69「だからノイレンも”ちびって”いいぞ。」
統括ギルドを後にした2人はそこからさして離れていない武具屋ギルドへ向かう。その道すがらノイレンはうきうきしていた。
「師匠、金貨ってどんなんなの? わたし見たことない。すごいな、たくさん稼げるんだね。」
報酬はギルマス2人分で金貨2枚と聞いてノイレンはすでに夢見心地。それだけあれば師匠はもう働かなくても大丈夫なんじゃないかなんてさえ思えてくる。
「金貨は銀貨より一回り大きくて重いぞ。俺も初めて見た時はびっくりした。」
「師匠いつもそんなに稼いでたんだ。すごいな。」
「それは違うぞ。」
「どゆこと?」
「金額が高いってことはそれだけ危険だということだ。」
ノイレンには「危険」の意味がよく呑み込めていないらしい、怪訝そうな目を向けてくる。
「つまり報酬が高ければ高いほど死ぬ確率も上がるってわけだ。」
「ってことは・・・」
ノイレンはようやく今回の依頼の危険度を理解した。
「そういうことだ。来る途中で話したような仕事だと多くても銀貨数枚だよ。ひどい時は銀貨を半分に割られた時もあった。」
「ええっ、半分?! 酷い。」
「そんなもんだ。ああそれからノイレン、あとでひとっ走りシャルキーのところへ行って2、3日仕事で留守にすると伝えてきてくれ。」
トレランスがさわやかな笑顔でさらっと言っているのがノイレンにはある意味恐ろしく思えてきた。自分自身の身や誇り、はたまた大切な人を守るためならいくらでも戦える。実際にそういう斬り合いは経験した。しかし単に仕事で命を張る。金ずくで殺し合いをするかもしれないということが平然とできるだろうか、ノイレンはそんなことに剣を振るうことができるのか自分自身が怪しく思えた。
『殺れるときに殺っちまわないと後悔するぜ。』
ノイレンの脳裏にセイベルのセリフが閃いた。
シェヒルの武具屋ギルド。
「来たかトレランス、なんだどうしたんだその目は?!」
武具屋ギルドのマスター、メルチェリオスはトレランスの姿を認めると驚いて椅子から立ち上がり詰め寄った。
「ちょっとな。」
「そんなんで大丈夫なんだろうな?」
「もちろん問題ない。任せてくれ。しっかり守ってみせる。」
「お前がそう言うなら大丈夫なんだろう。明日の会合にシェヒルとフォクサルの未来がかかっていると言ってもいいからな。何が何でも合意に漕ぎつけねばならない。」
メルチェリオスの表情は真剣そのもの、会合を成功裡に収めることが両ギルドにとって何よりも重要な案件なのだ。
「大袈裟だなあ。」
「そりゃ大袈裟にもなるさ。王都の近衛師団ご用達になれるかもしれんのだぞ。シェヒルとフォクサルの職人が手を合わせればどこにも負けん武具が作れる。そうなれば他の都市の騎士団なんかも上客になってくれるだろう。」
「そいつはすごい、近衛師団ご用達か。」
「だから明日の会合を邪魔しようって輩があちこちにいるんだ。」
「なるほどな。だが俺たちが来たからには大丈夫だ。大船に乗った気でいてくれ。」
「俺たち?」
「今日は弟子のノイレンを連れてきた。2人で守らせてもらう。」
トレランスはうしろに控えさせていたノイレンをメルチェリオスに紹介した。
「ノイレンです。」
ノイレンが事前にトレランスから含められたとおりに挨拶をするとメルチェリオスは眉をしかめてノイレンを見た。
「トレランス、何の冗談だ? こんな女の子に護衛なんて務まるわけないだろう。会合が台無しになったらどう責任を取るつもりだ。お前さんその右目のせいで焼きが回ったか。」
ノイレンはその言にムっとしてトレランスにそっと耳打ちする。
「師匠、こいつこてんぱんにしていい?」
「ダメだ。」
トレランスはあくまでも笑顔を装いながらチクリと刺す。ノイレンはぷうと頬をリスのように膨らませたいのを我慢してメルチェリオスを睨んだ。
「なんだその目は。態度の悪い奴だな。本当にどうしたんだトレランス、こんなどうしようもないのを連れてくるなんて。」
トレランスは何を言われようとも飄々とした表情を崩さずメルチェリオスに笑顔を向ける。
「まあまあメルチェリオスさん、そうおっしゃらずにどうぞノイレンの仕事ぶりを見てください。失望はさせませんよ。」
