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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第六部『ノイレンの空』

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74「カエルタコちゃん。」

 その日の朝、ノイレンはアニンよりも早く家を出ていった。

「行ってきます、師匠。」

「くれぐれも気を付けてな、ノイレン。」

「うん。」

 ノイレンは馬に跨るとトレランスとアニンに手を振って出かけて行った。その背中に向かってトレランスが余計な一言を投げかけた。

「馬の上で寝るなよー!」

「寝ないよっ!」

 ノイレンはぷうとリスのように頬を膨らませて振り向いた。その隣でアニンがぷぷぷと笑っている。誰が見ても分かるくらい彼女は今上機嫌だ。それもそのはず。

「さ、先生邪魔者はいなくなりましたわ。これからは、先生と(わたくし)の二人きり。水入らずで、」

 頬を赤く染め体をくねくねさせてトレランスに潤んだ視線を投げかけた。

「いけね忘れてた。厩の掃除をしなきゃならなかったんだ。」

 彼は頭を掻きながらそそくさとその場から逃げ出した。しらじらしいにもほどがある。

「先生ったらホント照屋さんなんですから、もう。」

 アニンは虎視眈々と獲物を狙う獅子か虎のような視線をその背中に射った。トレランスの背中にぞわぞわと悪寒が走る。

『あはは、どうしよう・・・これから3ヵ月。』

 厩の掃除をしながら「俺にも長期の依頼来ないかな」と切実に願った。

「ぶひひん!」

 トレランスの馬が掃除の邪魔をするように彼の背中をその鼻でつついてくる。

「なにすんだ。お前のウンコ片付けてんだぞ、ちっとは感謝しろ。」

 トレランスはムスっとして唇をへの字に曲げた。馬は涼しい顔でトレランスを見ている。思わずノイレンのようにジトっと半目になって馬を睨みつけた。

「馬肉にしてやんぞ。」

「ひひひん!」

 馬は歯をむき出しにして笑った。

「お前実は人間だろ。」

 思わずノイレンのようなことを呟くトレランスだった。


 掃除を終え部屋に戻ろうとしたら玄関でアニンとばったり。彼女はこれからギルド学校へ出勤だ。

「先生、行ってまいります。夕方お店でお会いいたしましょう。」

「あ、ああ行ってらっしゃい。気を付けてください。」

「ありがとうございます。先生もお気をつけあそばせ。」

 肩に斜めにかけた大きなバッグに左手を乗せて歩いていく。いつもより足取りが軽い。スキップは踏んでいないが今にも跳ねだしそうなほどだ。トレランスはアニンの姿が見えなくなるまで見送ってハアァと深いため息をついた。アニンもノイレンと同じで分かりやすい性格をしている。


「久しぶりに素振りでもするか。」

 ノイレンと組み手の稽古を始めてからはそればかりで素振りをする暇がなかった。彼専用の通常より一回り大きくて重い十字剣型の木剣を持ち出して、まるで目の前に敵でもいるかのように鋭い目つきで剣を振る。ブウンと風切り音が耳に心地よい。

「痛てて・・・」

 腹に力を込めてたら脇腹がまたちくちくと痛み出した。


 ノイレンは九月の爽やかな風に背中を押されるように今回の依頼主の家へ向かっていた。市場などの人通りの多い道を避けて進む。

「どんな子なんだろう。」

 馬の背に揺られながらだいぶ高くなった空を見上げて、今回の仕事相手を想像した。


「ノイレンに頼みたいのは護衛兼お()りだ。」

 ロンチャウの言葉がよみがえる。

「お守り? 護衛はわかるけどお守りってなに、・・・ですか?」

「シェヒルとフォクサルの武具屋が協働して近衛師団ご用達になったのは知っているだろう。その話を聞きつけた辺境伯が国境警備隊の装備もぜひにと所望してきた。武具屋ギルドは喜んでその話を受けたのだが、辺境伯は国境警備の現状を見てから必要なものを作ってほしいと要求してきたんだ。そこでシェヒル(うち)フォクサル(向こう)から腕のいい職人を派遣することになった。そうなると往復を含めても3ヵ月は家を留守にしなければならん。」

 ノイレンはロンチャウの口元に注目して話を聞いている。

「ここで一つ問題が生じた。派遣する職人の中にコージャという幼い娘と二人暮らしの者がいる。彼はどうしても今回の派遣から外せないそうなんだ。しかし子連れで行くわけにもいかない。一応彼の家にはメイドが1人いるが、3ヵ月もメイドと二人きりにしておくのは心配でならないそうだ。そこで留守の間の護衛と娘のお守りを住み込みで頼みたいというわけだ。」

