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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第五部『大空へ』

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61/66

61「華がないんだよ。」

 ラクスにミミズと言われてしまった、一字一字心を込めた手紙を書いて感謝を伝えたあの日から数ヶ月。その間にノイレンはまた一つ歳を重ね16歳になった。世間では花盛りの年頃。この当時女の子は16、7にもなれば縁談の2つや3つ黙ってても舞い込んでくるのだがノイレンの場合は・・・。


「師匠、今度の相手はどんな人?」

「知らん。」

「なにそれ。」

「俺も話にしか聞いてないんだが面白そうだからノイレンに会わせてみようと思ってな。」

「ふーん。ま、師匠がピンときたんなら大丈夫か。」

「それにしても今年は暑いな。」

 真夏の太陽が照りつける中それぞれ馬に乗って街道を進んでいく。トレランスは腕で額の汗を拭うと空を見上げた。眩しさに目を閉じるが出るものは出た。

「ぶあっくしょいっ!」

「あははは、何で太陽見るとくしゃみ出んだろうね。」

 ノイレンが笑いながら訊くともなしにつぶやいた。

「ほらノイレンも上見る!」

 トレランスがニタっと笑って空を指さす。

「や〜だね。」

 2人は今シェヒルから馬で2日、チャプリという町に向かっている。そこに今回の相手がいる。


「お、見えてきたぞ。チャプリだ。」

 シェヒルや隣町のフォクサルよりも小さい町なのに簡素ながら城壁がある。城壁と言っても土壁のような簡単に崩されそうな印象を受けるなんとも頼りない感じの壁。高さは3メートルもあるだろうか、これまた簡単に乗り越えて入られてしまいそうだ。壁の高い位置に一定間隔で小さな四角い穴が横並びにあけられている。いざというときはここから弓で迫りくる敵を射る。

「ここでちょっと待ってろ。こう見えてこの町は出入りがちと厄介なんだ。」

 城門まであと少しといったところでトレランスがノイレンにそう言い残し一人で門番のところへ向かった。門番のもとへ行くと馬を降りて何やら話している。トレランスは何度かノイレンのほうに向かって親指を指すと門番もこちらを見る。それからトレランスはズボンのポケットの中に入れておいたものを門番の手に握らせた。ノイレンにはその仕草は見えるけれども何を渡しているのかまではわからない。するとトレランスがこちらへ振り向いて手招きした。ノイレンは馬の腹を軽くかかとで叩いた。

「中に入るぞ。」

 そう言うとトレランスは再び馬に跨り門番に手を上げる。門番も手を上げてにっこりと微笑んだ。ノイレンはトレランスの隣に並ぶと遠ざかる門番をちらと見てから小声で訊いた。

