73「ノイレンにしか」
ノイレンがトレランスの右目として共にロンチャウの元で働き出して一年が過ぎた。さまざまな依頼をこなしてノイレンは一人前の剣士として成長し、いつの間にか17歳になっていた。
初めての依頼が武具屋ギルドのマスターたちの警護というハードなものだっただけに、「なんでもきやがれってんだ。」と意気込んでいたら次の依頼は逃げた牛の捕獲。
「師匠、こんなこともやんの?」
ノイレンは納得がいかない。剣士としての腕を買われての依頼とはほど遠いからだ。彼女の中ではなんだかんだ言ってもロンチャウの依頼は専らそれで、ごくたまに畑違いのものを無茶振りされるくらいだろうという思いがあった。ところがギルマス警護が終わった次の仕事が「屠殺予定の牛が逃げたから捕まえてこい」だった。食肉職人が屠殺用の刃物を準備していたら、命の危険を察知したらしく逃げ出したというのだ。
「前にも言ったろう。いろんな依頼があるんだ。」
「その牛さ、見つけたらわたしがとどめを刺してもいいかな?」
「そいつはダメだ。皮に傷をつけるわけにいかん。」
「なんで? 皮なんて食べられないじゃん。」
「皮は革職人に売るんだよ。それがソードベルトとかそういうものになるんだ。もし皮に穴を開けたら弁償しなきゃならん。だから生きたまま連れていかないとならないんだ。」
「それって、めちゃくちゃ面倒じゃない? 連れてく途中で逃げられたらどうすんの? それで銀貨一枚だけなの?」
「そういう時もある。」
他にも娘がライバル店の息子と駆け落ちしたから連れ戻してくれだの、フェスティバルで売る小間物の準備が間に合わないから作るのを手伝って欲しいとか、家族が怪我して働けなくなったから代わりに畑の収穫の手伝いをなど、到底剣士に頼むことではないような依頼がちらほら。
もちろん剣士としての腕の見せ所のある依頼もきちんとあった。両替商が資金を運搬するときの護衛。多額の現金輸送とあって道中良からぬ連中が徒党を組んで襲撃してきた。ノイレンとトレランスは人数的に不利の中、荷物だけでなく両替商の人たちも守りながら戦った。当然手加減など出来るわけもなく賊は全滅。
「これじゃ誰が中心人物か分からんだろう、もしかしたら他にも黒幕がいるかもしれんのに。お前らが口封じしてどうすんだ!」と自警団からさんざん怒られた。それでもノイレンは剣士としてまともな仕事ができたと満足した。この時は報酬もたんまり貰えて嬉しかった。
ほかには新しく開発した剣の試し斬りとか、その耐久性を測るためノイレンたち以外にも依頼された市内の剣士たちでの実戦さながらの組手試験など、剣士としての腕を十分に発揮できる仕事も存分にさせてもらえた。
ちなみにさまざまな依頼の中でもっとも酷かったのは店の看板猫が高い木の上に登って下りられなくなったから救出してほしいと頼まれたときのこと。
トレランスでは体が大きくて枝が折れそうだから登れない。で、ノイレンが登ることに。あともう少しで猫に手が届くというところで、怯えた猫の爪を出した強力な猫パンチを何度も食らった挙句手に噛みつかれた。その拍子に木から落ちた猫はにゃんぱらりんと華麗な体捌きで地上に降り立って逃げた。それに比べてノイレンはあちこち引っ掻き傷を負いあまつさえ噛みつかれた上に、落下する猫を追いかけて木から真っ逆さまに落ちてデカいたんこぶを作った。しかもその日の夜から熱に浮かされて生死を彷徨うハメに。破傷風に感染してしまったのだ。それなのに報酬は「猫は自分で下りてきたから」と銀貨を半分に割られた。
そんなことをあれこれ思い出しながらノイレンは馬に揺られている。
今日の依頼はフォクサルとは別の隣町まで貴重な香辛料を買い付けに行く乾物屋の護衛。ありふれた食料品なら護衛などなくても良いのだが、なかなか手に入らない貴重な品だけに買いそびれたやつや転売してぼったくろうという輩が狙ってくる。
ノイレンは馬上で内心ワクワクしている。賊に襲われることは本意ではないが、そうなれば剣士としてのまたとない出番。『腕が鳴るぜ。矢でも槍でも持ってきやがれ。』といつでも応戦できるように頭の中でその場面を想定してシャドウ稽古のように試行していた。
ノイレンの隣で同じく馬に揺られているトレランスが時折脇腹をさすっている。
「どうしたの師匠?」
「ん、ちょっとな。」
「そういえば師匠膝はさすらなくなったね。」
