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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第五部『大空へ』

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70「そういうことだ。」

 ノイレンとトレランスが馬車のところまで戻ってくると中からマーセナリィがにゅっと顔を出した。

「終わったか?」

「ご安心ください、賊は全員()()()()()なりましたよ。」

 トレランスがニカっと笑って答えるとマーセナリィは「ご苦労」とだけ言って顔を引っ込めた。馬車はシェヒルに向かって進み出す。トレランスは先ほどと同じように馬車を先導するために前方に行くとノイレンもついて行く。そこにパラルがやってきてトレランスと馬を並べた。

「さすがだな、噂に聞こえるだけのことはある。それにお前さんの弟子もだ。」

 トレランスはふふんと鼻を鳴らして片方の口角を上げた。パラルはトレランスに愛想笑いをするとちらとノイレンを一瞥した。どこか冷たい眼光を放って。しかしノイレンはまだ興奮が冷めやらず息を鎮めるのに気を取られてまったく気づいていない。

「次は我らに任せてもらおう。もっとも次などないほうが良いのであるが。」

「ああ、その時はお手並拝見させてもらおう。」


 4人の護衛に挟まれて質実剛健な馬車は無事にシェヒルの街に入った。少しあたりが暗くなってきている。そのまま一行は武具屋ギルドに向かう。その建物には来賓が宿泊に使える部屋が用意されている。街中の宿に泊まるよりそのほうが護衛もしやすいからだ。

 何事もなくギルドに着き、マーセナリィはメルチェリオスと対面を果たす。今日のところは歓迎の食事会のみ。それもギルド内にある貴賓用の応接室で行われた。

「ささっ、マーセナリィさん遠慮なく召し上がってください。シェヒル(いち)の料理人を呼んで作らせたものです。味はフォクサルの料理にも負けません。」

 メルチェリオスは一応(へりくだ)ってマーセナリィをもてなす。彼は顔の下半分が髭で覆われているのにどんな料理でも髭を汚すことなく器用に食べている。

「美味そうだなあ。」

 ノイレンは空きっ腹を抱えて羨ましそうにメルチェリオスのうしろからそれを眺め口の中で呟いた。

 護衛のため二人のギルマスがテーブルを挟んで会食している間、傭兵たちはマーセナリィのうしろに、ノイレンとトレランスはメルチェリオスのうしろに控えている。だからノイレンからマーセナリィの様子がよく見える。

 会食が終わりマーセナリィは用意された貴賓室へ籠った。部屋の外には傭兵たちがいる。ノイレンたちはそこから廊下を三部屋分進み道なりに角を左に曲がって二部屋目、メルチェリオスの部屋の前にいる。

「師匠、仕事中て(食事は)いつもこんなんなの?」

 部屋の外で寝ずの番をするノイレンたちには立ったままでも食べられるようにとフレッシュチーズを挟んだパンと水筒が支給された。ギルマスたちが会食する料理を作ったときに焼いたらしくまだ柔らかいパンなのがせめてもの救い。ノイレンは大きな口を開けてがぶりとかぶりついて頬を膨らませながらもぐもぐしている。

「これも色々だな。依頼主によって変わる。今日はツイてない。」

 トレランスも口いっぱいに頬張りながら顎を動かしている。あまりにも頬張りすぎて喉が詰まった。ドンドンと拳で胸を叩きながら水筒の水で流し込む。

「師匠一度に口に入れすぎ。」

 ノイレンはニタリと笑ってその様子を見ていると、貴賓室のほうから窓ガラスが割れる音が響いた。

「賊だ!!」

 パラルの叫び声が聞こえてきた。ノイレンとトレランスに緊張が走る。ノイレンは一気にパンを飲み込もうとして喉に詰まらせ慌てて水を飲み咳き込んだ。

「ノイレン、一度に口に入れすぎ。」

 トレランスはイタズラが成功したときのような声で同じセリフを返しつつ廊下にある窓から貴賓室のほうを窺う。

「ダメだ暗くてよく見えん。」

「師匠、向こうに行ったほうがいいかな。」

 トレランスと同じように拳で胸を叩いてパンを飲み込んだノイレンは彼の横で窓の外を眺めながら訊くと彼は静かに答えた。

「もう少し様子をみよう。賊の人数も分からないし、向こうにはパラルたちがいる。」

「そっか、どっちのギルマスも守るってのが仕事だもんね。」

「そういうことだ。」

 ノイレンは柄に手をかけて辺りを警戒する。その手に少し汗をかいてきた。初陣はなんとか勝てたが、今は相手の姿が見えない、いつどこからどう襲いかかってくるか分からない状況に焦りが湧いてきた。