「何を渡したの?」

「あれか?あれは”鼻薬”だ。」

「あの門番鼻が悪いの?」

「アッハハ、そうじゃない。門番に”良い計らい”をしてもらうための(まいない)だよ。」

「鼻の薬をもらうと嬉しいの?」

「あはは・・・薬じゃない。これだ。」

 トレランスは苦笑いしながら親指と人差し指で輪を作ってみせた。ノイレンはまだよくわかってないらしい。首をかしげてその輪っかのなかをまじまじと見つめている。

「ノイレンにはまだ難しかったかな。」

「師匠がわけわかんないこと言うからじゃん。分かりやすく言ってよ。」

「そのうち分かるようになるさ。」

「けち。」

 ノイレンは口をとがらせてそっぽを向いた。

「あっ!」

 ノイレンは馬を止めた。

「どうした?」

 トレランスも馬を止めノイレンを見る。

「ちょっと待ってて。」

 ノイレンは馬から飛び降りて路傍に咲いている花を株ごと抜いてきた。

「その花、ダンス衣装の刺繍のか。」

「そう!久々に咲いてるの見た。」

 オレンジ色の忘れ草。ノイレンの笑顔もオレンジ色に染まるようにとてもにこやかだ。

「これ持って帰る。あとで植木鉢買いに行ってもいい?」

「ああ、じゃあ先に宿へ行ってお店の場所を訊こう。」

「うん!」

 ノイレンは土が崩れないよう両手で抱えるように持つと小指に手綱をひっかけて歩き出した。

「ノイレン、手綱は俺が持つ。」

 トレランスはノイレンから手綱を預かった。


 宿へ着くとさっそく教えてもらった雑貨屋を訪ね鉢を買い求めた。

 鉢に入れた忘れ草を宿の部屋の窓辺へ置くとノイレンは鼻歌交じりに嬉しそうに眺めている。今回の立ち合い行脚は往復で一週間くらいはかかるからとノイレンは今回アニンからもらったいつものドレスで来た。オレンジ色の花と深い青のドレスのコントラストが美しい。黙っていれば窓辺にたたずむ美少女といった雰囲気だ。

「本当にその花好きなんだなノイレンは。」

「まあね。」

「なにかいい思い出でもあるのか?」

 トレランスは軽い気持ちで訊いた。

「・・・そういうんじゃない。」

 ノイレンは一瞬顔を曇らせて否定した。

「そうか。」

 愛弟子のその翳りを見逃さずトレランスは何かを察した。

「よし、それじゃ出かけるぞ。」

 そういいながら左の膝辺りをぽりぽりと掻く。

「どうしたの師匠?」

 ノイレンが心配そうに訊く。

「いや何でもない。膝がチクチクするだけだ。虫にでも噛まれたかな。あはは。」

「しっかりしてよ師匠。」

 2人は(くだん)の相手のもとへ向かった。


 その相手の家は町の南側の外殻にあった。うしろには城壁があり日当たりが悪い。これだと朝夕もさして日は当たらないだろう。

「ここだな、セイベルってやつの(うち)は。」

「セイベル。どんな人なんだろう。」

 2人は馬から降りて手綱を敷地の境界を示す木の棒を組んだ柵にくくりつけるとドアをノックした。

 しかしなんの反応もない。再びドンドンドンと3回叩く。

「すみません、セイベルさんはご在宅かな。」

 トレランスがドアに向かって大きな声で呼びかける。それでもなんの返事も物音もしない。

「師匠、もしかして留守なんじゃない?」

 ノイレンがあたりをウロウロしながら呟いた。

「うるさいな、何の用だ。」

 不意に建物の角の向こうから声が飛んできてひょっこり現れた人物がいる。

「うわあっ。」

 ウロウロしてたノイレンと鉢合わせした。

「誰だお前?」

 その人物はジロっとノイレンを一瞥。

 ノイレンと同じくらいの背丈、痩せてひょろっとしているが上着の袖から覗く腕を見れば鍛えられているのが分かる。髪の毛はかなり短く刈り込んでいて一瞬坊主(スキンヘッド)かと思うほど。その手には大きな籠を抱えていてその中に裏なりのような小ぶりな野菜がいくつか土がついたまま入っている。

