第一話 断罪されたらレベルが上がりましたわ
本日、12時、17時、20時、21時と五話まで投稿します。
※こちらは【連載版】です。
【短編】は→ https://ncode.syosetu.com/n5261lj/
[日間]ハイファンタジー12位。
[週間]ハイファンタジー25位。
皆さま、高評価ありがとうございます!
王城の大広間は、凍りつくような静寂に包まれている。シャンデリアの煌めきも、着飾った貴族たちの宝石も、今の私に向けられた視線の冷たさを誤魔化すことはできない。
「ユーフェミア・クラウストラ! 貴様との婚約は、今をもって破棄とする!」
王城の大広間で声を張り上げたのは、この国の第一王子である、フリードリヒ・ヴァイラル殿下。そのすぐ隣には、殿下が『真実の愛』と持てはやす男爵令嬢、セシリア・アリストラが寄り添っている。
彼女の潤んだ瞳。その角度は完璧だ。庇護欲をそそる上目遣い。怯えたように殿下の袖を掴む指先。すべてが計算され尽くした演技であることは、私だけが理解できた。
「殿下、それは国王陛下の許可を得ての発言でしょうか?」
「父上など関係ない! これを見ろ! 貴様がセシリアに行った数々の悪行は、もはや看過できない!」
殿下は勝ち誇ったように羊皮紙を広げ、私の『罪状』を読み上げ始めた。
教科書を引き裂いた。
階段から突き落とした。
食事に毒を盛った。
――あまりに稚拙で短絡的な言い分。公爵家の教育を受け、幼い頃より王妃教育を施されてきた私が、なぜ自らの手を汚してまで、そのような効率の悪い嫌がらせをする必要があるのか。
しかし周囲の貴族たちは、ヒソヒソと嘲笑を交わしている。
「クラウストラ家の女狐もこれまでか」
「殿下の寵愛を失えば、ただの小娘よ」
「悪役令嬢の結末にふさわしいものだ」
なんと愚かなのか。私は怒りよりも先に呆れがこみ上げてきた――その時、頭の中で何かが弾けた音がすると、脳裏に文字が羅列された。
【レベルが上がりました。LV.8 → LV.99】
突如として響いた無機質な声と共に、目に映る視界までも異様に変わる。かつて愛した殿下の頭上に、謎の文字が映し出されたのだ。
【フリードリヒ・ヴァイラル】
・知性:E
・将来性:0
・評価:不良債権
【セシリア・アリストラ】
・知性:D
・品性:E
・評価:短期的お飾り要員
フリードリヒが、ただの『感情の塊』に見える。
セシリアが『安っぽい計算式』に見える。
さらに、この場にいるすべての貴族たちの頭上に、『負債額』や『裏帳簿』が見えた。
――いや、見えるようになってしまった。
それだけではない。王国の経済状況、ずさんな財政運営、滞っている物流、私の公爵家が握る債権、ありとあらゆる膨大なデータが脳内で処理されていく。
税収の六割、通貨流通の七割、王国の社会基盤のほとんどは、すでにクラウストラ公爵家の網の中にあった。
王家は威厳という看板だけを掲げ、実務と血流を、すべて私に丸投げしていたのだ。
そして、一つの『解』が導き出された。
『この王国は投資価値皆無の不良債権である。直ちに損切りせよ』と。
「……ふふ」
「な、なんだ、その不気味な笑いは! 貴様は国外追放だと言っているのだ! 二度とこの国の土を踏めると思うな!」
「謹んでお受けいたします、フリードリヒ様」
「なんだと……?」
「婚約破棄の合意と国外追放命令、確かに承りました。これにて私と王家、並びにクラウストラ公爵家と王国の『契約』はすべて白紙に戻ったと判断させていただきます」
私は優雅に背筋を伸ばした。
もう、この男に敬意を払う必要はなく、顧客ですらないのだから。
「なんだ、その態度は! 泣いて詫びるならまだしも、その余裕すら気に食わない!」
「そうでしょうね。それで、なぜ私が詫びる必要があるのですか?」
私は冷ややかな視線を周囲の貴族たち、そして近衛騎士たちへ巡らせた。
