地球外生命体はいる
彼女の名前が伊十川 礼里だということを知った。
これまでは、頭にアルミホイルを巻いたオカルト研究部の女子という印象でしかなかったせいか、同級生としての彼女の顔をまともに認識したのが、これが初めてな気がした。
目元がぱっちりしていて、造形的には快活さや晴れやかさを想起させる顔立ちなのに、俺はなぜか直感的に「冷めてるな」と思った。少なくとも不思議なものを追いかける夢見がちな少女といったような印象はまったくない。
肩まで伸びた栗色の髪も特徴的だった。後に知ったが、もともと地毛が明るいらしい。
「私は知ってたよ、小柴くんのこと」
昼休み。俺と伊十川さんは、オカルト研究部の部室でテーブルを挟んで座っていた。
ユーフォーを捕まえようという話をするには、朝の教室では周りの目もあるし、ゆっくり喋っている時間もない。そこで昼休みに改めて、ということになったのだった。
積まれた本。怪しげな形のランプ。黒い布。骸骨のオブジェ。虫取り網。よくわからない物たちが雑多に置かれている。
しかし散らかっているというだけで、よく見ればそれらの数自体はそれほど多くはなく、きちんと整頓さえすれば、すべてが部室の片隅に収まってしまうのではないかという気がした。
「一年生の終わりころに、小柴くんが多目的ホールで変な物体を飛ばしてるのを見かけてさ。『あれ、UFOじゃん』って思って、ずっと記憶に残ってたんだよね」
「なんだ。前から目をつけられてたのか」
と、俺は何気なく呟いた。深い意味はなく、ただの相槌のつもりだった。しかしそれがラジコンを盗まれたことに対するあてつけにでも聞こえたのか、伊十川さんは肩を縮ませた。
「ご、ごめん。そうだよね。許せないよね……」
彼女はポケットからスマホを取り出すと、画面を数回タップしてから耳元にあてた。
「もしもし」
「は? ちょ――」
こいつまた、警察に連絡する気か!?
「ちょっと待てって! なんでだよ!」
俺は伊十川さんから強引にスマホを取り上げ、画面を見る。110番ではなく、県内の某警察署の名前と、十桁の番号が表示されていた。通話を切り、彼女に返す。
「その警察に電話するくだり、絶対やめろ!」
それが癖なんだとしたら、いろいろやばすぎるだろ。
だいたいなんで警察署の番号が普通に登録されているんだ。いや、どこで何が起こるかわからないから、最寄りの警察署の番号を知っておくのは大事なのかもしれないけれども。
「とにかく、もう二度とやるな」
「……昨日はごめん」
伊十川さんは立ち上がり、頭を深々と下げた。
「本当に、ごめんなさい」
不思議なもので、昨日はあれだけ彼女に怒りを覚えたのに、実際に謝罪されてみると、なんだかいたたまれなさを感じるだけだった。
「いいよ、もう」
「でも、怒ってるよね?」
「そりゃ怒ってないわけじゃないけど」
「じゃあなんで急にUFOを捕まえようって言ったの? 昨日あんなことがあったのに。私、小柴くんがなにを考えているかちょっとわからなくて……。物凄く遠回しに責められてるのかなって」
その疑念はもっともか。
伊十川さんの目線で見れば、昨日ぶち切れて帰っていったやつが、今日になって突然協力的なことを言ってきたことになる。たしかに不気味だ。
俺は昨夜考えたことを話した。
自分があまり他人に理解されない生き甲斐を持っていること。それを蔑ろにされる悔しさを知っていること。それゆえに他人の趣味嗜好をバカにしたくないこと。それなのに昨日、オカルト研究部をどこか見下していたこと。そしてそれを後悔していること。
さすがに家庭のことや幼少期の記憶については触れなかったが、それ以外のことは大方素直に喋った。
そのあいだ、伊十川さんは椅子に座って黙って聞いていた。俺が話し終わると、彼女は少し間を置いたのち、
「真面目だね」
と、真顔で呟いた。
嫌味を言われたようには感じなかったが、しかし具体的にどんなニュアンスで発せられた言葉なのかまではわからなかった。
「そうか?」
「そうだよ」
そこで一瞬会話が途切れる。まあ、突然自分語りみたいなことをされても反応に困るだろうなとは思う。
空気が重くなるのを嫌って、俺は適当に会話を繋いだ。
「頭。今日はアルミホイル、巻いてないんだな」
伊十川さんは目をぱちぱちとさせ、急に動きを止めた――かと思いきや、唐突に吹き出した。
「あはははッ! アルミホイルなんて、巻くわけじゃないじゃん! あれは変装でやってたんだよ! 普段からやってたらギャグだって!!! あははっ!!!」
……なんだ? なんでそんなに笑うんだ?
