77「あんたが思うより大人だぜ。」
酒場からそう離れていない地区に色街があり、そこから馬で10分ちょっと行ったところにある家の前にノイレンはいた。
「ここかな、あいつが言ってたイケメンの家って。」
馬から降りて、「そこにいて」と馬さんにお願いするとノイレンはそのイケメンの家のまわりをぐるっと探り始めた。
家の裏手のほうにある窓から中を覗くとそこはベッドルームだった。
「いた。」
ベッドの上に両手をロープで柵に縛り付けられたレイトワが横たわっている。彼女が着ているメイド服は胸元が破かれ2つの白いふくらみが露わになっていた。ノイレンは静かに中の様子を窺っているとイケメンが部屋に入ってきた。
「あいつか、レイトワを攫わせたやつって。」
男は確かに見た目は誰もが認めるくらい整った顔立ちをしている。年齢は20代後半くらいか。年頃の女性たちから黄色い声が上がりそうな佇まいだ。
「ありゃ、どうしようもない”顔だけ男”だな。」
ノイレンは窓越しにイケメンの様子を窺ってそう呟いた。見た目だけなら善良そうな常識人なのだが、その人の本質を見抜く目を養うよう鍛えられてきたノイレンはそんな”うわべ”には目もくれない。ノイレンの目に映るのは整った仮面の下に隠しているドブネズミの素顔だ。
ベッドに寝かされているレイトワの横に腰掛けるとイケメンは彼女の露わな胸をいやらしく眺めてニヤニヤと頬を緩め、彼女の脛に手を這わせ始めた。触りかたが実にねちっこい。レイトワが足をばたつかせて抵抗するとイケメンはもう片方の手でレイトワの首を絞めるように掴み力を込めた。苦しさに顔をゆがめるレイトワのその表情を見つめてまたニヤニヤと頬を緩める。そのまま脛に這わせていた手をスカートの奥へと滑らせていく。ノイレンからはイケメンの陰になってよく見えないが、レイトワはメイド服を着てはいるもののスカートの下に履いていたはずのドロワーは脱がされているらしい。暴れてスカートがめくれると太もものほうまで素肌が見える。
スカートに隠されたその下でイケメンの手が突き当りに届いたのか、手の動きが変わった。レイトワの抵抗がそれまでよりも激しくなった。
「これ以上は見てらんないな。」
ノイレンは窓をガンガンと叩いた。イケメンが驚いてこちらに顔を向けるとノイレンはニヤリと口角を上げて嘲笑を浮かべた。イケメンがレイトワのスカートから手を抜いて立ち上がるとノイレンはひょいと頭を隠し隣の窓へ移動、そしてまたガンガンと叩くのを繰り返した。”お楽しみ”を邪魔されたイケメンは次々と移動しながら窓を叩いてまわる不審者を追いかけ始めた。
「誰だ!」
イケメンは窓を開け、眉を吊り上げた顔を外にのぞかせた。
「ここまでおいで~。」
ノイレンはおちょくるように挑発し続けた。
イケメンが裏口から外へ出ようとドアノブに手をかけた瞬間、ドアが勢いよく開かれた。イケメンはノブに手をかけたまま引きずられて表へ転げ出た。その横っ腹にズンと重たい力がかかる。表で待ち構えていたノイレンがドアノブが回転するのを待って思い切り引き開け、転げてきたイケメンを蹴り飛ばしたのだ。
「ぅっ・・・」
イケメンは不意の衝撃に息が詰まり小さく呻き、地面に転がった。そのイケメンの頬に冷たい刃がすぅっと這った。
「レイトワを返してもらうぞ。」
「なん・・だ、貴様は?」
「あんたに答える必要はない。さあレイトワのところまで一緒に来い。」
ノイレンは剣を突き付けたままイケメンを立たせた。
「死にたくなけりゃ”ヘタ”なことすんなよ。」
背中に剣を突き付けているノイレンの隙を窺うイケメンに釘を刺すと、彼が反論してきた。
「”ヘタ”なことだと? レイトワはもともと俺が身請けすることになっていたんだ。それをコージャのやつが横取りしたんだぞ。だから取り戻した。それの何が悪い? 貴様こそ見当違いのことをしやがって覚悟していろ。」
「細かいことは分かんないけど、あんたにレイトワはもったいないよ。あんた自分の面、鏡で見たことあんのか?」
「貴様こそ俺のこの顔を見て何とも思わないなんてイカレた女だな。もしかして女の振りをした男か?」
ノイレンは言い返そうとしたが止めた。不毛な言い争いをしても意味がない。さっさとレイトワを連れて帰ろうと思った。
「つべこべ言ってないでさっさと寝室に行け。」
