第1話「落ちこぼれの兄」
悲劇なんて言える程特別じゃない、ありふれた話だ。
本人は落ちこぼれで、兄弟は優秀。
俺もそんなありふれた一例に過ぎない、つまらない存在だ。
獣人の名門____武嵐家に俺は双子の片割れとして生まれた。
獣人として生まれた妹の紗良は早くから優秀な運動能力を見せ、武嵐家期待の新星と目されていた。
対する人間として生まれた俺には”獣師”としての才能が期待されたのだが____
「泰次、残念ながらお前には”獣師”としての才能がない」
小学校に上がって少ししたタイミングでそう父親に告げられる。
「え……ま、待って下さい、お父様! 前に言ってくれたじゃないですか! お前は将来優秀な”獣師”になるだろうって! アレは一体何だったんですか?」
「紗良とまるで夫婦のように仲睦まじく過ごすお前の様子を見て、私はお前に”獣師”としての素質を感じた。獣人と深く心を通わせる事が出来る素晴らしい気質の持ち主だと。しかし、素質はあっても能力はなかったのだ」
父親は残念そうに続けた。
「紗良は今までに何度か狂獣化を引き起こしているが、近くにいたお前は一度もそれを鎮められた事がないそうだな」
「……はい……それは……やり方が分からなくて。でも、それは僕が何も教わっていないからなんじゃないですか?」
「いや、狂獣化を鎮める【鎮静】の能力は本能として”獣師”に備わっているものだ。そのやり方が分からないと言う事は____即ち、お前は”獣師”になれないと言う事だ」
父親の言葉に俺は絶望する。そして、理解した。俺は”獣師”にはなれないのだ。
【鎮静】だけじゃない。俺には”獣師”が備えている筈のありとあらゆる能力が備わっていなかった。
数多くの優秀な獣人と”獣師”を輩出している武嵐家に生まれながら、俺はその舞台にすら上がる事の出来ない人間だったのだ。
「お兄様? どうなされたのですか?」
「……どうって」
「だって、泣いていますもの」
父親に残酷な真実を突き付けられた後、俺は紗良に涙を流している所を発見される。
「別に……サラには関係ないだろ」
「関係なくはございませんわ」
そう言ってハンカチで俺の涙を拭こうとする紗良の手を払い除ける。
「……お兄様?」
「ごめん……一人にしてくれ」
「でも……でも……お兄様!」
「一人にしてくれって言ってんだろ!」
俺はきつく妹を睨み付ける。
「……大した事じゃないから」
そう、これは大した話じゃない。
____これは落ちこぼれの兄と優秀な妹の、ありふれた話なのだから。