「おお、そういえばそうだな。すっかり忘れてた。」
このやりとりでトレランスの脳裏にドクターの言葉が蘇った。
『もし膝以外に痛みが出るようならすぐに知らせろよ。』
トレランスはためらいもせず素人判断でその言葉をかき消して頭を振る。
『まさかな。』
秋の風が心地よい。優しく吹いては馬のたてがみとノイレンのしっぽを揺らしていく。髪もだいぶ伸び犬のしっぽから馬に近くなった。今は腰の上あたりまである。それでもまだ以前よりは短くて、ノイレンはもっと伸ばしたいと思っている。
「いい天気だなあ、こないだまでの暑さが嘘のようだ。なあノイレン。」
「ぐうぅ〜」
ノイレン本人が返事をするより早くノイレンの腹の虫が返事した。
「なんだもう腹減ったのか。さっき昼を食べたばかりじゃないか。」
トレランスはイタズラっぽくニタニタとノイレンの顔を覗き込んだ。
「うるさいな。」
ノイレンは少し頬を赤らめてそっぽを向いた。
「人間腹が減ると怒りっぽくなるからな、怖わ、怖わ。」
トレランスはなおもノイレンをからかってきた。
「斬るよ。」
そっぽを向いたまま目だけ細めてジロリと睨みつけた。
隣町について乾物商が商談をしている間ノイレンは近くにある菓子を売っている店へ行った。そこで小さくなってもう着られなくなった服を再利用して作ったリネンの袋いっぱいに菓子を求めてきた。戻ってくる道すがらひょいぱくひょいぱくと頭の上に放り投げては口を大きく開けて吸い込むように食べている。
「美味いなあ、もっと買っとけばよかったかな。」
ロンチャウの仕事を始めてからさらに稼げるようになったノイレンは時折こうして好きなものを買い食いするようになった。口の中のものを飲み込むとまた一つ頭の上に放り投げた。それがノイレンの口の中に吸い込まれた直後、
「ドロボー!!」
護衛してきた乾物商の叫び声が響き、その声に慌てたノイレンは菓子を喉につまらせてしまった。
「ぐえっ、がはっ、ごぇっ。」
胸をドンドン叩きながら喉に吸い込まれた菓子を吐き出す。
「だぁ〜、死ぬかと思った。」
ノイレンは気を取り直して乾物商の元へ駆けつける。
「あああ〜、何やってるんだ、早く取り戻してくれ。」
乾物商が血相を変えてノイレンに文句を言った。
「どっちに行ったの?」
「あっちだ!」
乾物商はドロボーの逃げた先に人差し指を向けた。
「わたしが行く、師匠はこっちを守って!」
馬上で脇腹をさすっているトレランスにそう言うと、ノイレンは馬に飛び乗ってドロボーの後を追った。
ドロボーは4人。貴重な香辛料を詰めた袋はとても重く、一袋で数十キログラムある。だからドロボーたちは2人で一袋を抱えるように持って逃げた。しかし重たい荷物を抱えた人間の足と身軽な馬とでは比較にもならない。あっという間にノイレンはドロボーたちに追いついた。
ノイレンはまず1組目の横に並ぶとそのまま馬で体当たりを喰らわした。重たい荷物と馬の体当たりとで2人のドロボーは横っ飛びにコケた。2人してもんどりうって絡み合いながら地面にキスしたりしながら転がっていく。
次にノイレンは馬の上に立ち上がると鞍を蹴って宙返りしながらもう一組のドロボーたちの前に着地、素早く剣を抜いてドロボーたちの行く手を遮った。
「おとなしく(盗んだものを)返すか、ここで私に斬られて死ぬか選べ。」
ノイレンはうつむき加減に顎を引き、上目遣いに三白眼でドロボーたちを睨みつける。その眼光に射すくめられたドロボーたちは香辛料の詰まった袋をその場に捨てて逃げだした。
「ま、待ってくれよ~!」
地面に転げていた2人も震える膝で必死に起き上がり先に逃げた仲間に続いていった。
「なんでぇ、つまんないな。」
不謹慎にも呟いてしまった。できれば少し立ち合いができていたらなあという欲があった。そのせいだろうか『抜かずに済ませるのが一流ですわ。』というアニンの言葉がノイレンの脳裏をよぎった。
「なんかむかつくな。剣抜いちまったじゃん。これじゃおばさんに笑われちまう。」
ノイレンはその負けん気ゆえに、次は抜かずに済ませてやるぞと心に誓った。
「しかしこれどうすっかな。」
ノイレンはドロボーたちがその場に捨てていった香辛料の詰まった大きくて重たい2つの袋を見て困ってしまった。
「重すぎて持てないし、引きずったら袋が破けちゃうし、かといってここに置いたまま師匠たちを呼びに行ったらまた盗まれちゃう。」