「お前ら何(もん)だ、何しに来た?」

 2人に問いかけるその声を聞いてノイレンは違和感を覚えた。

「あなたがセイベルさん?俺はトレランス。こっちは弟子のノイレン。あなたに会いに来ました。」

 トレランスはその人物のいでたちにも、相手の不審者を見るような厳しい視線にも動じずに挨拶した。

「トレランス?どこかで聞いたことある名前だな。」

 その人物はトレランスを頭のてっぺんからつま先までジロジロと見定めるとノイレンにちらと視線を移した。

「そっちのお子様は留守番させられなくて連れてきたのか?」

 そのセリフがノイレンの全身の血を頭にのぼらせる。

「なんだともういっぺん言ってみろ!この、」

 そこまで言いかけてトレランスに左腕で静止される。今回は腕を差し出すときノイレンの胸に触れないよう気を使った。

「ふん、血の気の多いお子様だな。で、一体ボクに何の用だ?」

「実はセイベルさんに折り入って頼みがある。」

「さっさと言え。」

「セイベルさんはサーベルの達人とお聞きしている。俺の弟子のノイレンと一手立ち合ってもらいたい。」

 そこまで聞いたセイベルはノイレンを頭のてっぺんからつま先までジロジロと見定めた。

「ふん、ただ血の気が多いだけじゃないみたいだな。で、見返りは?」

「ノイレンの成長。」

 セイベルは呆れた。

「そんなのボクには興味ないね。手合わせしたいって言うなら金貨くらい持ってこいよ。」

 セイベルが吐き捨てるように言うものだからノイレンは気分が良くない。

「もういいよ、邪魔して悪かったな。」

 ノイレンはぷんぷんと口をとがらせ回れ右して帰ろうとした。するとセイベルはトレランスのほうを向いてこう言った。

「あんた相当使うだろ。あんたならタダで手合わせしてもいいぜ。」

 セイベルはトレランスの全身を舐めまわすように見ながら舌で上唇をぺろっと舐めた。トレランスの実力を見抜いたセイベルは剣士の魂が疼いたらしい。ノイレンは振り返ってその様子を伺う。

