表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノイレン〜黒の純真  作者: 山田隆晴
第四部『羽を拡げて』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/65

55「もっともっと大きくなれ。」

 午前中といえど今日も暑い。ニワトリ目覚ましと共に起きて走り込みをしている時はまだ涼しいと感じたのに、体が十分に温まった上にいつもの野菜ゴロゴロ肉スープをお腹いっぱい食べたノイレンは全身から汗が噴き出す。

 ただシェヒルはどちらかというと乾燥している地域だから空気がカラっとしているのがせめてもの救い。庭で組み手をしているとそよ風が心地よい。

 15歳になり身体的にも成長してきたノイレンはトレランスの俊敏さにしっかりついていけるようになった。

「ノイレン、また一皮剥けたな。」

 トレランスはノイレンと木剣を交えながらニカっと笑って嬉しそうだ。

「毎日師匠と稽古してんだから、」

 ノイレンは巧みな剣裁きでトレランスの攻撃を受け止めたり、逆に攻めたりしながら返事する。

 トレランスがノイレンの首あたりを狙うように剣を踊り込ませるとノイレンは、ひょいと膝を曲げてカエルのように身をかがめてそれを躱し、そのままぴょんっと跳ね上がりつつトレランスを下から真上に斬りあげる。トレランスは背中をエビ反らせて躱しながら滞空しているノイレンの腹目がけて剣を叩き込む。さすがにそのままでは躱しきれない、

「こんにゃろ〜!」

 ノイレンは膝を抱えるようにして猫のように背中を丸めると一気に体を伸ばす。その勢いを利用してトレランスの胸板を蹴飛ばす。そして蹴りの反動を利用してバク宙、着地したらそのまま突きに転じる算段だ。

 ノイレンの頭の中では蹴飛ばされた師匠はバランスを崩してうしろによろめき攻撃の手が止まるはずだった。だったが、トレランスの胸板を蹴飛ばした足を彼のその大きな手でしっかと掴まれてしまった。

 ノイレンは頭から真っ逆さまに地面に頭突きする。

「痛ってぇ〜。」

 頭を抱えてうずくまる。

「アッハハハ、色々と臨機応変に体を動かせるのは大したもんだが、詰めが甘いぞ。」

 頭を抱え涙目で師匠を上目遣いに睨む。

「ちくしょう、勝ちたいなぁ。」

 トレランスがノイレンの前にしゃがみ込んでその大きな手を彼女の頭にぽんと乗せた。

「うぎゃっ。」

「いいぞノイレン。もっともっと大きくなれ。」

 たんこぶを触られて痛がるのを無視してトレランスはにこやかに笑いながらノイレンの頭をぽんぽんした。


「試合がしたい?」

 組手の稽古を終え昼食を摂っているときにノイレンが訴えた。

「うん、いろんな人といろんな剣と立ち合ってみたい。」

「こないだ言ってた道場はどうした?」

 トレランスはクルルトたちとのことを聞いていない。ノイレンが彼らと訣別したことを知らないから何の気もなしに尋ねた。

「あそこはもういい。なんていうか、その・・・」

 本当の理由はいくら師匠といえど言いたくはない。だからと言って「あの道場のレベルでは物足りない」とか「真面目に遊んでいるのはいらない」なんて言うのはおこがましいし失礼だと思うからノイレンは語尾を濁しトレランスから目を逸らす。

「わかった。今日一件話をつけてきてやる。」

 ノイレンが隠した真意には目をつむったトレランスはニカっと口角を上げた。ノイレンはトレランスに視線を戻して笑う。

「ありがとう師匠。」

 トレランスはこの時自分の心当たりを片っ端から訪ねて歩こう、ノイレンと立ち合い行脚をしようと決めた。

『かなり使うようになってきたからな。やっぱり相手は”騎士団指南役のカディン”くらいでないとノイレンの勉強(ため)にならんな。』


 かくしてノイレンとトレランスの他流試合の旅が始まった。

 まあ、旅といっても出ずっぱりで何ヶ月も何年も家に帰ってこないというわけではない。トレランスには仕事の都合もあるし、シャルキーとの義理もある。立ち合い行脚は多いときで月に3度、たいていは月に1~2度がいいところ。日帰りもあれば、長くても一週間で往復できる程度のところまで。


