せめて新一役を俺にやらせろよ
「そうそう。アメリカではね、UFOじゃなくて、『UAP』って呼んだりもするの」
伊十川さんはご飯を口に運ぶ。
「UAPってのは、Unidentified Aerial Phenomenonの略で、未確認航空現象って意味。UFOと違っソぅぇッホ!!! ゴホッ! ゴホッ!」
「いいよ食べながら喋んなくたって! ゆっくり食えって!」
気道にでも引っ掛かったのか、彼女が盛大にむせる。心配になったがすぐに落ち着いた。それから「なんかごめん」とだけ言って、黙ってもそもそと弁当を食べ始めた。
他人の食事をじろじろ見るのもなんとなく申し訳ない気がして、彼女から視線を逸らす。
部室に置いてある骸骨のオブジェ。あれは伊十川さんにとってはネタなのだろうか、それともロマンなのだろうか。
「ねえ、見て見て! めっちゃ奇麗に焼けてるでしょ?」
と、弾んだ声がした。
見ると、彼女がこちらに玉子焼きを差し出していた。確かに、焼き目と玉子の色合いのバランスがちょうどいい。
「弁当、自分で作ってるのか?」
「まあね、いちおう毎日作ってるよ」
「すごいな。俺だったら、学校に行く前に早く起きてなにかしようって気には絶対ならない」
「面倒なのは最初だけだよ。慣れると楽しいよ」
伊十川さんは俺に差し出していた玉子焼きの向きをくるりと変え、自身の口に収めた。
それを飲み込むのを待って、俺は言う。
「伊十川さん。そんなにユーフォーにこだわるなら、俺のラジコン、言ってくれれば貸したのに」
「ありがとう。でもそれじゃ意味ないよ」
「なんで?」
「私が小柴くんからラジコンを借りるとしたらさ、その過程で小柴くんの持ってるものがラジコンだって、絶対気づいちゃうでしょ?」
「……何を言ってるんだ?」
「だから、事前にそれがラジコンだって知っちゃったらさ、私にとってそれはもう未確認飛行物体じゃなくなっちゃうじゃん。ラジコンだって確認しちゃってるんだから。未確認の飛行物体じゃなきゃUFOじゃないよ」
「とんちかよ!」
認識の問題じゃねえか!
でも、オカルトって、そういうのが大事なのか?
「じゃあ俺のラジコン歯ブラシは、もうユーフォーじゃないのか」
自分で呟いてから、なんだその日本語はと思った。俺のラジコン歯ブラシは最初からユーフォーではない。
「でも、実際これからどうすればいいのかなっては思う。このまま実績を挙げられなかったら、すぐに廃部になっちゃうだろうし」
実績を上げなければ廃部になる、か。吉田も伊十川さんも悩んでいるが、それについて俺はひとつ、思うことがある。
「その廃部のことなんだけど、そんなに早く廃部にはならないと思うぞ?」
「なんで?」
「だってさ、突然部活を潰したら絶対混乱が起きるだろ。急に放り出された部員はどうすればいいんだよ。学校側が部活を廃部にするにしても、最後の夏の大会が終わったあととか、新年度が始まる前とか、そういうタイミングになると思う。少なくとも今日明日じゃないはずだ」
「それは楽観的すぎるよ」
「そう言われたら、なんも言えないけど」
俺の所属しているラジコン研究部は、実績もあるし人数も最低限いる。いまのところ廃部になる要素はない。そんな安全圏にいる俺が何を言っても、気休めにしかならないか。
「少なくともうちはヤバいよ。オカルト研究部には“夏の大会”なんてないし。それに、部員は私一人だから」
「え、一人?」
「そうだよ。だってこの部活、私が作ったんだから。正確に言えば、昔あった部活を私が復活させたって形になるみたいだけど」
「まじか……一人の部活ってありだったのかよ……。この学校、どんだけ緩いんだ」
「でもこれからはもう緩くないんでしょ」
伊十川さんの表情が暗くなる。
「とにかく、時間がないの。早くなんとかしなきゃ。すぐに学校を納得させるような実績は難しいとしても、せめて新入生が興味を持って、入部してくれるようになるようななにかが欲しいの」
「考えはあるのか?」
「ううん。でも、なにもしないわけにはいかないでしょ? だから私、今週の土曜に、UFOの目撃スポットにいくつもり」
「直接捕まえる気か」
「うん。それができなくても、なんとか交信してみようと思う」
「俺も行っていいか? 手伝いたい」
そう申し出ると、伊十川さんは目を丸くした。
「なんでそこまでしてくれるの?」
「言っただろ。俺は昨日、伊十川さんとオカルト研究部をバカにしたことを後悔してるんだよ。なにか埋め合わせをしないと、気が済まない」
伊十川さんは再び「真面目だね」と笑った。
「ありがと。いいよ。こっちこそよろしく。詳しいことはまた連絡するね」
「うん」
スマホで時間を確認する。五時限目までもう少し余裕はあるが、次が体育なので俺も彼女も着替えなきゃいけない。俺は先に教室に戻ることにした。
去り際、伊十川さんが作ったような明るい声で言った。
「あ、そうだ、小柴くん」
「なんだ」
「その伊十川さんっていうの、やめて」
彼女は視線を床に落とした。だから、その言葉の続きを言うあいだ、どんな表情をしていたのかはわからない。
――その名字、嫌いなんだ。
こうして今週末に、伊十川さん――もとい“礼理さん”とユーフォーを捕まえにいくことになった。
とは言え、俺がこれからたった数日で宇宙人やユーフォーに関する専門的な知識を身に着けられるとは思えない。だから、正攻法は礼理さんに任せる。
俺が考えるのは、それ以外のやりかただ。
そもそも、一部の人類が宇宙人とコンタクトを取ろうとして長年失敗し続けてきているというのに、今週たまたま、奇跡的に、俺たちだけがそれに成功するという可能性はけして高くはないだろう。
しかし、オカルト研究部の実績はなるべく早く欲しい。
ならば、正攻法ではない別のやりかたが必要になってくるはずだ。そしてそれを考えるのが今回の自分の役割だと思う。
作戦を考え始めて丸二日。俺はとある作戦を思いついた。だがその作戦は一人では実行できない。
その日の放課後、協力を求めて、俺はある人物の元へ向かった。
教室を出ると、タイミングの良いことに、廊下の奥からその人物が歩いてくるのが見えた。眼鏡をかけているのに、優等生にもインテリにもまったく見えないという独特の風格を放つ男――そう、吉田だ。
ところで、“独特の風格”とはなんだ?
俺にもわからん。
わからんが、吉田は裸眼でいるときよりも、眼鏡をかけているときのほうがパワータイプに見えるという、稀有な雰囲気の持ち主だ。
吉田は俺に気づくと、廊下の奥から、
「らぁ~ん!!!!!!!」
と叫びながら走りだした。そして間髪を入れずに、
「新一ぃぃぃぃぃ!!!!!!」
とも叫びだした。
一人劇場版名探偵コナンだ。せめて俺に新一役をやらせろよ。
そのくだりに入り込む余地がなくなってしまったので、俺は仕方なく単刀直入に切り出した。
「吉田、力を貸してくれ! ユーフォーを捕まえたい! 成功すれば、きっと射撃部の実績にもなる!」
すると吉田はニヤリと笑い、その場で横になり廊下を転がりだした。
そうして三十秒ほど転がっていたかと思うと、ふいに立ち上がり、爽やかな笑顔を俺に向けたのだった。
「いいぜ」
ありがとう。吉田。
なんで床を転がったんだ。吉田。




