表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第一部『踏みにじられたたまご』
9/23

9『どこか遠くへ行こう』

 空き家の玄関扉が思い切り蹴破られた。

 縦長に開いた口からまばゆい光が建物の中に差し込む。突然のまぶしさに目がくらんだノイレンは目を細めながら光の中から現れた2つの人影を睨んだ。その側ではボンボンが床に転がり両手で肉のちぎれた足を抱えて悶えている。体を縛られて口の周りが血だらけのノイレンと血まみれで悶えるボンボンの姿を見た人さらいたちはその光景にぞっとした。

「な、なんなんだ、一体。」

 人さらいたちはよく飲み込めない状況に一瞬動きを止めた。が、兄貴がすぐに気を取り直して弟分に指示した。

「なんだかよく分かんねえがラッキーだぜ。ガキを縛る手間が省けた。お前アイツを担げ。」

 弟分にノイレンを担がせて、周囲の様子に注意を払いながら空き家の外へ出ると2人は全力で走った。肩に担がれたノイレンが暴れる。

「離せ!」

 ノイレンの頭の中には燃やされたあのボロ布のことしかない。灰だけでも取り戻したかった。

「離せ!!」

「暴れるな、落ちるぞ。」

 弟分はバランスを崩しそうになりながらノイレンを担ぎ直して走り続ける。その間もノイレンは「離せ!」と叫んで暴れる。その騒々しさに付近の建物から住人が窓を開けて外の様子を見に顔を出す。その前をノイレンを担いだ人さらいが走り抜けていく。

 2区画(200メートル程)も走って人さらいたちは裏路地に入り足を止めた。そこでもノイレンはやかましく叫んで暴れる。弟分はノイレンを地面に投げ落として手加減もせずに蹴飛ばした。

「やかましい、静かにしろ!」

「うっ・・」

 ボンボンとは比べものにならないほど弟分の力は強かった。脇腹をしたたかに蹴られたノイレンは息が詰まりそうになった。もし縄が巻かれていなければ肋骨が折れていたかもしれない。

「ばかやろう、あまり乱暴にするな。売る前にキズモノにしてどうする。」

 兄貴が手加減をしない弟分を叱咤し、裏路地の角から向こうの様子を伺う。ノイレンを担いで逃げるところを街の住人に見られているから誰かが自警団に通報でもしたら厄介だ。しばしの間息を潜めたが何も起こらない。

「大丈夫のようだな。今のうちに(売りに)行くぞ。」

 弟分に再びノイレンを担がせ、街中にある娼館へ商売をしに行こうと裏路地を出た。


 ところがだ、


 通りの向こうから騎士団がやって来た。何か取り締まっているらしい。道行く人を呼び止めてなにやら尋問している。その中の1人がこちらの方を指さして何か説明しているようだ。

「兄貴、騎士団だ。もしかしてオレたち追われてる?」

 弟分が少し青ざめた。

「バカ言ってんじゃねえ、こんなに早く騎士団(やつら)が来るわけないだろ。」

「じゃあ、なんで・・・」

「オレが知るか!」

 街の治安を守る組織には自警団と騎士団がある。普段は自警団が専らそれに当たるが、彼らには手に負えないとなった場合に騎士団のお出ましとなる。だが騎士団は国王直属で重要な任務が多い、そのため些末な犯罪者の捕縛にまで人手を割いている余裕はない。よほでないと泥棒相手に騎士団が出てくることはあり得ない。

 ノイレンは街で有名な悪ガキだが、自衛目的以外で彼女から他人に危害を加えることはしない。しかも彼女が普段盗むのは食べ物だけ。何年か前に思い出の服を入れておくためのサコッシュは盗ったが、あとは体の成長によって服が小さくなると一回り大きいものを一着だけ()()()()くる程度のコソ泥だ。そんな小者相手にわざわざ騎士団は出向かない。自警団が彼女に手を焼いて泣きついたとしても「子ども1人くらい自警団(おまえら)でなんとかしろ」と笑われるだけだ。

