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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第一部『踏みにじられたたまご』
8/23

8「お願い!!」

 自警団に捕まり袋叩きにされて顔が腫れ、口元は血で汚れてしまった。

「おいガキ、靴を脱げ。」

 拳に付いたノイレンの血を拭いながら団員の1人がノイレンに命じた。

 だがノイレンはただ彼らを睨むだけで無視してると両足を掴まれて無理矢理靴を脱がされてしまった。

「返せ、私の靴。」

 彼らもそんなノイレンを無視して靴をポイと投げ捨てると彼女の首にまで縄をかけて連行し始めた。

「おら、さっさと歩け!歩かねえと首の縄ごと引きずっていくぜ。」

 首の縄の先はノイレンのうしろにいる自警団員が握っている。引きずられればもちろん、逃げても首が絞まる寸法だ。ノイレンは大人しく歩き始めた。彼らは街の外れへ向かっていく。

『どこへ行く気だ?』

 この街では罪人を捕らえた場合騎士団の詰所に連れて行かれる。そこで法に則って処罰されるのだ。しかしノイレンを連行している自警団の連中は騎士団の詰所がある方向とは違う街外れに向かっている。加えて捕らえた罪人が抵抗できないよう縛りあげるのは当たり前のことだが首にまでかけることはしないし靴まで奪い裸足で歩かせている。いくらノイレンが有名な札付きですばしっこい悪ガキとはいえまだ子ども、それもたった1人だ。よほどの凶悪人でも連行するのにそこまではしない。むしろ逃亡されないようにするだけなら籠に閉じ込めて運べばいいだけだ。

『これ相当やばいな。どうにかして逃げないと。』

ノイレンは首は振らず視線だけ動かして逃げる隙を伺いつつ、まずは首の縄をどうするか考えた。このままではどう逃げても自ら首を絞めるだけだ。

『うしろで縄を持ってるヤツを何とかしないと・・・』

 彼女を連行するその異常な光景は街の人々の目を引いた。「ざまあみろ悪ガキ」という罵りに混じってその大袈裟すぎるやり方に密かに同情を示す者まで現れた。すれ違う人々が口にした言葉がかすかに聞こえてくる。

 街外れに向かう一行を遠巻きに見守る人々の中に2人、周りとは違う目でそれを見ているガラの悪い男たちがいた、今朝の人さらいだ。


「ついてますね兄貴、自警団(あいつら)が捕まえてくれたおかげで探す手間が省けたっすね。しかしどこへ向かってるんすかね?」

「さあな、しかしまともに処罰する気じゃないことだけは確かだな。」

 物陰から一行を見守りながら兄貴は頭をフル回転させていた。

「そうみたいすね。あんな風に連れて行くのは初めて見たっすよ。」

「だがオレたちにとっては好都合だ。ヤツらがどういうつもりか知らないが騎士団の詰所へ行かれたらお手上げだった。」

「どうします、兄貴?」

「まずはヤツらがこのあとどうするのか見ようじゃないか。それによって作戦(やり方)が変わってくる。」

 人さらいたちは自警団に気付かれないよう尾行を続けた。


 ノイレンが連れてこられたのは街外れにある空き家。窓という窓は板で塞がれていて玄関だけが唯一の出入り口だ。中で何か起こっても外からは分かりそうもない感じだ。

 ここまで来る途中ノイレンは一度だけ逃亡を図った。彼女のうしろで首の縄を持っている団員に体当たりを喰らわしてそいつが縄から手を離した隙に逃げた。が、腕を体ごと縛られているからバランスが取りづらくてすぐにコケてしまった。あっという間に捕まり今度は両脇を直接2人の団員に押さえられてここまで来た。

 空き家の玄関を開けると中には自警団の団長と昨日のキツネ目のボンボンの2人がいた。窓が塞がれているから中は真っ暗だ。明かり用のロウソクが1本灯されているがとても薄暗くてまだ目の慣れていないノイレンには中の様子が見えない。

