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ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第四部『羽を拡げて』

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56「さあどこからでもかかってきな。」

 少女の名はレクレス。

 まるで3年前のノイレンを見ているようだ。顔は全く似ていないがその目つきからにじみ出る勝気な感じがトレランスと出会ったばかりの頃のノイレンをほうふつとさせる。

「わたしレクレス。よろしくお願いします、お姉さん。」

 とても礼儀正しい。ノイレンとは違って両親の愛情に包まれて育っているらしい。

「わたしノイレン。よろしくね、レクレス。」

 道場の真ん中で対峙する2人は互いに名乗りあう。

「キリオス、君が手合わせしてくれるんじゃなかったのか。」

 彼の隣でトレランスがそっと尋ねた。

「もちろんあとでやらせてもらうよ。その前にせっかくの機会だから門弟たちに腕試しさせたい。それに私がいきなり立ち合ったのでは門弟たちが納得すまい。」

「君の言うことももっともだが、ノイレンは型破りだしそれに昨日話したとおり実戦も経験している。君には失礼だが門弟たちでは歯が立たんと思うぞ。」

 トレランスの心配をよそにキリオスは嬉しそうだ。

「それだよ、私はいつも実戦を前提として稽古を積ませている、ノイレンはあの子たちにとってもってこいの相手だ。」

「おいおい、知らんぞ(門弟が)怪我しても。」

「心配はいらん。形だけ学ばせる道場と同じにしないでもらおうか。」

 キリオスはあっけらかんと笑っている。

「それなら構わないが。」

 トレランスはやれやれといった表情でキリオスの横顔を見た。


「では始め!」

 キリオスが道場の真ん中で対峙しているレクレスとノイレンに合図した。2人は互いに礼をすると左手に持っていた木剣を構えて睨み合う。

 ノイレンはいつものように右手を前に突き出し体を右斜めに、左手の肘を軽く曲げる。左足を一歩下げて少し腰を落とした。

 レクレスはロンゲンオルト、まっすぐに剣をノイレンに向けて腕をぴんと伸ばした構え。ノイレンよりも体格の小さいレクレスは自分の間合いを少しでも見誤らせようとしている。

 レクレスの構えを見たトレランスは感心した。

「ほお、考えたな。あれは正面から見るとロングソードさえも短く見えるからな。目の錯覚を利用してノイレンに比べて短いリーチを勘違いさせようというわけだな。」『さあノイレンどうする、安直に突っ込むと逆に突かれるぞ。』

「だから言ったろう。私は実戦さながらの稽古をしているって。あの子はまだ幼いが非常に負けん気が強くてな、常に相手に勝つことを考えて工夫することを怠らん。」

 隣にいるキリオスは片方の口角を上げてレクレスの対処に満足げだ。

「あはは、あの子もやっぱり意地っ張りなのか。これはいい相手かもしれん。」

 トレランスは一目見た時からノイレンと同じ匂いを感じていた。


「さあどこからでもかかってきな。」

 ノイレンは口角を上げてレクレスを挑発する。しかしその目は笑っていない。冷静に彼女の動きを見ている。

「お姉さんこそどこからでもかかってきなさいよ!」

 レクレスも一歩も譲らない。

「それじゃわたしからいかせてもらうよ!」

 ノイレンは右手を突き出したままレクレスに突進していった。

 レクレスはノイレンのサーベルの切っ先に自分の剣の切っ先を当てるとそのまま刃に沿って滑らせてクロスガードで受け止める。受け止めながら次の動作に移行している。剣とともに飛び込んでくるノイレンにクロスを当てて牽制しつつそのままノイレンの胴を払うつもりだ。しかしノイレンはそんな単純な手には引っかからない。クロスで突かれる前に手首の回転を生かしてクロスのところで組んでいるサーベルをレクレスの剣ごとぐるんと回して真上に振りぬく。レクレスはその回転の勢いに呑まれて剣ごと両腕が万歳するように頭の上に持ちあがる。

「あっ!」

 レクレスの胴ががら空きになった。ノイレンは一回転させた剣をそのまま横に滑らせ彼女の腹を一文字に斬る。ところがレクレスはブリッジでもするかのように思い切り膝から上を()け反らせてそれを躱しながらノイレンの左腿を右足で蹴飛ばして体勢を崩させた。ついでに自分も蹴った勢いで背後に飛び退いてくるんとうしろにでんぐり返して起き上がりそのままノイレンに向かって剣を振り上げて襲い掛かってきた。

