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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第五部『大空へ』

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67「もう何度も言わないでよ、恥ずかしいじゃん。」

 シェヒルに戻ってきたノイレンとトレランス。街に着くといつも世話になっているドクターのもとへ直行した。ドクターは表だった診療所は構えず家の一室を診療部屋として使っている。トレランスの右目の傷の状態を診ながらドクターが半分怒り気味に尋ねた。

「チャプリで診てもらうわけにゃいかなかったのか? 別の街なら門前払いはされんだろう。」

 本来病気やけがの治療ならば修道院へ行くところだが、仕事柄上トレランスはこの街では教会から見放されているため相手にしてもらえない。ノイレンも教会はいまだに苦手な場所で近づくことさえしたくない。

「急いでいたもんでな。」

「傷は浅いからすぐに手当てしていれば・・・」

 ドクターは言いよどんだ。セイベルの剣はかすっただけとはいえ、もろに眼球を捉えていた。すぐに適切な処置をしていればまだしも宿の主人がしてくれたのは水での洗浄のみ。それでここに戻ってくるまで丸二日放置していたわけだからドクターが渋い顔をするのも頷ける。

「可哀想だが視力は元には戻らん。」

 化膿しかけた傷口をアルコールで消毒するドクターは宣告した。

「そうか。」

 トレランスは静かにその言葉を受け止めた。

「ま、弟子を守ってのことだ、名誉の負傷とでも思うんだな。」

 ドクターはそばで様子を見ていたノイレンに視線を投げた。

「師匠、わたし、」

「気にするな。俺も剣士の端くれ。いつどうなってもいいよう覚悟はしている。」

「でも、」

「それより足の傷は大丈夫か?」

 自分を責めるノイレンを気遣ってトレランスは話題を変えようとした。

「大丈夫。まだ少し痛いけどわたしは平気。それより師匠、ごめんなさい。」

 トレランスはニカっと笑ってその大きな手をノイレンの頭にぽんと乗せた。

「謝るな。もう気にしなくていい。弟子の危機を救うのは師匠の役目だ。」

「でも、」

「どうしても気が済まないというのなら将来ノイレンの弟子に返してやれ。それでチャラだ。」

 ノイレンはまだなにか言いたげな表情を浮かべつつトレランスの手が乗ったままの頭をこくんと動かした。

「ところでトレランス、お前さんさっき左の膝をさすっていたがそこもやられたのか?」

 2人のやり取りを静かに見ていたドクターがもう一つ気になっていたことを訊いた。

「なんでもないが、俺そんなことしてたか?」

「わしをごまかそうとしても無駄だぞ。」

「いや別に隠してるわけじゃない。たま~にちくちくするだけだ。」

「それはいつからだ?」

「いつだろう、気が付いたら痛むようになってたな。」

「それは膝だけか?」

「ああ膝だけだ。」

「その前にどこか別のところが痛むようなことはなかったか?」

 ドクターはしつこく聞いてくる。

「なんだ今日はやけに食い下がってくるな。」

「わしの取り越し苦労ならいいんだが。もし膝以外に痛みが出るようならすぐに知らせろよ。」

 ドクターの目が怖い。

「ああわかったよ。そん時ゃいの一番に知らせる。」


 ドクターの家を後にした2人は借りていた馬を返して家に向かった。途中の道すがら前に乗って手綱を握るノイレンがうしろにいるトレランスに尋ねた。

「前から気になってたんだけど、あの先生って修道士なの?」

「元な。破門されて今はただの市民だ。」

「なんで?」

「理由は単純さ。俺みたいな訳アリの患者を見捨てておけないって診ていたのが教会にバレたんだ。」

「そんなんで破門するの酷くない?」

「俺もそう思うが、教会の言うことに従わないやつはみんな異端視されるからな。」

「そっか。じゃあわたしも異端だな。」

 ノイレンは10年前自分の面倒を見てくれた神父とのことを思い出した。

「そんなこと気にするな。異端でも真面目にやってりゃ生きていける。」

「師匠に言われてもなあ。」

 うしろを向いてニヤリと含み笑いするノイレン。トレランスは言い返す言葉もなく口を半開きにしてぎこちない笑みを浮かべた。

「あはは、冗談だよ師匠。ごめんなさい。」

 今度は屈託のない笑顔を向けたノイレン。

