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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第四部『羽を拡げて』

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57「やっぱりそういうことだったの?」

 ヤーデンツは緊張で手足が強張り、構える剣が小刻みに揺れている。

「ヤーデンツ、気負わなくていいよ、楽にしてくれ。」

 ノイレンに教えた基本の構えを取るトレランスはその剣先にヤーデンツの顔を捉えながら緊張で固くなっている彼をリラックスさせようと声をかける。

「は、はい。」

 ヤーデンツは返事をしながらも内心で『この街で剣士を志す者なら誰もが耳にしたことのあるサーベル使いのトレランス。ただ構えているだけなのに威圧感が半端ない。緊張するなってほうが無理だ。しかも俺あの人の弟子に負けたんだぞ。相手になるとは思えない』と、弱腰になりなぜトレランスが自分と立ち合いたいと言い出したのかその理由(わけ)がわからず困惑していた。すると、トレランスは構えを崩してドカドカとヤーデンツの背後に回り込んで彼の肩をその大きな手でがしっと鷲掴み、ぐにゃんぐにゃんと揉みほぐしはじめた。

「どぅわわぁあぁ~あっ。」

 ヤーデンツはまさかの出来事に変な悶え声を発し身をよじる。

「な、何をなさるんですか。」

「いやあ、君が固くなってるからほぐしてあげようと思ってな。」

 トレランスはニカっと笑って彼の肩を揉みしだく。

「あっ、いや・・・あ、ぁあ・・・」

 筋骨隆々のヤーデンツが肩を揉みしだかれてヘナヘナになりながら変な声をあげるから周りにいる門弟たちはだんだんおかしくなってきた。くすくす、ぷふっ、くっくっくっと笑いを堪えるのに必死だ。こらえるあまりぷるぷると体を小刻みに震わせる者もいる。密かな声があちこちから漏れてきた。

「も、も、も、もう大丈夫、でっす。あ、ありがとう、ございまっす、あ、ぅん・・・」

 ヤーデンツは恥ずかしくなってシュッとしたその顔を赤らめトレランスの手から逃れようとするのだが何故か彼の手が肩から離れない。まるで磁石で吸い付けられているかのようにピタッと張りついている。

「まあ、まあ、まあ、そう言わずに、どうだ気持ちいいだろう。」

 トレランスはイタズラっぽく笑って揉み続ける。

「トレランス・・・その辺で勘弁してやれ。ぷふっ・・・」

 キリオスが口を挟んだ。その顔はやはり笑いたいのを我慢してるようで真顔を装いながらも頬と口元がゆるゆるになっている。


「よっし、じゃあやろうか。」

 トレランスはヤーデンツの肩から手を離すと剣を構え直した。降ってわいた災難のような肩もみから解放されて深呼吸、心を落ち着かせている弟子にキリオスは日ごろから皆にかけている言葉を口にした。

「ヤーデンツ、必要以上に緊張することはない。いつもの冷静な君なら決してトレランスにも引けを取らない。普段の稽古を思い出しなさい。心で負ける者は、」

「技で勝てるはずがない。」

 師匠の言葉を途中で遮りヤーデンツは自分に言い聞かせるように後を繋いだ。ヤーデンツはシュッとした顔をさらにシュッと引き締めて剣を中段に構えトレランスにその視線を集中させる。それを見たキリオスは腕組みをして無言で頷いた。

 トレランスは彼のその精悍な眼差しに体中がぞくぞくしてきた。

「いい顔だ。さあどこからでもかかってきなさい。」

「はい、胸をお借りします!」

 ヤーデンツは剣を中段に構えたまま歩くようにトレランスに迫っていった。ノイレンから借りたサーベル型木剣の剣先に彼の顔を捉えているトレランスはその動きに神経を集中する。

『そのまま突くか、それとも斬撃か、どう来る?』

 全くその場から動かずにヤーデンツの動きを見ているトレランスは知らず知らずのうちに片方の口角がわずかに上がっている。

 ヤーデンツはトレランスの間合いに飛び込む直前右足を踏み込み腕を振り上げて真上からの斬撃に移った。トレランスがその剣を受け止めて流し右に回り込むと、ヤーデンツは剣を振り下ろしながら次の斬撃の型に移行している。左足をトレランスに向けて踏み込み、左肩を彼にぶつけるようにして牽制し振り下ろした剣の裏刃を使って左下から右上に向かってトレランスの胴を薙ぎにきた。