メルチェリオスは信を置いているトレランスの言うこととはいえどうにも釈然としない。疑り深い視線をノイレンに向けている。
「お前の言うことなら信じたいが、会合にはシェヒルとフォクサルの全職人の生活がかかってるんだぞ。本当に大丈夫なんだろうな。」
トレランスはニカっと笑って答えた。
「なら信じてください。」
これが大人の対応というものなのだろうとノイレンは思いつつもやはり着ている服だけで判断されて侮辱されたことに納得がいかない。メルチェリオスだけでなくトレランスにも聞こえないくらい小さい声で呟いた。
「あとでこてんぱんにしてやる。」
「ん? 何か言ったか小娘。」
メルチェリオスはすかさずツッコみを入れてくる。さすがにノイレンの声は聞こえていなかったがぶつぶつと口が動いたのを見逃さなかった。
「な、なんでもない、ですっ!」
護衛の任に就くにあたってトレランスはノイレンに譲ったネオソードと同じような通常よりも長めのサーベルを所望した。それと簡素なアーマー。
アーマーはノイレンと2人分。全身を覆う仰々しいものではなく、頭を覆うだけで顔はまるまるむき出しのヘルム(兜)、胸当て(キュイラス)、腰回りを覆うキュレットに手と上腕を防護するヴァンブレスにガントレット、それに脛を覆うグリーヴのみ。
「師匠、ほんとにこれ付けなきゃダメ?」
ノイレンがものすごく嫌な顔をしてトレランスに訴えかける。それもそのはず、パフスリーブの黄色いかわいらしいドレスの上から胸の膨らみにフィットするビキニアーマーのキュイラス、ウエストを絞る幅の広いリボンの下にキュレット、脛にはグリーヴを着けているがスカートの丈が短く膝が見えているからまるでそこが絶対領域のようだ。それで腕にはヴァンブレスとガントレット、そこに今でいうバイザーのないジェットヘルメットのようなヘルムという出で立ち。どこからどう見てもちぐはぐで大道芸の道化みたいだ。
「あははは、いいぞノイレン、それなら敵は呆気に取られて出遅れる。どんな奴が来ても勝てるぞ。」
トレランスが胸を反らして高笑いするものだからノイレンはますます機嫌が悪くなった。
「師匠、わたしで遊んでない?」
トレランスがあまりにもいたずらっぽく笑うからジトっと疑いの目を向けた。もしかしたら初めから仕組んでいたのかもしれないと思えてきた。
「遊んでない、遊んでない。ノイレンはある意味初陣なんだからそれくらいじゃないと身を守れないぞ。」
そう言いながらもトレランスは目の端に浮かんできた涙を指で拭っている。
『あとで師匠もこてんぱんにしてやる』
ノイレンは心に誓った。
装備を整えたノイレンはシャルキーズカバレへ伝言に行きシャルキーに思いっきり笑い飛ばされたあと、一足先に街外れまで行っているトレランスと合流するため、いつもの貸し馬屋に寄り、いつもの馬さんを借りて街の中を駆け抜けていく。借りる費用は武具屋ギルドに持たせたかったが「馬代まで出すとは言っておらん!」とメルチェリオスに一蹴された。
貸し馬屋でもそのちぐはぐな恰好を笑われたノイレンは恥ずかしすぎてもっと速く馬を走らせたかったが街中をそんな猛スピードで駆けたら往来の人を撥ね飛ばしかねない、「誰もわたしを見んなよ」と心の中で願いつつできるだけ馬を急がせた。
街外れで合流すると2人はそのままフォクサルへ続く道を進み始めた。ノイレンにとってはあまり気乗りしない道だ。できればあの街には行きたくない。早くマーセナリィが見つかるといいと願いつつ手綱を握る。
日が傾きかけたころ地平線の向こうから質実剛健な馬車がやって来るのが見えた。傍に2人の傭兵を連れて。
「あれだな、ノイレン行くぞ。」
トレランスは馬の腹に拍車をかけて駆けていく。ノイレンも後に続く。すると馬車が止まった。シェヒルの街から近づいてくる2頭の馬を見て傭兵たちが警戒したのだ。
「俺はトレランス、シェヒルの武具屋ギルドから護衛を頼まれた。」
警戒して鋭い視線を向けてくる傭兵たちに向かってトレランスは大きな声を出して自己紹介すると質実剛健な馬車の窓から髭を蓄えた四角い顔がにゅっと出てきた。