「どんだけ強い人と会えるかな。考えるだけでわくわくすんな。」

 師匠が選ぶ人たちだから腕は間違いないし、とんでもなく強い人が相手だったらと思うだけで闘志が湧き興奮でそこらじゅうを走り回りたくなる。

 ノイレンの世界が少しずつまた広がっていく。


 ギルド学校で教鞭をとっているアニンは朝食後トレランスに見送られて心晴れやかに出勤していった。2人がそんな計画を立てているとは露知らず今日も授業の合間に”恋する乙女”に。

「先生、仕事が終わったら逢いに行きますわ。お店で待っててくださいまし。」

 既に心はシャルキーズカバレに飛んでいる。


 夕方仕事を終えたアニンはいそいそと帰り支度を済ませ教室を後にする。

「先生、今参りますわ。」

 以前は2~3日おきに通っていたシャルキーズカバレ、最近はほぼ毎日入り浸っている。目的はそう、トレランスの背中を肴にビールをちびちびと飲むことだ。ほぼ毎日来ているうえに毎度オーラス(オープンからラストまで)でトレランスと一緒に帰る。さすがにシャルキーはいい顔をしない。もちろんお金を落としてくれる上客として本人の前でそんな顔は見せないようにしているが、別の意味で気に入らない。顔も名前も性別も分からない自分の子供と同世代だということも気に入らない要素だ。


「ちょっと、そんなことってあんまりですわ!」

 アニンはまだ一口しかつけていないビールのジョッキをカウンターにどんっと置くとトレランスに食ってかかる。

「お子ちゃまの武者修行に先生がお供なさるなんて。一人で行かせればいいのよ。」

 頬をぷくっと膨らませて口をとがらせる。

「そうはいきません。ノイレンは俺の弟子ですから、師匠の俺がちゃんと見届けないとね。」

 トレランスはアニンの期待とは存外な態度を見せる。

「だからってお子ちゃまとずっと一緒だなんてずるいですわ!(わたくし)ももっと先生と、」

 アニンがなおも食ってかかる途中でシャルキーに邪魔された。

「先生ともっと、なんだい?」

「きゃあ、いきなりうしろから話しかけないでいただけます?びっくりするじゃありませんか。おっかないのは顔だけにしてくださいませ。」

「あんた、誰に向かってそんな口きいてるんだい。あたしが一言ギルマスに口をきけばどうなるかわかってるんだろうね。」

「卑怯ですわ、そういうのティランニャ(パワハラ)って言うんですのよ。」

「ティランニャ結構、あんたそうやっていつもトレランスを困らせて楽しいかい?」

「ま、失礼なことをおっしゃらないでいただけます?(わたくし)が先生を困らせてるだなんて、酷いですわ。」

 シャルキーはその切れ長の目を半分閉じてジトっとした視線を向けた。彼女にもノイレンの癖が移ってきているようだ。

「なんですの、そのいやらしい目つきは。」

 アニンはシャルキーから顔を背けるようにカウンターにおいたジョッキに向かうと、ほとんど動かない左手を右手で補助しながらジョッキを両手で抱えるようにしてちびっと口をつけた。