()()ちゃんてば最近容赦なくなってきたな。」

 トレランスはわざとそう呼んでニカっと笑った。

「斬るよ。」

 ノイレンは横目でジトっと睨んだ。



 そうこうしているうちに家に着いた。

「まだアニンは帰ってきてないようだな。」

「お店に直行するんじゃない?おばさん一人だと寂しいっていつも言ってるから。」

「それもそうだな。着替えたら俺たちも顔出しに行こう。」

「うん。おばさんにも謝んないとならないし。」

「どうかしたか?」

「もらったドレスぼろぼろにしちゃったから。」

「あれは、まあ、仕方ないっちゃ仕方ないが、そうだよな。うん、俺も一緒に謝ろう。」

「なんで師匠が謝るの? 師匠ちっとも悪くないじゃん。」

「真剣での立ち合い、というか、殺し合いになってしまったのは俺が許可したせいだからな。」

 トレランスは真面目な顔で答えた。彼の顔から笑顔が消えたことでノイレンはそれ以上何も言い返せなくなった。


 一週間ぶりのシャルキーズカバレ。

 トレランスがあるものを手に入れるために寄り道をしてから来た。しかし2人ともいつものように中へ入れない。裏口を少し開けてそ〜っと中の様子を窺っている。

「誰もいないよ師匠。今のうちに入ろう。」

 ノイレンが片目だけで覗いてうしろにいるトレランスに声をかけた。2人はまるでコソ泥のように辺りを警戒しながらそろそろと音を立てないように侵入していく。裏口から奥の部屋へ、そこから店内に繋がるドアの前まで来た。そこでまたドアを少し開けて様子を探ろうとノイレンがノブに手をかけた瞬間、反対側から勢いよくドアが押されて2人は雪崩れのように転げた。

「うわぁあっ!!」

 いきなり叫び声をあげて転げた2人の人影にドアを開けたシャルキーは本当に20センチ近く飛び上がった。目を大きく丸く剥いて髪の毛は逆立ち、全身に鳥肌が立つほどに驚いて飛び上がった。あまりのことにシャルキーは声が出なかった。床に転げている2人に聞こえるくらい心臓をバクバクさせて棒立ちになっている。

「あ痛たたた・・・、あ、シャルキー。」

起き上がりながらノイレンがシャルキーに気づいて声をかけた。

「な、な、な、なんなんだいあんたら!」

 シャルキーが怯えた声で叫ぶからチーフが血相を変えて調理場から飛び出してきた。

「どうしました!?」

 奥の部屋のドアの前で棒立ちになってるシャルキーにただならぬものを感じ、意を決してドアの向こうに躍り出た。あわよくば先制攻撃できたらと両の拳を握りしめて。そして目にした。折り重なって転げているノイレンとトレランスを。

「ノイレン! あなただったんですか。いつ帰ってきたんです?」

「昼頃に着いた。」

 起き上がって服についた汚れを手で払いながら答えた。

「どうしたんですかその服。可愛らしい。よく似合ってますよ。」

 チーフは今まで見たことのないとても女の子らしいノイレンの姿に微笑ましい笑顔を見せた。ノイレンは着るものがなくて宿でもらったあの黄色い可愛らしいドレスを着ている。

「あ、いや、これは・・・」

 ノイレンは普段しない女の子すぎるその格好が恥ずかしくて顔を真っ赤にして下を向いた。

「あはは、驚かせてすまない。意外と似合ってるだろその服。」

 照れてるノイレンの代わりにトレランスがニカっと笑いながら答えてノイレンのうしろから顔を覗かせた。その彼の顔を見たチーフが珍しく大きな声を出した。

「どうしたんですかその顔っ!?」

 チーフは唖然としてトレランスの顔を見たまま固まってしまった。そのトレランスがそばにいるシャルキーに目を向けると彼女はさらに驚いて目を丸くした。

「いやだなあ2人とも。俺の顔がそんなに懐かしいか?」

 わざとボケをかますトレランスだが、シャルキーもチーフもただ無言。

「おい、無言スルーはやめてくれ。切なくなる。」

 トレランスはいたたまれなくなった。

「師匠、だから言ったじゃん。それじゃ山賊だって。」

 隣にいるノイレンが代わりにツッコんだ。

 トレランスの右目には黒い革製の眼帯が。まるで山賊の頭領みたいだ。右目の傷で皆を驚かさないようにとここに来る途中で買ってきた。

「カッコいいだろ。これからはキャプテン・トレランスとでも呼んでくれ。」

 トレランスは胸を張り自慢げに3人の顔を見回すが皆顔の前でただ手を振るだけだった。


 店が開き常連が席を埋め尽くしていつもの賑わいが店内に充満しているというのにトレランスの姿がいつもの場所にない。すると奥の部屋からラクスのバカ笑いがけたたましく響いた。

