌いですの。せっかく動かせる駒がこれだけいるのに、わざわざ捨てるなんて損でしかありませんわ」
「それが、あなたの『優しさ』ですか?」
「いいえ。それが、私の『欲深さ』ですわ」
「……やはり恐ろしい方だ」
「さっきから、そればかりですわね」
「褒め言葉ですよ」
エリアスの言葉に、私も少しだけ笑みを返した。
南部港湾都市での十日間の再生は、ひとまず形になった。次の標的は帝都の中枢。言わば、レグナ帝国の心臓部だ。そこをどう組み替えるか、その具体的な手順を考えるだけで、私の心は踊っていた。
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