ユーフォーは本気でアルミホイルはギャグ?
わからない。伊十川さんの中でオカルトの判定はどうなっているんだ。
「アルミホイルってオカルトじゃないのか? なにがギャグなのか全然わかんないんだけど」
「あー、まあ、うん……ふふっ、ちょ、ちょっと待って、ふっ」
呼吸のリズムが狂うほどに笑ってる。どういうことだ。
伊十川さんはひとしきり笑ったあと、ようやく説明してくれた。
「それなんだけどさ、うーん、なんだろ……。たとえばさ、スポーツ観戦が趣味の人で、すべてのスポーツを平等に愛してますって人、あんまりいないでしょ。たいていは野球見てますとか、サッカー見てますとか、好きな競技が決まってるじゃん。オカルトもそれと一緒」
「あぁ……」
そう言われるとなんだか納得してしまった。
考えてみれば、幽霊だのユーフォーだの都市伝説だの陰謀論だの、全然違うジャンルのものを一口に“オカルト”とまとめてしまうことに無理があるのかもしれない。同じ“オカルト”でも、好きな分野とそうでもない分野があるのは当然か。
「私は正直、悪い電波からアルミホイルで頭を守ろう! みたいな話は信じてないし。科学的にもどうかなって。ネタとしては好きだけど。でも、UFOとか宇宙人はいると思う」
「なんでそう思うんだ?」
伊十川さんが信じるものと信じないものの違いが気になった。「理由はないの! 宇宙人はいるったらいるの!」と激高されたらどうしようかと思ったが、そんなことはなかった。
「宇宙はものすごく広いんだから、生命体が地球にだけしか存在しないと考えるほうが不自然だ――みたいな話、聞いたことない?」
「ああ、あるな」
「学者の中にも、地球外生命体がいるのはもはや前提で、あとはどこでどのタイミングで見つかるかが重要だ――なんてことを話す人もいるくらい。そんなふうに言われると、本当にいる気がしてこない?」
「たしかに、そんな気はしてくるよな」
伊十川さんは嬉しそうな、でもちょっとだけ寂しそうな、複雑な笑みを浮かべた。
「でしょ? でもこれがね、UFOだとか宇宙人だとかって話を出すと、急に胡散臭い目で周りから見られるようになるの。なんでかな。言いかたがちょっと違うだけなのに」
「まあ……。はっきり言うけどさ、その胡散臭いって感覚、わからなくもない。でも言われてみたらなんでだろうな? 何が違うんだ」
同じ『地球外生命体はいる』という話なのに、怪しい話とそうじゃない話に分かれるのはなんでだ?
