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第六章 白に滲んだ赤

「竜星!!」

「有海!!」


 屋根裏部屋からおばさんと誠君が慌てて降りてくると、誠君は有海の元へ、そしておばさんは竜星の元へ駆け寄った。


「竜星、大丈夫? 怪我はない?」

「……ぶん殴ったから大丈夫だ」

「良かった……まりあちゃんは? 怪我無かった?」

「私は大丈夫です……けど有海が……!」


 私の視線の先には有海が顔をゆがめている。噛まれてしまった右手が痛むのか、左手で力強く押さえていた。おばさんも私の視線に気が付いて有海の怪我に気が付いた。


「まぁ大変!! 今、救急箱を持ってくるわ!」


 おばさんは有海の怪我を見ると慌てて一回に駆け降りていった。バタバタと言う足音があっという間に遠ざかっていく。廊下が静まり返った時、誠君が有海に手を差し出した。


「有海……怪我したところを見せて見ろ」

「う……うん……」


 真剣な表情で誠君が有海の怪我の具合を見るが、表情がゆがんだことを見ると相当痛そうなのだろう。床に血が滴って小さな水溜りになった。太い血管でも損傷したのか、かなりの出血量だ。


「有海、大丈夫?」

「全然大丈夫じゃないよぉ。とっても痛い!」


 心配で声をかけて見ると、有海はほっぺたをぷぅと膨らませてぷりぷりと怒っている。有海の怒りとは裏腹に、受け答えがしっかりしている事に私は少しだけ安堵した。

 未だ状況を飲み込めていない竜星は、先ほど咄嗟に自分が殴りつけた大ネズミに近づいて目を細めた。


「なんなんだ、この化けネズミ……?」

「この大ネズミは旧鼠(キュウソ)だと思う」


 憎々しい表情で誠君は首根っこをつまむようにして旧鼠を拾い上げた。


「籠とかないか?」

「籠? こいつを捕まえておくのか? ちょっと待ってろ」


 竜星も今起きている事態が異常事態であることだけは理解したようで、素直に自室から大き目のクリアケースを一つ持ってきた。


「入るか?」

「ああ。ギリギリだけど」


 クリアケースは結構大きい部類に入るのだが、いかんせんネズミの方が異常な大きさだ。かなり窮屈なネズミのクリアケース詰めのようで、気持ち悪さに私は顔をしかめた。


「い、息できないんじゃない?」

「確かに、死なれちゃ困るからな。悪いけど、このケース、ちょっと穴を開けるよ」

「ハサミ、いるか?」

「ありがとう」


 竜星は自室から今度は工作用のハサミを持ってきて誠君に手渡した。

 誠君は早速クリアケースに数カ所空気穴を作り、しっかりと蓋をする。


「こいつが犯人かどうかまでは分からないが、無関係の可能性は低いと思ってる」

「犯人? 何のだ?」

「え、えっとちゃんと説明するね? その……」


 私がいきさつを説明しようとしたその時、階段からバタバタと聞きなれた足音が聞こえてくるとおばさんが大きめの赤十字の付いた箱を手に駆けあがってきた。


「救急箱を持ってきたわよ!」

「おばさん、ありがとうございます」

「……その話は手当てが終わったらだ」

「う、うん!」


 おばさんが救急箱から消毒液とガーゼを取り出し、有海の腕をやさしく手に取る。消毒液の匂いが鼻をくすぐってしばらくすると有海の手には綺麗に包帯が巻かれた状態になっていた。


「私には応急手当しかできないから、後で病院へ行った方がいいわよ?」

「解りました……」

「それにしても、こんな大きなネズミ見た事ないわ。こんなのが屋根裏部屋に住んでいたなんて……。私これから業者さんに頼んでネズミの駆除をしてもらうわね? 一匹いるって事はたくさんいるはずだわ!」

「ネズミ……ですもんね」

「それじゃ、ゆっくりしていってね? 竜星、もう部屋に閉じこもるのは止めてね。後、そのネズミには触っちゃダメよ? また噛まれたら大変だもの」

「うっせーな。さっさと行けよ」

「はいはい!」


 竜星にあしらわれると、おばさんは一度肩をすくめてから、手元の救急箱をもって一階へと降りていった。残された私はお化け研究会の二人を交互に見るが、二人共いい表情はしていない。先ほどのおばさんの言葉を聞いてぞっとしたのは私だけではないと言う事だろう。