 足を蹴られて(ひざまず)いたノイレンは上から襲い掛かるレクレスの剣を下から受け止める。

「やるじゃんか。」

「お姉さんもね。」

 レクレスは不敵な笑みを浮かべてノイレンを睨みつけている。彼女のその目をまっすぐに睨み返しているノイレンは骨のある相手と対戦できて楽しい気持ちがあふれてきた。あんな仰け反りやそこからの蹴りなんて師匠でもまずやらない。攻撃を躱されること自体はいつも師匠にやられているけれど、ああいう躱し方は自分がするだけで師匠もカディンをはじめ騎士団の人たちもしなかった。体が小さくて軽い分レクレスはそのすばしこさを利用して相手の虚をつく動きをする。それがノイレンには楽しくてしかたない。次はどんな意表をついてくれるのか考えるだけでわくわくしてくる。一方レクレスもこの急反転の攻撃を受け止められてその負けん気をさらに燃やす。

 ぎりぎりと木剣同士をきしませながらノイレンは膝を上げ立ち上がる。さすがにレクレスよりも背が高く手足が長い分その状態で組み合うと形勢逆転。レクレスは不利になった。今まで上から押しこんでいたのが逆に押し込まれる状態になってしまった。

「こんちくしょう、負けてたまるかあ。」

 レクレスの口からまるでノイレンのようなセリフがこぼれる。

「それはこっちのセリフだ!」

 ノイレンは力を込めて剣ごとレクレスをぐいい~っと押し込むといきなりスっとうしろに身を引いた。押し込む力に反発していたレクレスは勢いがすっぽ抜けて前のめりになる。

「うわっ。」

 そのレクレスの剣をノイレンは上からしたたかに打ち据えた。レクレスの木剣がその手を離れ道場の床に音を立てて転がる。慌てて剣を拾おうとするレクレスのその顔の前にノイレンのサーベルがすっと差し出され彼女は動きを止められた。

 レクレスの顔に悔しさがにじみ出てくる。泣くまいと歯を食いしばって顔をゆがませる。

「それまで!」

 キリオスによって手合わせ終了が告げられる。ノイレンは剣を引くと左手に持ち替えた。レクレスは剣を拾うと左手に持ち今にも泣きそうなその顔をノイレンに向けた。眉をハの字にしかめ、口は8の字を横に寝かせたように唇をかみしめて潤んだその瞳から涙がこぼれ落ちないように堪えている。その姿があまりにも滑稽でノイレンは思わず噴き出した。

「笑うなっ!!」

 レクレスはそのままの表情で顔を赤らめて怒る。

「ごめん。・・・ぷっ、」

 ノイレンは謝りながらもまた噴き出す。『師匠もこんな気持ちだったのかな。』自分が師匠に向かって同じセリフを吐いていた時のことを思い起こした。


 トレランスは腕組みをして互いに礼をする似た者同士をほほえましく見ている。

「君もいい弟子を持っているな。あの子は伸びる。」

「お前にはやらんぞ。」

 キリオスはふふんとニヤつく。

「あはは、要らんわ。ノイレンがいれば十分だ。」

「お前は本当に変わっているな。それだけの腕があれば十分道場の経営だけで食っていけるのに。」

 トレランスはふんと鼻で笑っていなした。彼の胸中には彼の師匠との約束がある。トレランスは今一度それを噛みしめた。


「では、ほかにノイレンと手合わせしたい者はいるか。いなければ私が相手をする。」

 キリオスが一歩前へ出て門弟たちを端から見渡す。

「俺にやらせてください!」

 居並ぶ門弟たちの中から同じように一歩前に進み出た若者。この道場の師範代を務めるヤーデンツだ。

「いいだろうヤーデンツ。やってみせろ。」

「はい、ありがとうございます。」

 ヤーデンツはノイレンの前に進み出てきた。

「ほう、彼はかなり使うようだな。」

 静かに歩み寄る彼を見たトレランスが身を乗り出す。ノイレンではなく自分が立ち合いたくなったようだ。

「もちろんだ。彼には師範代を任せている。最近は私もなにかと留守にしなければならないことがあってな。」

「師範代か。君が認めるんだ、これは俺が相手をしたいくらいだ。それにしても道場主もいろいろと大変なんだな。」

「まあな。」

 レクレスのときは仁王立ちで見ていたキリオスが腕組みをした。ヤーデンツの腕に相当自信があるようだ。

「俺はヤーデンツ。よろしくノイレン。」

 精悍な顔つきの青年。よく鍛えているのだろう筋骨隆々でがっしりした身体をしている。そしてしゅっと引き締まった表情、そのまなざしには優しさと強さが見て取れる。ノイレンは心の奥に何か暖かいものを感じた。そう心地よい季節の陽だまりのような。