 そのヤーデンツの刃をトレランスは手首のひねりでサーベルの向きを180度反転させて下からすくい上げた。そして再び手首を返すことで両腕が胸の位置に上がったヤーデンツの左肩越しに彼の首筋へサーベルを当てる。それをヤーデンツは腰と首をかしげることで掠る程度で躱し体勢を立て直すべく一歩引き下がった。引き下がった時両足の裏をぺたんと床に付けた。一瞬だが動きが鈍くなったその彼の鼻先をトレランスの剣先がかすっていく。ヤーデンツが首への攻撃をかわした瞬間トレランスはまたもや手首を返し両足をつけた彼の顔面にその刃を放った。

「くっ。」

 ヤーデンツは反撃できずにもう一歩引いた。そこにまたまたトレランスの剣が風車の羽のようにくるくると迫る。彼の手首は自在に回転する。それに操られるサーベルは縦横斜め、縦横無尽に回転してあらゆる方向から襲い掛かってくる。

 これが木剣ではなく真剣だったらヤーデンツは首の皮と鼻頭を斬られている。体勢を立て直しつつ息を整えるヤーデンツ。その鼻からつーっと鼻血が垂れてきた。

「さすがですね、手首の返しだけで。」

「そういう君も大したものだ。よく躱せたな。」

「キリオス師匠のご指導の賜物です。常に実戦を意識していますから。」

「そうこなくちゃ面白くない!」

 今度はトレランスから斬りかかっていった。腹の前で剣先をヤーデンツに向けている。型破りなノイレンならともかくトレランスがそんな攻撃を仕掛けるのは珍しい。

「師匠それじゃ避けられちゃう。」

 (はた)で見ているノイレンが呟く。彼女にとってトレランスが誰かと木剣で試合をするのを見るのは初めてだ。ノイレンは落ち着いて冷静にその様子を見ることで師匠の動きがよくわかった。普段は目の前にいて自分が相手だから、こんなふうに客観的に見ることはない。トレランスの手首の使い方、無駄のない剣の振り方、足捌きをじっくりと観察することでノイレンは自分の頭の中でもう一度ヤーデンツと戦っているかのような錯覚を覚えた。

『師匠なんであんな突っ込み方してんの?あれじゃまるでわたしだ。あ、もしかして、』

 ハッと気づいた。

『私のだめなとこわざと見せてくれてる?』

 ノイレンは師匠の動きを注視した。ノイレンの突きを真似たトレランスの攻撃はあっさり躱されたがヤーデンツが躱した瞬間にトレランスはヤーデンツの腕をつかみ彼が前のめりに転げるよう思い切り引っ張った。ヤーデンツは膝をつきそうになりながらも大股で堪え、体勢を立て直しつつ剣を片手でうしろに振り抜いてトレランスの攻撃を牽制した。

『上手い、あれならうしろから斬りかかるの難しい。』

 するとトレランスは手首を返してヤーデンツのやみくもな牽制をなんなく弾き、こちらを向いた彼の懐へ剣を滑り込ませる。ヤーデンツは左手を刃の腹に当ててトレランスの剣を受け止めた。2人の動きが止まる。

『さすが師匠。あの人もやるな、このあとどうするの?』

 ノイレンは手に汗を握り行く末を見守る。

 傍で見ているからヤーデンツの動きも客観的に分析できた。相手の間合いに飛び込んで攻撃を仕掛ける瞬間、次の型へ移行する瞬間の体捌き、師匠の攻撃を受けるときの防御の仕方、それら一連の流れの中で彼がどのように剣を動かしているかよく見えた。

『振りぬいた剣を戻すとき必ず両刃を生かしてる。表の次は裏、裏の次は表。(剣の)切り返しがとても速い。木の葉が左右に揺れながら落ちるときみたいだ。』

 ノイレンはトレランスの立ち合いを通してヤーデンツの剣筋を見切る。そして一つ彼の隙を見つけた。

『間合いの外へ引くと必ず足が一度ぺたんと地面に着く、虚を突くならその瞬間だ。』

 ノイレンは頭の中で師匠の動きに自分を重ねてヤーデンツと戦い、『あの人を確実に一撃で仕留めようとしたらあの時しかない』とその隙を虎視眈々と狙う。さっきの自分のやり方では下手をすれば相打ちになる。2人の動きを観察することで安全に相手を仕留める戦い方を模索し始めた。