「ノイレン、今のうちに汗を拭っておけ。でないといざという時滑るぞ。」

 見えない敵に愛弟子が焦燥感を覚えて力んでいるのをトレランスはしっかり見ている。

「う、うん。」

 ノイレンは柄から手を離すと掌をスカートにこすりつけ汗を拭った。

「妙だな、いやに静かだ。」

 賊と戦っているわりには何の物音もしない。周囲を警戒しているトレランスが廊下の先の角の向こうを支配する暗闇に目を凝らし呟いた。廊下には一定間隔で高級なロウソクが並んでいるがそれでも見通せるのは数メートル。角の先は窓から見てもよくわからない。

「もしかしてもうやっつけたんじゃない?」

「いやそれならそうと連絡が来るはずだ。」

 トレランスの胸中に嫌な予感が膨らんできた。

「ノイレン。」

「はいっ。」

 トレランスがまだ何も言っていないのにノイレンはメルチェリオスの部屋のドアをノックすると返事を待たずに勢いよく開けた。

「おっさん大丈夫か!?」

 緊張でこわばる心を抑えて真剣に声をかけたノイレンは一気に脱力した。なんとメルチェリオスはベッドの中で枕を抱きかかえていびきをかいている。その姿を見たノイレンは半目でメルチェリオスを睨む。

「こいついい度胸してんじゃん。ホントにあとでこてんぱんにしてやる。」

 そう言いながらも部屋中に目を光らせる。

「なにか言ったかノイレン?」

 暗闇の先に目を凝らすトレランスが訊き返した。

「ううん、何も言ってない。」

 ノイレンはそっとドアを閉めた。

「大丈夫、中にはおっさんだけ。しかもおっさんのやついびきかいて寝てる。寝相がキモい。」

「寝相がキモい?」

 そこにパラルが一人でやってきた。

「片付いたのか?」

 状況を知りたいトレランスが尋ねるとパラルは落ち着いた表情で答えた。

「ザイナーが()られた。こっちは大丈夫か?」

「ああ、こっちは問題ない。それより賊は片づけたのか?」

「もちろんだ。」

 パラルの返事はそっけない。その言い方にノイレンは違和感を覚えトレランスの横顔を見上げた。眼帯で表情が分からない。

「どうも釈然とせんな。」

 トレランスの声が一段低くなりパラルのこめかみがぴくりと動いた。

「相棒がやられたってのにあんたのその様子、」

 トレランスは静かに問いただす。ノイレンは師匠のその声色に自分が感じた違和感が当たりだと感じ、パラルの様子を観察して気づいた。返り血を全く浴びていない。賊を倒したというのにだ。ノイレンは横目でトレランスを見ると彼は柄に手をかけている。ノイレンもそっと柄に手を伸ばす。

「待ってくれ、安心してくれ、賊は逃げた。ザイナーをやったあと我に詰め寄られ窓を割って逃げていった。」

 パラルは両手を胸のあたりに上げてその掌をトレランスに見せる。

「ここは二階だぞ。いくら暗くてよく見えないといっても誰かが飛び降りればシルエットくらい見える。」

「そうだよ窓が割れた音がしたとき外を覗いたけど誰も見えなかったよ。」

 ノイレンがトレランスのあとに続けてツッコんだ。パラルのこめかみが再びぴくりと動いた。

「ノイレン!」

「はいっ!」

 返事と共にノイレンはパラルの横をすり抜けてマーセナリィのいる部屋へ走った。

「あ、待てっ!」

 パラルは慌ててノイレンの背中に声をかけるがもともとすばしこいノイレンは既に廊下の角を曲がって暗闇に姿を消している。そのパラルの首筋にトレランスの剣がすっと当てられた。

「本当のことを話してもらおうか。」


 貴賓室まで来たノイレンは勢いよくドアを蹴破った。バーンっという大きな音がトレランスたちの元へも響く。

 ノイレンの目にナイフを手にした一人の賊と腰を抜かして床に座り込み腕から血を流しているマーセナリィの姿が飛び込んできた。

「このやろうっ!」

 ノイレンは剣を抜き賊に向かって突進していくと、助っ人の登場に慌てた賊は窓から逃げようとした。しかし窓に取り付くより早く追いついたノイレンはその背中に剣を振り下ろす。

「うぎゃっぁ!」

 背中を斬られた賊は叫び声を上げ、力を振り絞ってその手に握るナイフをめちゃくちゃに振り回して反撃してきた。ノイレンはつま先立ちでステップを踏むような軽やかな足捌きでその闇雲な攻撃を躱す。賊は死にたくない一心で懸命にナイフを振り回し続ける。

