悪役令嬢と死神の不毛な攻防
勢いで書いてしまったので、勢いでお読みください(^^)
ごきげんよう。
手短に自己紹介させていただきますと、私の名はデルフィーヌ。この国の王女で現在16歳。人ではないものが見えてしまうのが悩みの種ですの。それで・・・
あら、人ではないものが見えるというのが気になるのは重々承知しておりましてよ。ただ今は説明している暇がございませんの。ないったらないので、無理やり飲み込んでくださいませ!
それで今、私の目の前の令嬢に死神の鎌がかかっているのですけれど、どうしたらよろしいのかしら!
向かい側に座っている伯爵令嬢はデルフィーヌと同い年。すっきりとしたモダンな装いがよく似合っており、くりくりとした瞳が表情豊かで愛らしい。
お茶とお喋りを楽しむテーブルにおいて、伯爵令嬢が何やら一方的に話しているが、デルフィーヌは令嬢の首元に当たる死神の鎌が、今にも首を切りそうなのが気になって話を聞くどころではない。
友人が少ないデルフィーヌにとって、同年代の女性からのお誘いなど滅多にないことで楽しみにしていたというのに!
「デルフィーヌ様、またそんな服装でお過ごしだったんですの?もう少しこの国の王女としての自覚を持っていただかないと困りますわ。先日は子爵令息から宝石を贈られそうになったと聞いておりますが、もしや何か迂闊なことを仰ったんじゃないでしょうね?
あなた様にかかれば、貴族子息など取るに足らない存在でしょうけれども・・・」
伯爵令嬢の背後には黒いフードを目深に被った死神の姿がくっきりと見える。そして、その手に持つ鎌の湾曲した刃の切先はぴたりと伯爵令嬢の首筋に当たっている。
つまり、伯爵令嬢に死の危険が迫っているということだが、この長閑なお茶の席においてどのような死の危険があるというのか!
デルフィーヌは焦りと混乱の極みにいるものの、生来、顔の表情筋が死んでる鉄面皮なので傍目には無表情にしか見えない。
「デルフィーヌ様、聞いてらっしゃいますの!?」
「え、ええ」
デルフィーヌの気もそぞろな様子に、伯爵令嬢は不満げな表情で柔らかな巻毛を後ろへ流すと、喉を潤そうとティーカップを手に取った。
と、死神の鎌が動いたのをデルフィーヌは見逃さなかった。
ぱあんっ
突然、椅子から立ち上がったデルフィーヌは、同時に振りかぶった手を勢いよく伯爵令嬢に向けて振り下ろした。
スナップをつけて振り下ろされた手は伯爵令嬢の口元に迫っていたティーカップに当たり、デルフィーヌは迷いなく手を振り切ると、ティーカップを毛深い絨毯の上に弾き落とした。
すると、伯爵令嬢の首元にあった死神の鎌がゆっくりと離れていく。
「あら、ごめんあそばせ」
デルフィーヌは一言そう告げると、呆然とする伯爵令嬢を残してそのまま部屋を後にした。
あーーーーっ、またやってしまったわ!
でも、死神がいたのなんて言って怖がらせたくないし、侍女達に変な疑いがかかるのも良くないし、とりあえず伯爵令嬢のカップに何らかの事情で危険物が入っていたことは爺やには伝えたから、後始末は爺やに丸投げよ!
きっと、また嫌われたでしょうね。ただでさえ、にこりともしない無表情でお話すらまともにできないし、周りからぷっかりぷかぷか浮いてる私ですもの。
折角お茶に誘ってくれたのに、悪いことしてしまったわ。
しょんぼりと、デルフィーヌが落ち込みながら歩いていると前から女性が歩いてきた。
「ごきげんよう」
「あらデルフィーヌ様ごきげんよう」
デルフィーヌの挨拶に対し、淑やかにカーテシーを返すのは子爵夫人だ。非常に小柄であどけない顔つきをしているが、デルフィーヌの1歳年上だ。先日結婚したばかりで夜会に夫である子爵と仲睦まじく参加していたのは記憶に新しい。
「デルフィーヌ様、先日の夜会では夫にお声がけいただきありがとうございます。恐悦至極に存じますけれども、私ではなく夫にばかり声をおかけになるのはどういう了見でいらっしゃるんですの。私は・・・」
なんだか出会い頭に捲し立てられているような気がするが、デルフィーヌはそれどころではなかった。
なぜなら、今度は子爵夫人の首筋に死神の鎌が煌めいていたからだ。
子爵夫人の背後をすっぽり包むように立つ死神が不吉な影を落としている。
今度は何なんですの!?廊下で立ち話をしていてどうやって死ぬっていうんですの!?