寝室に着くとイケメンはベッドに縛り付けられているあられもないレイトワの姿にまたいやらしい笑みを浮かべた。さっき暴れたせいでスカートがめくりあがりほぼ裸に近い状態になっている。ノイレンはレイトワを縛り付けている両手のロープを切るとイケメンを椅子に座らせ、彼女にシーツで拘束させた。最後に自分でもう一度固く縛り上げた。
「悪いがそのままにしとくぜ。生き延びたきゃ自分でなんとかするんだな。」
「貴様らあとで思い切り後悔させてやる。覚悟しておけ。」
ノイレンは何も答えず一瞥だけしてレイトワとそのイケメンの家を後にした。
「ありがとう。」
レイトワは小さな声で言った。
「あんたを守るのもわたしの仕事だからな。気にすんな。」
ノイレンはレイトワを馬に乗せると自分も彼女の前に飛び乗り手綱を握った。
「ちょっと大変だけど頼むよ、馬さん。」
やさしく馬の首筋を撫でる。
「ぶひひん!」
「まあ、この馬人間みたいね。」
「だろ、わたしもときどきそう思う。ちなみに師匠の馬さんも人間みたいなんだぜ。」
「仲がいいのね。」
「まあね。」
ノイレンは人差し指で鼻をさすった。
「さあ、アニーが待ってる。早く帰ろう。」
アニーを迎えに行くためにあの酒場へ馬の鼻先を向けた。前を向いて手綱を握るノイレンにレイトワがおずおずと話しかけた。
「あの、私の、その、過去のこと、アニーには言わないで。」
「どうして?」
「だって、ただでさえあの子にあまり好かれてないのよ。それが娼婦上がりだなんて知られたらますます嫌われるわ。」
レイトワはノイレンのうしろで沈んだ表情をしている。アニーには初対面で拒絶され、それ以来自分に対して心を閉ざしていることを気に病んでいた。
「あっははは!」
ノイレンはそんなレイトワをよそに高笑いで一蹴した。
「なによ! なにがおかしいの。私が卑しい女だってバカにしてるの?!」
「違うよ。あんたがどんな生き方をしてきたかなんて興味ないし、どんな生き方してたって今は一生懸命アニーのこと考えてるじゃん。それが一番大事だろ。」
「そんなこと言われなくても分かってるわよ。でもしょうがないじゃない。これ以上アニーに嫌われたくないんだもの。」
ノイレンは少し振り向いてレイトワをちらと見た。
「これは師匠が言ってたことなんだけど。過去は変えられなくても未来はいくらでも変えられる。レイトワの好きなように、自由にね。つまりあんた自身がどうしたいかが一番大切なんだよ。」
レイトワの表情が少し変わった。
「それにあんたが元娼婦だろうってことわたしはとっくに気づいてたし、アニーだってうすうす感づいてるよ。」
「なっ?!」
レイトワはひどく驚いて目を大きく見開いた。
「あんたがダンサーを売女と同じだって言ったときにそうじゃないかと思ったんだ。あんたもそうやって生きてきたんだろ。で、そんな自分を恥じている。だからあんだけ口汚く罵ったんだ。そうだろ?」
「そうよ、そうしなきゃ生きてこられなかったんですもの、仕方ないじゃない。」
レイトワはムキになって言い返してきた。
「だからさ、アニーにもあらいざらいさらけ出してぶつかっていけばいいんじゃない?」
「な、なにを言ってるのよ。あの子まだ6歳よ。私があれこれ言い訳したって納得するわけないじゃない。」
「6歳をばかにすんなよ。あんたが思うより大人だぜ。」
ノイレンは自分の6歳の頃を思い出していた。
「それにアニーがあんたを嫌ってるのって、匂いのせいだ。」
「匂い?」
ノイレンは前を向いたまま顎を少し上げただけで続けた。
「アニー言ってたよ。あんたに初めて会ったときすごい香水臭かったって。ただでさえお母さんにそっくりなんだ。それがキツイ匂いさせてたら嫌だろ。だってお母さんていい匂いするじゃん。」
ノイレンは自分の経験と合わせてアニーの言葉から彼女がレイトワを嫌う理由を察していた。
「あれは、コージャ・・・旦那様に言われてから付けないようにしてるわ。」
「そんなの関係ないね。一度そう思ったらずっとそうだもん。だからあんたはアニーをしっかりと抱きしめてやんな。そうすれば今のあんたの匂いがわかるから。」
レイトワはノイレンのうしろで黙ってしまった。うつむいて何かを考えているようだ。
「さ、着いたぞ。ここで(アニーを)預かってもらってたんだ。」
あの酒場に着いたノイレンはレイトワを馬から降ろすと手綱を馬止めに巻いた。レイトワは酒場の看板を見ただけで足がすくんでいる。彼女がかつていたのは娼館であって酒場ではないのだが、娼館でも酒を振る舞う。娼婦の仕事場はベッドの上だけではない。