「話は聞いている、よろしく頼むぞ。もっともこちらも腕に覚えのある傭兵を連れてきたからお前さん方の出番はないかもしれんがな。ほっほ。」
顔の下半分を覆う髭がまるく膨らむ。にんまりと笑ったらしい。
「メルチェリオスといい武具屋のギルマスってなんかムカつくなあ。」
トレランスの横にいるノイレンは小さい声で呟いた。
「あはは、武具屋は仕事柄普段から荒っぽい連中も相手にしているからな。見た目のゴツいほうが安心できるんだろう。それに自分の雇った腕利きを誰よりも信頼しているのさ。」
頬を膨らませているノイレンにトレランスは笑顔を向ける。
傭兵の2人が近づいてきた。
「我はパラル、こいつは相棒のザイナーだ。ここからは先導を頼む。」
「了解だ。俺はトレランス、そして俺の弟子ノイレンだ。」
ノイレンはぺこりと頭を軽く下げた。
「おい、シェヒルにはまともなやつがいないのか? こんなのを連れてくるなんてどういう了見だ。」
ザイナーがノイレンのいで立ちを見て呆れて文句を言った。ノイレンはムっとして突っかかっていこうとしたところをトレランスに止められた。
「師匠!」
トレランスは無言で首を振る。ノイレンはぷうと頬をリスのように膨らませてそっぽを向いた。
「先に言っておくが、見た目だけで判断するとあとで恥をかくことになるぞ。彼女は俺の弟子だ。腕は俺が保証する。」
トレランスはニヤリと口角を上げてパラルとザイナーを見た。
「こんなのが期待に足る働きができるだと? 随分と豪語してくれたな。」
どうもザイナーは血の気が多いらしい。そんな彼にトレランスは黙って片方の口角を上げるだけ。それがますますザイナーの癇に障った。
「いいだろう、あんたたちがどれだけなのかとくと見せてもらおうじゃないか。」
夏場だから日が傾いてからも落ちるまでにはまだ十分に時間がある。暑さが和らいだ風を頬に受けながらシェヒルの街を目指して質実剛健な馬車を先導し始めた時騒ぎは起こった。
ぶうんと唸りをあげて数本の矢が馬車めがけて飛んできた。
「来たぞ! ノイレン気をつけろ!!」
トレランスは手綱をぐいっと引いて馬の頭を矢の飛んできたほうへ向けさせると腰のサーベルを抜いて矢を払う。払いきれなかった矢が一本馬車の扉に突き刺さった。その突き刺さる音を合図にするかのように街道のわきにある茂みの中から10人ほどの人影が一斉に飛び出してきた。
「ノイレン付いてこいっ。」
トレランスは先導して馬を駆る。後を追うノイレンにトレランスの声が振りかかる。
「ノイレン、馬から降りるなよ。」
「はいっ!」
2人は飛び出してきた賊の群れに飛び込んでいった。トレランスは馬を止めることなく駆け抜けながらサーベルをくるくると回転させて賊の頭や首を狙う。賊はロングソードを持っているが馬上からの斬りつけに苦戦する。大きく振り回しては空振りしその隙にトレランスのサーベルが頭をとらえる。からくもサーベルを避けても馬に踏みつけられそうになり恐れおののいて腰を抜かす。
ノイレンはネオソードを抜き師匠の動きを見習って賊の頭を狙う。
「ノイレン馬を止めるな、引きずり下されるぞ。」
「はいっ!」
ノイレンは今までに経験したことのない立ち合いに戸惑いながらも懸命に剣を振る。しかしトレランスのように場慣れしていないせいだろう、賊が大振りしてくるロングソードの剣先がノイレンの足や馬の腹をかすめる。ノイレンはアーマーを装着しているから何ともないが馬の腹の毛が徐々に赤く染まっていった。
「馬さんごめん、もう少し頑張って!!」
ノイレンは手綱を引きながら馬の横顔に話しかけた。腹からにじみ出た馬の血がノイレンのグリーヴを汚していく。
賊の一人がノイレンの背後から襲い掛かってきた。ノイレンはそれに気づいて手綱を引き馬の向きを変えようとするが間に合わない。
「ぶひひんっ!」
馬がしっぽで賊の顔をはたいた。面食らった賊の動きが止まる。その間に馬の向きを変えたノイレンは手首をひねり賊の首を払った。サーベルの刀身には反りがある。しかもネオソードは一般的なものよりも長い。手首のひねりだけでも十分な斬撃を加えることができる。
賊の首が宙に飛んだ。