「団長連れてきました。」

「よくやった、お前ら下がっていいぞ。いつもの場所で先に()っててくれ、俺もあとから行く。」

 自警団の団長は部下をねぎらうと空き家から人払いさせた。団長は目の前に突き出されたノイレンを上から下までジロジロとナメクジのようにねっとりした視線で舐め回す。

「こいつがノイレンか。汚ねえガキだな。」

 ノイレンは団長を鋭い三白眼で睨み返した。

「さあ、お坊ちゃん、気が済むまでおやんなさい。(体の)縄はこのままにしておきますからご自由に。」

 隣にいるボンボンに向かってそう言うと団長は玄関に向かった。

「うん、そうさせてもらうよ。で、どこ行くの?」

 ボンボンが出て行こうとする団長に尋ねると彼は振り向きもせずに右手を軽く挙げて答えた。

「お坊っちゃんがこれからすることは”誰も”見てません。何が起きてもお坊ちゃんのせいではないですよ。私は夕方まで戻らないんでそれまでお好きに。」

「なるほどそういうことか。わかった!」

 このボンボンも父親譲りでそういう飲み込みは早いらしい。団長が外へ出て行くのを見届けるとボンボンはノイレンを見ていやらしい笑みを浮かべた。

「へへ、まずは昨日の礼だなっ。」

 言い終わる前にボンボンは拳をノイレンに向かって繰り出した。胴を縛られたままのノイレンは体をひねってそのパンチをサコッシュで受け止めた。中に入れてあるものがクッション代わりになって衝撃を和らげる。

「このガキ舐めた真似を!!」

 ボンボンはサコッシュを掴むと思い切り引っ張って肩掛け紐を引きちぎった。

「返せ!!」

 ノイレンが真剣な表情で反射的に叫ぶ。奪ったサコッシュはそのまま投げ捨てようと思っていたボンボンだが彼女の必死な叫びを聞いて思いとどまった。

「ふ~ん、よくわからないけど、なんか大事なもんらしいな。」

 おもしろ半分にサコッシュの中身を漁る。中には一枚のボロ布が入っているだけだった。色褪せ、薄汚れてあちこち破れているが、よく見ると子供服のようにも見える。


 空き家から少し離れた物陰で人さらいたちが中の様子を伺っている。

「兄貴、自警団(やつら)出て行っちゃいましたぜ。」

「てことは中にはあのガキ1人か。いやそんなことはあるまい。」

 兄貴は顎に手を当てて考えている。あれだけ物々しい様子で連行したのだ、ノイレン1人を置き去りにしたとは考え難い。

『もしかして空き家を崩してその下敷きにして殺すつもりか。』

『いや、ガキ1人()るのにそんな手間をかけるわけない。そもそも空き家を崩せば周りが騒ぐ。』

 兄貴があれこれと考えていると空き家の中から甲高い言葉にならない悲鳴が聞こえた。

「ぎゃああわうあう!!」

 人さらいたちはとっさに身構えた。ノイレンにもしもの事があったのなら飛び込んでいってそれ以上傷がつく前に奪い取りたかった。しかし今の悲鳴を聞いてどこかへ消えた自警団員たちが戻ってくるかもしれないと思うとすぐには動けなかった。焦れる気持ちを押し殺しながら様子を見守った。


 悲鳴が聞こえる少し前、空き家の中ではサコッシュの中身を取り出したボンボンがその汚いボロ布をエサにしてノイレンをからかっていた。

「ゴミを持ち歩いてやんの、やっぱりゴミはゴミじゃん。」

「ゴミじゃない、返せ!!」

 両手を体ごと縛られているノイレンは床を蹴りボンボンに頭突きを喰らわそうとしたがあっさり避けられてそのまま床に勢いよく転がった。

「アッハハ、ざまあみろ。いい気味だ。」

 ボンボンは”ご満悦”なほころび顔でノイレンを見下して蹴飛ばした。彼女はなんとか起き上がろうともがきながら「返せ!」を繰り返す。

「そんなに返して欲しいのか、ほらよ。」

 そう言うとボンボンはノイレンの足下にボロ布を落とした。ノイレンがそれを取ろうと身をよじりながら向きを変えていく。もう少しでボロ布に顔が届くというところでボンボンが彼女の頭を蹴飛ばした。