「ノイレンです。よろしく。」


「始め!」

 ヤーデンツは()の構えを取った。

『この構え見たことある。』

 ノイレンはアデナでカディンが騎士団員たちに稽古をつけていた時のことを思い出した。

 アルベアの構え、左足を下げ、右足を前に出して腕を左に下ろす。腰の辺りで構えて剣先を床に向けている。隙だらけのように見せて相手の攻撃を誘う。迂闊に飛び込めば下腹を突かれかねない実は恐ろしい構えだ。ヤーデンツはノイレンの出方を見ようとわざと彼女を誘った。

「こてんぱんにしてやる。」

 ノイレンはヤーデンツに向かってジグザグに走りながら近づいていく。ヤーデンツは微動だにせずノイレンの動きを目だけで追う。

『やっぱり乗ってこないか。』

 ジグザグに移動することで防御の手を惑わせようとしたノイレンの作戦は失敗。

「ならこれはどうだっ!!」

 ノイレンはヤーデンツの間合いに入る直前で天井高く飛び上がった。剣を下段に構えているだけにまっすぐ突っ込んでくる相手には下からの突きや斬り上げを喰らわせられるが、頭の上から襲ってくる相手には動作が間延びする分どうしても隙を与えてしまう。

「そうきたか。」

 ヤーデンツはその場で飛び上がると手首を軸にして剣を縦に回すと腕をぐんっと伸ばし上げた。一瞬にしてその切っ先がノイレンを捉える。

「なんだとおっ。」

 落下するノイレンと上昇するヤーデンツの距離が一気に縮まり彼の剣はもう目の前だ。このままでは串刺しにされる。

「させるかよっ。」

 ノイレンは手首を回して彼の剣先に自分のサーベルを絡ませ突かれるのは阻止したが、すれ違う瞬間彼の剣のクロスがノイレンの右腕に当たった。上昇と落下の勢いが相乗してただぶつけられるよりもしこたま痛い。右腕に走る()()に顔をゆがませるノイレン。着地すると意識で捉えていた彼を見上げ体制を立て直すがその時すでに彼は目の前まで落下してきていた。

「こんちくしょお!」

 このままでは脳天を割られる。周りで見ている門弟たちの固唾を呑む音が聞こえそうだ。

「もらった!」

 ヤーデンツがノイレンの頭めがけてまっすぐに剣を振り下ろしてきた。が、彼の剣は空を切る。着地と同時に彼の剣は道場の床を思い切り叩いた。乾いた音が鳴り響く。彼の目の前にノイレンがいない。

「どこだっ?」

 ヤーデンツは顔を上げるとそのずっと先にいるノイレンを見つけた。

「何っ?」

 ヤーデンツにはノイレンが瞬間移動でもしたかのように思えた。周りで見ている者たちはトレランスを除いて皆呆気に取られている。

「おい、今のなんだ?」

「彼女が空を飛んだぞ。」

 目の前の出来事にわが目を疑っている者がほとんどの中レクレスは羨ましそうに唇を噛む。

「わたしもやりたいっ!」

 ノイレンは脳天を叩き割られる直前得意のバク転でその場から逃げたのだ。持ち前のすばしこさを以てうしろに飛び退きつつそのままバク転。だからヤーデンツの目には突然ノイレンの姿が消えたように見えた。

「さあどこからでもかかってきな。」

 ノイレンは構え直して左手の指をぐーぱーする。

「おい、トレランス、お前なんてやつを弟子にしたんだ。」

 門弟たちと同じく呆気にとられたキリオスが信じがたいものを見たという面持ちで話しかけてきた。

「羨ましいだろう。ノイレンはやらないぞ。」

「くれ。」

「やだね。」

 師匠同士がそんなやり取りをしている間にヤーデンツは気を取り直してノイレンに襲い掛かる。目の前で想像もしていなかったアクロバットを見せつけられたヤーデンツは、師範代の意地でなんとしてもノイレンに剣を叩きこんで勝とうと、ノイレンに息をつかせる暇を与えないように次々と攻撃を繰り出す。