 兄貴はとんだ邪魔者が現れたことに苦虫を噛み潰した。

「今日はツイてねえな、ちっ。」

『しかし騎士団が出張ってきた理由(わけ)はなんだ?何があった?』

 人さらいの兄貴は今朝からの出来事を思い出してみる。

『仕事で騎士団(やつら)に目をつけられるようなヘマはしていない。』

 どう考えても自分たちのケツに火が付いた理由は見当たらない。

『いったい何を探している?モノかヒトか?いずれにしても間が悪い。』

 兄貴は通りの向こうにいる騎士団へ腹立たしい思いを込めた眼光を飛ばす。

「兄貴、どうやって娼館まで行くんすか?」

「遠回りしますか?」

「どうしたらいいんすかね?」

 あれこれと思案している兄貴の後ろ頭に向かって弟分がぽんぽんと話しかける。

「少し黙れ、今考えてる。」

 裏路地の陰に潜んで兄貴は唸る。


 自警団は街の治安を守っていると言えば聞こえはいいが、その実態は社会に馴染めない半端者を集めて街の警護という仕事を与え、責務を果たす義務感を養い、達成感を味わうことで自立を促す目的も担っている集団だ。しかし中には治安維持の名目で街の人々に無心してくるヤクザまがいの勘違いした輩もいた。そのため街には彼らを快く思っていない人がそれなりにいる。そういった人々が朝市での自警団(かれら)の物々しさ、ノイレンを連行するときの大袈裟さ、そして騎士団の詰所とは違う方向へ行ったこと、それらに不自然さを感じて騎士団に通報していた。しかし人さらいの2人にはそんなことは分からない。


「おい、そのガキの縄を解け。」

 兄貴が弟分に指示した。

「え、でも、」

「このままじゃ騎士団(やつら)に見つかったとき言い訳できねえだろ。早くしろ。」

 誘拐などによる不当な人身売買を防ぐために奴隷の売買は国が定めた正当な手段で行わなければならない決まりだ。それにはきちんとした売買契約書などの書類が必要になる。それは商品(奴隷)の入手に関しても同じだ。身内を売りたいその親族や後見人から署名や拇印を譲渡証明書にもらわなければ正式な手続きをしたとはいえない。もっとも彼らのように非合法に商品を手に入れてくる者はどこにでもいる。そういう輩は売る前に書類を偽造する。国が定めた決まりなど現実には形骸化していたが騎士団は決まりを守らせるのが仕事だ。書類がなければ取り調べを受けるのは商人のほうだ。

「(娼館の)遣り手婆(やりてばば)が品定めしている間に偽造(作る)つもりだったのに。ちくしょうめ。」

 手元にはまだノイレンの売買に関する書類がない、だから今騎士団に問い詰められたらやばいのだ。言いくるめようにもノイレンが縄で縛られていては誘拐を疑われるだけだ。騎士団に袖の下は通用しない。


 弟分は渋々ノイレンの縄を解いた。その途端ノイレンは彼の股間を思い切り蹴り上げて逃げ出した。向かった先はさっきまでボンボンに痛めつけられていた空き家だ。その向こうに騎士団がいることもかまわずにまっすぐ空き家へ向かって駆けていく。

「あのガキ!」

 兄貴は追いかけようとしたが迫ってきている騎士団の姿に飛び出せなかった。弟分は両手で股間を押さえて悶絶している。

「ちくしょう、またかよ。出直しだ。」

 兄貴は悶絶している弟分を見て舌打ちすると彼の肩を担いで裏路地の奥へ姿を消した。


 ノイレンは通りの向こうからこちらへやってくる騎士団には目もくれず空き家へ飛び込んだ。中ではまだボンボンが苦しんでいる。その彼を横目に燃えてしまった思い出の服の灰をかき集めた。そしてそれをしまうためにサコッシュを探した。その時騎士が2人空き家に入ってきた。