デルフィーヌは子爵夫人の話を聞くふりをしながら、さりげなく周囲に目をやるがそれらしき危険物は見当たらない。
ピカピカに磨かれた大理石の廊下に、見事な飾り模様が施された石柱が並ぶばかりだ。
「ちょっと!デルフィーヌ様、聞いてらっしゃいますの!?」
あまりにも無反応なデルフィーヌに業を煮やした子爵夫人が、デルフィーヌに詰め寄ろうと勢いよく足を踏み出す。
と、磨かれ過ぎた廊下につるりと足を取られ、子爵夫人の体が大きく傾いだ。
倒れる子爵夫人の頭は不運にも柱の飾り模様の鋭利な部分に向かっている。
だあんっ
デルフィーヌは大股で踏み出した自分の体を子爵婦人に押し当てると、くるりと子爵婦人が倒れる力を受け流し、そのまま壁に押しつける格好で子爵夫人の体を固定した。
子爵夫人の体勢が落ち着くと、死神の姿は消えていった。
「あら、ごめんあそばせ」
子爵夫人を壁に押し付けながら、幾分低い位置にある子爵夫人の瞳を間近から見下ろしてそう一言伝えると、デルフィーヌは壁に寄りかかって固まっている子爵夫人を残してその場を離れた。
今日は何なんですの!?死神の日なんですの?こんなに平和なのに死神の出番がこんなにあるってどういうこと何ですの!?
デルフィーヌはバクバクする心臓を宥めながら、足早に廊下を歩いていく。
子爵夫人に結婚のお祝いを改めてお伝えする絶好の機会でしたのに。きっと私にいじめられたと思ってらっしゃるに違いないわ。子爵が夫人のことで惚気てらっしゃった話もしたかったのに!
わかっているわ。私が悪いってことは。
精霊が見える特異体質に加え、不器用、口下手、面倒くさがり、のトリプルコンボで物事を有耶無耶にしてしまう私が悪いのです。
こうして、みんなから意地悪だと思われて嫌われている令嬢のことを、悪役令嬢と最近では言うそうですわ。まさしく私のことですわね。
でもいいのです!私は皆さまが幸せなら満足ですわ!
デルフィーヌが半ばヤケクソに開き直りながら歩いていると、いつの間にか騎士の訓練場の方まで来てしまったようだ。
騎士達が訓練をしている声が聞こえてくる。何気なく覗くと模擬戦の最中のようだ。逞しい体つきの男性2名が激しく打ち合いをしている。
「デルフィーヌ様!こんなところまで来るなんて。ここはあなた様がいらっしゃる場所ではありませんよ。あなたがいらっしゃると騎士達の覇気にも関わりますのでお戻りください」
声をかけてきたのは、涼しげな目元にきりりとした顔立ちの女騎士だ。騎士をしているだけあって上背もあり、デルフィーヌがヒールを履いているにも関わらずその更に高い位置から厳しい視線を向けている。
デルフィーヌとて、騎士の訓練の邪魔をするのは本意ではない。私のような悪役令嬢に見つめながらの訓練など、緊張で精神が擦り減り、いついちゃもんをつけられるかとビクビクものでしょうからね。
デルフィーヌは素直に移動しようとし、固まった。
女騎士の喉元にかかっているのは、鈍色の鎌。
ピッタリと寄り添うようにしているのは、すでに見慣れた黒づくめの死神。
こんな場所、危険に溢れていて却って原因がわかりませんわ!今回の死因は何ですの!?
