第二話 「一次試験」
扉を開くと、顔面皺くちゃの妖怪、じゃなかった師匠が立っていた。その横には仮面をつけた黒装束が2人、影のようにひっそりと佇んでいる。
片方が猫背で長身の痩せ型、もう片方が俺より背の低いチビ。こいつらは暗殺者ギルドから派遣されてきた試験官だろう。
暗殺者ギルドのしきたりで、試験官2名の立ち会いのもとで殺しを成功させることが入団の条件の一つだ。
他にも拷問や自白剤への耐性などを試す伝統的な試験が13種類あるのだが10歳になる頃には全てクリアしてしまっている。
それらは万が一暗殺に失敗した際余計な情報を漏らさないための試験だ。
一番厄介だったのは忠誠心のテストだった。前世の記憶に目覚めた俺に暗殺者ギルドへの忠誠心などなかったが、試験を通過しなければ師匠に文字通り殺されてしまう。
無理矢理合格にさせようと試験官に覚えたばかりの幻術をかけて失敗し、廃人一歩手前というところで何とか術を解くことに成功して冷や汗をかいたのはいい思い出だ。
「それでは、決まりの通りニ」
「うむ、頼みますぞ」
「マア、既に天才児の呼び声高いヴィルヘルム殿ですかラ、やるだけ無駄とも言える試験なのですガそこは掟ですのデ」
「…掟こそが血を啜り肉を貪る我ら影の者を獣と区別する法。掟には従いますとも」
申し訳なさそうに話す黒装束の1人に、ジジイは肩から先が無い右腕の付け根を擦りながら応えた。
その眼は獣のようギラギラと暗く輝いている。
ジジイはその昔一流暗殺者として悪名の限りを轟かしていたらしいが、暗殺者ギルド内の派閥争いに敗れ、ライバルに腕を切り落とされて名声は地に堕ちたという。
こんな山奥で隠れ住むように弟子を育てているのもそのせいで、俺を暗殺者ギルドの大物にすることで失われた自尊心を埋めようとしているらしい。
まあ、俺はこいつには一つの恩も感じていないので今日逃げ出すわけだが。
ざまあみやがれ。
「ヴィルヘルム殿」
ジジイと話していた方の黒装束に声をかけられ、俺は無言で頷いて前に出た。そしてそのまま玄関を抜けて家を出る。黒装束達は家を出る際にジジイに軽く会釈をしていたが、俺は目も合わせなかった。
何せこいつへの恨みだけで単行本コミックス3巻くらい出せるくらい殺されかけてきた。
あばよ、二度と顔も見なくないぜクソジジイ。
家を出ると黒装束達が何も言わず走り出したので、俺も無言でその後に続いた。
足場の安定しない山の中、木立の間を滑るように物言わぬ影達が走り抜ける。
これは暗殺者ギルドの源流の一つから伝わる特殊な走法で、『影踏』という。
『影踏』を極めた達人になると全く音を立てず数十mを一歩の内に移動できるというが、この2人は中々の実力者のようで落ち葉や小枝が無数に落ちている広葉樹林の中を風の音に紛れる程の微かな音しか立てずグングンと進んでいく。
俺は2人の後ろにピタリと張り付きながら心の中で舌打ちをした。
試験官は団員の中からランダムで選ばれるとはいえ、その中でもだいぶ上澄みの団員が来てしまったようだ。
参ったな、今日は試験を適当に済ましつつ逃げなくてはならないのに手抜きしてたらその時点でバレてしまいそうだ。
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あれから一時間ほど走り続けているが、デカ蔵とチビ助の息は乱れすらしていない。(俺が勝手に2人をそう命名した。)
ちなみに試験の内容はおそらく山賊狩りだ。
新米の団員にはちょうど良い試験で、ターゲットが孤立するタイミングを待つ忍耐力や暗殺後の逃走プランまで立て切る計画力が試せる。
何より山賊が死んだところで誰も騒がないし、むしろ喜ばれるまであるからな。
まあこのくらいできなくては暗殺者なんてとてもやっていけないという最低ラインでもあるのだが。
本来試験の内容は新米には秘匿されているのだが、クソジジイが以前ポロっと漏らしたことがある。
それから今日に至るまで脱出プランを練り続けてきた俺に死角はない!
と、そこで先導していた2人の足がピタリと止まった。
そこはちょっとした崖の上で、茂みの隙間から下を見下ろすと松明の光のようなものが微かに溢れてきている。
まさに典型的な山賊のアジトだな、と思っているとそれまで黙っていたチビ助が口を開いた。
「一次試験合格…。振り切ろうとして走ったんだけど余裕でついてこられてショック…」
「私も大人げなク本気をだしたんですがネ。どうやら天才の前評判は本当らしイ。足音の消し方も玄人じみていル」
ここに来るまでが既に試験だったらしい。
どっかで聞いたような試験だが、ハ○ターでも養成する気なのか?
「この調子なら二次試験も余裕でしょウ、と言いたいところですガ。…二次試験はこの先の洞窟の中にいる全員の抹殺でス。どうやら中には元騎士崩れもいるようデ」
元騎士?!
正規の王国軍騎士のことだとしたら、新米の試験としてはとんでもない難易度だぞ?!
なんせ王国軍騎士といえば剣術や弓術はもちろん薬学や地理などの座学、果ては初級魔法全般を使いこなせないと入り口である騎士見習いにすらなれない選良の中の選良だ。
特にこのハルゼナ王国の騎士といえば近隣でも精強で知られている。同じく選良揃いである暗殺者ギルドの団員でも正騎士と真正面から戦って勝てる者は既に一流の域にいる者に限られるはずだ。
それが混じっている山賊全員を敵に回すなんて自殺行為じゃないか?
そもそも山賊の人数も分からないし。
「本部が何を考えてこんなに難しい試験にしたかは正直分からない。貴方嫌われてる?」
あ、嫌われてる。
というか俺じゃなくて師匠が超絶嫌われてる。
現在の暗殺者ギルドの会長が師匠の元ライバルで因縁の相手だったわそういえば…。
思い返せばあのクソジジイの命令で暗殺者ギルドの仕事を手伝わされる時は、いつも誰かが投げ損じたナイフが結構な勢いで飛んできてた気がする。
それも10本くらい。
その時は下手くそな奴もいるもんだなぁくらいにしか思ってなかったけど、もしかしてジジイの弟子自慢のせいで俺殺されかけてる?
俺は思わず溜息を吐いた。
「はあ、あのクソジジイのせいですね。まあいいでしょう。どうせこの試験断ったらあなた達に殺されるんでしょ?」
「うん。逃げようとしたらすぐ殺す」
「それは他の試験でも同じだったでしょウ?」
「そういうことならやるだけやってみますよ。失敗したら化けて出てやるって本部のお偉いさん方に伝えといてください」
俺は肩をすくめて歩き出す。
そして同時に気配を断って『影踏』を使う。
出来るだけ早く終わらせて時間を作りたい。
そうしないと「第一目的」が果たせないからな。
俺は手首に彫り込まれた忌々しい呪印を擦りながらそう心に決めたのだった。