 彼女はトレランスの眼帯姿を一目見た途端笑いだした。菓子を食べるのも忘れ右手でテーブルをバンバン叩いて笑っている。

「あ〜、おなか痛った〜ぁい、アハハ・・・」

「そ、そんなに笑わなくたっていいだろう。」

 今度こそはと出勤してきたラクスに胸を張って自慢した結果がこれだ。トレランスは存外に不評なことが悔しくてならない。

「カッコいいと思うんだがなあ。なんでみんな笑うんだ。」

 ノイレンみたいに口を尖らせて不貞腐れる。

「当たり前じゃない。トレランスあんたいくつよ。いい歳こいたおっさんが山賊気取ってどうすんの。ぶふ、またおかしくなってきた。」

 ラクスは腹を抱えて笑い続ける。トレランスはもう誰でもいいから眼帯姿を認めてもらいたくて考えをめぐらした。

『ちくしょう、このロマンをわかってくれるやつはいないのか。そうだ、常連たちならわかってくれるに違いない。俺と同じおっさんが多いからな。』

 そうして常連が店内を埋め尽くすのを奥の部屋に潜んで頃合いを待った。トレランスはドアに耳をそば立ててその賑わいを確かめると店内では常連たちが浮足立って騒々しい。

「うおっ、ノイレン、どうしたんだその恰好は?!」

「嫁には行かないんじゃなかったのか?」

「ノイちゃんとてもめんこいだに。どこのお姫様かと思っただによ。」

「嬢ちゃんなんの気まぐれだ? そんな女の子女の子した服着て。」

 注文を取りにいくと皆目を丸くして驚く。ノイレンは恥ずかしくて穴があったら入りたい気持ちを堪えて頬を赤らめながら接客する。そのいつもと違う装いと様子に常連たちは「構いたい!」と心をくすぐられ黙っていられない。

「どうもしないよ、たまたまだよ。他に着る服がなかったんだよ。」

「そういう恰好もいいな。いつもと違って可愛いぞ。」

「もう何度も言わないでよ、恥ずかしいじゃん。」

「そうやって照れてるのがまた新鮮だな。ノイレンじゃないみたいだ。」

「もういいから。」

「いやあ可愛い、可愛い。」

「うっさい!こっち見んな!!」

 恥ずかしさを通り越してとうとう頭にきた。

「お、中身はいつものノイレンだ。」

「やっぱり嬢ちゃんはそうでなきゃな。」

 常連たちはニカっと笑ってビールのおかわりを頼む。

「今持ってくっから待ってろ!」

 ノイレンはぷうと頬をリスのように膨らませて空のジョッキを抱えてチーフの元へ向かう。

『よし、もういいだろう。』

 奥の部屋にいるトレランスはすました顔でスっと店内に現れた。できるだけ顔の右側を客たちに見せないように首を曲げて定位置に着いた。そしてチラチラと店内を見回す。どこのテーブルもいつもと装いの違うノイレンをいじって盛り上がり誰もトレランスが現れたことに気づかない。するとシャルキーがいきなりパンパンと手を叩いて皆の注目を集めた。

「みんな見てごらんよ、あそこにいるヤツ。」

 シャルキーに促されて皆が一斉にトレランスに注目。

 どのくらいだろう、実際にはほんの一瞬。それがトレランスにはとても長く感じた。皆が自分に注目した瞬間店内が静まり返り、次の瞬間店が揺れるほどの大爆笑が湧き起こった。