「ありがと馬さん!」
「ヒヒ~ん!」
首が飛んだ胴体から噴き出した血しぶきを被ったノイレンの黄色いドレスに赤い斑点がいくつも付いた。まるで菜の花に寄ってきたテントウムシが何匹もいるみたいだ。馬車を守りながらその様子を見物していたパラルは感心し、ザイナーは唇をかんだ。
「あと3人。」
周りを見渡し残っている賊を数えた。ノイレンが2人倒す間にトレランスが5人片づけている。眼帯で片眼が見えないのが嘘のようだ。
「すごい。やっぱり師匠強いな。」
感心しながらも残りに向かってノイレンは馬を駆る。
「あいつら全員やれば師匠と同じだ。」
いつもの負けん気を発揮して賊に迫る。トレランスに向かっていた賊の一人がノイレンの蹄の音に気づいて振り返り剣を体の正面に突き出して向かってきた。馬を突いて落馬させようという魂胆らしい。
「これ以上馬さんを傷つけさせるかよっ!」
ノイレンは馬から飛び上がり空中でくるんと宙返りをして賊の頭上から剣を叩きこんだ。
「3つ目!」
着地するとき膝を大きく曲げて衝撃を和らげる。おしりが地面に着くくらい低く体勢を保ちつつ残りがどこにいるかその目と気配で探した。
ノイレンが馬から降りたことを知った残り2人となった賊はトレランスよりも先に殺ってしまおうと踵を返してきた。
「行ったぞノイレン!」
トレランスが腰を低くしているノイレンに声をかけるよりも早く膝をばねにして飛び出し、ロングソードを振り上げて襲い掛かってくる賊の一人の太ももをすり抜けざまに斬る。そしてつま先立ちで踊るようにかろやかにくるんと体を回転させてもう一人の腹にネオソードを突き刺した。
「4つ目!」
賊の腹に深々と刺さったネオソードを抜きとると、太ももを斬られ膝立ちになってその苦痛に耐えている賊の背中に叫んだ。
「5つ目、こっち向け!」
「うわああっ!!」
ノイレンの叫び声に反応するように振り向いた賊はもはや風前の灯火、その手に握るロングソードを振り上げて牽制するがまともにノイレンを見ていない。しっかりと相手を見据えているノイレンは振り上げられたロングソードの下に潜り込んで賊の腹を切り裂いていった。
賊から数メートル離れたところで立ち止まり振り向いて態勢を整えたノイレンはいつものように剣を構えて不測の事態に備える。その頬には血糊の化粧が。ノイレンは構えを崩さずに地面に突っ伏して斃れている賊を見つめたまま肩で息をしている。トレランスがゆっくりと近づいてきた。彼は馬にまたがったままノイレンの頭にその大きな手をぽんと乗せた。
「よくやったノイレン。上出来だ。」
その言葉に構えを崩したノイレンは膝から崩れ落ちそうになった。師匠の大きな手が頭に乗った瞬間緊張の糸が切れどっと重たい感情がノイレンの体を頭の上から地面に押し付けようとしたのだ。
ノイレンは手と膝がぶるぶると小刻みに震えるのを感じた。
「し、師匠、」
馬上のトレランスを見上げた。彼はにっこり微笑んでノイレンを見下ろしている。
「誰でも最初はそうなる。」
「そ、そうなの?」
「ああ、俺も初めて戦った時はそうなった。そんで”ちびった”、あははは。だからノイレンも”ちびって”いいぞ。」
あっけらかんと笑うトレランスをノイレンは血で赤く染めた頬をリスのようにぷうと膨らませて睨んだ。
「斬るよ。」
「あの娘なかなかやるじゃないか。まだ荒削りなところもあるが大したものだ。俺たちもしっかりしないと笑われてしまうな、なあザイナー。」
パラルが冷静に見ているのに対してザイナーは心中穏やかではなくなっていた。見た目だけで馬鹿にした自分をノイレンがドヤ顔であざ笑うに違いないと悔しさをかみしめる。
「なんてやつだ。無傷で5人も片づけやがった。」
次回予告
仕事での初陣をなんとかきり抜けたノイレン。武具屋ギルドまで無事にマーセナリィを連れてきたノイレンたちはそのまま護衛を続ける。寝ずの番をしているときに師匠譲りの勘に磨きがかかってきたノイレンは小さな異変に気付く。ギルマスたちを狙ってきた刺客は昼間の10人だけではなかった。
君は彼女の生き様を見届けられるか。
次回第七十話「そういうことだ。」