 ノイレンは床にへたり込んでいるマーセナリィをチラと見たあと賊に向かって低い姿勢から一気に斬りあげた。

「あぐぁっ、」

 ナイフを振り回す手が止まり賊は仰向けに倒れた。ノイレンはモロに返り血を浴び、菜の花のような黄色いドレスが夕日に染まるように赤くなり、床に飛び散った血飛沫がノイレンの影を浮き上がらせる模様を描いた。

「大丈夫か、おっさん。」

 ノイレンはマーセナリィの元へ行くとしゃがんで彼の目を見た。彼は目を見開きノイレンの目をじっと見つめる。

「おっさん? 大丈夫?」

 ノイレンがもう一度尋ねるとマーセナリィは少し上ずった声で答えた。

「あ、ああ大丈夫だ。助かった。お嬢さん見た目と違ってやりおるな。」

 ノイレンは赤面した。

「この恰好のことはツッコまないでくれ。わたしだって恥ずかしいんだ。」

「ふあっはっは、面白いお嬢さんだな。」


 メルチェリオスの部屋の前。

「さあ話してもらおうか。」

 パラルの首筋に剣を突き付けたトレランスが問い詰める。

「何を話せというのだ。お前さんなにか見当違いしているのではないか。」

「そうだな。まさかギルマスが自分で雇った傭兵に裏切者が混じっているなんて俺も考えなかったさ。」

 パラルのこめかみが三度(みたび)ぴくりと動いた。

「あんたのそのこめかみは正直だな。」

 パラルはそっと右手を柄に伸ばす。

「それはやめたほうがいいぞ。あんたほどの腕があれば、それを抜ききる前に自分の首が胴体とおさらばすることくらいわかるだろう。」

 トレランスの左目の奥が光る。黒い眼帯が半分闇に溶けているからなおさらに左目の眼光が鋭く突き刺さってくるのをパラルは感じた。


 腕を負傷したマーセナリィの肩を担いでノイレンがトレランスのもとへやって来た。

「師匠おっさん無事だよ、怪我してっから手当てしないと。」

「よくやったノイレン。メルチェリオスを叩き起こして手当させろ。」

「うん。」

 トレランスの剣はいまだパラルの首筋に当てられている。ノイレンの肩を借りているマーセナリィはメルチェリオスがいびきをかいて寝ている部屋に入っていくときパラルを睨みつけた。

「パラル、貴様・・・」


 ノイレンに蹴飛ばされ叩き起こされたはメルチェリオスはマーセナリィから事の次第を聞き慌てて階下にいる見張りの者を呼びつけ修道院へ走らせた。

「面目ない。私の雇った傭兵がこんなことをしでかすとは、いや、情けない。」

「そう気に病むな。我々の協働を快く思わない者たちは国中にいる。金に目のくらんだ輩がいたとしても不思議はない。」

 自身のふがいなさを責めるマーセナリィを慰めるとメルチェリオスはノイレンをじっと見た。

「あーっ、わたしと師匠を疑ったな! いいぜそっちがそのつもりならもう守ってやんないから。」

「まあまあ私が言うのもなんだが、この子の目は信用できるだろう。」

 マーセナリィが睨みあう二人をなだめるように顔の下半分を覆うひげを丸めて微笑んだ。


 翌日、シェヒルとフォクサルの武具屋同士が協働するための会合は無事に終了した。

「これで近衛師団ご用達は夢ではなくなりましたな。」

 メルチェリオスがマーセナリィにごつごつしたその右手を差し出す。マーセナリィも同じくごつごつした右手でしっかりと握り返して笑った。


 マーセナリィは帰り支度をする前にトレランスとノイレンを呼びつけた。

「二人には世話になった。世話になりついでにもう一つ頼みたいことがある。」

「フォクサルまで護衛していけって仰るんでしょう。」

 トレランスが先回りして答える。

「わかっているのなら話が早い。頼めるか?」

 マーセナリィは二人の顔を見て返事を期待する。というより「ノー」という返事は聞かないぞという圧力をその目に感じる。トレランスは横にいるノイレンの横顔をちらっと見おろした。それに気づいたノイレンは返答に詰まる。その顔を見ると思い悩み迷っているのが手に取るようにわかる。

「どうするノイレン?」

「う、うん・・・」

 ノイレンにとってフォクサルはできれば二度と足を向けたくない街だということをトレランスも承知している。それでも敢えてノイレンに決断させようとした。


『逃げずに向き合えばどんなに悲しいこともいつかは静かに思い出せるようになる。』


 ノイレンの心にいつかシャルキーが口にしたセリフが浮かんできた。ノイレンは大きく息を吸いゆっくりと全部吐き出すと顔を上げてトレランスの目を見た。そしてマーセナリィにその目を向けた。

