第五話 「呪われた子」
超高速で金属と金属のぶつかり合う音が部屋中の空気を切り裂いて谺する。
只人の範疇を超えた二人の戦士の剣撃が重なり合う度、薄暗い部屋が明るく照らされた。
やはり、元騎士というだけあってジェイの剣捌きは尋常ではない。
一撃必殺の獰猛な剣が、上下左右から生き物のように自在に襲ってくるのだ。
俺は迎撃しつつも合間を縫って顔面に銀針を投げつけているのだが、首の動きだけで全て躱されてしまう。
先程から細かく仕掛けている目線の誘導や、体の動きを使ったフェイントにも一切引っかからない。
元騎士と戦うのは初めてだが、二十代前半の見た目の割にだいぶ実戦慣れしているな。
とはいえ、ジェイは明らかに体力不足だった。
戦いが始まって三十秒程で、段々と表情が苦悶の色に染まってきた。
現役を退いてどのくらい経つかは知らないが、一呼吸入れる間すら許されない過激な戦闘が体中の酸素を奪っているのだろう。
このレベルの剣士なら、そこらの商人が雇える程度の護衛など数合も打ち合うことなく倒してしまえるだろうしな。
先程からうまく受け流してはいるが、まともに食らえば岩石だってバターのように切ってしまえそうな威力の剣撃だ。
ちなみに、この受け流しの技術は『柳風』といって『影踏』同様暗殺者ギルドでは五つある必修項目の一つだ。
基礎体術というだけあって、師匠には幼少期に徹底的に叩き込まれた。
いや、正確には会得するまで顔面に木刀を容赦なく叩き込まれた。
あのジジイ次会ったら覚えとけよ。
などと考えていると、剣ごと体をぶつけるようにタックルをされた。体格差のせいで、俺の体は数メートル吹き飛ばされる。
呼吸する隙を確保するためだろう。
「ぜぇ…、『付与・火炎』!」
一呼吸ついたジェイがすかさず剣に手を添えて詠唱すると、刀身が燃え盛る炎に包まれた。
おお、かっこいい!
これは付与魔法ってやつか!
さらにジェイは自分の胸に手を当て、
「はぁ…、『付与・剛力』!」
と唱えた。
体がぼんやりと光を放ち、同時に勝ち誇ったような表情になる。
なるほど、これがこの男の十八番なのかな?
「暗殺者だか何だか知らねぇけどよぉ、俺にエンチャントの隙を与えちまったのが運の尽きだぜガキィッ!」
ジェイは輝きを放ちながらドンッ、と踏み込んできた。
速い!
一気に距離が詰められ、炎の逆巻く斬撃が放たれる。
身を守ろうと咄嗟に前に出した短剣はいとも容易く半ばから断ち切られた。
ギリギリで身を躱したものの、炎が頬を掠めたようだ。微かに肉の焼ける焦げ臭い匂いが辺りに漂った。
ジェイはゆっくりと剣を構え直し、薄ら笑いを浮かべている。
「…まずいな」
俺はちらりと入口のほうを見た。
本当にまずい。
思ってたより時間を掛けすぎたし、短剣を使っていてはあの炎の剣は受けきれないだろう。
ジェイの体力切れを狙うのもいいが、ちんたらやっていたら更に時間がかかってしまう。
となると使うしかないが、洞窟の外にいるあいつらとの戦闘を考えるとあまり使いたくないな…。
まあ、何とかなるか。
俺は抑えていた「闘気」を一気に開放した。
体の内側から解き放たれた膨大な生命力の塊が嵐のように荒れ狂う。
それを見たジェイの目が驚きに見開かれた。
「…なんて「闘気」だ。ば、バケモンかよお前ぇッ!」
いやいやお前も十分以上に大した奴だよ。
俺としても切るつもりのなかった切り札を切らされたんだから。
溢れる力に全能感すら覚えつつも、冷静に手足に収縮させていく。
そして短剣を手放し、その技の名を呟いた。
「『絶影』」
エスシアが驚いて息を呑む気配を感じた。
そりゃそうだろう。
彼女から見れば俺がジェイの背後に瞬間移動でもしたかのように見えているはずだ。
ジェイは剣を上段に構えたまま誰もいない虚空を見つめている。