「俺はノイレンの師としてここに来ている。ノイレンの相手をしていただけるなら俺も礼を尽くそう。」

 セイベルはニヤリと笑むとトレランスを上目遣いに見上げた。

「本当だな?だったらあんたの弟子の相手をしてやろう。」

「それはありがたい、礼を言う。ほらノイレンもお礼しなさい。」

 トレランスがノイレンに促すとセイベルが遮った。

「おっと、言葉の礼なんかいらないぜ。どうせボクには敵いやしないんだから。それよりもしボクが勝ったらそのお子様を破門しろ。」

「なっ?!」

 ノイレンは目を見開き固まった。

「このやろう、ふざけたこと言ってんじゃねえぞ。」

 ノイレンはセイベルの胸ぐらをつかもうと突っかかっていくとひらりと躱された。手に持った籠の中の野菜は揺れもしない。

「お~やだやだ、野蛮だな。そんなんじゃ嫁の貰い手なんか世界中探したって一人もいないぞ。」

 セイベルはニヤリとしながら挑発してくる。

「あんたに言われる筋合いはねえ!」

 ノイレンは躍起になってもう一度胸ぐらをつかみにかかる。しかしそれもひらりと躱される。身のこなしが軽くて速い。

「礼儀もクソもない弟子だな。」

 ノイレンは眉を吊り上げてセイベルを睨む。ノイレンのその反応が面白くてたまらんという感じにセイベルは薄ら笑いを浮かべて挑発的な視線をノイレンに向けてくる。

「今ならまだ勘弁してあげるよ、おとなしく帰んな。」

「ふざけんな!そこまで言われて引き下がれるかってんだ。」

 ノイレンは腰のサーベルに手をかけた。

「いいねえ、立ち合いは真剣でやるってか。」

 セイベルはペロッと舌で上唇を舐めてニヤリと笑む。

「さっさとやろうぜ。」

 ノイレンが腰の剣を抜きかけたところでセイベルは出鼻をくじいた。

「今日はこれから仕事があるんだ。あんたの相手はしてられない。明日のこの時間に出直してこい。」

 セイベルは涼しい顔でノイレンに背を向け家の中へ入ろうとした。

「なんだとぉ?!おい、ふざけんなよっ!」

 収まりの付かないノイレンが食って掛かるとトレランスに止められた。セイベルはちらと振り返ってせせら笑う。

「ふん、命拾いしたな。」


 宿へ戻る道すがらノイレンはぷうと頬をリスのように膨らませて馬の背に揺られている。うしろからみてもぷんすかしているのがわかるくらいだ。

「ノイレン~、お~い、ノ~イレン。」

 トレランスが彼女の背中に声をかけるが聞こえないふりをしている。

「ノ~イレン。」

「師匠うるさい!黙ってて。今どうやってあいつを倒すか考えてんだから。」

 馬鹿にされたのがよっぽど悔しかったらしい。

「そうは言うけどな、あのセイベルってかなり使うぞ。・・・お~い、聞いてるか?」

 トレランスは聞く耳を持たない愛弟子の背中に話しかけた。



 その日のシャルキーズカバレ。

「今日もノイちゃんいないだにか。」

 腸詰てんこ盛りを持ってきたシャルキーにあの常連が寂しそうに訊いてきた。

「ああ、一週間くらいは帰ってこないよ。なんせチャプリまで行ったからね。」

 腸詰てんこ盛りの皿を置きながら常連の顔を覗き込む。

「ノイちゃんとトレランスは時々出かけてるけど何しに行ってるんだにかなあ。」

「気になるかい?」

 常連は気恥ずかしそうにはにかんで頭をポリポリ掻いた。

「トレランスがあの子に合いそうな相手をいろいろ探して会いに行ってるのさ。」

 常連は目をまんまるにして驚いて大きな声をあげた。

「ノイちゃん結婚するだにか!?」

 店中に響き渡るほどだったものだから他の常連たちも一斉に静まり返った。

「なんだとお!」

「ノイレンが嫁に行くだと?!」

「嬢ちゃんにそんな奴いたのか?!」

「まさか()()辞めちまうのか?!」

 口々に驚きを隠さない。

「そうかあ、ノイレンがな・・・」

 常連たちがしんみりと呟く。店内が一転して暗くなった。シャルキーはぐるっと皆を見回して豪快に笑い飛ばす。

「あ〜はっはっ!!あんたらなに勘違いしてんだい。」

「違うだにか?」

 シャルキーはあまりのおかしさに湧いてきた涙をその長くて綺麗な指で拭うとまた皆を見渡した。

「剣術の相手だよ。あの子かなり上達したからね。それにしてもあんたらトレランスに負けず劣らず親バカになってきてるね。」

「誰だ嫁に行くなんて言ったやつ!」

「お前だろ!」

「そうか、剣の相手か。そうかそうか。」

 常連たちは全員胸を撫で下ろす。その様子を嬉しそうに見てシャルキーは腰に手を当てる。

「安心しな、ノイレンは辞めないよ。」

「良かった良かった。」

「ノイレンがいないとつまんねえ。」

「シャルキーだけじゃ華がないもんな。」

 ボソッと聞こえてきた声に、

「あんたら、全員出禁にするよ。」

 シャルキーは頬をぷくっと膨らませてジト目で皆を睨んだ。



 チャプリの酒場。

 食事のためにノイレンとトレランスは宿から近いところにある店にやってきた。()も落ちかけて暑さも和らいだ。

「なんか()()とはだいぶ雰囲気違うね。」

「ところ変わればってやつだな。」

 シャルキーズカバレとは全く雰囲気の違う酒場。だからといって居心地が悪いわけではない。

「なんだろ、何が違うのかな。」

 ノイレンはキョロキョロと店の中を見回して自分が働いているカバレとの違いを見つけようとする。

「華がないんだよ。」

 トレランスがヒントを出した。

「華?」

「そうだ、よく見てみろ。」

 ノイレンは店のスタッフから客たちまで皆の顔を見る。

「あ、」

「気付いたか。」

「うん、お店の人も全員男ばっかだ。それにステージもない。」

「そういうのを必要としない店も世の中にはあるんだよ。」

「ふ〜ん。じゃあさ、ここで私が踊ったらどうなるかな。」

「やってみるか?」

 ノイレンを試すようなトレランスの視線に焚き付けられたノイレンは店のスタッフのところへかけて行き何やら話している。しばらくするとニンマリした顔でトレランスのところへ戻ってきた。

「見てて師匠。」

 それだけ伝えるとノイレンは店の中央に立った。パンパンと手を叩いて店中の注目を集める。

「見てくれてありがとう。これからダンスするからみんな楽しんで!」

 ノイレンは踊り出した。伴奏も何もない。衣装もアニンにもらった普段着ているドレス。肌の露出なんてない。最初は冷めた目で見ていた客たちも一心に踊るノイレンのその振る舞いにしだいに見入るようになってきた。

