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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第五部『大空へ』

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66「俺たちがお父さんか。」

 セイベルは不敵な笑みを浮かべてノイレンを嘲笑う。

「これでもうちょこまか動けねえな。」

「へっ、まだ左足があるぜ。」

 ノイレンは気圧されないよう言い返すが、右の内腿の痛みでつま先立ちができない。

『どうする?ただでさえあいつ速いのにこれじゃ追いつけない。』

 セイベルはその目に嘲笑を浮かべて上唇を舌でペロッと舐めている。

「さあ、どっからでもかかってきなカカシさん。」

 今度はセイベルがノイレンを小馬鹿にして怒らせようとしてきた。

「誰がカカシだ!」

 セイベルの嘲りに乗せられたかのようにノイレンは無傷の左足を前に出して斬りかかっていった。それをセイベルはわざとノイレンの右へ右へと回り込み、傷ついた右足のほうからばかり斬りつけてくる。右手で剣を握るノイレンにとっては左から来られるよりも防ぎやすいが、肝心の右足に力が入らないから防ぐばかりで反撃に転じるのが難しい。

「おらおらどうしたカカシさん。いつまで持つかな?」

 セイベルの得物よりだいぶ長いネオソードがまるで同じ長さであるように思える。素早く動けないからその()を活かせない。セイベルは面白いようにノイレンを押せてることに心が満たされてきた。

「そりゃっ!」

 するとセイベルは遊び始めた。ノイレンが反撃できずにいるのがたまらなく面白い。得意の木の葉返しのような返し技でノイレンの服を斬り刻む。ポンチョの端やスカートの裾がまるで長年そればかり着続けたようにボロボロになってきている。

「いい気味だぜ、昨日ボクをおちょくった報いだ。」

 "掃除屋"という命懸けの仕事を生業にしているセイベルにとって真剣勝負は生か死しかない。負ければ殺される。それなのにノイレンは自分に勝っておきながら命を奪うことをせず立ち去った。それがどうにも許せない。だから、わざわざ大金を積んでまでノイレンを買い取ろうとしたのだ。買い取った上でなぶり殺しにするつもりだった。

「わたしがいつあんたをおちょくったってんだ?」

 左足に重心を置いてセイベルの斬撃を躱し続けるノイレンが反論するとセイベルは目を剥いて怒鳴る。

「ボクが今こうしているのが証拠だ!」

 再び得意の低姿勢からの斬り上げがノイレンを襲う。ノイレンは刃の峰に手を当てて防ぐ。セイベルはお互いの剣を組んだまま膝を伸ばしてノイレンと目線を合わせる。

「昨日ボクを殺さなかったのは(ボクを)馬鹿にしているからだろう。」

「誰も馬鹿になんかしてねえ。あんたの素早さと切り返しの早い剣捌きは正直すごいぜ。」

 セイベルがギリギリと押してくるのをノイレンは左足に力を込めて押し返す。

「じゃあなんで()らなかった?」

「あの時言っただろ。わたしは修行のために立ち合いたいだけだって。」

「ふざけんなボクは昨日負けたんだ。掃除屋は負けたら終わりなんだ。綺麗事言いやがって。」

 セイベルは押し込むあまりネオソードの刃が体に当たるのも気にせずノイレンにくっつくほどに顔を近づけて怒りに燃えるその目を見せつけてくる。

「なんだかよくわかんないけど、あんたを殺す気なんかないっ。」

 ノイレンは左足で踏ん張りつつ傷ついた右足をセイベルの足の間に差し込んだ。

「そんなんだからお前をぶっ殺さないと気が収まらないんだっ!」

 その瞬間ノイレンは右足でセイベルの足を払った。内腿に激痛が走り顔を歪める。セイベルは足を取られてそのまま地面に卒倒するように倒れ込んだ。

「このやろうっ、」

 セイベルは倒れながらも必死にノイレンのポンチョを掴んでコケるのを防ごうとしたが、端を斬り刻んだがためにビリビリと破けてしまいそのまま地面に頭を打ちつけた。

 そのセイベルの顔の前に昨日と同じようにネオソードの刃がズンっと突き立った。またしてもセイベルは目を見開いて悔しさを噛みしめることになってしまった。

「どうした! さっさと殺せ!」

 セイベルは仰向けになってノイレンを見上げた。その目には悔しさがにじみ出ている。

「やだね。」

 ノイレンはまたも拒否する。イライラして目と眉をつり上げたセイベルの目に裾がボロボロになったスカートの隙間からノイレンの白い脚と白いドロワーが映った。右のドロワーの一部と白いふくらはぎや(すね)が赤く染まっている。風が吹くと端がボロボロになったポンチョがふわりと風を含んで膨らみその下に隠しているノイレンの裸の上半身も見える。ぶっきらぼうで、言葉遣いも男っぽいのに、やけにそこだけ女であることを見せつけてくるように感じてセイベルは一層悔しくなった。