袋の前にしゃがみこみ膝に肘を乗せる形で両手で頬杖をついて思案する。キョロキョロと馬さんを探して手招きする。ノイレンの馬は賢いものでその仕草の意味を理解しているかのように彼女の傍へ来た。
「ぶふぅん。」
そしてその鼻面をノイレンのしっぽに突き刺すようにして鼻息を浴びせる。
「あ! お前までそういうことすんのか! 次やったら馬肉にすんぞ。」
両手で自分のしっぽを押さえて頬をぷうとリスのように膨らませた。
「ひひひぃん。」
馬さんはいらずらっぽく笑っているかのように嘶いた。
「こいつも実は人間なんじゃね?」
疑いの目を向けつつ馬さんに話しかける。
「ちょっと師匠たちのとこまで行って呼んできてよ。わたしはこの荷物見てるからさ。」
「ぶひん!」
馬さんは頷くように首を大きく上下に振ると皆のいるほうへ駆けていった。
数日後。その日の仕事を終え、日当である報酬を受け取るとノイレンとトレランスは統括ギルドを出てシャルキーズカバレへ向かおうとした。
「ノイレン、ちょっと残ってくれ。お前に話がある。」
ロンチャウが統括ギルマス用の座り心地のよい大きな椅子に深々と腰かけたまま退室しようとしたノイレンを呼び止めた。
「なに? わたしこれからお店で仕事なんだけど。」
「そんなことは承知している。いいからこちらへ来い。」
ロンチャウの口調には有無を言わせない圧力がある。ノイレンはトレランスと目を合わせて彼の反応を見た。トレランスは口角を上げると無言で頷いた。
「わかった。」
ノイレンは一人ロンチャウの前に戻っていった。ロンチャウはトレランスが部屋から出ていくのを待ってからノイレンの目を見上げるようにしてじっと見つめて話をきりだした。
「ノイレンにだけ頼みたい仕事がある。」
「わたしにだけ?」
「ああそうだ。これはノイレンにしか頼めない。」
「どういう、こと?」
「この一年ノイレンの働きぶりを見てきてお前なら十分にやってくれるだろうと判断した。他の者では力不足だ。」
ノイレンはよく話が見えずいまいち合点がいかない。
「剣の腕も申し分ない。その上多少でも読み書きができて、レディとしての立ち居振る舞いもそこそこ心得がある。そんなノイレンにしかできない仕事だ。」
「あの、それはどういう仕事なの・・・ですか?」
ロンチャウは片方の眉をくいっとあげると話しだした。
ロンチャウの部屋を辞し館の外へ出るとトレランスがノイレンの馬も連れて待っていた。
「遅かったな。何を話していたんだ?」
ノイレンの馬の手綱を彼女に手渡しながらトレランスが訊いてきた。そのノイレンの顔に複雑な心境が見て取れる。嬉しさ、不安、未知への興奮、ためらい、怖れ、そういった陽と陰両方の感情がないまぜになっているらしいことを察知した彼はその大きな手をぽんとノイレンの頭に乗せた。
「よく考えなさい。考えたら必ず俺に話してくれ。力になるから。」
「うん。」
ノイレンは頭と心に温かいものを感じた。
2人は無言でカバレへ向かう。夕方の街の通りにぽくぽくと2頭のひづめの音だけが聞こえる。夕日を浴びて2人の腰に提げている剣の石がそれぞれに輝きを放つ。夕焼けに負けないオレンジ色の光、澄んだ青い光と浮かび上がった星。
ノイレンは馬の背に揺られながらロンチャウの話を繰り返し考えていた。
『ノイレンにしかできないことだ。』
この一言がとても大きくノイレンの心に引っかかっている。「ノイレンならできる」ではない、「ノイレンにしかできない」と言われた。いまだかつてここまで人から必要とされたことはない。親に捨てられ人間不信に陥って誰も信じられず一人でやってきた。トレランスやシャルキーたちに出会ってから人を信じることはできるようになったが、それでも「ノイレンにしか」なんて頼られたことはない。
ノイレンはおなかが減っていることも忘れてずっと考え込んだ。こういうとき馬というのは便利なもので、手綱を握ってさえいれば通いなれた道は黙っていても馬が勝手に歩いて届けてくれる。背中に乗っている”相棒”がなにやら深刻そうに考え込んでだんまりしているぞと、その視界の広い目の端にノイレンの顔を捉えながらトレランスの馬のうしろをついていった。
あまりにも深く考え込んでしまい馬がカバレに着いたのにも気づかずノイレンはそのまま馬上で頭を悩ませていた。
「・・・レン、お~い、ノイレン。」
