【34:姫騎士さまと一緒に帰ろう】
その日の授業が終わった。
岸野はまた俺に、一緒に帰ろうとか声をかけてくるだろうか。いや、いつも受け身だと申し訳ないから、今度は俺から声をかけてみようかな。
俺にしては珍しく、積極的にそんなことを考えた。なぜならあれだけ岸野が一生懸命に、俺とコミュニケーションを取ろうとしているんだ。これで俺が受け身なだけだったら、いくらなんでも男が廃るだろ。
そんなことを考えていて、ホームルームが終わった後にチラッと岸野の方を見た。
加納が岸野に手を振って、先に教室を出ていく。一人になった姫騎士さまが何げなくこっちを見ている。
お。やっぱ俺と一緒に帰るシチュエーションを作ろうとしてるみたいだ。
よしチャンスだ。こっちから何げなく声をかけよう。うん、何げなくな。
えっと……何げなく声をかけるなんて、どうやったらいいんだ?
──なんて考えていたら。
「おい国定。ちょっといいか」
うわ。担任教師から、ちょっと職員室に来いなんて、何げなく声をかけられた。
なんだろ? 心当たりは、学年でほぼ最下位の成績くらいしかない。
あ。しかないって言うか、それって充分ヤバいよな。もうすぐテストだし、きっとそれで注意をされるに違いない。
くそ、最悪だよ。せっかくの岸野との下校チャンスがなくなるばかりか、こってり叱られそうで憂鬱だ。
担任に連れられて教室を出る時に、チラッと岸野を見た。岸野も俺の方を見ていたけど、なんだか悲しそうな顔をしている。
やっぱ俺と帰りたいとかと思ってくれてたみたいだ。ああ……ごめんよ姫騎士様。
***
職員室での担任教師の話は、やっぱり俺の成績のことだった。実はこの先生、2年の時も俺の担任。2年の時も成績が悪いって何度も注意を受けて、その度に「次はがんばります」って適当に答えて、結局あんまりがんばってない。あはは。
そのせいで、とうとう先生は業を煮やしてしまったようで、今回はかなり真剣に説教してきた。いわく「高校三年生は、人生で一番大事な一年間なんだから、いい加減ちゃんとやれ」と。
岸野は真面目な性格だから、いつも熱心に勉強してるようで成績はまあまあいい。学年でもトップクラスだ。俺もやっぱり、もうちょっとは真面目に勉強した方がいいかな……
あ、いや。別に岸野がどうのこうのではない。俺ももう高三なんだし、そろそろ真面目に勉強しなきゃと自分でそう思うのだ。うん、そうだ。決して姫騎士さまにカッコ悪いところを見せたくないとか、そんな軟弱な理由ではない。
でもやっぱ……姫騎士さまにカッコ悪いところは見せたくないよなぁ……
コホンコホン。つい本音が漏れてしまった。
だから俺にしては珍しく、担任には「頑張ります」と真剣に言った。そうしたらやる気が伝わったのか思いのほか早く解放された。うん、良かった良かった。やっぱりたまには熱意を見せてみるもんだ。
俺は急いで職員室から出て、下校路を小走りで走る。これくらいの遅れなら、駅に着くまでに姫騎士さまに追いつけるかもしれない。
あ、いや。
──別に姫騎士さまと一緒に帰りたいなんて思ってないんだからねっ!
と俺は心の中で、ツンデレっ子の口真似をしてみた。
いや正直に言うと、岸野と一緒に帰りたいってめっちゃ思ってるだろ、俺。
自分で自分にツッコミを入れながら、正門を出て駅に向かった。
通学路である用水路沿いの道を走り続ける。
この用水路は幅十メールくらいの小さな川みたいな感じで、用水路はずっと腰高のネットフェンスで囲まれている。
──あ、姫騎士さまの後ろ姿を見っけ。
と思ったけど、彼女は用水路の反対側の道を歩いている。しまった。
学校から駅までの下校路は、用水路のこっち側とあっち側に道路があって、ウチの生徒はどちらも使う。
こっち側の道は車道に面していて、あっち側は割と大きな公園に面している。
人によって使う道の好みがあったり、その日の気分で使い分ける人もいるのだ。
せっかく大声を出せば届くくらいの距離に姫騎士さまが見えているのに……用水路は幅が十メートルもあるし、腰高とは言えネットフェンスがあるから、橋の無いところでは向こう側には渡れない。
前回岸野と一緒に帰った時はこっち側の道を歩いたから、岸野は『こっち派』なのかと思ったけど、違うみたいだ。『気分によって使い分ける派』かもしれない。
5分ほどこのまま道を歩いたら橋があって、どうせそこで合流はできるからいいんだけど……まあそうするしか仕方ないか。
橋のところでたまたま合流した感じの方が、俺がわざわざ追いかけて来た感が少なくなるな。お、これはかえって好都合だ。だからそれまで岸野には声をかけないでおこう。
そう思った時、姫騎士さまのすぐ後ろを早足で追いかけるように歩いていた大柄な男子生徒が、岸野に声をかけたのが目に入った。
「おいおまえ! 岸野とかいうヤツ!」
あいつ……学食の前の廊下で、一年生を突き飛ばしていたガラの悪い男・大潟だ。
その男の声に岸野は振り向く。
「なにか私に用か?」
さすがは姫騎士さま。慌てることなく、いつもどおりの美しく凛とした態度。
しっかりと背筋を伸ばしたまま、落ち着いて大潟を睨んでいる。
「昼間はよくぞ俺に恥をかかせてくれたな。謝れ」
大潟はそう言いながら、岸野に二歩、三歩と近づく。
「私は謝らなきゃいけないようなことはしていない」
「はあぁっ? ふざけてんのかおまえ?」
やべっ! あいつ逆恨みしてんのか?
「ちょっとこっちに来やがれ!」
大潟は突然右手を伸ばして岸野の手首をつかんだ。そして公園の方に引っ張っていこうとしている。
「何をするんだ貴様!」
姫騎士さまはデカ男の顔を睨み上げて凛とした口調で叫んだけど、大潟はひるむ様子はない。そして岸野は掴まれた手を力いっぱい振っているが、大潟は放しそうもない。ずるずると公園の方に引きずられている。
周りにはぱらぱらと数名の生徒が歩いている。彼らはなにごとかと驚いた顔をしているけど、面倒に巻き込まれたくないんだろう。遠巻きに見て二人を避けながら、足早に駅の方に向かって行ってしまった。
「おまえ、剣道の腕は大したモンらしいけど。こうやって体力勝負なら、どっちが強いかは歴然だな……かっはっは」
「くっ……」
くっそ、あいつ! 姫騎士さまを助けなきゃ!
でも用水路を飛び越えるのは不可能だ。
ここからあっち側へは、一番近い橋まで行って、戻って来なきゃいけない。その数分のうちに岸野は連れ去れてしまう……
いや、とにかくあっち側に走って行こう。
そう思った瞬間、聞き慣れたあおいの声が響いた。
「岸野さん! 逃げてぇっ!」
──えっ?
なんとあおいが、叫びながら大潟の背中にショルダーアタックをかました。
ドンっとあおいにぶつかられたデカ男はよろけて、思わず岸野の手を離した。




