第十三話 腐った果実は剥いて芯だけ使いますわ
「クラウストラ様、彼は港湾領主バルタスの従弟です。実際に港の権利を多方面に切り売りしていたのは、ほとんどが彼だと聞いています」
「ちょうど良いですわ。話は早い方がいいですもの」
私はゆっくりとマシドに向き合った。
「初めまして、クラウストラ通商連合代表、ユーフェミア・クラウストラですわ」
「ふん」
マシドはあからさまに鼻を鳴らした。
「帝都から妙な書状が来たと思えば、勝手に看板を掛け替えて、作業だの何だのと好き放題やってくれたものだな」
マシドの頭上に文字が浮かぶ。
【マシド】
・現在の心境:自分の取り分が減らされる予感で苛立ち
・交渉方法:最初に怒鳴って譲歩を引き出そうとする
・評価:典型的な中抜きの虫
「港の者たちは、俺に通行料を払ってこの桟橋を使ってきたんだ。それを、あんたの勝手な作業券とやらに変えられたら、俺の取り分はどうなる?」
マシドの怒鳴り声に、港の若者たちが顔を引きつらせると、イルマが一歩前に出たので、私は目で制した。
「マシド殿、まず前提を確認させていただきますわ」
「なんだ?」
「あなたの取り分は『港がきちんと機能している』ことを前提に成り立っていましたのよね?」
「そ、そりゃそうだ。そんなことは当たり前だろう」
「では……」
私はゆっくりと周囲を見渡す。
錆びた板、半分ほど開いていなかった店、行き場を失っていた若者たち。
「この港が今のような状態になってからの十年分、あなたは何をしてこなかったのかしら?」
マシドの顔にわずかな動揺が浮かぶ。
「な、何をって、俺だって税を払い、港の治安を守るために見回りも雇ってだな……」
「ふむ」
私は指先で空中の数字をなぞる。
【マシドの支出】
・治安維持費:報告上は高額 → 実態は酒場での飲み代に消えている割合多
・港整備費:報告は常に来年度へ繰り越し
・個人の贅沢費:急増
「治安維持とは『自分の店と城館の前だけを見回らせること』ですの?」
「……っ」
「港整備費は『毎年書類にだけ載せておく飾り』ですの?」
「な、何を根拠に……!」
「数字ですわ」
私は淡々と答える。
「この港は対外貿易の決済に十年近く前からクラウストラ系銀行をお使いでしたわね? あなたが受け取ってきた港税の記録と、その使い道。帳簿の数字はいくら誤魔化したつもりでも、辻褄の合わない箇所を見せてくれますの」
「帳簿なんて、俺しか触れないぞ」
「ええ、あなたしか触れない帳簿のはずでしたわね。ですが、残念ながらこの港の決済はすべてクラウストラ系銀行を経由していますの。そこに残る記録は、あなたの帳簿よりずっと正直ですわよ?」
マシドの顔から、血の気が引いていくと、頭上に新たに文字が表示された。
【マシド】
・心境:『これはまずい』を通り越して『詰んだ』と理解
・逃亡の可能性:95%
・評価:ここで一度見せしめとして扱う価値あり
「マシド殿、ここから先、あなたには三つの道がありますわ」
「み、三つだと……?」
「一つ。今まで通り、この港で利権の顔として居座り続けようとする道。その場合は帝都の監査官と、私どもの法務官に、これまでの帳簿を見ていただくことになりますわ」
「……っ」
「二つ。すべてを放り出して逃げる道。この国から逃げたところで、クラウストラ通商連合の手の届かない場所がどれだけあるかは、私は知りませんが」
マシドの喉が、ごくりと鳴る。
「そして三つ目。この港で、『人間らしく働く道』ですわ」
「に、人間らしく……?」
「ええ、あなたには人から金をむしり取る技術だけでなく、『顔と名前を覚える能力』もありますわね?」
マシドがきょとんとした顔になる。
「毎日通ってくる魚屋や船乗りの顔と、『今月はきつい』とこぼした奴と、『来月は少し増えそうだ』と笑った奴の顔を、あなたは全部覚えている」
「そ、それは……商売人なら当たり前だろう」
「ええ、ですからその覚えた顔と、これから港に出入りする者たちの『信用』を組み立てる仕事に回っていただきますわ」
「し、信用……?」
「作業券を使った者が、きちんと働き続けているか。新しく店を出したいと言う者が、どれくらい真面目にやる見込みがあるのか。この港の目として、見て、聞いて、報告する仕事です」
それまで黙って聞いていたイルマが、一歩前に進み出た。
「信用を見極める仕事には、人を見る目がいる。今までのあんたの使い方は最悪だったけど、その目自体は案外使えるのかもしれないね」
「き、給金はどうなる……」
マシドが小さな声で絞り出した。
「今までの十分の一ですわ」
私は即答した。
「それでも、何もかも失って牢に入るよりはずっと恵まれていますわよ?」
長い沈黙。
マシドの頭上で文字が揺れる。
【マシド】
・自己保存本能:最優先
・贅沢への執着:残っているが命ほどではない
・評価:ぎりぎり再利用可能
「……分かった」
マシドは苦虫を噛み潰したような顔でうなだれた。
「やる。いや、やらせてくれ」
「そうですか。ですが、条件がありますわ」
「条件だと……」
「もちろんですわ。今まで搾り取ってきた相手の元へ、自分の足で出向いて謝罪すること。『今度は働いた分だけきちんと渡す』と約束して。できないのであれば、最初の二つの道に戻りますわ」
港でざわめきが起こる。
マシドは歯を食いしばり、やがて深く頭を下げた。
「……分かった。やる」
私はミリアに目配せした。
「では『信用調査係』としての契約書を用意して。条件は今言った通りですわ」
「はい!」
【旧・港湾利権屋マシド】
・新肩書き:クラウストラ通商連合 南部港湾信用調査係
・評価:一度腐りかけた果実。芯だけは使えるかもしれない
(腐っているなら、剥いて芯だけ使えばいいのですわ)
◇
マシドが引き下がると、港の空気が変わった。
「本当に、あのマシドが頭を下げたぞ」
「生きてるうちに見られるとは思わなかったな」
笑い声と、かすかな期待が混ざったざわめき。
イルマが私の横に寄ってきた。
「あんた、あいつにまだ期待してるのかい?」
「期待ではありませんわ。利用価値が残っているかどうかの確認です」
「残ってなかったら?」
「その時は遠慮なく捨てますわ」
私は淡々と答えた。
「ただ、人を捨てる前に一度はまともな役割を提示するのが、私のやり方ですの。捨てるにしても、こちらの良心が痛まないように」
「良心ねえ。ともあれ、港の連中はかなりすっきりした顔してるよ」
港の若者たちの頭上にも文字が浮かんでいる。
【港の若者たち】
・本日のストレス要因:マシドが一つ減少
・作業への集中度:昨日より高
・評価:よく働く/よく食べる/よく眠る方向へ
(良い傾向ですわ)