「話は分かったけど、その、お母さんはいないの?」

「なんでも娘が3歳の時に病死したそうだ。それ以来後妻も娶らず娘と二人きりで暮らしている。まあそれでは何かと不便でメイドを雇っているそうだが。」

「ふうん。」

 ノイレンは何か言いたげな表情でロンチャウの話をかみしめた。

「仕事は明後日からだ。よろしく頼むぞ、ノイレン。」

「えっ、ちょ、ちょっと待って。」

「何を言っている、これはノイレンにしかこなせない仕事だ。断るのは許さん。」

「そんな・・・」

 と、そんなわけでノイレンはそのあとうわの空でずっと考えていたわけだ。


 街の中心から外れて郊外に近くなった場所にコージャの家はあった。統括ギルドを挟んでトレランスの家とは正反対の位置にある。

 石造りで頑丈そうな、いかにも武具職人の家という感じ。間取りはトレランスの家と大差ないが家と工房が一つになっているためその分大きく広い。

 ノイレンは馬から降りるとドアを3回ノックした。しばらくして静かにドアが少し開いた。

「どちら様ですか?」

 メイド服を着た21歳くらいの若い女性が開いた隙間から顔をのぞかせて尋ねてきた。不審者でも見るような視線をノイレンにぶつけながら。

「わたしノイレンです。ロンチャウ、統括ギルドのマスターから依頼を受けて来ました。」

 メイドの顔色が明るく変わった。

「まあそうでしたの。失礼しました。お待ちしておりました。私はメイドのレイトワと申します。」

 レイトワと名乗ったメイドはノイレンを家の中に招き入れるとさっそくお茶を淹れた。

「どうぞお飲みになって。」

「ありがとう・・・ございます。」

 かしこまった感じに慣れないノイレンは少々居心地が悪い。カバレの常連が「ケツがむず痒くなる」というのが分かった気がした。

「あなた歳はおいくつ?」

 ノイレンがお茶に口をつけるとレイトワは訊いてきた。

「17、です。」

「うそっ、私より年下なの? てっきり上かと思ったわ。」

 レイトワは急に馴れ馴れしい口調になって驚いた。ノイレンは年齢と見た目の乖離に関してよく言われるからもう慣れっこだ。

「よく言われる。老けてるってね。」

 ちょっとつっけんどんに返した。

「いやね、誰も老けてるなんて言ってないじゃないの。そういうのは大人びてるって言うのよ。覚えておきなさい。」

 馴れ馴れしいついでに上からの物言いに変化した。レイトワがそのつもりならとノイレンはいつものべらんめえ口調で話したくなったが、この一年様々な仕事をこなす中でロンチャウから言葉遣いをたしなめられることが多かったから我慢した。

「ところでわたしがお守りをするという子、いやお嬢様はどこ?」

「アニーなら自分の部屋にこもってるわ。あんまり人づきあいが得意ではないのよ、あの子。」

 アニーを心配しているように聞こえるが、レイトワの口調からはあまり彼女との仲は良くないようにノイレンは感じ取った。

『これじゃ、メイドと二人にしておくのは不安だわな。』

 ノイレンはお茶を口に含んでレイトワをそっと見た。

「あの、アニーのところへ行ってもいい、ですか?」

「どうぞ。あなたが仲良くしてくれたら嬉しいわ。」

 ノイレンはアニーの部屋の場所を教えてもらいドアを3回ノックした。

「アニー、こんにちは。わたしはノイレン。今日から3ヵ月あなたの護衛をすることになったの。入ってもいいかな?」

 部屋の中からは何も返事がない。ノイレンはしばしドアの前で反応を待ったが音沙汰なし。

「入るよ。」

 そっとノブを回してゆっくりドアを開け、中を覗き込んだ。

「アニー?」

 アニーはベッドの上にいた。枕を胸の下に入れてうつ伏せに寝ころび一枚の絵を見ていた。

 ノイレンは彼女の名を呼びながら近づいていく。最初は無視していたアニーもベッドの脇まで来られるとさすがに無視しずらくなり、見ていた絵を枕の下に隠すとベッドの上に起きあがってノイレンを睨んだ。

