第六話 「脱出」
呪印を刻み込まれた「あの日」以来、俺は呪いについて色々と調べてきた。
結果、この呪印を犠牲無くして完璧に解呪するのは難しいことが分かった。綺麗に消し去るには上級以上の聖魔法が必要なはずだが、そんなものが使えるのはこの国の聖職者の中でも一握り。
魔法の勉強をする機会が全くなかった俺には暗殺者ギルドからパクってきた魔導書に載っていた初級の解呪魔法が精いっぱいだ。
故にいっそ手首ごと呪印を切り落としてしまおうと思い立ったのだが、片方の手首だけを切り落とすと残った片手の呪印が暴走して強制的に絶命させられるクソ仕様である。しかも両手首を起点にして呪いが全身に根を伸ばすように広がっているため、単純に手首を切り落とすだけでもやはり残りの部分が暴走する恐れがある。
そこで初級の解呪魔法を使って全身の呪いの働きを鈍らせつつ、呪いの大元である両手首を一息に切り落とすことにしたのだ。
これならほぼほぼ成功すると見ている。
両手が使えなくなることはえらく不便ではあるが、山奥で暮らしてきた俺にとって大抵の魔物は足さえあれば倒せるという確信があるし、闘気を使えば殆どの人間相手に遅れを取らない自信がある。
しかもこの世界の治癒魔法は素晴らしく、教会に金さえ積めば部位欠損など立ちどころに治ってしまうらしい。
何より!
この両手と引き換えに自由が手に入るというのなら、喜んで手首くらい切り落とそう!
十五歳になる今日まで訳のわからん理不尽な修行をさせられた挙句、自由のない暗殺者にされるなんてあんまりだ!
俺が激情に身を震わせて両手を握りしめていると、少女から遠慮がちに声をかけられた。
「あ、あの…。それが呪いだというなら私が…」
「ーーーおヤおヤ。只ならぬ気配を感じて様子を見に来たラ、本当に元騎士を倒しているではないですカ」
「本当。確かに手配書のジェイ=グラシオンと人相が一致する。イシルなら負けてたかも」
「!」
その少女の声を遮るように、入り口の方から二つの声がした。
しまった、俺とした事が油断した!
顔だけで振り向くと、果たしてデカ蔵とチビ助が扉の前に佇んでいた。
ここまで接近されて気がつかなかった事実に冷や汗をかきつつ、地下室に戻るよう少女に目配せをした。
彼女も目を見て頷き返してくる。
よし大丈夫、扉から見ると俺の陰に入って少女の姿は見えない。地下室に一時的に隠れてもらえばまだ誤魔化せる。
俺は体を扉側に向けて声を返した。
「まあ、俺にかかればこんなもんですよ。ところで試験はこれで終わりですか?」
「えエ、素晴らしい結果でス。…といいたいところですガ」
デカ蔵は何か奥歯に物が挟まったような話し方をした、仮面越しでも戸惑っていることが伝わってくる。チビ助からもあきれたような気配が漂っている。
くそ、気取られたか?
いや、こういう時こそあえて強気に行くべきか。
俺は、胸を張って返答した。
「何か問題でも?」
「問題というカ、大問題というカ…」
「…質問、その可愛らしい娘は誰?」
「へ?」
バッ、と振り向くと俺の背中から思いっきり少女が顔を覗かせていた。
ええ?!
今隠れててって合図したじゃん!
しかもお前それに頷いてたじゃん!
「だ、誰のことですかね?!」
パニックになった俺は慌てて背中の後ろに彼女を隠そうとしたが、腕が動かない。
見るといつの間にか俺の右袖が思いっきり掴まれているではないか。
しかも冷汗ダラダラな俺の顔を見て、「何?」みたいな顔をしてる。
天然かお前は!
俺はなんとか言い訳をしようと前を向く。
「いや、これは違くて!!ほら、ボーイミーツガール的な…」
ーーーー視界いっぱいに、投げられた無数の針が広がっていた。
ヤベェ!
咄嗟の判断で左手を振るい、少女を体で庇いながら急所へ直撃する軌道の針のみを叩き落とす。
一瞬ののち、ハリネズミのように全身に針が撃ち込まれ、麻のシャツに無数の赤い点が浮かび上がった。
間髪入れずに巨大な刃が音もなく視界に割り込む。
針の投擲と同時にデカ蔵が『影踏』を使い、距離を詰めてきたのだ。
俺は即座に闘気を解放し、左手にありったけの力を込めて迎撃した。
ーーーーギャリィイインッ!!!