「ほら、わたしがついてる。そんな怖がんなよ。」
ノイレンはレイトワの背中を押して店の中へ入っていった。そのノイレンの脳裏にボサボサ頭の馬蹄男から聞いた話が浮かんできていた。
「レイトワならオレたちが頼まれて攫ったんだ。」
「誰に?」
「レイトワを身請けするはずだったイケメンさ。」
”身請け”、ノイレンの確信に変わった推測がこの一言で裏打ちされた。
『やっぱりそうだったのか』
レイトワがダンスを男に媚を売る卑しいことと蔑み、売女と罵った言動に納得がいった。
「レイトワはもともとオレが出入りしている色街にいた娼婦さ。で、彼女を気に入ってた馴染みのイケメンが身請けしようとしていた。ところがそこにコージャという武具職人が現れた。こいつがまた色街には似つかわしくない純朴なやつでよ。」
ボサボサ頭の馬蹄男は話し出したら舌が良く回った。
「なんでもカミさんが亡くなって落ち込んでるからってやつの友人が無理やり連れてきたんだ。それがどうだい、やつはレイトワを見るなり入れ込んじまった。あとから聞いたがレイトワはそいつの死んだカミさんに生き写しなんだってよ。それからは遣手婆が手もみするくらい足繁く通い詰めてすっかりレイトワもほだされちまった。」
ボサボサ頭の馬蹄男はだんだんと得意げな表情になり滔々と語り続けた。
「それでどう金策したんだか、イケメンが身請け金を持ってくる前にそいつが横からかっさらっていったってわけだ。遣手婆にしてみりゃ金を持ってきたほうが客さ。先約もなんもあったもんじゃねえ。あんときゃイケメンが荒れて大変だったんだぜ。」
「それを根に持ってたイケメンが今になってあんたらに攫わせたってのか?」
ノイレンは少々飽きてきた。話が長い。
「ああ、レイトワのやつ普段は家に籠ってて一人じゃ表に出てこねえ。外に出る時はいつもコージャが一緒でよ。しかもあいつ武具職人だけあって武器の扱いも一通りできる上に、体もイカついからな、”ひょろい”イケメンはどうやっても勝てねえってんでやつが留守にする時を狙ってたわけだ。」
「情けねえな、そいつ。」
「そうでもないぜ。そのイケメンはなんて言ったっけ、すっげえ細長い剣よ、レイピアだっけ? そいつを使えるんだよ。それでもコージャには勝てねえってよ。」
「へえ、で、そのイケメンはどこにいるんだ?」
「ああやつの家なら、」
ボサボサ頭の馬蹄男はノイレンには敵わないと観念しているからなのか聞いてもいないことまでべらべらとしゃべってくれた。おかげでノイレンは長い話を聞かされる羽目になり少々”おかんむり”。
肝心なイケメンの居場所を聞き出すと馬蹄男の股ぐらめがけて足を思い切り踏みこんだ。
「わっ、なにすん・・・」
自分の大切な”イチモツ”めがけてノイレンの足が襲い来るのを見てそれだけで腰が抜けた。ドンっと大きな音を立ててノイレンの足が床を踏みつけた。
「安心しな。あんたを蹴るのは馬さんに任せるからよ。」
馬蹄男は口を開けたままちびった。少し股ぐらが湿ってきた。
レイトワの背中を押して中に入るノイレンは店内を見渡した。馬蹄男はまだ同じ席で飲んでいた。戻ってきたノイレンと目が合うとジョッキを手にしたまま腰が抜けて床に転げ落ちた。
ノイレンはそのままカウンターにいる店主のところへ向かった。
「今戻ったよ。アニーを見てくれてありがとう。」
「早かったな。その女が探してたやつか。」
店主はじろりとレイトワを見た。レイトワは気まずそうだ。店主がそばにいた店員に指で合図を送る。その店員は控室からアニーを連れてきた。
「アニー。レイトワ見つけてきたよ。」
ノイレンがにっこり笑って話しかけるがアニーはレイトワをちらと見ただけで返事も何もしない。レイトワもその場に立ちすくんだまま動かない。
「ほら、アニーをしっかり抱きしめてやんな。」
そう言ってレイトワの背中をぽんっと押した。背中を押されて2、3歩前に出たがそこでレイトワはまた足を止めた。その目にためらいがある。
「さっさとしろよ。アニーの継母になりたいんだろ。」
ノイレンがうしろからけしかけるとレイトワは意を決してアニーに走り寄りしっかりと彼女を抱きしめた。
「なにすんのよ、離して!」
レイトワに抱きしめられてアニーは暴れる。
「いやよ、離さない。私はアニーが大好き。」
アニーを抱きしめる腕に力がこもる。右手でアニーの頭を撫でた。するとアニーはおとなしくなった。
