フォンティヌス伯爵家の変わった令嬢
「控室で不思議な方と知り合いになりましたのよ」
デビュタントパーティーで、以前から既知の仲だったシェネル・アンジー・イヴァンドルからそんなことを言われたのは、アデルがパーティーを中座しようと考えていたときだった。
デビュタントパーティーの主役はシェネルのように本日社交界デビューを飾った令嬢たちである。いつまでも王女がいては彼女たちも楽しめないだろうし、何より今のアデルは、華やかなパーティーを楽しむ気分ではない。
九つ年の離れた妹イリスがおかしくなったのだ。急に食事がほしくないと言い出して、何を出しても一口食べてはいらないと言う。そのせいで見る見るうちにやつれてしまって、このまままともな食事を取らないでいては、いずれ命に関わるかもしれないと侍医も言っていた。アデルも両親もなんとかしてイリスに食事を取らせようとするのだが、最近ではアデルたちが会いに来るのでさえ疎むようになっている。イリスの乳母によれば、ある日突然イリスが取り乱して泣き叫んだという話だったが、何が原因かもわからないらしい。
(とにかく何かを食べさせないと。栄養剤だけではそのうち限界も来る……)
こうしてパーティーで遊んでいる心の余裕はアデルにはないのだ。だから挨拶しなければならないあたりにだけ顔を見せてパーティーから抜け出そうとしていたのだが、最後に顔を見せたシェネルが実に楽しそうにこんなことを言ったから、つい足を止めてしまった。
「食事とかダイエットにとても詳しいんですの。あんな令嬢はじめて見ましたわ。そう言えばフォンティヌス伯爵令嬢は、その、噂ではずいぶん太っていらっしゃったそうですが、もしかしたらダイエットをして今の体型を手に入れたのかしら? だったらますます気になりますわね」
「へえ、それは変わった令嬢だね」
シェネルによると、シャーリーは控室で、みんなに食事に関するアドバイスをしたらしい。
(でも、そうか……、食事のアドバイスね)
もしかしたら、シャーリーのその知識は、イリスの拒食の解決に役立つかもしれない。藁にでも縋りたい気持ちのアデルは、シェネルの言うシャーリーに興味を持った。
「そのシャーリーって子は、今どこにいるの?」
「飲食スペースに行くと言っていたので……、ああ、いましたわ。あの、蜂蜜色の髪の小柄な子です」
遠目から見ても、シャーリーはほっそりとした令嬢だった。上流階級の女性陣は暇なので噂話が大好きで、茶会などで彼女たちからフォンティヌス伯爵家の、滅多に外に出ないぽっちゃりした娘の話は聞かされたことがあるが、本当にその噂の令嬢が彼女なのだろうかと疑いたくなるほどだ。
(少し話がしたいな)
アデルはシェネルに断って、シャーリーのいる飲食スペースへ歩き出す。だが、アデルが飲食スペースに到着するより早く、金髪の青年が彼女に絡むのが見えた。あれはオーギュスタン侯爵家の跡取り息子だ。確かフォンティヌス伯爵令嬢と婚約していたが、昨年、それは破談になったと聞いている。
何やら雲行きが怪しい。アデルはふと足を止めて、眉を寄せて二人の様子を観察した。オーギュスタン侯爵家の跡取り息子が一方的にシャーリーに絡んでいるようだが、アデルは王女だ。何でもかんでも首を突っ込んでいい立場ではない。それに、彼の口からは聞くに堪えない言葉がいくつも出てくるが、シャーリーは知らん顔を決め込んでいるので、助けは必要ないかもしれない。ならば二人の話が片づくまで待っていよう、そんな風に思ったときだった。
「申し訳ございませんけど、わたし――、あなたに興味はございません!」
可憐なシャーリーの口から飛び出したまさかの反撃に、アデルは目を丸く見開く。そして――
(はは!)
思わず口元を押さえて笑みをかみ殺した。面白い。話がしてみたい。彼女はいったい、どんな子だろう。
「ずいぶんと礼儀知らずなものがいるようだ」
そしてアデルは、気がつけば、そう言いながら二人に割って入っていた。
シャーリーがアデルに頼まれて、彼女の侍女を務めることになる、ほんの数日前の話である。