第44話 リュム
ルームに入ってシャワーを浴びてから地下室から出た。
「マリーダ。この子、お腹空いたって」
まあ、長いこと食べてないんだ、無理もなかろうよ。
「ちょっと待ってて」
肉ならたくさんある。テレポでプルリコ村に向かい、帰りはテレキボードで帰って来た。鹿肉をたくさん積んで。
「長いこと食べてないんだからがっつくんじゃないぞ」
地面に置くのはなんか悪いと思い、コンクリートを捏ねる入れ物を買って来て、そこに肉を入れて食べさせた。あ、水も必要か?
入れ物を買って来ると、肉が消えていた。一頭分はあったよね?
「足りないって」
またプルリコ村に取りに行くのが面倒なので、白虎とエリーダを抱えて村に向かった。
ゼーゼー。テレポしすぎて吐きそうだ。サーグ、あとは任せる。
ルームに入って死んだように眠り、なんとか回復したら外に出た。
「デカッ!?」
なんか白虎が二倍くらいデカくなってる! なんで?! オレ、十年寝太郎だったのか!?
「あ、マリーダ。リュムが元気になったよ」
元気じゃなくてデカくなったの間違いでは? 頭から尻尾の付け根まで約三メートル。目の高さが一メートル二十ってところか。元のサイズに戻ったってことか?
「リュムって、こいつの名前?」
「うん。リュムって呼ばれていたんだって」
タマタマがあるから雄か。名前は雄々しくないのな。
「タスカッタ」
「しゃべれんのかい!」
いやまあ、しゃべるゴブリンがいた世界から来た者としてはそんな驚きはないがな。つい突っ込んじゃったまでだ。
「ソンナニシャベレナイ。シャベラナスギテワスレタ」
「ま、まあ、徐々に慣れていけばいいよ。エリーダ。リュムの世話をして。鹿肉はたくさんあるから。サーグ、先生は?」
「狩りに出ています。まだまだ勢いが止まらないようなので」
「まだいるんだ。被害は酷そう?」
「そこまでは酷くありませんが、目撃情報はたくさん入って来ますね」
そっか~。オレもかなりの数を狩ったんだがな~。どこから湧いて来てんだ? 異世界か?
「マリーダ。リュムが狩りをしたいって」
「狩りを?」
「ナガイコトウゴイテナカッタ。カラダヲウゴカシタイ」
「サーグ。白い獣はスピリッツの獣だと周知させて。鹿狩りに投入したってね」
狩られはしないだろうが、騒がれても困る。スピリッツの秘密兵器として周知させたほうがいいだろう。肉食獣がいたら鹿も近寄らないだろうからな。
「わかりました」
「よろしく」
まったく頼りになる男である。宿屋じゃなく一国一城の主にしてやろうか?
「リュム。エリーダを背に乗せてもいいか?」
「カマワナイ」
ってことなので、リュムの背にエリーダを乗せた。
「ちょっと村の中を歩くよ」
まずは準備運動として村の中を歩いてもらうとしよう。
今も遠巻きにこちらを見る者がいるが、エリーダが背に乗ったことで恐怖が少しだけ和らいだのがわかった。
「アタシが前を歩くから付いて来て」
「ワカッタ」
リュムを連れて村の中を歩くとする。
最初は村人も驚いてはいたが、リュムの背中に乗るエリーダと、前を歩くオレに落ち着き始めた。
村の子供とは何度か遊んでやったことがあるので、恐れず近寄って来た。
「叩かないなら乗せてやってもいいよ。リュム、頼むな」
「ワカッタ」
しゃべったことにびっくりしたものの、子供は順応性に富んでいる。すぐに慣れてリュムの背中でキャッキャッし始めた。
子供たちのはしゃぎに負けてエリーダは下りてしまったが、歓喜に心が騒ぐこともなかった。禅の成果が出ているのだろう。
夕方まで子供たちを相手してやり、スピリッツが借りている家へと帰った。
「これは珍しい。ビーゼンヘルグじゃないか」
帰って来た先生がリュムにあんぐりと口を開けて驚いた。
ビーゼンヘルグ? なんかドイツ語っぽい響きだな。いや、ドイツ語知らんけど。
「先生、知ってるの?」
「知っているもなにも幻獣ビーゼンヘルグは有名だ」
その割に誰も知らんかったけど?
「ここにいたら不味かったりする?」
「いや、どうだろうな? 幻獣はそれなりにいる。ビーゼンヘルグは西のほうの国では神として崇められていたな。確か、風と雷を司ると聞いたことがある」
「そうなの?」
「ソウダ」
「しゃべるのか!?」
それは知らないようだ。
「簡単なことはしゃべれるみたいだよ。エリーダは心で会話出来るみたいだけど」
「幻獣の巫女というわけか」
「そんなのもいるの?」
巫女って神社とかにいるアレのことか? オレ、神社とか興味なくてよー知らんのよね。
「ああ。神聖王国でもかなり発言権があると聞く。ここにビーゼンヘルグがいるとなると神聖王国は黙っておらんだろうな。聖兵を送り込んで来るかもしれん」
へー。そんなのがいるんだ。おもしろいじゃん。
「先生は聖兵とやらが来たら逃げる?」
ニヤリと笑ってみせたら先生もニヤリと笑い返した。
「どんなものか会ってみたいものだ」
それでこそ先生だ。恐れるようでは武道家失格だ。別に殺しに来た敵と仲良くしたいわけじゃないんだからね。
「アタシも平和に馴染めないや。敵がいてくれると気持ちも引き締まるよ」
戦争をしたいわけじゃないが、平和ボケになるのは嫌だ。生きている実感がないと腐る一方だからな。
「フフ」
「ふふ」
先生と二人、どんな敵か楽しみすぎて笑い出してしまった。