返事をするでもなく、動きを止めたデルフィーヌを女騎士は怪訝そうに見つめている。
その女騎士の後ろで、ちかりと金属が光った。模擬戦をしていた騎士の手から剣がすっぽ抜け、勢いを付けた剣は女騎士に向かって飛んでくる。そして、死神の鎌も今にも女騎士の首を切り落とさんと刃をひく。
すぱんっ
デルフィーヌは懐から扇を素早く取り出すと、そのまま殺気を込めて女騎士の急所めがけて打ちつけた。
驚いた女騎士は、染み付いた防御動作でデルフィーヌの扇を避ける。デルフィーヌはダメ押しとばかりに返す扇で女騎士の胸元を軽く押しやる。
飛んできた剣が空を切り壁に突き刺さった音が聞こえると、死神はゆったりと去っていった。
「あら、ごめんあそばせ」
女騎士の胸元に扇を押し当てたまま上目遣いでそう言い残すと、事態が理解できずに困惑する女騎士から離れ、デルフィーヌはそそくさと訓練場を後にした。
あああああっ、失敗しましたわ!
私にあんなことをされて、騎士様のプライドはいたく傷ついたに違いありませんわ。でも、私の力で騎士の方を押し倒すなんて無謀ですし、自分から動いてもらう為にはあの方法しか思い浮かばなかったのですわ。
きっと、今ごろ訓練場では私を危険な目に合わせた責を負わされると戦々恐々でしょうし、誇り高い騎士を貶められたと憤慨してる人も多いでしょうから、騒ぎが広まる前に急いで離れなくては。
2度あることは3度あるとは申しますけれど、流石にこれで終わりでしょうね?
緊張の連続で動悸がおさまらない心臓を押さえながら、デルフィーヌは庭園のベンチで一息ついた。ちなみに内心とは裏腹に、体質的な問題で汗一つかいておらず、表情も落ち着き払った冷静な顔からちっとも変わりがない。
「デルフィーヌじゃありませんか。このようなところでどうしたのです」
不意に声をかけられて顔を上げると、そこには上質なドレスを纏った気品にあふれるご婦人。王妃様がいらっしゃった。
デルフィーヌは亡くなった前王妃の娘で、現王妃様とは義理の親子になる。しかし、数年前に王家に輿入れされたばかりの王妃様はまだ23歳。元来大人びた容姿のデルフィーヌと並ぶと、どちらが歳上か分からないほどだ。
「またあなたはその様な顔をして。本当に前王妃様にそっくりですこと。なぜ私のことをいつもその様な目で見るのかしら。少しは私のことを王妃として・・・」
すうっ、と王妃様周辺の空気が揺れたかと思うと、ぼんやりと死神の姿が浮かび上がってきた。そして、その鎌は王妃様の細い首筋に・・・・
「ちょっとあなた、いい加減になさいませっ!!!!」
デルフィーヌが突如あげた大声に王妃様と死神の肩が、揃ってびくぅっと揺れる。
デルフィーヌはずんずんと王妃様に近寄ると、大きく手を伸ばす。力強く伸ばされたその手は王妃様を素通りし、その背後の死神の胸ぐらをむんずと掴んだ。
「あら、ごめんあそばせ」
驚愕に目を見開く王妃様にそう言い残すと、デルフィーヌは死神を引きずって去って行った。
「で、あなたはどうして私の周りの人間ばかり狙うんですの!尊敬する王妃様にも失礼な態度をとってしまったではありませんか!そんなに私を嫌われるようにしたいんですの?そんなことしなくても私は既に悪役令嬢でしてよ!!」
庭園の片隅。長身の死神を正座させて、デルフィーヌは詰問していた。
なお、鎌は物騒なのでデルフィーヌが没収してその手に持っている。
「それは、おまえが・・・」
デルフィーヌの剣幕に縮こまりながら死神が口を開く。
意を決したように俯いていた顔を上げると、言い切った。
「デルフィーヌは僕のものなのに、みんながデルフィーヌを狙うから殺してやろうと思ったんだ!」
「・・・・は?」
腕を組んで険しい表情のまま、デルフィーヌは不可解なものを見るように死神を睨みつける。デルフィーヌにしては表情筋が仕事をしているようだ。
「私はこんなにみんなから嫌われてますのに、何を言ってますの?あなたの目は節穴ですの?」