「なによ、あんたなんか要らないわ。帰って。」

 いきなりの拒絶にノイレンはブチっとしかけた。

「やだね。」

「はあ? わたしの言ってることがわからないの? あんたバカ?」

「よくわかったな、そのとおりわたしはバカだよ。バカだから帰んないよ。」

 アニーは思い通りにならなくてぷくうと頬をカエルのように大きく膨らませた。

「あっはは、カエルみたいだな、おもしろいなあんた。」

 アニーは真っ赤になって叫んだ。

「カエルじゃないもんっ!! あんたこそ何よ馬のしっぽぶら下げてアホじゃないの。」

「馬のしっぽじゃねえ、これはポニーテールってんだっ!」

 どっちでも同じだ。

「ぐぬぬぅ~。」

 しかしまだ6歳のアニーは教養が浅くてノイレンの天然ボケにツッコめない。言い返せなくて悔しい。悔しさゆえにさらに顔が真っ赤になっていく。

「すげー、カエルが茹でタコみたいになったぜ。あはは!」

 ノイレンは大口を開けて笑う。

「タコじゃないもんっ!! この、この、」

 いい言葉が見つからない。

「どうした? もう降参か?」

「知らないっ!!」

 アニーは枕に顔を押し付けて突っ伏した。

「あっははは。」

 ノイレンはアニーが自分と同じで負けん気が強いことが気に入った。

『こりゃお守りのし甲斐がありそうだ。』


「よし、じゃあ散歩に行こうよアニー。今日はいい天気だぜ。外に出ると気持ちいいよ。」

 ノイレンはアニーに顔を近づけて提案するが彼女はくるんとそっぽを向いて拒否した。

「やだ。散歩なんか行きたくない。1人で行けばいいでしょ。」

「アニーも一緒に行こうよ。」

「わたしの名前気安く呼ばないでくれる?」

「じゃあカエルタコちゃん。」

 アニーは振り向くとカエルのようにぷくうと頬を膨らませ、顔を真っ赤にして怒った。無言で睨みつけてくる。ノイレンはその反応が面白くて、本当は腹を抱えて笑いたいのを必死に堪え、頬をぷるぷると小刻みに震わせながらアニーを見ている。アニーも今更ながらに自分の形相が文字通りカエルタコになっているようだと気づいてしまい、何か言い返したいのに何も言えなくなってただそのままノイレンを睨みつけている。

 するとアニーはベッドから降りてズンズンと一足ずつ体重をかけるように歩いて部屋から出ていこうとした。

「どこ行くんだ?」

「散歩よ! 付いてこないで。」

 アニーは振り向きもせずカエルタコの形相のまま出ていった。後を追うノイレン。

「付いてこないでって言ってるでしょ、あんたバカ?」

 部屋を出るところからずっとうしろを付いてくるノイレンに文句を言うカエルタコ。

「さっきも言ったじゃん。わたしバカだって。」

「じゃあおバカさんに教えてあげる。『付いてこないで』ってのは『付いてこないで』って意味なのよ。」

 ノイレンはアニーの小さな背中を見ながら笑いを堪えている。

「わかったかしら?」

 アニーは怒ったままノイレンを見上げた。

「分かんないなぁ、バカだから。」

 ノイレンがイタズラっぽく答えるとアニーはますます顔を赤くしてズンズンと歩いて表に出た。

「あら、どうしたのアニー? おもしろい顔して。」

 表に出るとレイトワが洗濯物を干す手を止めて声をかけてきた。カエルタコなアニーの面相に笑いをこらえている。それが気に入らないアニーはぷいっと顔を背けて敷地の外へ出て行く。

「ちょっと散歩してきます。」

 ノイレンは笑いを堪えたニヤケ顔でレイトワに断りを入れた。

「行ってらっしゃい。気をつけてね。」

 レイトワはノイレンと目を合わせてぷっと小さく吹き出してまた洗濯物を干し始めた。


 その日の夕方、食卓を囲む3人。長方形のテーブル。アニーがいわゆるお誕生日席に座り、レイトワはなぜかそこから遠い反対側のお誕生日席の斜め前に座っている。ノイレンはそれを見てどこに座ればいいか迷った。

「好きなとこに座って。」

 レイトワは迷って立ちつくすノイレンにそう席をすすめた。

「って、言われてもなあ、」

 アニーのお守り役なのだから彼女に近い席に座るのが良いだろうとは思う。しかし、レイトワの隣ではなんか居心地が良くない気がする。かといって向かいのお誕生日席に座るわけにもいかないし、レイトワの向かいでは気まずい。