「皆さま、殿下の宣言をお聞きになりましたね? 私は今をもって王国の民ではなくなりました。国外追放ということは『外国の賓客』、ないしは『無関係な民間人』となりますわ」
私の周囲に控えていた公爵家の私兵に告げる。
「総員、すべての撤収作業を始めてくださいませ」
「撤収作業だと? 何を言っている! 衛兵、こいつらを捕らえろ!」
「お待ちなさい、フリードリヒ様」
殿下の言葉を遮り、床を指さした。
「まずは、この大広間のカーペット、シャンデリア、壁のタペストリー、玉座の椅子に至るまで。これらすべては我がクラウストラ大商会が王家に『貸与』しているものです。リース料が三年ほど未払いですが、次期王妃になるよしみで目をつぶっていました。ですが、婚約破棄となれば話は別。すべて回収させていただきますわ」
「パチン」と私が指を鳴らすと、私兵たちは手際よく、貴族たちが踏みしめているカーペットを、彼らの足元から強引に引き剥がし、巻き上げていく。
「な、何を!?」
「きゃあっ!」
「足元が!?」
寒々しい石の床が露わになっていく中、貴族たちの悲鳴と驚愕の声が上がる。豪華絢爛を誇った大広間が、瞬く間に殺風景な空間へと変わる。
私は武装した近衛騎士たちに視線を向け、微笑みながら告げる。
「近衛騎士団の皆さま、あなたたちが着ているミスリルの鎧ですが、製造元は我が領土の工房です。代金の支払いが滞っているため『所有権留保』に基づき、直ちに返却を求めます。今すぐに脱いでいただけますか?」
「な、何を馬鹿なことを言っている! 我々は王の盾だぞ! 武装解除などできるか!」
騎士団長クローゼ・フィードルが顔を真っ赤にして叫んだ。
「契約書第十四条。『支払いが履行されない場合、強制執行を妨げてはならない』。法務官いますね? 王国法に基づき、彼らを横領の現行犯で告発します」
私は壁際に隠れるようにしていた小太りの男を指さした。
「ほ、法務官……?」
「王国法に基づき、彼らを『横領の現行犯』で告発します。私の言っていることは法的に正しい。違いますか?」
王家の法務官は真っ青になって震えている。
私の主張が正論であり、何より公爵家からの献金がなければ、彼自身の給与も支払われないことを彼は理解している。
「……ユ、ユーフェミア様のおっしゃる通りです。所有権はクラウストラ大商会にあります……」
「この裏切り者め!」
騎士団長が叫ぶが、法の番人が認めた以上、抵抗は反逆となる。
私はフリードリヒの服の裾を掴んで動かない、セシリアに目を向ける。
「セシリアさん」
「ひっ……!」
「貴女が着ているそのドレスも、我が商会の新作ですわ。ツケで購入されたようですが、貴女の父君の男爵領からの税収では百年かかっても払えない額ですわ。詐欺罪で立件する前に、お返しいただけますか?」
「い、いやあぁ! やめてぇ! これがないと、私はただの……!」
「ただの貧乏男爵の小娘ですわね。さあ、現実にお戻りなさい」
屈辱に晒された近衛騎士たちの半裸の姿。
床にうずくまって泣き崩れる、王太子の愛人。
かつての栄華を誇った大広間は、今や冷たい石床と空虚な空間となった。
「ユーフェミア! 貴様、王国を相手取って、こんな真似が許されると思うなよ……!」
屈辱と怒り、そして絶望によって顔を血の色に染めたフリードリヒは、ついに限界を迎え、腰の剣を引き抜いた。
「おやめなさい。その剣も我が家の寄贈品ですわ。武力で解決しようとするのは知性の敗北ですわよ。元殿下、明日からの生活を精一杯『工夫』なさってくださいませ。あなたには、もう何も残されていないのですから」
こうして裸同然になった大広間を優雅に後にした。
私は何も悪いことはしていない。
――ただ、権利を行使しただけだ。
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