 トレランスとヤーデンツは激しく斬り結ぶ。カンカンと木剣がぶつかり合う音が道場の中にこだまする。ヤーデンツは斬撃の合間に時折突きを入れてくる。いくら筋骨隆々とはいっても剣を振り続けていれば体力を消耗する。相手がトレランスならなおさらだ。だからトレランスが手首を返す代わりに腕を引いた瞬間に突きで緩急をつけている。そして突きを躱されるとトレランスの膝を蹴りにいく。相手の体勢を崩すにはそれが有効だ。蹴りを躱されるとトレランスが退()いたほうから逆方向へ刃を走らせる。トレランスは手首の返しでそれを受け流す。するとヤーデンツはショルダーアタックなどの体当たりを試みる。体が密着すればいかに凄腕の剣士といえど相手を斬ることはかなわない。トレランスが彼の体や服を掴んで引きはがすとそこに刃を走らせる。トレランスがそれを受け流して一歩引くと彼も一歩引く、体勢を立て直すために。しかしその時彼の弱点が現れる。ノイレンにも見切られた弱点。トレランスはすでにそれを見抜きわざと彼を引かせるように振る舞う。ヤーデンツはそれが罠だとも気づかずにトレランスを斬ろうと躍起になっている。

 トレランスは手首を返してぐるんと剣を回しその勢いを乗せて彼の剣を上下に払う。剣を払われるとヤーデンツは次の攻撃を防ぐために体当たりなど密着してくる。したり顔でトレランスを見るヤーデンツ。その彼の表情を見たトレランスの口角がキュッと上がる。彼は左肘をヤーデンツの首元に潜り込ませて思い切り彼を弾き飛ばす。引きはがされたヤーデンツは体勢を立て直すべく両足の裏をぺたんと床に付けた。

『師匠今だ!!』

 ノイレンはヤーデンツが右足を引いた瞬間に心の中で叫んだ。間合いの外に退()くと必ず足の裏全体をぺたんと地面につける。体勢を立て直すのにそのほうが安定するからだ。けれどもそこが彼の弱点。足の裏全体をつけた瞬間彼の体重がずしっとかかって重心が一気に下がる。そのため彼の動きは一瞬だけ鈍重になる。

 ノイレンの心の叫びに呼応するかのようにトレランスはヤーデンツが足の裏をぺたんとつける瞬間に彼の懐に飛び込み手首を返して彼の股ぐらから頭にかけて一気に斬り上げた。

「あがっ・・・」

 男の急所を叩かれて息が詰まったヤーデンツの目には一瞬()()()が見えた気がした。ノイレンは眉をしかめてヤーデンツを気の毒そうに眺めている。

『痛そう・・・』

 ノイレンも窮地を脱するために今までに何度か男の急所(そこ)を蹴り上げたことがあるから、それをされると男は悶絶することは知っている。

 ノイレンの頭の中で最後の斬撃シーンがリフレインする。ヤーデンツが足をぺたんとつける瞬間に彼の懐に飛び込み、手首の返しだけで防ぎづらい下からの斬り上げ。トレランスという見本があったからこそその動きがよくわかった。ノイレンは師匠の手首の使い方を思い出し自分の手首をくるくると返して剣の振り方を模してるとあることに気付いた。

『わたしは師匠の動きを真似てる。ってことはさ、もしかして彼も師匠のキリオスさんと同じように動いてるってこと?』

 ノイレンはトレランスを見た。

『ひょっとして師匠てば、わたしに分からせたくてわざと彼と試合したの?』

 

 股間を強打されたヤーデンツは両手でそこを押さえて膝をつき悶絶している。数人の男の門弟がわらわらと彼に駆け寄る。痛みで動けないヤーデンツを皆で抱えて道場の外へ連れて行った。