「行きます。だけど護衛代ははずんでもらうよ!」

「ははは、しっかりしたお嬢さんだ。では頼むぞ。」

「はいっ。」

 トレランスはニカっと笑ってその大きな手をノイレンの頭にぽんと乗せた。


 マーセナリィの護衛に発つ前にノイレンはあるところに出かけた。その手に今回の報酬の金貨を1枚握りしめて。


「え、いいの?」

「当たり前だ。2人でこなした仕事なんだから報酬は半分こだ。」

 そう言ってトレランスは報酬の金貨を1枚ノイレンの手に乗せた。ノイレンは初めて見る金貨に魅了された。その目はまるで宝石をうっとりと見つめる乙女のそれと同じだ。陽光を受けてキラキラと輝く金貨。それに銀貨と違って重いし大きい。

「わたし出かける前にこの服なんとかしたい。買ってきていい?」

「なるべく早く戻ってこい。それと買い物をする前にその金貨はシャルキーに両替してもらうんだ。」

「なんで?」

「そんななりをしたノイレンが金貨なんて出してみろ、絶対怪しまれる。」

 ノイレンの黄色いドレスは返り血で赤く染まっている。胸と腰回りはアーマーをつけていたからその部分だけ黄色い。

「わかった!」

 ノイレンは借りているいつもの馬にまたがると振り返りもせずに飛び出していった。そのうしろ姿をトレランスはまるで本当の娘を見るかのような心境で見つめていた。


 カバレでシャルキーに事情を話して両替してもらうと3軒の店をはしごしてノイレンは戻ってきた。

「ただいまっ、師匠とおっさ・・・マー、マーセナリィ? さん。」

 戻ってきたノイレンの姿を見たトレランスは驚いた。マーセナリィも目を見張る。そこにはどこからどう見ても颯爽とした大人な女性の姿をしたノイレンが。

 まず服屋に行ったノイレンは血にまみれたドレスにドン引きされながらも旅に適した剣士としてのコーディネートを選んでもらった。

 重ね着(レイヤード)スタイルでインナーに濃いブルーの七分袖ブラウス。袖口はパフスリーブのように絞ってある形。その袖先と立ち襟(スタンドカラー)には白い刺繍の縁取り模様があり高級感をかもしている。ブラウスの胸元はチャイナボタンのような留め具で閉じる仕様。その上にアイボリーのタイトなベスト。フロントには細い紐状の留め具が3つあり、裾が少し広がったデザインがシルエットを綺麗に見せている。肩から胸元にかけてのラインもただのV字ではなくVを上下に重ねたようなひし形を思わせるラインでおしゃれだ。

 それに動きやすそうなダークブラウンのタイトなパンツ。太ももの真ん中あたりに装飾を兼ねた幅の広い革のベルトパーツが巻かれている。そして履き口が折り返されたクラシックな乗馬ブーツのようなブラウンのロングブーツ。

 ウエストには金色に鈍く輝くバックルがアクセントの太めのレザーベルト。その上からネオソードを装着したソードベルトを巻いている。

「こりゃ驚いた。ちぐはぐな恰好をしたお嬢さんだとばかり思っていたが。」

 マーセナリィが顔の下半分を覆うひげを丸めて褒め散らす。ノイレンはかすかに頬を染めてはにかむとちらと師匠を見た。その途端はにかんだ素敵な笑顔がジト目のこわい顔になった。トレランスの目が点になっているのだ。

「師匠なにその目。わたしの恰好そんなにヘン? 酷くない?」

「え、あ、いやそうじゃなくてだな、ノイレンがあまりにも大人っぽく見えたから見違えたんだ。」

「なにそれ、つまりわたしは子供だって言いたいわけ?」

 そう言ってぷうと頬をリスのように膨らませる。そんなことをするから子供に見られるというのに。

「ま、いいや。師匠から見たらわたしはまだまだだもんね。」

次回予告

剣術の腕だけではなく勘の鋭さも磨かれてきたノイレン。なりゆきからマーセナリィの護衛でフォクサルへ向かうことを自分で決めたにもかかわらず気が重いノイレンは賊に襲われ死にかける。その窮地を救ってくれた師匠に見捨てないでと本音を吐露する。そして”悪ガキノイレン”として悪評をまき散らしてきたフォクサルの街に再び姿を見せたノイレンは心に鞭打って街の姿を目に焼き付ける。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第七十一話「シェヒルへ帰ろう!」

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