まるで金属同士を力任せにぶつけたような音が響き渡り、火花が散る。
曲刀を真正面から受け止めた手には傷ひとつない。
さらにその背後から隙間を縫って飛んでくる超速の針は、俺の体には突き刺さらず高音を立てて跳ね返る。
対峙する仮面の奥から驚いたような気配を感じた。
扉の前のチビ助も、針を投げた姿勢のまま信じられないといった感じで固まっている。
闘気は肉体を鎧に、手足を刀剣と化す。
俺が足だけでこいつらに勝てると思ったのはこの闘気の存在が大きい。
通常、闘気は武芸者の、しかも師範級の者にのみ発現するものだ。
暗殺者にとってあまり見慣れない力だし、当然対処方法などないだろう。
だが…、
「ちっ!」
俺の右手首の呪印がいつの間にか熱を持ち、荊が巻きつくように肩へ伸びて来ている。焼けた鉄でも押し付けられているかのような激痛だ。
禁忌率が上昇すると、規制型の呪印は徐々にその効果を発揮し始める。
試験官との戦闘か、この少女が生存しているところを見られた事か、もしくはその両方が「試験に合格する」という縛りに反しているようだ。
この激痛自体は問題ない。
痛みに耐える特殊な訓練を受けている俺は、地獄の釜で茹でられながら平泳ぎだって出来る。
だが、このまま戦闘が続くとこの呪印は心臓に到達して俺の命を奪うだろう。
しかも闘気を垂れ流しの状態で長くは戦えない。
切り札の『絶影』はあと二回使えるが、こいつらを殺してしまうとそれもまた呪印の禁忌に触れる。
このレベルの手練れを殺さずに無力化するのは骨が折れるし、だからこそ解呪後に倒す予定だったのだが…。
あれ、俺もしかして詰んでる?
「『付与・聖鎧』!』
その時、背後から声がした。
そして銀色の影が俺の前に飛び出す。
「色々納得してないし状況は分からないけど、この子を守ろうとしてくれたしあなた味方よね?!助太刀するわ!」
目の前で水色のポニーテールが揺れる。
女騎士、エスシアだ。
もう数分麻痺しているものと思っていたが、もう回復したのか。
そして首元に針を撃ち込んだ件は許してくれたらしい。
「助かる!ちょっとの間耐えてくれ!」
「え?」
既に体勢を整えたデカ蔵は、驚いているエスシアに斬りかかった。
彼女は慌てて細身の長剣で曲刀を受け止め、続く針での援護射撃も難なく払い落とした。
ジェイほどじゃないが彼女も騎士だけあって腕は立つようだ。
エンチャントの効果か、全身が銀色に輝いている。
俺は急いで闘気を収めて少女に話しかけた。
「さあ、今だ!切り落としてくれ!」
「私はオリヴィアです」
「そうか!俺はヴィルヘルムよろしく!」
「よろしく」
うんうん、自己紹介って大事だよね。
「じゃなくて!早く両手首を切り落としてもらわないと呪いで死んじゃうんだよ俺!」
「落ち着いてください」
彼女は俺の顔を両手で挟んで動かないようにした。
濡れた紅宝石のような瞳。
土に汚れ、ほつれてなお柔らかく輝く白銀の髪。
人形のように現実離れして整った顔立ちに思わず見惚れて、俺は一瞬焦りすら忘れてしまっていた。
「私が身に宿しているこの子は、呪いが大好物なんです」
「え?」
「ちょっと痛いかもしれないけど我慢してくださいね?」
オリヴィアは俺の手首をそっと掴み、何やら呟いた。
その瞬間、激痛が全身に走る。
「…ッ?!」
痛みに強いはずの俺だが、魂そのものを食いちぎられるような痛みに思わず悲鳴を上げそうになる。これは肉体の痛みとは「別枠」だ!
数秒間は蹲って痛みの波に耐えることしかできなかった俺だが、何とか立ち上がって手首を確認するとあの忌々しい呪印がすっかり消えていた。
おお、本当に俺は自由になれるのか…!
ドォンッ!
「くっ!抑えきれない!」
だが喜ぶ暇もなく、吹き飛ばされてきたエスシアが勢いよく近くの壁にぶつかった。どうやら早くも限界が来たようだ。いや、あのレベルの暗殺者たちを一人で相手にしていたと考えるとよく耐えた方か。
「よくやった。選手交代だ」
俺は一歩前に出ると彼女に声をかけた。
曲刀を振りきった体勢のデカ蔵が油断なく構えなおし、腰に付けた袋からチビ助が針を取り出している。
呪印が消えた影響か、心なしか体が軽い。
かかってこいよ暗殺者共、今は五人がかりでも負ける気がしないぜ!