『こんなやつにボクは2度も負けたのか。』

 自分と同じ女に負けたというのが何よりも悔しい。

「殺せ! 殺してくれ!」

「やだね。あんたを殺す理由がわたしにはない。」

「お前になくてもボクにはある!」

「そんなの知るか。死にたきゃ自分で死ねよ。」

 ノイレンは地面に突き刺したネオソードを抜くとスカートで刀身についた土を拭い、右足を引きずるようにしてトレランスのもとへ行った。その時セイベルは(にわか)かに跳ね起きるとノイレンの背中めがけて得意の斬り上げで襲い掛かってきた。

「危ない!!」

 ノイレンが振り向くより早くトレランスが飛び出しノイレンを庇った。セイベルの刃は下から上へ大きな弧を描くとすぐさま真下に向かって逆向きの弧を描いた。斬り上げは躱したもののすぐさま戻ってきた”本命”の裏刃がトレランスの右目を引っ掻いた。

「ぐっ、」

 トレランスは膝を曲げて痛みに耐える。

「邪魔すんじゃねえ!!」

 セイベルは手首をひねるとトレランスの横っ腹を薙ぎにいった。そこにうしろからノイレンがネオソードを突き出して防ぎ、そのままセイベルの刃にネオソードの刃を滑らせながら彼女に詰め寄り手首を返して下からセイベルの右目を斬った。

「ぐあっ・・・」

 セイベルは剣を握ったままの右手で斬られた右目を覆い数歩うしろへ退いた。真っ赤な血がセイベルの頬から首筋を、そして押さえている右手も染めていく。

「それは師匠の分だ。」

 ノイレンは右足を引きずりながら一歩一歩前へ、セイベルへ歩み寄る。

「そしてこれはわたしの分だ!」

 ネオソードを大きく振り上げた。

「やめないかノイレン!!」

 トレランスが叫ぶ。ノイレンは剣を振り上げたまま、その視線をセイベルに向けたまま叫び返した。

「なんで止めるの!!」

 トレランスはうしろからノイレンの右手を掴んで降ろさせ、彼女の肩に手をかけてこちらを向かせた。ノイレンは自分の大切な人を傷つけられた怒りに染まった瞳をトレランスに向けて目で訴えた。

 トレランスはその大きな手をノイレンの頭にぽんと乗せると右半部が血に染まったその顔をほころばせてニカっと笑うが痛みで笑顔が引きつる。

「俺は生きてる。ちょいとやられちまったがこのとおり無事だ。だからこれ以上彼女を傷つける必要はない。」

「師匠・・・」

「ありがとうノイレン。」

 そう言うと笑顔でノイレンの頭をぐるぐるした。

 それを見ていたセイベルは何もかもがばかばかしくなってきた。

「お前ら、さっさとここから消えていなくなれっ。二度とボクの前にその(つら)見せんじゃねえ!」

 そう言って2人に背中を向けた。その彼女の背中がとても寂しそうだった。

「そうだノイレン、俺たちも早いとこチャプリ(ここ)から出よう。」

 2人はシェヒルへ戻るために馬を預けている宿へ向かった。


「一体どうしたんですか?! 暴漢にでも襲われましたか?」

 一方は顔面の半分血まみれ、もう一方は服がボロボロに破れて上半身裸、それを隠すポンチョもひどい状態、しかも右足は血が流れそこに土埃がついて赤黒い、そんな有様だから宿の主人は腰を抜かしそうなほど驚いた。

「すぐに教会へ行って人を連れてきますから」と言うのを丁重に断ると主人自ら簡単な手当てをしてくれた。そして顔半分を包帯代わりの布で覆っているトレランスに「そんな格好じゃ外を歩きづらいでしょう」と、鍔の広い帽子を用意してくれた。