かすかにトレランスの声が聞こえてきた。
「ノイレン~。まさか目を開けたまま寝てるのか?」
ハッと気づいたノイレンは頬を赤らめる。
「寝てないよっ。」
「よかった。また馬から落ちるんじゃないかと思ったぞ。」
トレランスがいらずらっぽく笑ってノイレンを見上げる。これまでに2度馬上で寝てしまい落馬しているからノイレンは恥ずかしくなった。馬から降りると裏口から中へ入ろうとして何もないところで蹴っつまづいてズベベっとコケた。
「あっははは、やっぱり寝てたんじゃないか。」
トレランスが笑う。
「うう~。」
悔しいが恥ずかしいのが勝ってノイレンは何も言い返せない。
「ふんっ、師匠なんか知らないっ!」
起き上がると服に着いたほこりを払ってぷんぷんと中へ入っていった。
給仕の仕事中もノイレンはロンチャウの話を考え込んでいて心ここにあらず。
「ノイレン、これ頼んでないぞ。隣のじゃないか?」
ぼぉ~っとしながら魚丸ごと香草焼きをテーブルに置いて戻ろうとしたノイレンにそこに座っている常連たちが口を揃えた。
「え、そう? 違った? ごめん。」
魚丸ごと香草焼きの皿を持ち上げると隣のテーブルに確認もせず置いた。
「お待ち遠さま。」
「なんだこれ、頼んでないぞ。」
「嬢ちゃんどうした? なんか今日はヘンだぞ。」
「そうだ、なんかぼーっとしてるよな。」
「心ここにあらずって感じがする。」
常連たちはそれぞれにノイレンの顔を覗き込んで心配する。
「い、いやだなあ、なんでもないよ。間違えてごめん。」
それだけ言うとノイレンは魚丸ごと香草焼きを忘れてチーフのもとへ戻っていった。別のテーブルで飲んでいる常連がその様子を見てやはり心配した。
「ノイちゃんどうしただにか。悩み事でもあるだにかな。」
トレランスも定位置でその様子をじっと見ている。
「先生、さっきから小娘ばかり、ずるいですわ。私という女がここにいるというのに。」
彼のうしろで彼の背中を肴にビールをちびちびやっているアニンが妬ましさ全開でぷくっと頬を膨らませた。
「あははは・・・」
背中にその視線を感じつつトレランスは冷や汗をかく。
ノイレンが奥の部屋に戻るとラクスが菓子をひょいぱくひょいぱくといつものように頬張っている。それを見たノイレンはなにか言いたげな瞳を向けるが言うのをやめた。
「なあに? 言いたいことがあるなら言ってよね。もったいぶってるとこっちまでもぞもぞしちゃうじゃない。」
相変わらず菓子をもぐもぐしながら話しかけてくる。
「ん、実はちょっと悩んでてさ。」
ノイレンは椅子の背に手をかけて椅子をカタカタ揺らした。
「悩んでるならどっちかにしなさい。」
「どっちかって?」
「やるかやらないかよ。」
「それはそうだけど、」
ノイレンは迷いが晴れず言葉に覇気がない。中途半端に言いかけて椅子をカタカタさせている。
「いいこと教えてあげる。」
ラクスはもう一つ菓子をひょいぱくと口に放りこむとテーブルに身を乗り出すようにしてノイレンにドヤ顔を近づけた。
「より後悔の少ないほうを選べばいいの。」
「少ないほうって、そんなのどうやったらわかるの?」
「それはノイレンちゃん次第よ。やればよかったと後悔するのと、やんなきゃよかったと後悔するの、どっちが自分にとって後悔が小さいか考えるのよ。それで小さいほうを選びなさい。そうすればたとえ後悔しても納得するから。」
ノイレンは目から鱗が落ちた思いがした。
「ありがとうラクス。そうだよね、じゃあわたしやってみる。」
ノイレンは笑顔になって奥の部屋から出て行った。その背中を見送ったラクスはまたひょいぱくと菓子を頬張って呟いた。
「私ってば今なんかとてもいいこと言った?」
もやもやが晴れて頭がすっきりしたノイレンは笑顔でトレランスのもとへ行きアニンがいる目の前で告げた。
「師匠、わたし一人で仕事してくる。期間は3ヵ月、依頼主の家に泊まり込みだって、ロンチャウさんが言ってた。」
次回予告
生まれて初めて人から名指しで頼られたノイレン。ラクスの一言で決心がついたノイレンは晴れやかな心持で依頼主の家に。そこでノイレンは一人の少女アニーと出会う。誰かさんのように勝ち気でこましゃくれているアニーにかつての自分を重ねたノイレンは彼女に寄り添い徐々にアニーの心に入り込んでいく。
君は彼女の生き様を見届けられるか。
次回第七十四話「カエルタコちゃん。」