「わかってんならつべこべ言わずにおとなしく飲んでな。」

 ジト目のままアニンにぴしゃりと忠告したあとシャルキーはトレランスにそのまま視線を移した。

「な、なんだよ、俺までそんな目で見て。ノイレンじゃあるまいし。」

 シャルキーは何も答えずじぃ~っとトレランスを見ている。トレランスはたじたじになって冷や汗をたらしつつアニンと同じようにすっとシャルキーから目を逸らした。

「あんたもわかってんならさっさとアニン(こいつ)に新しい部屋見つけさせな。」

 トレランスは痛いところを直に突かれてぐうの音も出ない。

「3人でなにやってんの?」

 そこにノイレンがやって来た。腸詰のてんこ盛りを届けた帰り。チーフのところへ戻る途中でシャルキーのジト目を見つけて興味がわいた。

「な、なんでもないぞ、それよりノイレン明日さっそく試合しに行くぞ。」

 トレランスは背後にシャルキーとアニンの冷たい視線を痛いほど感じつつノイレンにぎこちない笑顔を向けて知らんぷりする。

「ほんと!?やったー!で、どこ行くの?」

 ノイレンは口を大きく開けて喜ぶ。跳ねて回りたいのを我慢してるのかその場でかすかにぴょんぴょんとかかとを浮かしてる。

「市内にある道場でな、昔から知ってるところだ。そこの師範は強いぞ。もう10年も前になるが一度仕事で組んだことがある。」

「師匠とどっちが強い?」

「分からん。立ち合いはしなかったからな。」

 一目で相手の本質を見抜くトレランスに力量の差が分からないわけがない。それなのに敢えてとぼける師匠にノイレンは一瞬ジト目を向けたがすぐに喜びで目を細める。

「ふ〜ん、まあいいや。ありがとう師匠。楽しみっ。」

 ノイレンはやっぱりぴょんぴょんと跳ねながらチーフのもとへ戻っていった。

「さてと、あたしも仕事するか。」

 シャルキーは含みを持たせた視線をトレランスに送って調理場へ入っていった。トレランスはチラと背後にいるアニンを見る。アニンはジョッキに口を付けたままぽっと頬を赤らめる。トレランスの頬に冷や汗が一滴(ひとしずく)垂れていった。


 翌日。

「え、着替えたのか?アニンにもらった服でいいじゃないか。」

 立ち合い行脚に出かける準備をしていたトレランスは洗濯を終わらせたノイレンの服装を見て驚いた。ボンボンの一件があってからはチェストにしまい込んでまったく着なくなった服に着替えているではないか。今から3年ちょい前、ノイレンがここにきた時にトレランスが買い与えた服だ。アニンからかわいい服をもらったあとはいつでもそれを着ていたのに。

 頭からかぶる丈の長いシャツに七分丈のズボン。だいぶ背も伸びて体もその分大きくなったノイレンには少々つんつるてんな感じが否めなくなってきている。

「あっちのほうがおしゃれなのに。」

「このほうがいいの。」

 ノイレンは肘を曲げた両腕を肩と水平に上げて上半身を左右に回してみせる。

「これだと体にピッタリしてるから動きやすいんだ。」

「それはなんとなくわかるが・・・」

 師匠を心配させまいとにっこり笑う。

「本当にいいのか、それで?」

「うん。」

 ノイレンは元気に頷く。実はノイレンもアニンに貰った服のほうがいいのだが、あれではまた色仕掛けとか言われるかもしれないと危惧して敢えてこの服で行こうと決めた。

「帰りに仕立て屋に寄ってみるか。」

 自分に言い聞かせるようにボソッと呟いた。


 いつものように2人して馬に跨っていく。

「師匠、わたし自分の馬が欲しい。馬っていくらすんの?」

 うしろからノイレンがトレランスを覗き込む。

「馬は高いぞ。ダンス衣装が何着も買える。」

「そんなに?!」

 ノイレンは目を丸くして驚く。

「それじゃ買えないや。ちぇっ。」

「買わなくても借りたらどうだ?」

 トレランスがノイレンのほうを向いてニカっと笑う。

「そんなことできるの?」

「貸し馬屋があってな、馬や馬車を貸してくれる。」

「それいくら?」

 ノイレンの目が輝く。

「貸し馬代は距離によって変わる。市内で荷物を運ぶだけとか、街のすぐ外まででその日のうちに返すんならたいしたことない。これが隣街までとか、往復で一週間くらいかかる距離になるとその分高くなる。もちろん借りてる間の餌代もこちら持ちだ。」