「おい、そこの子ども何をしている!」

 血まみれで足を抱えて痛みに悶える少年、顔が血だらけの少女、どう見ても怪しさ満点だ。

 1人がボンボンに近寄って様子を確認し、もう1人がノイレンに詰問しながら近づいてきた。

「そこの少女!」

 ノイレンは灰を両手一杯に掴むとその騎士に体当たりを喰らわして外へ飛び出した。一目散に逃げる。体当たりを喰らわされた騎士が空き家の出入り口で他の仲間に状況を説明し共にノイレンを追いかけ始めた。

『ちくしょう、いつもならすぐに撒けるのにやっぱ裸足だと走りづらいな。』

 砂利道はもちろんだが石畳でも足への負担が大きい。踵に直接衝撃が伝わる。靴を履いている時のようには走れない。ノイレンは足の裏が痛いのを我慢しながら右へ左へ頻繁に角を曲がって騎士団(かれら)の目を欺こうと走り回ったがすぐに息が上がった。ぜいぜいと肩で息をしながら逃げ回る。いつの間にかその両手の中から大切な灰がこぼれ落ちてなくなっていることにノイレンは全く気付いていなかった。

 路地の陰で壁により掛かりながら息を静める。

『こうなったら市場にでも行くか』

 このままでは追いつかれる、捕まると危惧したノイレンは街から出るのではなく一旦街の中へ逃げることにした。小石を隠すなら砂利の中、木を隠すなら森の中だ。人混みに紛れれば騎士団(かれら)の目から行方をくらますこともできると考えた。

 体力も限界に近づいている。時々よろけながらも裏路地から表通りまで右往左往しながら逃げ、近くの市場にたどり着いた。物陰で息を整えたあと通りに出た。ところが道行く人の誰もがノイレンを見る。振り返る。普段から自分の容姿に無頓着なノイレンは今自分がどんな容貌になっているか気付いていない。顔が腫れ、口の周りが血だらけだ。その恐ろしい様子に驚かない者はいない。

『なんでみんなわたしを見るんだ?』

 周囲の視線がいつもより自分に集まっていることを(いぶか)しんだノイレンは噴水へ行き水に自分の顔を映してみた。

「げっっ!!」

 慌てて両手で水をすくい上げて顔を洗う。口の周りにこびりついた血を流す。そうしてようやく顔の汚れを落とし終わった時両手一杯に灰を掴んでいたことを思い出した。

「・・・」

 ノイレンは固まった。水に濡れた左右の掌が太陽光を受けて瑞々しい。

 悲しみと共に自分の粗忽さへの怒りが湧いてきた。

「うわああ!!」

 心の底から突き出てくる感情を吐き出しながら何度も噴水の縁に拳を叩きつけて自分を責めた。

『お母さん・・』

 12歳のノイレンは再びお母さんを失った。

「ばかやろう、わたしのばかやろう・・・」

 両手をぎゅっときつく握る。握った拳にぎりぎりと力を込める。爪が皮膚に食い込んで血が滲んでくる。その痛みがとめどなく湧いてくる怒りを辛うじて抑えた。

 通りの向こうから、血だらけの子どもが歩いていると通報を受けた騎士団が駆けつけてきた。ノイレンは顔を上げると再び逃げ出した。今度は街の外へ向かって。

『どこか遠くへ行こう』

 もうこの街にいられないし、いたくない、そう心に決めて。

次回予告

騎士団に追われ街を捨てたノイレン。しかし人さらいたちだけは執拗に追いかけてきた。行く当てもなく彷徨うノイレンは剣の師匠となるトレランスと運命の出会いを果たす。彼が携えるネオソードの柄に光るオレンジ色の石がノイレンの目に焼き付く。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第十話「もう大丈夫だ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