 剣を組みノイレンとくっつくほど近づくと彼女の体勢を崩すために膝を蹴飛ばそうとしたり、ノイレンの腕を掴んでズベベっと道場の床に叩きつけようともしてきた。実戦ならばなんでもありだ。

「へっ、そんな手に引っかからないぜ。」

 ノイレンは膝を蹴られそうになるとダンスのステップを踏むように軽やかに、つま先立ちでひょいひょいと躱す、腕を掴まれて放られるとくるんと空中で半転したり、身を(よじ)ったりして思い通りにはさせない。

「しぶといですね。」

「まあね。」

 ヤーデンツはもちろんノイレンも剣を交えながら心の底からわくわくする高揚感が溢れてくる。胸が躍る。

「あなたと戦えて良かった、感謝する。」

 ノイレンの気を逸らそうと話しかけ、ノイレンの視線が自分の剣から外れたと思った瞬間ヤーデンツは振りかぶるように腕を振り上げノイレンを真っ二つに斬り裂こうと渾身の力を込めて剣を振り下ろした。

「そこだっ!!」

 ノイレンは身をかがめるとヤーデンツの懐に入り込み彼の顎の下にサーベルの切っ先を突き立てた。

「うっ。」

 ヤーデンツは顎の下に剣を突き立てられて動きを止めた。彼が振り下ろした両腕の間にノイレンの頭がある。ノイレンはそこからヤーデンツの目をしっかりと見据えている。

「そこまで!」

 ヤーデンツとノイレンは互いに礼をする。頭を上げるとノイレンは途端に笑顔になった。

「師匠!勝ったよ、2回も。」

 トレランスのもとへ駆け寄ると満面の笑みを浮かべて彼を見る。トレランスは優しさと強さの光が宿るまなざしをノイレンに向けてその大きな手を彼女の頭にぽんと乗せるとぐるぐるした。

「すごいぞノイレン。」

「えへへ。」

 トレランスの隣にいるキリオスがノイレンを優しく見下ろして褒めた。

「型破りだがノイレンの強さは本物だ。素晴らしい。」

「あ、いえ、それほどでも。」

 ノイレンは今まで言われたこともない誉め言葉を聞いてちょっと照れた。

「いや、謙遜は不要。私の弟子たちが手も足も出なかった。それはノイレンの実力だ。」

「ありがとう。でも、これでも師匠からはまだ一本も取れないんだ。もっと強くなりたい。」

 ノイレンはトレランスの手が頭に乗ったままキリオスをまっすぐ見上げた。

「おい、トレランス、やっぱりノイレンを私にくれ。」

「断る。」

 トレランスはニカっと笑って返すとキリオスはむむうとふくれる。そんな2人をノイレンはトレランスの手が頭に乗ったまま見つめた。

「それでは次は私が相手をしよう。その前に一息入れてくれ。」

 キリオスは2人に休憩を申し出た。

「わたし大丈夫、やれます。」

 ノイレンが続けての立ち合いを希望するとキリオスが首を横に振った。

「まずは一休みしてくれ。今の君と対戦して私が勝っても、本当に君に勝ったとは言えないからな。」

 ノイレンはトレランスを見上げた。トレランスはにこやかに頷く。

「うん。」

 ノイレンはそれを見て頷いた。

 トレランスはノイレンの頭から手を離すとキリオスに申し出た。

「君が許してくれるならば是非彼と一手交えてみたいのだが。」

 彼とはヤーデンツのことだ。今しがたノイレンに負けはしたが、その要因の一つは奇想天外な動きを見せられて冷静さを欠いたからだ。もしも彼が冷静さを保っていたならば、トレランスは彼に師のキリオスをも超える素質を見出しているようで剣士としての血が騒いだ。キリオスはトレランスの闘志にみなぎるその表情を見て共感した。

「いいだろう。一手指南を頼む。」

次回予告

キリオスの愛弟子2人に勝ちを収めたノイレン。キリオスの弟子を見て剣士としての血が騒いだトレランスは彼の許可を得てヤーデンツと一戦交えることに。ノイレンのようなアクロバティックな回避や攻撃は得手としないがトレランスは積み上げた経験からヤーデンツの乱調を誘う。そこにはある目的があった。2人の立ち合いをノイレンに傍観させること。そしてノイレンは気づく。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第五十七話「やっぱりそういうことだったの?」

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