「すまなかった。」

 トレランスは人差し指で頬をぽりぽりと掻きながら「やりすぎた」と苦笑い。その彼のもとへノイレンはスススっと小走りに駆け寄りジト目を向ける。

「ん?」

『師匠、本当にわたしに気づかせようとしてたのかな。』

 苦笑いしている師匠の顔を見ているとだんだんその考えも怪しく思えてきた。

「師匠最後の一撃手加減しなかったでしょ。」

「あはは・・・」

 そして右手をスっと師匠に差し出す。

「なんだ?」

「なんだじゃないよ、わたしの木剣返して。」

 トレランスから木剣を受け取るとその刀身を隅々まで見渡して頬をぷうとリスのように膨らませた。

「いやあ途中から俺も本気になっちまってな。あはは・・・」

 ノイレンの視線が痛い。


「トレランス。」

 キリオスが静かに近づいてきた。

「キリオス、すまない。ついやりすぎてしまった。」

 トレランスが反省するように頭を下げた。

「いや気にしないでくれ。ヤーデンツにはいい勉強になっただろう。さっきも言ったように私は常々実戦を意識させている。実戦では()るか()られるかだ。相手を殺すのに正々堂々斬るだけが手ではない。」

「あはは・・・」

 そこにレクレスがつつっとやって来た。

「あの!私とも手合わせお願いします!」

 頭を深く下げてトレランスに頼み込む。トレランスはニコっと微笑むとその大きな手をレクレスの頭にぽんと乗せた。

「その意気や良し。けれど遠慮させてもらおう。もっともっと修業を積んでから来なさい。」

 レクレスはトレランスの手が乗ったままの頭を上げた。眉をハの字に、唇を8を横倒しにしたような表情でじっとトレランスを見上げる。とても悔しそうだ。

「うう、わかりました。もっと強くなります。その時はあなたをこてんぱんにしてみせます!」

 意地っ張りな瞳でそう訴えた。

「あっははは!」

 トレランスは嬉しそうにレクレスの頭をぐるぐるした。

「ぐるぐるしないでっ!」

 レクレスは涙目になりながら以前の誰かさんと同じセリフを吐いた。


「ではそろそろ。」

 キリオスはレクレスを微笑ましく見たあとノイレンに視線を移した。ノイレンはしっかりと彼の目を見つめ返して頷く。

「はいっ、お願いします。」

 道場が再び緊張の空気の包まれた。

 キリオスが自分の木剣でウォーミングアップのために素振りをしている間トレランスはノイレンにごにょごにょと小さい声で囁く。

「ノイレンならもうわかったよな?」

「やっぱりそういうことだったの?」

「当たり前だろう。」

 トレランスは片方の口角を上げてニカっと笑う。

「ありがと師匠。」

 ジト目で礼を言う。

「なんでその目・・・」

 冷や汗とともに笑いが苦くなる。

「で、どう戦う?」

「ユニゾンする。」

「ユニゾン?」

「そうシャルキーとやってるやつ。」

 トレランスはいまいち合点がいかない。

「ユニゾンてね、相手の心を見透かすように気配を感じ取らないとできないの。横にいるシャルキーの動きなんて見えないでしょ。だからいつもシャルキーの気配を感じるようにしてるんだ。師匠の剣術と同じ。どんな時も相手を見てる。」

「なるほど。」

「師匠の立ち合いを見てあの人たちの剣筋はわかった。だからあとはいつ、どう動くか分かればなんとかできるかなって。」

「俺が何も言わずともちゃんと理解したのは偉いぞ。さすが俺の弟子だ、ノイレンもっともっと大きくなれ。」

 トレランスはそう言って嬉しそうな顔でその大きな手をノイレンの頭にぽんと乗せようとしたがノイレンはさっと避けて師匠の優しさと強さのこもる目を見た。

「ぐるぐるすんのはわたしが勝ったあとにして。」

 そうしてノイレンはキっとキリオスに視線を向けた。

次回予告

トレランスの狙い通り傍目八目(おかめはちもく)を得たノイレン。キリオスに心を重ね、彼の動きを見切ろうと神経を研ぎ澄ます。激しく剣を組みあう2人。時には相手を蹴飛ばし、掴んで投げる。お互いに譲らず戦い続けるノイレンとキリオスに誰もが目を見張る。しぶとく食い下がるノイレンだったが彼女の長所でもあり短所でもあることが勝負を左右する。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第五十八話「動きは手に取るようにわかるのにな。」

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