「・・匂い・・・」
「え?」
「お母さんの匂いがする。」
母と死別したのはアニーが3歳の時。幼さすぎてほとんどお母さんの記憶がない。顔だって似顔絵を見てそれと認識しているだけに過ぎない。彼女が唯一覚えているのは母に抱かれた時の安心する匂いだけ。レイトワの胸に抱かれたアニーはその中で亡き母親の匂いをかいだ。
「アニー・・・?」
一方的に抱きしめられていたアニーがレイトワの体にしがみついた。
「おかあさん。」
「アニー。」
それを見ていたノイレンは誰からも顔を背け、店の天井を見上げた。
店の中が歓声に包まれた。
どの席からも見える場所のテーブルをどかしてある程度の広さを確保したところでノイレンが踊った。ダンス衣装がなく旅の剣士風の服のままだからいつもとは違ってシャルキーから教わった剣舞をノイレンなりにアレンジして舞った。つま先立ちでステップを踏む。ノイレンはシャドウ稽古の要領で目の前にいる相手を斬り倒す動作を取り入れた。剣舞というよりはノイレンの戦い方をリズムに乗せて舞っているといったほうが的確かもしれない。けれども観客はそれに熱狂した。きわどい露出の衣装で踊る普段のダンスももちろんスケベ心を刺激されていいが、こういう実戦さながらの剣舞は男心をくすぐられる。ダンスというよりは演劇を見ている感じで皆興奮した。
ノイレンが手にしているネオソードのオレンジ色の石がランプの光を受けて時折キラリと輝く。それが殺伐とした戦いのシーンに華を添えているように見えて目を引いた。
ノイレンはくるんと一回転して斬りこんだり、手首のひねりを生かして縦横無尽に剣を振るったり、時にはセイベルの斬り上げのように床に寝そべるほど低い姿勢から観客のほうへグイっと迫りながら斬り上げる。ネオソードが大きく弧を描いて目の前を通り過ぎる。ランプの光を反射して刃が鈍色の輝きを見せる。ボサボサ頭の馬蹄男はその鈍色の光を見ると椅子に座ったまま腰が抜けて動けなくなった。夕べの光景がよみがえってくるのだ。周りにいる人は誰もそんなこと知らないからただの余興として楽しんでいるが、この男だけは股にぶら下げているイチモツとタマがすくむ思いだった。
最後にノイレンはその場でバク転して着地と同時に馬蹄男のほうに向かって突きを繰り出した。馬蹄男はその反動で椅子から転げ落ちる。男とノイレンの間はテーブル3つ分はあるというのに男はまるで自分の目の前にあの刃が突き出されたように感じた。
ノイレンは両足をそろえて立ち上がるとすっと剣を鞘に納めてカーテシーで挨拶をした。店中から拍手が鳴り響く。ノイレンはいつものように端からテーブルを回りだした。見てくれた客一人一人に笑顔を向けていく。中には感動したからとチップをくれる者がいた。順に回って歩いて馬蹄男の所へ来た。男は恐れおののいてノイレンから顔を背けている。
「おい、こっち向けよ。馬さんにまた蹴飛ばしてもらうぞ。」
男は青ざめた顔で振り向くとノイレンはパチっとウィンクした。男は白目をむいてひっくり返った。
「情けないなあ。」
ノイレンは微笑むと次へ向かった。そして最後にレイトワとアニーのもとへきた。
「ノイレンすごい! ダンスかっこいい!」
アニーは目をキラキラさせている。ノイレンはレイトワの目を見た。レイトワは一瞬目を左右に泳がせてからノイレンの目を見返した。
「これでも媚売ってるか?」
ノイレンはニカっと笑った。
「あなたには参ったわ。私より年下だなんて思えない。」
「老けてるって言いたいんだろ?」
「あのね、それは大人びてるっていうの。前に言ったでしょ。」
レイトワに上からの言動が戻ってきた。ようやくいつもの調子が出てきたようだ。
「はいはい。」
そう言うとノイレンは客たちからもらったチップを店主に全部渡した。
「いいのか?」
「うん。いろいろと世話になったから今日の分は全部渡すよ。」
「あとで返せと言っても知らんからな。」
「あはは。」
ノイレンは満面の笑みを浮かべて笑っていた。
次回予告
無事レイトワを取り戻したノイレン。取り戻すだけでなく彼女とアニーの仲をも改善させた。すべてが丸く収まってこの調子で残りの期間も楽しく過ごせるかと思っていたところにあのイケメンが再び現れた。レイピアを携えノイレンと対峙するイケメン。ところがノイレンは考え込んでしまった。
君は彼女の生き様を見届けられるか。
次回第七十八話「クルミパン、クルミパン。」




