第三話 「二次試験」
先程まで目の前にいた少年が忽然と姿を消した。
小柄な試験官『千本針』の目には少なくともそう映った。
それは殆ど予備動作無しの体重移動と、もはや極限と言っていいほどに洗練された気配の断絶が成した神業だった。
超人揃いの暗殺者ギルドの中でも、果たして一体何人が同じ動きをできるのだろうか。
「…ッ!」
隣にいる背の高い相棒『暗刃』も目を見張っていたが、2人して頷き合うとすぐに少年の追跡に移った。
この少年の試験に関して本部からは異例の命令が下されていた。
まず第一に、試験に合格しようと失敗しようと必ず始末すること。
次に、彼が試験に失敗したら代わりに洞窟内の全員の抹殺を完了すること。
一番目の命令はおそらく彼の師匠絡みなのだろうが、二番目の命令から察するにこの件には何か巨大な権力が絡んでいる。
命令を受け、実際に会う前は派閥争いに巻き込まれる将来有望な少年に少なからず同情していたが、基礎体術の仕上がりだけを見てもイシルと二人がかりでも始末するには相応の犠牲が必要だろう。
アニャータは少年の予想を上回る天才っぷりとこの案件の地雷臭にかつてない不安を覚えながら走るのだった。
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俺は洞窟の入り口に着き、逃走に必要な条件を振り返ってみた。
後ろについて来ている試験官はおそらく洞窟の入り口が見える位置で待機するだろう。
ここ以外に入り口がないとも限らないのだが、まあどちらにしろ俺の試験を邪魔しないように、また山賊が逃げ出したら分かるように中には入らないだろう。
まずは、洞窟の中に入ってから出るまでの間に少し時間を稼ぎたい。
そのためにはまあ最速で試験を進めよう。
民間人を殺すことに忌避感はあれど、山賊なら抵抗はない。あいつらクズだからな。
実は山賊狩りは修行自体に散々やらされたのだが、奴らの所業は酸鼻を極める。
これから一般市民になろうという男が山賊のアジトを見過ごして良いわけはない。
だが、次に全員は殺さないことが必要になる。
ややこしいことだが、それはこの手首に刻まれた呪印が原因だ。
呪印とはまあ読んで字の如く呪いの印章だ。
ある命令に従わせ、服従しないと苦痛や死を与えると言った外道の技術で、つまりは暗殺者の十八番。
暗殺者になりたくないと言った7歳の俺にクソジジイが彫り込んだこの紋章は左右でそれぞれ込められた命令が違う。
右手首の紋章では、「必ず暗殺者ギルドの試験を受け、それに合格すること」を命令し、
左手首の紋章では、「試験の全てに合格したら、一生暗殺者として過ごすこと」を命令している。
普通に「暗殺者として一生過ごすこと」でいいじゃんと思ったがそれだと呪いが強くかかりすぎて幼い体では耐えられなかったとのことで、二分割されている。
呪いの破り方については実は10歳のころにはあらかた研究し尽くしていたが、これまたある程度身体が成長しないと解呪に耐えられないためこの歳まで待ったということもある。
あと、そもそも暗殺者ギルドでの仕事以外で自由に外出できる機会が皆無だった。
仕事中は機密保持の関係上、細かく点呼のようなものが行われるし解呪している暇などない。
まあともかく山賊を全員殺してしまうとその時点で試験完了になってしまう。
そうなると呪印の効果が発動し、一生暗闇の人生だ。
だが、時間をかけすぎると怪しんだ試験官が中に入って来てしまって少々面倒なことになるかもしれない。
結論、時間との勝負だな。
「さて、行くか」
俺は洞窟の奥へとするりと体を滑り込ませた。
中には粗悪な松明が蒲窪みに並べられている。
獣脂の臭さが充満していて非常に気分が悪くなりそうだ。
入って一分と経たずに第一村人発見。
進んで突き当たりにあった扉を開けると、小さな部屋があり、机に腰掛けていた小汚い男と、目があった。
驚いた表情でこちらを見た彼を、袖から高速で射出した細い毒針が即死させる。
その奥にある扉を開けると広間にて宴会中のご様子で、赤ら顔のゴロツキたちが汚い髭面にビールの泡を付けている。
数えたところ13名。
彼らがこちらを意識する前に銀閃が袖から五条走り、五人がぐにゃりと音もなく倒れる。
俺に気づいた小男が驚き混じりの怒鳴り声を上げる…、前に『影踏』で近付きざま抜き放った短剣で首を斬り、コヒューという声にならない音が響いた。
ここでようやく襲撃者の存在に気づいた連中は得物を構えて立ち上がるが遅い。
一度、二度、三度。
俺が高速で『影踏』を重ね、銀の毒針と短剣を振るうその度に声を上げようとした誰かの首から血が噴き出る。
三秒後には広間は血の海になり、皆物言わぬ骸となっていた。
…って駄目じゃん!
俺は慌てて左手首を確認して呪印が発動していないことに安堵のため息を吐いた。
よかったぁ、洞窟内の人がこれで全員だったら試験合格=一生暗殺者だからな。
あ、いやそれはないか。
試験の合格はあくまで試験官が認めてから成立するはずだ、たぶん。
ジジイが付与可能な程度の呪印に、それほど高度な判断ができるはずもないしな。
とはいえ、次の部屋からは慎重に行こう。
おれは冷や汗を拭って決意した。