「……二面性があるのかもな」
「どういうこと?」
「だから、ネタとしての宇宙人の話と、現実的にありえる科学の話とかいうそういうアレだろ」
「なにそれ? ふわふわしてるね」
「こっちもちゃんと考えて喋ってるわけじゃないんだよ」
考えがまとまっているわけではない。ただ、宇宙人にまつわる話には相反する二つの側面があるのではないかという直感はそう間違ってない気がする。
「あ、思い出した。俺さ、寝る前に動画サイトでニュース番組を見てるんだけど」
「それ、楽しいの?」
「習慣になっちゃってるんだよ」
昔、家の方針で、ニュース番組を毎日見なきゃいけない時期があった。いまもそれが癖として続いてしまっている。
「いや、それはいいんだよ。それよりも、俺がいつも見ているニュース番組って、ふだんは国際情勢だの経済だの、真面目なテーマについて専門家を交えて解説するっていうやつなんだ。でもこの前、唐突に『アメリカ政府がUFOについて本格的に調査を開始した』っていうテーマの回があったんだよ。他の回と比べてめちゃめちゃ浮いてて、なんだそらって思ったんだ」
「へぇ! どんな内容だったの?」
伊十川さんの目がぱあっと輝いた。
「いや、見てない」
「なんで見ないの!?」
伊十川さんの目の輝きが死んだ。
「そういうのはいいかなって思っちゃったんだよ、そのときは! でも、アメリカ政府が実際に調査しているんだとしたら、全然フィクションの話じゃないよな」
「調査してるのは本当だよ。でも、あれは……うん。私はアメリカ政府のノリはあんまり好きじゃない」
「なんだよノリって」
「その前に」
と、伊十川さんがテーブルの下から長方形の包みを取り出した。
「弁当、食べていい?」
「食べればいいだろ。なんで俺に訊くんだ」
「今日は小柴くんに怒られると思って……その、食べてる場合じゃないかなって」
「いいよもう。昨日のことは」
「ありがと。小柴くんは食べないの?」
「早弁した。昼まで待てなくて」
俺は早弁を我慢できたことがない。逆に言いたいが、なぜみんなは昼まで待てる? 俺は待たないぜ。
彼女が取り出したのは、クリーム色の蓋がついた薄緑色の弁当箱だった。有名なアニメ映画のキャラクターもので、特に奇抜なデザインではない。てっきりユーフォーの絵柄でも散りばめられているんじゃないかと思ったが。
いや、それはバカにしすぎか。俺だってジェット歯ブラシは好きだが、身の回りの物を歯ブラシ柄で揃えているわけではない。
歯ブラシ柄ってなんだよ。
「で、話の続きね。なんだっけ?」
「アメリカのノリが嫌いって話」
「それそれ。たとえばだよ? アメリカの空軍が、飛行訓練中に謎の飛行物体を目撃したとするでしょ?」
「うん」
「その飛行物体の正体は宇宙人の開発した乗り物なのかもしれない。けれど、どこかの国が開発した最新の偵察機器なのかもしれない。それは調べてみないとわからない」
伊十川さんは弁当箱を広げ、箸を取り出しながら続ける。
「アメリカ政府からしたら、ある意味宇宙人がいるかどうかはどうでもいいの。大事なのは、よくわからない飛行物体が本当に存在しているんだとしたら、安全保障上大問題だって話なんだよ。胡散臭いUFOの噂だと思って放っておいたら、実は他国の新兵器でした、なんてことになったらただじゃ済まないでしょ? まあ、実際のUFOだったらもっと大問題なんだけどね。どっちにしても、国の安全に関わるかもしれないことだから、よくわからない飛行物体はちゃんと調べときましょうっていうスタンスなの」
「ずいぶん現実的なんだな」
「そりゃ現実的だよ。政府がやってるんだから。宇宙のロマンを追うとか、そういうノリじゃない。だから私はあんまり好きじゃないんだけど」
ということは、伊十川さんはロマンを求めているのだろうか。
しかしアルミホイルを頭に巻くことについては、「科学的にどうかな」という理由で切り捨てていた。彼女の中のオカルトがどのように線引きされているのか、まだよくわからない。
「あと、陰謀論を防ぐためにやってるっていうのもあるかな」
「陰謀論」
「よくわからないことをよくわからないままにしておくと、すぐに『政府は何か隠してる!』みたいな話になるんだよ。いまアメリカって大変でしょ? 陰謀論が選挙にも影響しちゃうし、暴動とかにも発展しちゃうかもしれない。陰謀論は放っとけない。だから、アメリカ政府は本格的にUFOの調査を始めた」
「ん? ユーフォーと陰謀論がどう関係してるんだよ」
「だから『よくわからないものは放っとかないでちゃんと調査します。わかったら報告します。情報を公開します』っていうスタンスが大事なんだよ。それが陰謀論を抑えることに繋がるの」
「そんなもんか。もしかして伊十川さんって、陰謀論は嫌いなのか?」
「嫌いじゃないよ。でも、楽しめるものとそうでないものの区別はつくつもり」
話せば話すほど、伊十川さんのことがわからなくなる。彼女の考えかたは、悪く言えば冷めてるし、良く言えば地に足がついている。
だがその一方で、本気でユーフォーを捕まえるだとか、ロマンだとか、そんな言葉も口にする。
――二面性。
ユーフォーや宇宙人に対して浮かんだその言葉が、そのまま伊十川さんにも重なったように見えた。




