未知の燃料
「だめだった」
「まあ、そうだよな」
UFOを懸けて宇宙人と戦った二週間後。川原でラジコン歯ブラシを飛ばしている俺のところへ、礼里さんがやってきた。
俺たちがゲットしたUFOをオカルト研究部の実績として認めてもらえるように各所と掛け合っていたようだが、どうやらうまくいかなかったらしい。
記憶喪失となることで俺のラジコン歯ブラシをUFOに変貌させるという作戦は、思いついたときは名案だと思ったし、当日もうまくいったと感じていた。あのときは確かに本気だったのだ。
だが、時間が経てば経つほど、あれは圧倒的にイカれた茶番だったという気がしてくるのだから不思議だ。
俺は飛ばしていたラジコンを着陸させながら、礼里さんに言う。
「仕方ないか。次の作戦を考えようぜ」
「ありがとう。でも、もういいの」
もういいとは。このまま何もしなかったら、オカルト研究部は廃部になってしまうのではないか?
「オカルト研究部、諦めるのか」
「そうだけど、そうじゃないというか」
日が傾きだしている。礼里さんの口元に浮かんだ曖昧な笑みを、柔らかな光が照らしている。
「小柴くんは、海外に行ったことある?」
「ないよ」
「私もない」
「それがどうしたんだ?」
「私、宇宙人のスピード感を見習わなきゃって言ったでしょ」
ああ、にらめっこ勝負のあと、たしかにそんなことを言っていた。
「私、十六年生きてきて、日本の外にさえ出たことない。というかそもそも、この町から出ることだってほとんどない。こんなペースじゃ、あと何十年生きたって、絶対に宇宙には行けないよ」
いや、違うか、距離の話じゃなくてね――と、彼女は言う。
「『よし、自分、これはちゃんとがんばったな、本気でがんばれたな』って思えること、そういえば私にはなかったなあって。こんなんじゃ私、きっと、どこにも辿り着けない」
「急にどうした?」
「だから、勉強をがんばることにしたの」
「なんで?」
宇宙人を見習った結果、どうしてその結論になる?
「たくさん勉強して、いい大学に入って、宇宙の研究をする学者になるよ。それで、自分の手で、目で、本物の宇宙人を見つけるの。まだ細かい進路とか計画とかは全然決めてないけど、オカルト研究部にしがみついてるよりはましでしょ?」
「じゃあ、オカルト研究部は本当にもういいのか」
「だから、いいって言うかさ、バカバカしくなって」
礼里さんがふっと息を吐く。
「なんで私がUFOを追うのに学校の許可なんかもらわなきゃいけないのかなって思ってさ。そりゃ、部室はなくなるけど……他の部活と比べたらダメージは少ないよ。私の意志さえあれば活動できることなんだし。だから、いいの。私、学校に認められるためにUFOを追ってるんじゃない」
そう言う彼女は、妙にさっぱりとした表情をしている。
「なんか、最初に会ったときずいぶん変わったな」
「小柴くんのせいでしょ」
と、彼女は笑う。
「歯ブラシを飛ばしたいって願望、変わってるよね」
「本人の前で言うなよ」
「あはは、事実でしょ。本気でUFOを追いかけてる人よりも、ずっとずっと少数派だと思う」
礼里さんは、まっすぐな目で俺を見る。
「でも小柴くんは少数派なんて関係ないじゃん。自分で空飛ぶ歯ブラシを作って、操縦できるようになって、それでちゃんと部活で実績も出して、学校に居場所まで作っちゃってる。それを見たらさ、私なんか、UFOUFO言ってるだけで、なんも行動してないじゃんって思っちゃったんだよ。あれ?これ、海でも話したっけ?」
「俺、大したことしてないぞ」
「そんなことない。妥協しないでがんばってるの、すごいと思うよ」
褒めてくれるのは悪い気はしないけれど――褒めてくれてるんだよな?――引っかかるところがあった。
「妥協してない? 俺が?」
礼里さんにはそう見えているのだろうか? 本当に?