ーーーーピシッ
一拍ののち、その首に一筋の赤い線が走った。
「あぁ?」
俺が目の前から消えたことに気が付いて彼が声を上げたその瞬間、パクリと傷が開いた。
赤い鮮血が噴き出す。
そして、ずるり、とゆっくり首が落ちていく。
彼の最期は驚いたような、悲しいような、そんな表情だった。
首が床に落ちるドサッという音が虚しく響く。
この技は言ってみればただの『影踏』に手刀を組み合わせた技だ。
だが、肉体を極限まで鍛錬した者にのみ宿る「闘気」による身体強化と、俺自身の『影踏』の熟練度がこの技を回避不能な神速の絶技に変えた。
…俺は闘気を再度抑えた。
ずっと垂れ流していると気絶してしまうからな。
「闘気」は誰に教わった訳でもなく独力で身に付けた力なのだが、これの扱い方が俺は極端に下手なのだ。
闘気を一度解放すると止めるまでは垂れ流しになってしまうし、『絶影』は膨大な闘気を消費するから一日3回までしか使えない。
さて、と
部屋中に頭を巡らせると、隅の方で顔を真っ青にしたエスシアがペタンと蹲って口をパクパクさせていた。
油断の塊のような女だなコイツは。
俺は即座に針を彼女の首元に撃った。
避けようとする素振りすら見せず、彼女はバタンと音を立てて倒れる。
お次は囚われている少女とやらを探すか。
「…私を殺しにきたのですか?」
すると、倒れているエスシアの方から声が聞こえた。
あれ、そこには壁しかなかったはず…。
いや、よく見たらエスシアの後ろの床に小さな落とし戸のようなものが開いている。
声はそこから聞こえたようだ。
なんだ、エスシアは隅で震えているだけかと思っていたら地下室に隔離されていた少女を隙を見て逃がそうとしていたのか。
そちらの方に歩みを進めると、倒れているエスシアに縋りながら女の子が暗がりから顔を出していた。
真っ白な髪と肌に赤い瞳。
労働なんてしたことなさそうな上流階級の娘のような顔立ちだが、よく見ると恰好は薄汚れていて表情は疲れ切っている。
瞳の奥は暗く淀んでいて、人生に絶望したような顔だ。
「まあ、殺せとは言われているな」
「じゃあ、早くしてください。…彼女が死んじゃったなら、もうこの世に味方なんていないですもの」
全てを諦めたような投げ槍な声。
なるほど、12歳くらいに見えるがその歳でだいぶ壮絶な人生を歩んできたようだな。
「あ、いや生きてるぞその人。全身の動きを止める秘孔に針を撃っただけだし」
「え?」
慌てて地下室から体を出した少女は、エスシアに覆いかぶさるようにして呼吸を確かめる。
そしてその表情にほんの少しだけ朱色が差した。
「ほんとだ、よかった…」
「それに俺はもう誰も殺す気はない。詳しく説明してる暇はないけど、ちょっと手伝ってくれたらここから逃がしてやるよ」
そういって俺は背負っていた袋から解呪に必要なものを取り出した。
手首を縛るための縄、解呪のための呪文が載っている巻物、自家製の聖水と包帯、あとで使う予定の薬草、それから…、あったあった一番重要なコレ。
俺は聖水を手首に振りまき、右脇のあたりを包帯で縛って血流を止めながら取り出した無骨な牛刀の柄を少女に差し出した。
「いやー、よかったよかった。本当は口に咥えて一気に両方切り落とすつもりだったんだけど、うまくできるか心配でさぁ」
少女は差し出された牛刀を受け取りもせず、ギョッとした顔でこちらを見てきた。
さすがに説明不足だったか。
「今から俺が呪文を唱えて合図するから、手首めがけて振り下ろしてくれ。大丈夫、とんでもなく切れ味がいいから重みに任せて手を下ろすだけで簡単に切り離せる」
笑顔で親指を立てる俺と、信じられない物を見るような目で見つめてくる少女。
しばらく時が止まったように両者は動かなかった。