 そう、ネズミは一匹とは限らないのだ。


 クリアケースにぎゅうぎゅう詰めになってる大ネズミが本当は何匹もいて、束をなしてたくさん襲い掛かってきたら……一匹だけでも有海に噛みついてこんな大怪我になっちゃったんだ。絶対に無事で済むわけがなさそうだ。有海の手に巻かれた白い包帯に、巻いたばかりだというのに赤い血が滲んだ。


「誠君、有海……ごめん。もういいよ? これ以上、関係のない二人を巻き込めないよ」


 私の声は震えていたと思う。


「なぁ、まりあ? この二人はいったい誰なんだ?」

「……この二人はお化け研究会の人なの。私と……竜星の……腕の痣を……『呪い』を解くのを手伝ってくれるって言ってくれてたの」

「……!?」


 竜星はようやくどうして私が見ず知らずの人を二人も連れてきたかを理解したようだった。


「それじゃ、この人は……俺たちを助けてくれようとして……」


 竜星の目にも滲んだ血の赤が見えたのだろう。悔し気に歯を食いしばると竜星は後ろを振り向いてしまった。


「まりあ、余計なことするなよ! これ以上俺の所為で、迷惑かけたくねぇよ」

「……はぁ!?」


 竜星の声に間髪入れずに「はぁ!?」を零したのは有海だった。いつもの可愛らしい声とは全然違うドスの聞いた声に私の方がびっくりして顔を上げてしまった。そこには沸騰した夜間のごとく顔を真っ赤にしている有海の姿があった。


「ふざけないでよ!! あなたが軽々しく『死ねばいいのに』なんて言うから、何にも関係のないまりあを巻き込んじゃたんじゃない!!」

「そ……それは……」

「俺の所為で迷惑を掛けたくない? もう十分に迷惑かけてるのも解らない!?」

「……わ、解ってるよ!!」

「解ってない!! 解ってたらまず第一に部屋になんて籠らない!!」

「っ……!!」

「私なら、必死で巻き込んじゃった人を助けようと駆け回る!!」

「……!!」

「まりあがあなたの『一番大事な人』なんでしょ!? なにが余計なことするな、よ!!」

「あ、有海!? 私は大丈夫だから!」

「……」

「まりあにあやまれええええええ!!」

「そこまでだ、有海」

「!!」


 ヒートアップした有海をなだめようと誠が間に割って入った。


「有海、落ち着けよ。……ごめんな? ……りょうすけ?」

「竜星な?」


 誠君が真顔で竜星の名前を間違える物だから肩の力がガクっと抜けた。有海はまだふぅふぅと怒った猫のような鋭い眼光で竜星のを睨みつけている。竜星はチラチラと有海を見てから、私に向き直った。


「あー……その。有海っていう子の言う通りだよな。……さっきはごめん、まりあ。いや、さっきだけじゃない。」

「……竜星……?」

「原拠は俺なのに、部屋に籠って現実逃避したりしてごめん。俺、どうしても怖くて……」

「50点ってところね」


 竜星の言葉に私は思わず笑みがこぼれた。ここ数日の孤独な気持ちが溶けだしていくような温かい心地がした。有海は竜星を品定めするような目でジロジロ見てからふふん、と笑った。何がどう50点なのかは聞かないでおこう。


「この依頼は僕たちが引き受けたものだ。有海が怪我をしたのは他でもない、僕の実力不足だ」

「え?」


 すこし目を伏せた誠君が有海の手を見て悔しそうに言った。


「実力不足も何も、ネズミが屋根裏部屋に居ることを突き止めたのは誠君だよね? 私じゃ絶対にネズミが呪いに関わってるなんて分からなかったもの」

「ネズミがいることを想定して予め逃走ルートを塞いでおくべきだった。こんなに凶悪だとは思っていなかったんだ」

「誰でも思わないでしょ……これは反則だよ」

「だから何が言いたいかって……僕らが勝手におばけの研究がしたくて依頼を受けたんだ。有海の怪我も君の所為じゃない」

「え、えっと……つまり……?」

「引き続き、呪いの調査に協力させてくれって事だ」

「……え?」

「巻き込めない、とか、言ってたからさ。僕等じゃ役不足かもしれないが……」

「そんなことない!!……とっても……嬉しいよ!」

「じゃぁ、引き続き、『おばけ研究会の活動』をしてもいいかな?」

「……うんっ! よろしくお願いします!!」


 誠君の優しい言葉に思わず目頭が熱くなった。


「まぁ、『おばけ研究会』と言う名前は妥当ではないが……このネズミはどっちかと言うと妖怪だし」

「まだ名前に文句言うのっ!?」


 そこだけはどうしても譲れないらしかった。

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