俺は手元のラジコン歯ブラシに視線を落とす。歯ブラシを芯にして作られた、奇妙な形の手作りのラジコン飛行機。
それから脳裏に思い浮かべる。子供の頃に見た、ジェット歯ブラシを。
「違う」
全然、違う。
この二つは、全然違うじゃないか。
子供の頃の俺が見たものは、俺が本当に追いかけたいものは……。
「こんなんじゃない。こんなちっちゃい、素人が作ったしょぼいラジコンなんかじゃなかった。七色の炎を吹き出しながら飛んでいく、でっかい歯ブラシだったんだ。こんなものじゃなかった!」
俺がこれまでやってきたことが無駄だった思わない。けれど――
「俺が妥協してないって礼里さんは言ってくれたけど、俺には、まっすぐにUFOを追ってる礼里さんのほうが、ずっと妥協してないように見える。目標をごまかしてるのは、俺のほうなんだよ!」
ぐっと、礼里さんに一歩近づく。
「礼里さん、勉強がんばるって言ったな? いい大学に行くって言ったな?」
「え、うん」
「じゃあ決めた。それなら俺は……東大に行く!」
「なんで?」
どうしてその結論になるの? とでも礼里さんは言いたげだ。
「俺の両親、教育熱心だったって言ったよな。そのせいで、子供の頃は漫画もゲームも基本的に禁止だった。でもごく一部、受験に関係したものならOKだったんだ。俺、ドラゴン桜のドラマなら見たことあるんだよ!」
「あの東大を目指すお話?」
「そう、そのドラマで阿部寛がこんな感じのことを言ってたんだ。『騙される側に回るな』『自分でルールを作る側に回れ』『手っ取り早い方法はまず東大に入ることだ』……つまり、こうすればよかったんだ!」
天啓。そう、天啓とはまさにこのことを言うのだろう。
俺はいま、ジェット歯ブラシを作るにあたって、長年壁だと思い込んでいたそれを、正面からぶち壊す方法に辿り着いたのだ!
「俺は、東大に行く。そしてルールを変える! 火薬取締法を、変えるんだ! そして誰にも文句を言われずに、本物のジェット歯ブラシを作るんだ!」
ルールを変えたきゃ東大に行け。
つまり、東大に行けばルールを変えられる!
これがベストアンサーだ!
うおおおおおと俺が吼えてる傍で、礼里さんがちょっと申し訳なさそうな顔をする。
「あのさ、東大に入ったからって、法律は変えられないと思うよ?」
「おい!」
「それよりも合法的に火薬を扱える職に就くとかさ、それか歯ブラシを飛ばす競技を設立して、ライセンスを持ってる人なら、一定量の火薬を扱ってもいいですよ的な制度を作るとか、そういうことをしたほうがいいんじゃない?」
「なんで現実的なことを言うんだよ!」
そこで彼女はふっと笑った。
「そりゃそうでしょ。私たち、現実を生きてるんだから」
そうだった。礼里さんは結構、現実的な考えかたをする人だった。
「とにかく、俺は東大行くからな! 負けねえから!」
「なんで勝負になってるの……。まあ、それでがんばれるならいいか」
じゃあ今日はもう帰るねと、礼里さんが土手の階段の方へ歩きだした――かと思ったら、彼女は振り返り、思い出したように言った。
「あ、そうだ、訊きたかったことあるんだ」
「なんだ?」
「子供のころ、大きな歯ブラシが飛んでるのを見たって言ったでしょ? それって結局なんだったの?」
「いや、知らない。近所にそういうものを作っている人がいないか探し回ったこともあったけど、結局謎のままだった」
すると、礼里さんはいたずらっぽい笑みを浮かべ、こう言ったのだった。
――じゃあ、それ、UFOだったんじゃない?
俺は絶句した。そんな可能性、考えたこともなかった。
たしかにあれは誰が作ったのかもわからない、謎の飛行物ではあった。だけど俺はオカルト方面にまったく興味がなかったから、ジェット歯ブラシとUFOを結びつけて考えたことがなかったのだ。
ありえるのか?
あの日見たジェット歯ブラシは、UFOだったのか?
記憶を掘り起こす。幼い頃に見たその光景の中に、UFOだとわかるようなヒントはないか――そこまで考えたところで、俺は思わず苦笑した。どれだけ考えたところで、答えが出るはずもないじゃないか。
「そんなの、もう確かめようがないだろ」
俺のその返事に、礼里さんはなぜだか満足げな表情を浮かべていた。
「じゃあまた学校でね。ありがとう、いろいろ。楽しかったよ」
そう言って、今度こそ礼里さんが帰っていく。その後ろ姿を見送ってから、俺はふと空を見上げた。
あの日と同じような、夕焼けの空。そこに、七色の光を炸裂させながら空を切って飛んでいく、ジェット歯ブラシの残像が重なる。
あれが本当にUFOだったのなら、燃料はなんだったのだろう?
もしかしたら、火薬でも電気でもない、まだ地球人には知られていないエネルギーで動いていたのかもしれない。もしもその正体を知ったとしても、俺には理解できないものなのかもしれない。
だけど、空を駆けていくその姿は美しかった。それだけは確かに言える。
あの眩い光に、時間さえ超える輝きに、俺は少しでも追いつきたい。