 仕方なくノイレンはレイトワと対角線になるアニー側の斜め前に座った。

「あのう、なんで2人ともそんなに離れて座ってんの?」

 ノイレンはおそるおそる訊いてみた。するとレイトワが答える前にアニーが口を開いた。

「レイトワはお父さんのところがいいのよね。」

 ノイレンにはよく事情が飲み込めない。

「お父さんはいつもわたしの向かいに座ってるの。だからレイトワはそっちにいるのよ。」

「ああ、なるほどそういうこと。」

 ノイレンはようやく合点がいった。レイトワはアニーの父コージャに雇われている。だからご主人様の側に控えるのは当たり前。納得して一人頷くノイレン。

「違うわ。」

 アニーが半目でわざとレイトワに聞こえるように否定した。本当に6歳なんだろうか。またまたノイレンは頭がこんがらがってしまった。

「どゆこと?」

 レイトワをチラッと見たあとアニーの顔を覗き込むようにして訊くとレイトワがそれを遮った。

「さ、早く食べましょう。冷めてしまうわ。」

 レイトワの雰囲気にそれ以上聞けなくなってノイレンは黙って夕食を胃に流し込んだ。


 夕食を食べ終えると早々に自室に篭ったアニー。ノイレンはドアを3回ノックしたあと返事を待たずに中へ入った。

「何の用よ、入っていいなんて言ってないわ。」

 アニーはまた枕の下に昼間見ていた絵を隠してノイレンを険しい目で見た。

「昼間も見てたね、何の絵?」

「なんでもないわ。あんたには関係ないでしょ。」

「それはそうだけど、見せてよ。」

「いやよ。」

「なんで?」

「わたしの宝物だもの。」

 アニーはうっかりしゃべってしまった。慌てて両手で口を塞ぐ。ノイレンはニンマリするとアニーに顔を近づけた。

「宝物かぁ、ふうん。」

 警戒するアニー。ノイレンはアニーの隣に座るとにっこり微笑んだ。

「いいよ。宝物なら大事にしたいもんね。」

 今ノイレンの心の中の引き出しからボンボンに燃やされたお母さんが買ってくれた服の思い出が引っ張り出されている。アニーは予想外の言葉に拍子抜けした。

「あ、案外いいとこあるじゃない、あんた。」

「ノイレンだよ。」

 ノイレンはトレランスのようにニカっと笑ってもう一度名乗った。

「ところでさ、アニーのお母さんてどんな人だったの?」

 アニーの顔が曇った。何も答えず枕に顔を突っ伏してそれ以上の問答を拒絶する。ノイレンはベッドに腰かけたまま遠い目をして続けた。

「わたしのお母さんもね、わたしが6歳の時病気で死んじゃったんだ。」

 アニーが驚いたように傍らにいるノイレンを見上げ、その横顔を眺めた。

「アニーのお母さんも死んじゃったんだってね、聞いたよ。だからアニーとわたしは似てるなって思ってさ。」

 ノイレンは上半身をひねって傍らでうつぶせに寝ころびながらこちらを見ているアニーに顔を向け、寂しげに微笑んだ。

「ノイレン?」

 ノイレンは静かに頷く。

「ノイレンは悲しい? 寂しくない? お母さんに会いたくならない?」

「悲しいよ。寂しいし、会いたいよ。今でもときどき思い出すもん。」

 ノイレンはアニーの横にうつ伏せに寝転がると両腕を枕にしてアニーと視線を合わせた。

「わたしだってそうなんだもん。まだ小さいアニーはもっとだよね。」

 アニーの顔がじわじわと歪んできた。にじんできた涙でその大きな瞳がランプの光を受けてキラキラと輝きを放つ。ノイレンはそっとアニーの頭を抱き寄せた。ノイレンの腕の中で小さな少女の嗚咽がひとしきり続いた。

次回予告

意気揚々と依頼主の家にやって来たノイレン。自分を信頼してくれた人たちのために、その期待に応えるために、なんとかアニーと仲良くして無事仕事を成し遂げようと奮闘する。その中でついやりすぎてアニーに怪我を負わせてしまいレイトワから叱られる。気を取り直すべくシャドウ稽古とダンスの練習に打ち込んでいるとアニーが興味を示してきたが、レイトワが激しく反対する。ノイレンは彼女の反応に何かを感じるのだった。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第七十五話「わたしもお母さんの絵ほしかったな。」

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