これからはもう少し気を付けます
今目の前にいる猪型ヴィランは危険度D級だけど、何度も遭遇してきたから流石に慣れた。
『油断が命取りだからね』
「肝に銘じますよ、っと」
私よりも大きな躰から繰り出される突進を避けて、すれ違いざまに霊力で強化した蹴りを叩き込む。ドンッという音と共に吹っ飛んでいくヴィラン。その着地点へと先に回り込んでさらに蹴りや拳を入れて休みなく打撃を与える。それを何度か繰り返せば頑丈なヴィランと言えど物言わぬ骸と化す。
『相変わらずの脳筋スタイル』
「一番手っ取り早いですから」
わざわざ霊力を練って異能を使うより、身体強化した方が消費も少ない。何より感覚的で早く倒せるし。私の基本スタイルはこれだった。
ちなみに魔法少女は変身衣装に魔法力が宿っているため、常に身体強化が展開されている状態となっている。だから常人を超越した力を使えるのだ。
『さっさと核回収して戻っておいで。お昼にしよう』
「わかりました。今日はなんですか?」
『簡単にパスタかな』
小型ドローンから聞こえる杏奈さんの声に返事をしつつ、猪型ヴィランの額で光る紫色の石をナイフで取り出す。
この手のひらサイズの石が核と呼ばれる、ヴィランの心臓部位。杏奈さん曰く高純度のエネルギーを持つ摩訶不思議な鉱石らしいけど、ただの綺麗な紫水晶にしか見えない。しかし悪のエネルギーを原動力としているヴィランの核と言われるだけあって、普通の人が触ると内包された悪意に浸食されて精神が汚染されるらしい。私は霊力で直接触らないようにしているし、杏奈さんも自前の魔法力でどうにかしているようなので関係ないが。
杏奈さんはこの核の利用法について研究しているらしい。悪意さえどうにかしてしまえばただのエネルギーの塊でしかなく、新たなエネルギー補給源になるのではないかと期待されているみたい。生存圏と人口を減らし続けてる人類にとって食料とエネルギーは死活問題で、その片方だけでも解決できればかなり負担を減らすことができると彼女は言っていた。
ヴィランが出た時から進められてきた研究だから今では電力に代わる新たなエネルギーとして一部で利用されているみたいだけど、杏奈さんがやっているのは核を利用した対ヴィラン兵器の製造。
そんな大事なことならばやっぱり研究所に残っていた方がいいのでは?と思ったけど、どうやら非人道的な行為が横行していたらしく、武器の製造に成功したとしても碌な使い方をしないだろう、とのこと。知られて不味いからこそこうやって廃区に籠っているんだと口にされてしまえば、何も言えなくなってしまった。私の事情も似たようなものだし。
霊力について分からないことはまだまだ多い。魔法力と同じで人に害をなすことがないと証明しない限り、無闇に世間の目に触れさせるべきじゃないと判断した。いつだって未知なる力は排斥されるんだから、杏奈さんの許でちゃんと調べてからでも遅くはない。それまでは彼女と二人で廃区暮らしである。
手にある核を太陽光に透かして見れば、紫色の光がきらきらと舞う。ただの石であればこれを綺麗だと思うのはおかしくないだろう。ヴィランから取り出したと分かっていてもそう考えるのは、やはり異常なのだろうか。
「あ」
『どうした?』
「近くにもう一体いるみたいです。ついでに倒してきますね」
『方向は?』
「市街地方面ですけど廃区の中だから大丈夫かと」
霊力を薄く引き伸ばして反応を読み取る異能、【ソナー】が新たなヴィランを検知した。危険度は、うーん。この大きさだとD級かな?
