アデルの剣の腕前は?
「ねえシャーリー、今から、いいものが見られるから一緒に見に行かない?」
侍女仲間のシェネルがシャーリーを誘いに来たのは、シャーリーが昼の休憩を終えて、夕食の仕込みをしていたときだった。
「いいもの?」
「とってもいいもの! 珍しいから絶対に見た方がいいわ!」
シェネルはとても楽しそうである。「いいもの」で「珍しい」なら、何かはよくわからないがシャーリーも見てみたい。夕食の仕込みの大半は終わったので、少しくらいなら時間がとれそうだ。シャーリーは頷いて、シェネルに急かされるように城の庭へ向かった。
シェネルが向かったのは、城の広大な庭の一角にある、兵士たちの訓練場だった。城で働く兵士には身分もさまざまで、男性も女性もいるが、今日集まっているのは、その中でも王族の護衛を務めている近衛隊の人たち――いわば、身分も強さも併せ持ったエリート集団らしい。
その中に、長い銀髪を一つに束ねて剣を持ったアデルの姿を見つけて、シャーリーはギョッとした。
「ちょっとシェネル、どうしてアデル様があそこにいるの?」
「ふふふ、今日はアデル様が剣術試合に参加する日なの」
「へ?」
シェネルによれば、兵士たちは定期的に剣術試合をしているらしい。自分の今の強さなどを測るには試合をするのがもってこいだそうだ。そして、ごく稀にアデルもそれに参加することがあるそうで、今日がたまたまその「稀」な日なのだそうである。
(アデル様、剣使えたの……?)
ドレスが動きにくいと言って普段はパンツスタイルのアデルであるが、腰に剣を履いているところは見たことがない。だが、細身の剣を片手に立っている彼女はとても様になっている。
「怪我をするからって周囲から止められるから、表立って剣を使われることはないけど、こっそり稽古は続けていらっしゃるのよ」
「そうなの?」
シェネルによれば、普段は侍女で護衛役も兼ねているミレーユ・エリザベート・サドック男爵令嬢相手に剣術の稽古をしているそうだ。国王陛下に見つかると小言を言われるため、隠れてこっそり稽古をしているそうだから、シャーリーもこれまで気がつかなかったのだろう。
アデルは今、近衛の将軍の一人である黒髪の背の高い青年と話をしている。年の頃は二十代半ばだろうか。将軍にしては若い。彼と話をしているアデルは、少し不機嫌そうに眉を寄せていて、口論をしているようにも見える。
「ねえ、あれ、大丈夫なの?」
「ああ、ヘンドリック将軍ね。彼はアデル様と仲がいいんだけど、いつもああやってアデル様に小言を言うのよ。どうせ、怪我をするから試合には出るなとかなんとか言っているのでしょうけど、いつもアデル様が言い負かすから大丈夫よ」
シェネルの言う通り、しばらくするとヘンドリック将軍ががっくりと肩を落として、アデルが勝ち誇ったように笑ったのが見えた。
「アデル様ってお強いの?」
「ええ。お強いと思うわ。ただ、いつもヘンドリック将軍に負かされるのよね。……普通、訓練の剣術試合に将軍は出てこないはずなんだけど、アデル様が出るといつも出てくるの」
「それはやっぱり、怪我をさせたくないから?」
「そうじゃないかしら? ほら、強い人の方がうまく手加減できるでしょう? アデル様に怪我をさせたくないから、わざと自分が出ているんだと思うわ。ほら、言っている端から一回戦目でアデル様はヘンドリック将軍が相手よ」
「本当ね」
だが、初戦で強敵が相手だと言うのに、アデルはなんだか楽しそうだ。嬉々として剣を構えている。
審判の開始の合図で、アデルがタッと地を蹴った。
対してヘンドリックは動かないまま。
走る勢いそのままに、大きく振りかぶったアデルの剣を、ヘンドリックは易々と受け止める。
(すごい……)
ヘンドリックにすべて受け止められているとはいえ、アデルの剣さばきは素人のシャーリーから見てもすごかった。まるで舞うように、次々と攻撃を繰り出していく。
隣のシェネルを見れば、胸の前で両手を組んで、うっとりとアデルを見つめていた。シェネル以外にも、城のメイドたちがこっそりと見学に来ているのが遠くに見える。
(……なるほど、これはファンも増えるわけだ)
アデルは罪作りな女性だなあと、シャーリーは剣戟の響く練習場を眺めては、思わず微苦笑を浮かべるのだった。
お読みいただきありがとうございます!
現在連載中の下記も、そこそこ文字数が増えてまいりました(*^^*)
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☆夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~☆
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★あらすじ★
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――