「あうっ!!」

 思わず声が出た。

「ばーか、ばーか。」

 ボンボンは転がるノイレンの側で小躍りして喜んでいる。するとノイレンは体を曲げて勢いを付けボンボンの足を蹴飛ばした。

「うぎゃっっ!何すんだこのガキ。」

 ボンボンがノイレンを足蹴にする何度も何度も。ノイレンは転がって逃げた。

「逃げるとどうなるか・・・いいのかな?」

 ボンボンは薄ら笑いを浮かべて、明かり用に一本だけ灯しておいたロウソクでボロ布に火を付けた。それを見たノイレンが目を大きく見開いて怒りを露わにした。

「何すんだ!やめろ!!」

 叫びながら芋虫のように床を張ってボンボンの元へ近寄っていく。ボンボンは火のついたボロ布をノイレンとは反対の方向へ投げ捨ててこう言った。

「あれがお前のなんなのか教えたら火を消してやるよ。」

 ノイレンは転げたままボンボンを見上げる。その三白眼がとても鋭い。

「どうした?消してもらいたくないのか?早くしないと全部燃えちゃうぜ、アッハハ。」

 ノイレンは唇を噛みしめ視線を燃えるボロ布に向けてぼそっと口にした。

「お、お母さん・・・」

「は?聞こえな~い。」

 ボンボンは手を耳に当ててからかうように言った。

「お母さんが買ってくれた服だ!」

 ノイレンは燃えるボロ布を見つめたまま大きな声で叫んだ。

「はあ?アレが服?ただのボロ切れじゃん。ウソ言ってんじゃねえよ、アッハハ。」

 それはノイレンのお母さんがまだ元気だった頃に買ってくれた服だった。色褪せ、薄汚れてあちこち破れボロ切れにしか見えないが元は鮮やかなオレンジ色に染められていて活発なノイレンにはよく似合っていた。彼女はその服が大のお気に入りでいつも着ていた。お母さんが死んだ日も着ていた。体が成長して着られなくなった今も捨てられずに大切にしていた。ノイレンにとってお母さんとの思い出のたった一つの物だ、形見と言ってもいい。

「早く消して!!」

 ノイレンはボンボンに視線をあげて懇願する。ボンボンがボロ布の側へ行った。ノイレンは一瞬安堵した。しかしボンボンは火を消しもせず側にしゃがんで燃え尽きるのをただ眺めている。

「火を見てると落ち着くよな。」

 薄暗い部屋の中、火に照らされて浮かび上がる彼の横顔が鬼に見えた。

「消して!!」

 ノイレンは一生懸命に這う。

「お願い!!」

 人間不信に陥っていたノイレンから人を頼る言葉が出たのは何年振りだろう。それだけ彼女にとって目の前で燃えているボロ布は何物にも代えがたい宝物だったのだ。

「やだね。」

 ボンボンはそれだけ言うとノイレンがそれ以上ボロ布に近づけないよう彼女とボロ布の間に位置を変えて通せんぼした。

「うあああ!!」

 ノイレンは大きく叫ぶと彼のふくらはぎに噛みついた。

「うわったた!」

 ボンボンは悲鳴を上げて痛みに悶えた。ノイレンは眉間にしわを寄せ一層力を込めて噛み続ける。ボンボンは痛くてノイレンを引きはがすことができない。ついにノイレンはボンボンのふくらはぎの肉を噛みちぎった。

「ぎゃああわうあう!!」

 彼が言葉にならない悲鳴を上げた。


 空き家の外では自警団が戻ってくることを警戒した人さらいが周囲に気を配っている。だが彼らには幸いなことに誰も戻ってくる気配はない。彼らは団長の言葉通りボンボンの”事”が済むまで酒場などで暇つぶししに行っていた。そのための鼻薬はボンボンの”お父様”からたっぷりといただいている。

 今をチャンスと捉えた人さらいの兄貴が弟分に指示した。

「お前は出入り口を蹴破れ、行くぞ!」

次回予告

将来の上玉を諦めきれない人さらいによって私刑(リンチ)現場から助け出されるノイレン。しかし人さらいたちにも想定外の事態が。自警団の大仰な様子に眉をしかめた住人によって通報を受けた騎士団が出張ってきた。

ノイレンにとっては再びの助けとなるが今度は彼女が騎士団に追われる羽目に。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第九話『どこか遠くへ行こう』

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