「違うよ!見えてないのはデルフィーヌの方だよ!」
死神には全てわかっている。ちょっと風を操れば色んな人の声を拾うことだってできるのだ。
今だって、別室に集まっている女達の声を拾えば、ほら。
「今日のデルフィーヌ様といったら、とんでもなく鮮やかな手腕でしたわ。私、アーモンドアレルギーで少量でも摂取すると呼吸困難になるのですけれども、手違いがあって本日のお茶にアーモンドミルクが含まれていたそうなんですの。
それを飲もうとした私を、デルフィーヌ様が咄嗟に助けてくださったのですわ!しかも、手でカップを包み込むように掴み、そのまま私のドレスやテーブルを汚さないように払い除ける見事な手捌きでしたわ!」
「まあ!」
「さすがデルフィーヌ様ですわね!」
「でも、デルフィーヌ様ったら、今日の服装も少しばかり露出が多いように感じましたわ。先日の子爵令息のように、デルフィーヌ様の美しさに懸想して勘違いする輩が後を立たないと言いますのに!もう少し御身を大切にしていただきたいですわ」
「私もデルフィーヌ様の肌に触れてしまいドキドキいたしましたわ。いえ、やましいことはしておりません!デルフィーヌ様とお会いした時に私が滑ってバランスを崩してしまい、デルフィーヌ様が身を挺して守ってくださったのですわ。私を力強くも優しく抱きしめ、壁ドンいただいた今日のお姿・・・私、一生の思い出にいたします!」
「そんな事が!」
「なんて羨ましいんでしょう!」
「でも、先日の夜会では、デルフィーヌ様は夫とばかり話して、私とはあまり話してくださらなかったのです。なんで私ではなく夫と喋りますの?今度こそデルフィーヌ様の御心を掴む話題を話してみせますわ」
「デルフィーヌ様は男性と接する方が気楽でいらっしゃるんだろうか?いや、今日も騎士の訓練場にいらっしゃっていてね。見事な扇捌きで私にかかってらっしゃる身のこなしは騎士もかくやという程だったよ。しかも、それを私の身を守るためにしてくださったのだから頭が下がるよ」
「そうでしたの!」
「そんな事までおできになるなんて!」
「でも、デルフィーヌ様がいらっしゃると男どもが色めきだって訓練どころではないのだよね。みんないいとこを見せようとして無茶をしたりするから、デルフィーヌ様に危険が及ばないかとハラハラするよ」
「あの子、今日は死神が見えるみたいですね。私の背後にいた死神に掴みかかってどこかに連れて行ってしまいましたわ」
「ええ!」
「死神まで魅了してしまいましたのね!」
「でも、日に日にデルフィーヌは前王妃様に似てくるわね。あの目で励ますように見つめられると、力が湧いてきますわ。いつまでも心配をかけてはいけないと思っているのだけれど、少しはデルフィーヌに立派な王妃だと認められるようになったかしら」
女達はそれぞれ、悩ましげなため息を吐きながら思いを馳せるのだ。憧れのデルフィーヌへ。
ほらほらほら!どいつもこいつも僕のデルフィーヌを狙ってる!
デルフィーヌは鈍いし天然だから気づいてないし勘違いしてるけど、デルフィーヌの周りはみーんなこうだ!
死神は、風が拾ってきた会話を聞きながら歯軋りした。
でも待てよ。デルフィーヌが勘違いしてるのは好都合なんじゃあ。
「ねえ、みんなに嫌われてるデルフィーヌは、そんなみんなのことも嫌いでしょ?じゃあ殺していいじゃん!」
嬉々として訪ねる死神に、デルフィーヌは一瞬ぽかんとすると、さらりとこう答えた。
「何言ってるの!シーズー令嬢もポメラニアン夫人もコリー騎士もヨークシャーテリア王妃様も、みんなみーんな愛らしくて大好きよ!」
「何そのあだ名!!ずっるい!デルフィーヌにあだ名つけられてずっるい!!僕にもあだ名!あだ名つけてよぅー!」
わんわん泣き出した死神が、デルフィーヌに『ピンシャー死神』と名付けられて余計懐くようになるのは、この後の話。
気づいたら、ヤンデレとツンデレしかいない(笑)
お読みいただきありがとうございました。
広告の下にある☆でお話を評価して貰えると嬉しいです!