アデルと緑の塔
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ノベル①巻の、シャーリーがマティスに襲われて緑の塔に逃げ込んだ後のお話(*^^*)
アデル視点です。
アデル・コンストンス・ローゼリアは緑の塔が嫌いだ。
もちろん、緑の塔へ入り世界のために魔力を供給しなければならないという王族の義務は理解しているし、それから逃げるつもりは毛頭ない。
けれども、嫌いなものは嫌いなのだ。
(あの塔は……兄上を奪った)
兄リアムがブロリア国の緑の塔へ入るために旅立ったのは今から四年前のこと。アデルは十五歳だった。アデルは幼いころからお兄ちゃんっ子で、いつもリアムのあとをついて歩くような子供だった。その大好きなリアムが、塔へ入った。次は自分だ。リアムと入れ替わりに塔へ入るアデルは、あと何年も――下手をしたら十何年もリアムに会うことはできない。
家族を奪い、バラバラにし、その安否すらすぐにはわからなくさせるあの塔が、アデルはひどく憎い。
だからだろうか。ローゼリア国にある緑の塔へも、アデルは近づこうとはしなかった。視界に入るだけでも嫌なのに、そばに寄るなどもってのほかだ。
けれども、今日ばかりはそうも言っていられない。
(……シャーリー、無事だろうか?)
シャーリーが消えたのは数日前のことだ。最初に気がついたのはエドワルドで、調べればすぐに、彼女の元婚約者であるマティスがシャーリーを襲ったということは判明した。マティスを殴りつけたエドワルドを押さえつけてマティスを問いただせば、シャーリーは緑の塔のあるあたりで忽然と姿を消したと言う。
(はあ。……わかっていたんだけどね)
シャーリーに魔力があることは、密かに調査してすでに把握済みだった。そのシャーリーが緑の塔の付近で姿を消したと言うのならば、十中八九緑の塔の中にいる。それでなくても、シャーリーは昼休憩の時間に緑の塔の当たりに向かっている。もしかしなくとも、以前から塔の中へ入っていたのかもしれない。
(塔の中にいるのは確か、アルベール殿下か。どんな方なのかは知らないけど……、以前からシャーリーが塔に入っていたのならば顔見知りなのだろうし、悪い噂は聞かない方だから大丈夫だとは思うけど)
男と塔に二人きり。正直言って、アデルは気が気でなかった。間違いがないとどうして言えるだろう。けれどもマティスを確実に追い落とすには、シャーリーにはしばらく隠れていてもらった方が都合がよかったのだ。今すぐに迎えに行くと騒ぐエドワルドをなだめて数日静観させたのは、マティスを今後二度とシャーリーに近づかないようにさせるためだった。
アデルは目の前にそびえ立つ緑の塔を見上げて大きく息を吸い込む。この中に入るには勇気がいる。
アデルはそっと自身の心臓の上を押さえると、片手を緑の蔦に伸ばす。その指先が触れた瞬間、アデルは塔の中にいた。
はじめて入った塔の中は、思っていた以上に綺麗だった。広い玄関ホールで立ち尽くしていると、奥から一人の男が現れる。彼がアルベールなのだろう。
「アルベール殿下、ここにシャーリーがいますね?」
初対面の挨拶もそこそこに訊ねれば、アルベールが空っとぼけた。
「何を言っているのかわからないな」
アデルは唖然とした。わかり切った嘘をつかないでほしい。だが、一人きりで生活していた彼がシャーリーを返したがらない理由もわかる。
何とかアルベールを説き伏せると、彼は渋々シャーリーを呼んだ。アデルは元気そうなシャーリーの様子にホッとして、マティスのことを説明するために場所を移す。――そして、息を呑んだ。
(なんだここは⁉)
見たことのないものが山ほどある。まるで異世界にでも迷い込んでしまったような気になった。
茫然としていると、アデルの目の前でパチンとシャーリーが指を鳴らした。何故指を鳴らすんだと怪訝に思っていると、シャーリーが鳴らした指の音に呼応するように目の前に見たことのないものが現れた。
何が何だかわからないアデルに、なぜかアルベールが自慢げに言う。
「シャーリーは女神イクシュナーゼの遣いだ」
「んな⁉」
アデルはあんぐりを口を開けた。女神イクシュナーゼの遣い? シャーリーが? にわかには信じがたいが、ダイニングの中は見たこともないものだらけだ。
(そうか……最近見たこともない食べ物を作ると思っていたけれど、こういうことだったのか)
シャーリーが「女神イクシュナーゼの遣い」というアルベールの言葉を全力で否定している声が聞こえるが、アデルは妙に納得してしまった。
思えばシャーリーははじめから不思議な少女だった。
女神イクシュナーゼの遣いでなくとも、彼女が尊い存在であることには変わりない。
(……身勝手な願いだけど、シャーリーが一緒に塔に入ってくれたらいいな……)
アデルはシャーリーが指を鳴らして出した妙な食べ物を食べるアルベールと、彼に向かって「女神の遣いじゃないです!」と食ってかかっているシャーリーを見ながら、そんなことを思った。