「これなら顔が隠れるから恥ずかしくないなあ。ありがとう。」

 トレランスはその帽子が気に入ったようだ。またノイレンには主人の奥様が「うちの娘の着古しで悪いけど、」と服を一着くれた。

「あの、わたしなら大丈夫です。着古しだって服なんて高いもの貰えません。」

「それなら気にしないで。うちの娘に子供ができたら着せようと思ってとっておいたものなんだけど、生まれる子は男ばっかりでね。」

 奥様は女の子の孫が欲しかったようだ。

「え、でも、」

「あなたが着てくれると嬉しいわ。まるで女の子の孫ができたようよ。」

「あの、わたし・・・」

 ノイレンは逡巡している。

「ノイレン。」

「師匠?」

「貰っておきなさい。こういう場合人の厚意は素直に受けるものだ。」

 ノイレンの性格上こういうことを素直に受け入れられないことを知っているトレランスが諭す。ほんの数秒程度ためらったあと遠慮がちに受け入れた。

「師匠がそう言うなら、ありがとう、ございます。」

 まるで菜の花のような綺麗な黄色のドレス。パフスリーブで胸元はいつも着ているのと同じくレースアップ、ウエストは幅の広い紐で絞ってうしろで蝶結びする女の子らしい可愛いデザイン。ただ背の高いノイレンにはスカートの丈が少し短くて膝が出る。ドロワーを太ももの中間まで持ち上げないと裾から見えてしまう。

「ちょっと丈が短かったわね、でもよく似合ってる。ああこういう孫が欲しかったわあ。」

 奥様はうっとりとかわいらしく仕上がったノイレンを見て呟いた。

「いやいやこのくらいのほうがノイレンにはちょうどいいですよ。ありがとうございます。」

 普段ダンスで露出の高い衣装を着ているから足が見えるのはなんとも思わないのだが、デザインがあまりにも女の子女の子しているだけにノイレンは着たはいいが恥ずかしくて下を向いてしまった。そのノイレンに代わってトレランスが宿の主人と奥様にお礼を述べた。


「さ、早く帰ろう。」

 宿代と諸々を精算して馬に跨る。ノイレンは右足が痛くて跨っているのが辛いが仕方ない。自分の未熟さゆえの傷だ。その痛みを忘れないようにしようと心に刻んだ。

「師匠なんでサーベルを提げないの?」

「俺のは目立つからな。念のためだ。」

 トレランスは用心のためにノイレンが纏っていたポンチョでネオソードをくるみ(サドル)に括り付けていた。

 町のいたるところで自警団が目を光らせている。2人は自警団と目を合わせないようにうつむき加減に背を丸めて町の門へ向かって馬を歩かせた。

「ノイレンを連れてたやつからご主人様に伝わったな。」

 まわりに聞こえないよう小声でひそひそ。

「師匠がノラクロとかいい加減なこと言うから。」

 ノイレンもひそひそとツッコみ、トレランスをジトっと横目に見る。

「アハハ、でも俺の演技上手かったろ、()()ちゃん。」

 ノイレンは声を上げる代わりにいつもより大きくぷうと頬をリスのように膨らませた。


「おい、お前ら止まれ!」

 ふいに自警団に呼び止められた。2人はお互いに顔を見合わせて頷く。団員の一人が顎に手を当てて何か考えているような顔で近づいてきた。トレランスとノイレンはいざとなれば馬をダッシュさせて一気に町の外まで逃げようと手綱を握る手に力を籠め、いつでも馬の腹をかかとで突けるよう準備をして待ち構える。

「ちょうどお前さんくらいだと思うんだよな。青い服を着てポンチョを纏った女を見なかったか。」

 団員はノイレンの左側に立ち顔を覗き込むようにして訊いてきた。

「さ、さあ知らない。そんなの見なかったよ。」

 ノイレンはどぎまぎしながら答えた。

「本当か? ふ~ん。」

 団員はそう言いながら視線をノイレンの太ももに這わせている。立っている状態でスカートは膝上の短かさだ、馬にまたがるとさらに太ももが露出する。団員は目の保養とばかりにスカートの裾からもろに見える肌を目に焼き付けている。