 右足を軸にくるくる回るとスカートがふわりと広がって膝丈のドロワーとノイレンの白い足が見える。客たちから冷やかしの声が上がってきた。

 ショルダーシミーで肩を小刻みに揺らすとノイレンの小ぶりな胸も揺れる。ダンス衣装のようにしっかりホールドされていないからドレスの上からもその”揺れ”が手に取るようにわかる。ノイレンは客たちがそこに注目するのを分かっててわざと周りにいる客のそばに近寄って肩を揺らす。冷やかしの声がいつしか囃し立てる歓声に変わった。

 踊り終えたノイレンはスカートを両手で摘んでカーテシーで挨拶した。

「おおおっ!」

「いいぞ、姉ちゃん。」

 鼻の下を伸ばした客たちが拍手や指笛を浴びせる。ノイレンはそそそっとトレランスの元へ戻った。とても満足そうで、満面の笑みを浮かべている。

「どうだった師匠。」

「シャルキーが見たら悔しがるだろうな。」

「えへへ。」

 トレランスがジョッキを持ちノイレンに差し出す。ノイレンはジュースを満たしたジョッキを持ってそれにコツンとぶつけた。

 しばらくすると2人の前にこんがり焼けた鳥の骨付きもも肉がドンっと出てきた。

「これは店からだ。嬢ちゃんのおかげで皆の酒が進んでるよ。よかったらまた踊ってくれないか。」

 トレランスは目を丸めて驚く。ダンス一つで骨付きももをサービスしてもらえるとは。庶民にとって肉の塊は高価でそうそう手の出る代物ではない。

 ノイレンはトレランスに右手の親指を立ててみせた。トレランスは肩をすくめて返答に代える。

 ノイレンが自分の力で手に入れた骨付きもも肉にかぶりつこうとしたその時、薄汚れて臭う汚らしい身なりをした、妙に鼻だけ筋の通っているヒラメ顔に無精髭を生やした30代後半くらいのオッサンがいやらしい笑みを浮かべて近づいてきた。相当飲んでいるらしくかなり酒臭い。まだノイレンとの距離が2メートルくらいあるのにぷんぷん臭っている。

「よう姉ちゃん、ダンス良かったぜ。もう一度見せてくれよ、今度は裸でさあ。」

 いやらしい目つきでノイレンを舐め回すように見てくるそのオッサンの顔をみたノイレンは青ざめて顔が硬直した。

『お、お父・・・さん?』

 お世辞にもイケメンとは言えないヒラメ顔なのに鼻筋だけ綺麗に通っているその特徴的な顔、キツイ香水の匂いをまとってお母さんとわたしを苦しめた顔、忘れるはずがない。

 ノイレンが骨付きもも肉から手を放し下を向いて青ざめているとトレランスがその酷く酒臭いオッサンの前に立ちはだかった。

「オッサン飲み過ぎだぜ。一昨日出直しな。」

「なんだと、おっさんにおっさん呼ばわりされる謂れはねえ、すっこんでろ。」

「すっこんでるのはそっちだ。ほらさっさと店から出ていけ。」

 トレランスはいつものようにそのオッサンを店からつまみ出した。

「金輪際ノイレンに近づくんじゃないぞ。ちょっかい出したらタダじゃおかないからな。」

 店の外に転がっていくオッサンの背中にトレランスの釘が刺さる。

『ノイレン?』

 オッサンの耳にその名前が引っかかった。

 席に戻ってきたトレランスはノイレンにニカっと笑いかける。

「もう大丈夫だ。」

 しかし思いつめた目で虚空を見つめているノイレンの耳にその言葉は届かなかった。

次回予告

着実に大人の階段を登るノイレン。セイベルとの対決を翌日に控え腹ごしらえに来た酒場でノイレンは母と自分を捨てた父に再会する。ノイレンは憎悪の感情に支配され心を縛られる。一方トレランスは意図せずしてセイベルの仕事を邪魔してしまい、セイベルの逆鱗に触れる。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第六十二話「一つ約束して。」


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