俺とお前とあいつで鬼勝負
ここはどこだ?
辺りが暗い。いまは夜……なのか?
遠くに海が見える。芝生が広がるこの場所は、どうやらどこかの公園らしいが、なぜ自分がこんな場所に来ているのか、まったく思い出せない。
そもそも、俺はいったい誰なんだ?
不安と心細さを感じながら漠然と空を見上げると、怪しげな光を放つ飛行物が夜空を横切っていくのが見えた。
「あ、あれはなんだ!?」
指を差しながら、思わず叫んでしまった。
するとそれに共鳴するように、隣から叫び声が上がった。
「きっとUFOよ!」
気づくと、知らない少女が立っていた。だけどなぜだろう。初めて会った気がしない。
「ユーフォー? なんだろう、不思議な響きだ。俺はあれを追いかけなければいけない気がする」
「私もそう思う」
「奇遇だな。きみ、名前は?」
「忘れちゃった。そっちは?」
「忘れたよ」
「奇遇ね」
俺と彼女は視線を交わす。そして微笑む。
「それじゃあ、行こうぜ」
こうして俺たちは走りだした。
自分の記憶を失っていることについて、ほかに考えることは山ほどあるはずなのに、俺はユーフォーを追うという行為に一片の疑問も抱かなかった。これでいいと思えたのだ。
名無しが二人、夜を駆ける。
怪しげな飛行物は不安定な軌道を描きながら、暗い林の中に落ちていく。落下地点へ急ぐと、そこには、歯ブラシに翼が生えたような妙な物体が転がっていた。それは六十センチほどの大きさで、歯ブラシにしてはやけに大きいが、UFOにしてはやけに小さい。
「こんな奇妙な物体、初めて見たぜ」
「きっとUFOよ!」
「なんだろうな、これ」
「きっとUFOよ!」
ガサガサと、背後から草木を踏み鳴らす音が聞こえた。振り返ると、眼鏡をかけているのに優等生にもインテリにもまったく見えないという独特の風格を放つ男が現れた。
吉田――という単語が、なぜか俺の脳裏に一瞬だけ浮かんだが、たちまちそれは虚空の彼方へと消え去ってしまう。
ピッチピチの銀色のスーツを着た彼は、俺が子供の頃の思い描いていた宇宙人のイメージにそっくりだ。ふいに彼が口を開いた。
『ワタシハ宇宙人ダ。ソシテソコニ落チテイルノハ、UFOダ』
やはり、宇宙人なのか! そしてそこに落ちているのはUFOで決まりだ! 本人がそう言ってるんだからな! 間違いない!
『ソノUFOガ欲シイノカ?』
「くれるのか?」
『タダデハヤレン。表情筋ノスポーツ、ニラメッコデ勝負ダ』
なんだって!?
ひょひょ、表情筋のスポーツ、にらめっこで勝負だってえ!?
『オ前タチガ勝ッタラ、ソノUFOヲクレテヤル』
吉田――いや、宇宙人が、メガネの奥から挑戦的な視線を向けてくる。
「にらめっこ勝負か。どうする? 自信があるならきみが出てもいいけど」
俺は礼理さん――いや、謎の少女に尋ねた。
「にらめっこに自信があるかどうかなんて考えたことないんだけど……。いや、私いま、記憶喪失中だからわかんないけど、たぶん考えたことない」
「言われてみれば、自信がつくほどにらめっこにのめりこんでるやつに会ったことないな。いや、俺も記憶喪失中だからわからないけど」
ユーフォー獲得がかかるこの大一番、できるなら少しでも勝率が高いほうに懸けたい。しかし困ったことに、俺たちは自身のにらめっこの実力を正確に把握できていない。
『ドウデモイイ。二人マトメテカカッテキタライイダロウ』
その声には、地球人なんかに負けるわけがないという自信と傲慢さが滲んでいた。俺たちのことを、惑星間の移動も満足にできないような、文明の遅れた田舎の猿とでも思っているのだろうか?
「宇宙人よ、中学受験を経験したことはあるか?」
『チュウガクジュケン?』
「夏の模試でそこそこいい判定が出て安心していたら、秋頃に成績が落ち、焦って再び勉強量を増やし始めたときにはもう遅く、志望校に落ちた――そんな話、何回も聞いたことあるぜ。俺が何を言いたいかわかるか? 宇宙人よ、自分がすでに勝ってると思うその油断が、決定的な敗因に――」
つんつん、と。彼女が俺の肩をつついてきた。なんだ、いま宇宙人のやつにかましてやってるところなのに。
彼女は小声で言った。
「記憶喪失なんじゃないの?」
「あ」
俺は腕を組み、不敵な笑みを浮かべ、宇宙人に言ってやった。
「中学受験? なんの話だ? 宇宙人の話は意味わかんねえな」
『オ前ガ中学受験ノ話ヲ始メタンダロウガ』
「は? 黙ったほうがいいぜ、お前」
『イカレタ地球人ダ』
はいそうです。地球人はイカれてますとも。
ともかく、わずかな油断が命取りになるということだ。だから俺は謎の少女と二人がかりで宇宙人に挑むことに躊躇はない。
『ソレデハ、始メルゾ』
月夜の下、俺と彼女は並び立ち、宇宙人と相対する。
まさか自分の人生に、記憶喪失になりながらUFOを懸けて宇宙人とにらめっこ対決をする場面があるとは……。
潮風が俺たちのあいだを抜けていく。公園内で犬の散歩をしている人でもいるのだろう。かすかに遠吠えが聞こえてきた。
ゥワン……!
それが開戦を告げるファンファーレとなった。もっとましなファンファーレはなかったのか。
『ニラメッコシマショ♪ 笑ウト負ケヨ♪ アップップ♪ アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 笑ッテシマッタ。私ノ負ケダ。YOU WIN。I LOSE。ソノUFOハ持ッテケ。アバヨ』
そう言って宇宙人は茂みの奥へと消えていった。展開が早い。俺たちはまだ表情を作ってすらいなかったのに。勝手に笑って勝手に帰っていった。
「なるほど、これが宇宙人のスピード感……ってやつね」
彼女が感心したように口許を綻ばせた。
「スピード感?」
「宇宙人ってさ、自分たちの星を飛び出していっちゃうような人たちでしょ? きっと、よっぽど決断のスピードがなきゃ間に合わないんだよ」
「間に合うって、何に?」
「人類が誕生して500万年くらい経っているのに、私たちは気軽に月にも行けない。遅すぎると思わない? 各時代の人類たちに、宇宙に飛び出そうという意志がもう少しずつでもあれば、それが積もりに積もって、月に到達するのにあと2000年はまけたと思う」
「2000年まくってすごいワード」
「その点、宇宙人はもうUFOに乗って地球に来てる。行動力と判断力の速度が私たちよりずっと早いのよ。だから差がついちゃった。どこか遠くへ行きたいのなら、私たち地球人は、宇宙人のスピード感を見習わなきゃね」
宇宙人のスピード感……か。
正直、彼女が何を言っているのかよくわからなかったが、俺はとりあえず雰囲気で、爽やかな笑みを浮かべながらサムズアップをしてみせた。
何はともあれ、俺と彼女は勝利したのだ。
地面に落ちているユーフォーを二人で手に取り、夜空に掲げ上げる。月光を浴びて輝くユーフォーの、なんと美しいこと。
見ろ! 俺たちはやった、やったぞ!
UFOを、ゲットしたぞおおおおお!!!!!!!