「なんじゃありゃ!」

「この店はいつから山賊に牛耳られたんだ?」

「やべ、笑いすぎてビール飲めねえ。」

 トレランスの眼帯姿を見た常連たちが一斉に笑い飛ばす。気づくとシャルキーも一緒になって笑っている。

「よう、お(かしら)、あんた一人かい? お仲間はどうしたい?」

 ヨセフがジョッキを片手に笑いながら近づいてきた。

「ヨセフお前、」

 トレランスはムスっとしてそれ以上答えない。

「久々に笑わせてくれるじゃないか。お頭さんよ。」

「うるさいな、怪我したんだよ。そのままだとみんな気持ち悪いだろうと思ったからコレしてきたってのに。」

「それなら包帯でも巻いておけばいいじゃないか。」

「それだと用心棒としてカッコ悪いだろ。」

 トレランスはヨセフからジョッキを奪い取ると一気に飲み干した。

「あ、オレの酒、」

「ふふん、俺は()()だからな、奪ってやったぜ。」

 トレランスはザマアミロと片方の口角を上げてヨセフを見た。



 翌日、組手の稽古中。

 ノイレンはセイベルが使っていた木の葉返しのような返し技を見よう見真似で打ち込んでいる。木剣同士がぶつかり合う音がカン、カン、カンからカカン、カカカン、カンカンと変わった。

「やるなノイレン、さっそくセイベルの技を”身”にしたか。」

「まだ思い通りにできないけど。上手くできるようになったら相手の虚を突けるね、これ。」

 通常のやり方では手首を返したとき剣がぐるんと回転する。それはそれで回転の勢いを刃に乗せることができるからいいのだけれど、反射神経の鋭い相手には防御の隙を与えてしまう。ところが180度反対側へ手首をひねって返すと打撃の鋭さは削がれるが相手に防御の隙を与えない。ノイレンはそういう返し方も会得しようと工夫していた。

「ところでノイレン。」

 トレランスはノイレンの剣を受けながら話を持ち掛けた。

「なに?」

 2人の剣がX字に組まれて動きが止まる。ノイレンは隙をつかれないようトレランスの全身に神経を尖らせながら返事をする。

「今日から俺の昼間の仕事に付いてきなさい。」

「わたしが?」

「そうだ、取りあえず俺の助手という形でな。慣れたらノイレン一人で仕事を受けても構わない。」

 トレランスは話しながらふっと力を抜いてノイレンの体勢を崩させようとした。しかしノイレンはもうそんなのには引っかからない。ストンと膝を落としてトレランスの足元へ滑り込むように入り込み滝登りを浴びせる。

「いきなりそんなこと言うなんてどうしたの?」

 トレランスはうしろへ飛び退くとすぐさま足を踏み込んでノイレンに体当たりするように突進しながら手首を回して左右からの連続斬り込みをお見舞いする。

「俺の右目の代わりになってくれ。」

 ノイレンはトレランスの右へ回り込み、つま先を軸にくるんと回転、刃に勢いを乗せてトレランスの胴を叩きにいく。

「右目の代わりって?」

 眼帯をしているトレランスにとって右側は死角。もちろん神経を張っているからノイレンの姿が見えなくともどこにいるか、どうするつもりか心の目で見えている。手首をくるんと下向きに回転させてノイレンの剣が胴に当たる直前に弾く。

「師匠山賊になってもちゃんと(右側が)見えてるじゃん。」

「あはは、まだまだノイレンに後れを取る俺じゃないぞ。」

 トレランスはさらに手首を回転させて弾いたノイレンの剣をぐるんと上に払い上げて振り飛ばす。ノイレンは剣を振り飛ばされたのに合わせて高く飛び上がりトレランスの頭の上をくるんと宙返りで通り越す。

「これはどうだ!」

 通り越しざまに彼の脳天に一本を入れた。さすがのトレランスも手首の返しが間に合わず防ぎきれなかった。

「やったー!!」

 着地したノイレンは口を大きく開けて喜ぶ。

「師匠から一本取った!!」

 トレランスはぶるるんと頭を振り回してから嬉しそうに微笑んだ。

「よくやったノイレン。」

「へへん。」

 ノイレンは人差し指で鼻をさすって嬉しそうだ。

「ノイレンは十分強くなった。これからは実地で経験を積むんだ。」

「実地?」

「そうだ、道場での立ち合い稽古ではなく実戦の場で腕を磨く。それには俺と一緒に働くのが一番だ。」

「それで右目?」

「そうだ。ギルマスには俺から話を通す。さっそく今日からだ。」

「はいっ!」

次回予告

店の常連たちとも親子のような会話ができるようになったノイレン。トレランスはノイレンを一人立ちさせるため自分の助手として実際の仕事で剣を振るわせることにした。そしてチャプリで剣を失ったノイレンにトレランスはあるものを譲り渡す。それを受け取ったノイレンは身も心も引き締まる思いで師匠についていく。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第六十八話「今日からこいつを使いなさい。」

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