「行ってもいいか。」

 ノイレンが団員に訊くとトレランスのほうに近寄っていた別の団員が制止してきた。

「もう少し待て。こいつにも聞きたいことがある。」

 その団員は上から下まで、前から後ろまでトレランスの様子をじっくりと観察する。

「青い服を着たその女な、こいつみたいにがっちりした体つきのやつが自警団を(かた)って連れてったそうなんだ。なんでも見たことのない珍しい剣を提げていたって話だ。」

 そういいながらその団員の目は鞍に括り付けてある”長いもの”に興味津々。

「おいおっさん、これはなんだ?」

 トレランスを見上げた団員の目が光る。鍔の広い帽子をかぶったトレランスの左目も鋭い眼光をその団員に向けている。

「それはこないだ熊と戦った時の大型の(なた)だ。」

「鉈だと?」

「そうだ。これはそのときやられた傷だ。」

 トレランスはもっともらしく顔の左半分を覆う布を親指でさして堂々と答えた。

「見せろ。」

「見せてもいいが、気持ち悪いと思うぞ。」

 トレランスは帽子を脱ごうとした。

「違う! お前の傷じゃない。この鉈を見せろ。」

 団員は布の上から鉈といわれた剣を握る。ノイレンの背筋に緊張が走る。しかしトレランスはいたって飄々としたまま片方の口角を上げて念を押す。

「熊の血がついてるぞ。どういうわけだか洗っても落ちなくてな。これから知り合いの鍛冶屋に鍛え直してもらいに行くところなんだ。」

「娘同伴でか?」

 団員はいぶかしんでトレランスとノイレンを見た。トレランスは上体をかがめてこそっと話す。

「実は鍛冶屋の息子が娘にご執心でな、連れてきてくれってうるさいんだ。ほれ、あの子も”いい歳”だから俺としてもさっさと片付いてもらいたいしな。」

 ノイレンの見た目は実年齢よりも老け、もとい大人びているから知らない人が見たら19か20くらいに見える。

「あはは、そろそろ()()が過ぎそうだものな。あんたも苦労するな。」

 団員はノイレンをちらと見て冷ややかに笑った。ノイレンはその冷笑を見て『師匠てばまたなにかくだらないホラ吹いてるな』とジトっと睨み返した。

「わかった、行ってよし! ただし、途中で青い服の女を見かけたら我々に通報するんだぞ。」

「そりゃもう合点承知の助ってもんで!」

 トレランスが調子よく訳の分からない返事をするものだからノイレンの中で師匠のひそひそ話への疑いは確信に変わった。


 町の門まで来た。

「止まれ! 自警団が今大事な用件で市内を探索中だ。ここから先は誰も出さん、引き返せ。」

 門番が2人を通せんぼして回れ右しろと威圧的な態度をとる。

 しかしそんなことお構いなしといった(てい)でトレランスは門番に近づきこそこそっと話す。すると門番の顔つきが変わった。

「お前らだったか。行ってよし。さっさと出ていけ。人に見られると面倒だ。」

 門番は周囲を見回して目撃者がいないか気を配る。かくして2人は無事チャプリの街から脱出することができた。

 門をくぐると門番に言われたとおり馬を駆けさせて遠ざかっていく。しばらく走って町の城壁も見えなくなったところで馬を止めた。

「ここまでくれば大丈夫だろう。」

 トレランスはノイレンに向かっていらずらっぽく笑う。

「師匠門番になんて言ったの?」

「あれか、何も言ってないぞ。ほらあの門番は町に入るときに”鼻薬”をかがせたヤツだからな。」

 トレランスはニカっとノイレンを見る。

「あの町は何かあるとすぐに出入りを封鎖するんだ。特に他所(よそ)者は目を付けられる。だから門番を手懐(てなず)けておかないと面倒なんだ。」

「ふ~んそういうことか。それと! もう一つ。」

 ノイレンは半目になってギロっと横目に師匠を睨んだ。

「自警団のやつらにまたわたしのことでなんか言ったよね? 何て言ったの?!」

「あ、あれか、あれは・・・あははは・・・」

 トレランスは答えに困って笑ってごまかそうとしたがノイレンがなおさらに睨んでくるので逃げられなくなって、ノイレンが間違いなく黙り込むだろう別の話題を振った。

「そ、そうだ! そういえば昨日セイベルから聞いたんだが、あのボラチョンな、」

 ボラチョンと聞いてノイレンの顔が一気に曇る。心の中にドス黒い感情ともどかしい思いが湧いてくる。

「ボラチョン・・・ノイレンのお父さんな、あちこちの酒場でたかりまくってたから業を煮やした酒場のギルマスがセイベルに頼んで町から追い出したんだと。」

 ノイレンの表情に少し日が差した。

「今頃はどこでどうしていることやら。きっとどこかの街へ流れて行って、そこでまた酒をたかるつもりなんだろうな。」

 ノイレンは目をつむり、しばらく何かを思ったあと目を開けてトレランスをしっかりと見た。

「あんなヤツわたしのお父さんじゃない。わたしのお父さんは師匠やチーフやお店のお客さんたちだ。」

 トレランスは無事な左目を見開いた。しばし言葉に詰まったあとにこやかな笑顔になって口を開いた。

「そうか、俺たちがお父さんか。そうか、そうか。」

 トレランスは恥ずかしそうに嬉しそうな笑みを浮かべ何度もうなずいた。

次回予告

その心にまた一つ区切りをつけることができたノイレン。無事にシェヒルに戻りドクターのもとへ行くがそこでトレランスが告げられたことに責任を感じてしまう。その後カバレに顔を出した時ノイレンの服装を囃し立てる常連たちにノイレンは実の親子のような態度で接する。そしてトレランスはノイレンの一層の上達のためにある相談を持ち掛けた。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第六十七話「もう何度も言わないでよ、恥ずかしいじゃん。」

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