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第5話「ドゥーシャ」

「ごめん、名前なんだって? ちょっと難しくて聞き取れなかった」


「あ、すみません! 米澤エヴドキヤです」


「エヴドキヤ? へえー……かっけえ名前」


「そ、そうですか?」


 女の子は俺の言葉ににこにこと恥ずかし気な笑みを浮かべる。


「名前、どっちで呼べば良い?」


「えーと……米澤____は呼ばれ慣れていないので、下の名前の方でお願いしたいのですけど」


「なんだっけ、エグ……エギ……エロドヤヤ!」


「違います! エロくないですし、ドヤってもいません!」


 良いツッコミだ。


「エヴドキヤです。ああ、でも言い辛いなら、ドゥーシャで良いですよ。家族にもそう呼ばれていますし」


「ドゥーシャね。分かった」


 これなら言いやすい。


 どれ、一つ口にしてみるか。


「こほん。えーと……ドゥーシャ」


「!」


 名前を呼ぶとドゥーシャは嬉しそうに獣耳をピンと逆立てた。分かりやすい。


「えへへ……うれしいなあ……うれしいよお……名前を呼んでもらえたぁ……」


 凄く喜んでる。ちょっと、健気過ぎないか?


 まあ、ところで____


「ソビエト出身なんだな」


「はい。だから、その……ロシア語がそもそもの母語です」


「そっかあ」


 ……うーむ……触れ辛い。


 ソビエト連邦共和国、あるいは東ロシア____日本のすぐ西隣にある超大国で、内側でも外側ともきな臭い感じになっている国だ。


 どこに地雷があるのか分からないので、お国に関わる話題は避けた方が良いが、こう言う場合お国に関わる話題から話を広げるのが定石なので、そこにちょっとしたジレンマがある。


 まあ、下手に気にしない方が良いのかも知れない。


 食堂に到着した俺達は料理を注文して空いている席に向かい合って座る。


「箸は使えるんだな」


 ドゥーシャはうどんを注文してそれを箸で食べていた。箸の持ち方も綺麗だ。


「今のお父様に教わったんです」


「お、おう」


 ”今”のお父様____これ、地雷の臭いがぷんぷんするぞ。


 俺は丼ぶり定食を食べながら冷や汗を流した。


「それにしても漢字が読めないとなると、授業に付いて行くの大変だろ。大丈夫か?」


 そこそこ無難な話題に切り替えていく俺。


「それは大丈夫です。学園が特別に配慮して下さって、私だけ個別に授業をしてくれるらしいので」


 さすが、私立ライラック学園。柔軟な対応だ。


「でも、その所為でクラスの皆とは別行動……オリエンテーションだって、個別ガイダンスの時間に潰されちゃって……まだクラスの誰とも話せていません」


「それは可哀想に」


「でも、代わりに武嵐君に出会えて……私、良かったです……友達が出来て……うれしい……うれしいよぉ……うぅ……!」


「な、泣かないでれ、ドゥーシャ!」


「うぅ……うれしいよぉ……友達にドゥーシャって呼んで貰えて……うれしい……うれしいよぉ……」


 何か、面倒臭い子だな。


 取り敢えず、人目があるので泣き止んで欲しい。


 俺がイジメて泣かした感じになってしまう。


 ____その後、昼食を食べ終わった俺達は廊下で別れる事にしたのだが。


「じゃあ、互いに頑張ろうぜ」


「は、はい!」


「……」


「……」


「ど、どうした? そんなにじっと俺の事を見つめて」


 別れの言葉を口にした後もドゥーシャが俺の事を凝視していたので、立ち去るのを中断する。


 彼女は何かそわそわとしているようだった。


「あ、あの……今のはその……頭を撫でてくれる流れだと思ったので」


「……お、おう」


 別にそんな流れではなかったような。


 でも、そんな事を口にすると言う事は、頭を撫でて欲しいのだろうか?


「頑張れよ、ドゥーシャ」


 俺はそう言ってドゥーシャの頭を撫でてやる。


「……ふわぁ」


 ドゥーシャは気持ちの良さそうな声を出し、目を細めた。


 とても微笑ましい光景だ。


 まるで____


「……ッ」


 まるで紗良のようだと思い、俺は苦い顔をする。


「……? どうしたの、武嵐君?」


「あ、いや……なんでもない!」


「……そう?」


 俺は無理矢理笑みを作ると、そのまま逃げるように教室に戻っていく。

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