「それならわたしにも払えるかな。自分で操ってみたい。」

「じゃあまずは手綱捌きを覚えないとな。」

「教えて!」

「帰りに教えてやる。今やると立ち合いの前に疲れちまうだろ。」

「約束だよ、師匠。」

「了解だ。」

「やったね。」

 ノイレンはトレランスのうしろで足をパタパタさせて喜ぶ。

「こら、馬の上ではしゃぐな、落ちるぞ。」


「さあ着いたぞ、ここだ。」

 年季の入った建物だがきちんと掃除や手入れがされていて清潔感がある。道場の広さはクルルトたちのところと同じくらいか。

「ここにいるんだね、師匠より強い人。」

「ああ、俺より強いかは分からんがな。」

 この師匠にしてこの弟子ありといった会話をしながら中へ入っていく。道場からは熱気が音で伝わってきてノイレンの耳を刺激する。

「なんかすごい。」

「だろ、キリオスは教え方もうまいから門弟が多いんだ。」

「キリオス?」

「ここの師範だ。」

「その人が師匠より強いんだね。」

「ああ、俺より強いかは分からんがな。」


 道場の出入り口から中を覗く。

「お、いたいた。」

 道場の上座、一段高くなっているところで練習に励む門弟たちに目を光らせているキリオスに手を振った。

「お、来たか。みんな練習止め!」

 キリオスは門弟たちに声をかけて出入り口にいるトレランスとノイレンに注目させた。

「急な話ですまない。受けてくれてありがとう。」

 トレランスはノイレンと一緒にキリオスのところまで行くと改めて彼に礼を述べ右手を差し出した。キリオスはその右手をしっかりと握り返しノイレンに視線を投げた。

「このお嬢さんが弟子か。」

「ああ、ノイレンだ。」

「ノイレンです。今日はお願いします。」

「こちらこそよろしく。キリオスだ。」

 キリオスはノイレンに右手を差し出す。ノイレンは一瞬躊躇ってからおそるおそる握り返した。キリオスはまじまじとノイレンの目を見つめたあとトレランスに羨望の眼差しを向けた。

「昨日話を聞いた時には弟子は取らないと言っていたお前がなんの気まぐれかと思ったが、なるほど、弟子にしたくなったのも無理はない。」

 それを聞いてトレランスはドヤ顔でニンマリ。

「さすがキリオスだ。」


「誰かこのお嬢さんと手合わせしてみたい者はいるか?」

 キリオスは集まっている門弟たちに顔を向けると全員に訊いた。しかし門弟たちはざわつくだけで誰も返事をしない。無理もない。師範の知り合いとはいえ剣の腕も定かではない少女と手合わせなんて、コテンパンにしてしまったら申し訳ないし、もしも逆に負けたりしたら破門されるほどの恥をかくことになる。そう考えると門弟たちは皆二の足を踏んだ。

「キリオス師範、その子は誰なんですか?」

 門弟の中にいた1人の女の子が手を上げて訊いた。見た目も幼く背も低い、剣術を始めたころのノイレンくらいの女の子。キリオスはニヤリと口角を上げて答えた。

「みんなも名前は聞いたことがあるだろう、サーベル使いのトレランス。」

 別の少年が答えた。

「はいお名前は知っています。」

 また別の青年がこうも答えた。

「この街で剣術を習う者なら知らないほうがモグリですよ。」

 ここまで言われるとさすがに当の本人は面映ゆくて頬が緩みそうになるのを必死にこらえる。

「このお嬢さんはそのトレランスの弟子だ。」

 尊敬する師範キリオスの言葉に門弟たちは一層ざわつく。

「あの子が?」

「マジか。」

「もしかして隣にいるあのおっさん、もといおじさん、いや男性がトレランス?」

 トレランスは頬が引きつる。ノイレンは振り向いてにっこり。

「師匠有名なんだ。」

 門弟たちがこの一言に感嘆の声を上げる。

「おおお、師匠だってよ。やっぱりそうなんだ。」

「どうりで、だたのおっさんて感じじゃないもんな。」

「うちの師範とどっちが強いかな。」

 キリオスは咳ばらいをし、ざわつく門弟たちに喝を入れた。

「さあ誰でもよい、このお嬢さん、ノイレンと一手合わせて見たい度胸のある者は名乗り出よ。」

「はいっ、わたしやりたいです!」

 さっきの女の子が元気よく再び手を上げた。その目は既にノイレンを捉えている。

次回予告

心の穴を埋めるため強い相手を求め始めたノイレン。トレランスが連れてきた旧知の道場でノイレンはそこの門弟たちと対戦する。1人はまるでノイレンのような女の子。がむしゃらで負けん気が強く正攻法では収まらない彼女の戦い方に心を躍らせたノイレンは剣術を始めたころの自分をその女の子に重ねた。そしてもう1人トレランスが興味を持った門弟とも立ち合う。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第五十六話「さあどこからでもかかってきな。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