『もしかしたら魔法少女がいるかもしれない。そのローブであればバレないと思うけど、遭遇にはくれぐれも気を付けて』
「了解」
私も杏奈さんも雲隠れしている身。第三者に存在が知られることはあまりいいことじゃない。
しかしヴィランを討伐していけばいつかは同業者にかち合うことだってあるだろう。そこで正体を隠すために杏奈さんが開発してくれたのがこのローブ。【認識誘導】の異能をかけた上で、彼女の魔法力を馴染ませたもの。これを着ているだけであたかも魔法少女であるかのように認識させるし、フードを被ってしまえば顔の認識さえも難しくなるという便利な道具だ。
「さっさと終わらせてしまおう」
霊力を使って強化した足で駆け、衝撃波を起こさないように気を付けながらもヴィランのところへ急ぐ。さっきの猪型は、というよりヴィランは倒した後数分で消滅するから放置でいい。一緒に消えてしまうから核は取り出す必要があるけど。
一般的な魔法少女について説明しておくと。
適性検査を受けて魔法力有りと診断された子は特別な学校への進学が許される。差し当たり魔法少女の養成学校とでも言えばいいのかな。魔法力の扱い方を指導される育成クラス。変身に至った子は修練クラスへと上がり、適性能力を見極めて魔法を使えるように訓練する。そして魔法を顕現させ晴れて魔法少女として認められたら、ヴィランとの戦闘訓練を中心とする実践クラスに上がる。実践クラスで最終試験に合格した者が一人前と認められ政府所属の魔法少女になる、という流れだ。
だから魔法少女は政府所属の身元がはっきりした子ばかり。たまに自力で魔法少女へと成る子もいるみたいだけど大半は自己申告して政府に所属するため、野良の魔法少女は極少数である。というかほぼいない。
政府に所属できない=身元を明かせないと捉えられてしまうため、野良は印象が悪い傾向にある。実際ヴィランとの戦闘中に逃げ出した挙句、その力を犯罪行為に使う子もいるらしいので、訳アリでなければ絶対に申告したほうがいい。命を賭して闘う分の報奨金やら病院代免除やらの福利厚生はちゃんとしているみたいだし。
まあ、私はできないんだけど。
そうこうしているうちに目的地へと到着した。どうやら杏奈さん力作のドローンは私のスピードに付いてこれなかったみたいだ。座標は送ったから後で合流できると祈ってひとまず置いておく。
手ごろな木の後ろに隠れつつヴィランを観察してみる。
今回のお相手は猿型。その体長は推定3メートルくらいで、盛り上がった筋肉や硬そうな体毛を見るに、基本スタイルでいくのは止めたほうがいいと判断する。ありったけの霊力を込めて殴る蹴るってしてもいいんだけど、肉弾戦が得意そうな相手に合わせる必要は無い。いくら回復が速いからって霊力が無限にある訳じゃないし。
「久しぶりに魔法っぽいことしようかな」
足元にあった石を拾い上げながら霊力を練り上げてイメージする。頭の中で思い浮かべるのは互いに退け合う力。その反発力をさらに強くすれば、あの剛体をも貫通できる爆発的な推進力を生み出す。
使う異能は【斥力】。石を投げつつ、手から離れたタイミングで右手と石に反対方向の力を付与する。
パンッ。
「ガッ!?」
このように簡単に倒せてしまうのです。
腹に大穴を開けて力を失い倒れ込んでいくヴィラン。少し間を置くとその体が黒い靄へと変換されていく。消滅現象が始まったということは完全に命を落としたという証拠でもあるので安心して近づける。
前に倒したと思って近づいてカウンターを喰らったからこそ習慣づいた行為だ。あの時は「あれほど油断するなと言ったのに!」とすごく叱られたけど。
にしてもヴィランに血や内臓という概念が無くて助かった。じゃなきゃ毎回スプラッターで体調悪くなりそう。そんな倒し方をしている私も私なんだけど。
ヴィランについては悪のエネルギーを原動力としている、人の悪感情を狙って襲いかかる、それくらいしか解明していることはなくて、どこから来ているのか、どういった生態をしているのかなどは一切分かっていない。ただ人口密度の高い場所に現れやすい傾向はあるみたいだけど、人気のない廃区にだっているし、やっぱりわからないや。
過去に出現したことがあるヴィランであれば特徴などをデータベースから引っ張ってこれるし、これまでの統計である程度の危険度は予測できるけど。
D級だと思ったけど、さっきの猪型より核が大きい。C級だったのかも。
そんなことを考えながら猿型ヴィランの額に埋まっている核へ手を伸ばした。
「こんにちは」
「――っ!?」
そういえば【ソナー】ってヴィランの核のエネルギー量を探知するものだからそれ以外の生物には反応しないんだった。