ダイエットプチブーム到来?
シャーリーがアデルと出会う前のお話です(*^^*)
ノベル①巻の初回特典SSで書かせていただいたものになります。
それは、シャーリーがフォンティヌス伯爵領に帰って半年ほどたったころのことだった。
ダイエットも順調に進み、持っていたドレスがぶかぶかになったので、侍女のエレッタとカントリーハウスで働くメイドたち総出でドレスのサイズ直しを行っている。兄のルシアンはそんな面倒なことをしなくても買い替えればいいだろうと言うのだが、シャーリーのダイエットは現在進行形だ。この先もドレスのサイズが変わることが想定されるので(というか変わってもらわないと困る)、サイズが変わるたびに買い替えていてはきりがない。
幸いにして、カントリーハウスの生活は暇なので、みんなでおしゃべりしながらチクチクと針を動かすのはなかなか楽しい。シャーリーが作ったダイエット中でも食べられる低カロリーお菓子の試食会も兼ねている。これは、ルシアンに頼まれて開発中のおかしなのだ。
シャーリーが領地に戻って何気なく作った低カロリーのお菓子を目にしたルシアンが、これで一儲けできるのではないかと言い出したのだ。シャーリーが作った低カロリーのお菓子が、カントリーハウスで働く女性陣に好評だったからである。
父を手伝いながら領地経営を学んでいるルシアンは、シャーリーの低カロリーお菓子が領地の特産になりそうだと感じたらしい。おかげで、シャーリーはダイエットとは別に、日々低カロリーお菓子の研究をする羽目になったのだ。
「このブラウニーはほんのり苦みがあって美味しいですわ」
「こっちのクッキーも美味しいです」
「本当? クッキーは固すぎない?」
「わたくしはこのくらい固い方が食べ応えがあって好きですわ」
メイドたちからの意見はおおむね良好だった。
シャーリーはダイエットのために豆乳を作って飲んでいるのだが、これらの低カロリーお菓子には、その搾りかすであるおからを使用している。小麦粉とはどうしても風味が異なってしまうため心配だったが、受け入れられたようでホッとした。
「お嬢様がお作りになるお菓子を普段のお菓子の代わりに食べるようになってから、体重が少し落ちたんです」
クッキーを頬張りながら嬉しそうに笑うのはエレッタだ。エレッタは決して太ってはいないのだが、やはり体重や体型は女性にとって大きな問題で、コルセットが緩くなったと喜んでいる。
(お兄様、もしかしなくてもいいところに目をつけたのかしらね……?)
エレッタやメイドたちの反応を見る限り、低カロリーお菓子にはそこそこの需要がありそうだ。だが問題は作る人間が今のところシャーリーしかいないことだった。二週間後に試作品を売りだすと言うルシアンのせいで、シャーリーはその数日前からてんやわんやになることが目に見えている。これは急いで誰かにレシピを提供したいところだが、ルシアンが情報漏洩を懸念しているため、当面はカントリーハウスで働く料理人たちだけを対象にすると言うから、しばらくの間シャーリーが駆り出されるのは間違いない。
「おいシャーリー、二週間後に売り出す商品は決まったか?」
兄が両親に黙っていてくれるおかげでダイエットがうまくいっていることもあり、ルシアンには逆らえない。部屋に入ってくるなり、開口一番にそんなことを言い出したルシアンに、シャーリーは嘆息しつつ答えた。
「ブラウニーとクッキー、それからこっちのシフォンケーキにしようかと思うんだけど」
シフォンケーキは卵と油がたっぷり使って作るのが普通だが、開発したケーキは卵白のみで、油もほぼ使わずに作り上げた。腹持ちがよくないのが残念なところだが、紅茶の茶葉を砕いて練り込むことで風味をアップして満足感を追加している。ちなみに、メイドたちの評価はこれがダントツで一位だった。
「三種類だけか……、もっとないのか?」
「あるけど、さすがに一人だと作れないし、日持ちしないものもあるから」
「日持ちしないか……、レストランならいけるのか」
「……お兄様」
兄の口から不穏な単語が出てきて、シャーリーは半眼になった。レストランを作ってどうするつもりだ。シャーリーにそこで働けとでも言いたいのだろうか。
シャーリーの言いたいことがわかったのか、ルシアンが肩をすくめる。
「日持ち問題はまたおいおい考えよう。じゃあ、クッキーでバリエーションを増やしてくれ。できるだけたくさんの種類を用意したい」
「いいけど……、どれだけ必要なの?」
「そうだな、我が家と懇意にしている店すべてに並べる約束をしたから……」
「ちょっ、ちょっと待って!」
シャーリーは慌てて兄を遮った。
「うちと仲良くしているお店なんて、それこそ三十店以上あるじゃない!」
「近くの町だけだ。だからざっと……七店か?」
「ひいっ!」
シャーリーは悲鳴を上げた。七店すべてに商品を並べるとなると、いったいどれだけ作る必要があるのだろうか。兄のことだ、すでに大々的に宣伝しているはずで、あとに引けない。
(なんてことをしてくれたの!)
兄の計画を詳しく確かめなかったシャーリーも悪かったが、まさかルシアンがこれほど力を入れているとは思わなかったのだ。
茫然とするシャーリーの肩を叩いて、ルシアンはにこやかに告げた。
「お前のおかげで、領地にダイエットブームが到来しそうだな!」
そんなことにはならないはずだと言いたいところだが、すでにカントリーハウス内ではプチダイエットブーム中だ。
(……ダイエットなんて流行して、商品が好調に売れたりなんかしたら、お兄様のことだから全力で売りはじめるに決まってる……)
シャーリーはぞっとして、うっかり兄に低カロリーお菓子の存在を知られたことを大いに後悔したのだが、すでに後の祭りだった。