【32:あおいと姫騎士さま】
ようやく姫騎士さまとの話題を見つけ、話をしようとした時だった。
すぐ横から聞きなれた声がした。
「あっ、ゆーじぃ! 学食来てたんだぁ」
横を見ると、それは幼馴染のあおいだった。
「ああ、あおいか」
「もう食べ終わったん?」
「おう、食い終わったぞ」
「あたしももうお昼食べたよ。じゃあさ、ちょっとアイス食べない? 売店行こーよ」
「アイス? おまえ、アイス好きだな」
「うん、大好きだよぉ、にひひ。行こう行こう!」
やっぱ幼馴染のあおいとなら、スムーズに話せる。まあ俺がうまく話せるというより、あおいがぺらぺら喋るからなんだけど。
──あ、やべ。姫騎士さま。
視線を前に戻すと、姫騎士さまは呆然と青い顔をして固まっていた。
こりゃ絶対に心の中で怒ってる……というより『ぴえーん』って感じで泣いてる気がする。
「あ、いや、あおい。今日はアイスって気分じゃないよ」
「えーっっ? ゆーじ、アイス大好きじゃん」
「まあそうだけどな」
「だったら大丈夫だよん。行こーよ」
あおいが両腕で俺の右腕を抱きかかえて、席から俺を立たせようとする。
二の腕に豊満なあおいの胸が押しつけられて、ぷにぷにしてる。
「おいあおい。べたべたするなよ。ここ、学食だぞ」
「ゆーじは照れてんのかなぁ? 別にいいじゃん、いつもこんな感じだし」
「だけど学食だから、いっぱい人がいるし……それに胸を押しつけるなって」
さすがに岸野が見てるからやめてくれとは言えない。
「気持ちよいでしょ?」
「だから公衆の面前で、そういうこと言うなって」
「別に他の人に聞こえるような声で言ってないし、他の人はなんにも気にしてないって」
「あ、いや、だから……」
確かにそんなに大きな声じゃないし、他のヤツらは誰もこちらを気になんかしてない。
だけどすぐ目の前の岸野には、ばっちり聞こえてるし見えているし、それが一番まずいんだよ。
「あの、蓮華寺さん?」
「えっ……?」
「ここは学食ですよ。破廉恥なことはおやめなさい」
とうとう姫騎士さまはしびれを切らしたようで、直接あおいに注意をした。
かなり引きつった顔をしているから、腹に据えかねている様子だ。
「えっと……確か岸野さん……だよね?」
「そう」
「腕を抱きかかえるくらい、別に破廉恥でもなんでもないよ。だってあたしとゆーじは幼馴染だし、いつもこんな感じなんだから」
うわ。なんか姫騎士さまとあおいの間に、バチバチっと火花のようなものが見えるのは俺だけかっ!? ちょっと険悪な雰囲気じゃないか?
姫騎士さまはあおいを見て、小さな声でなにかぶつぶつとつぶやいてるし。
「可愛いタイプの女の子……しかもおっぱい大きい……」って聞こえた。
姫騎士さまは絶対に、あおいをライバル視してるよな。
確かに俺は可愛いタイプが好みだけど、でも俺とあおいはそんなんじゃないからね!
そして岸野も巨乳じゃないけど、まあまあ大きいし、綺麗な形のいいおっぱいだよ!
心の中で、姫騎士さまにそう叫んだ。
だけどまさか、そんなことをここで実際に口にするわけにはいかない。
「でも岸野さん。目の前でお騒がせしてごめんねぇ。ゆーじを連れて、すぐに出てくから気にしないで」
「えっ? ちょっと待って蓮華寺さん。それってすごく失礼でしょ?」
「なにが?」
あおいの態度に、さすがに俺も驚いた。
一緒に来てる相手を連れ出そうとしておきながら、「なにが」ってとぼけるなんて。あおいって、そんな酷いことを平気でするヤツだなんて思わなかった。
「なにがって……私と一緒にお昼を食べに来ている国定くんを、横からきて連れ出すなんて。失礼以外のなにものでもないだろっ! ……ないでしょ?」
「へっ? マジ?」
「マジってなんだよ、あおい。なんでそんなきょとん顔してるんだ?」
「いや、ゆーじ。もしかして岸野さんと一緒に来てたの?」
「もしかしなくてもそうだよ」
「えぇぇぇ? まさかぁ! だってゆーじが女の子と、一緒に学食来るなんて信じられなぁい!」
──そこかぁ!?
えぇぇぇ? まさかぁ! ってセリフは、俺があおいに言いたい。俺と岸野が連れ立って学食に来ているって、まったく気がつかなかったってことかよ!
「そりゃあ、あおいの言うとおりかもしれないけど、今日は一緒に来てるんだよ」
「そうなのぉ? どう見たって、たまたま相席になってますって感じだもん。何も話してないし、お互いに視線を合わせもしてなかったし」
「あ、それはそれはそうなんだけど……」
「そおなんだぁ……ふぅーん……」
あおいはびっくりした顔で、姫騎士さまをじーっと見つめている。
姫騎士さまはあおいの視線に耐えきれないからなのか、それともあおいが俺に親しげにするのを見るのが嫌なのか──そこんところははっきりわからないけども。
「それはごめんね。気がつかなったあたしが悪かったよ」
あおいは岸野にぺこんと頭を下げた。
「勘違いだったら仕方ないからいいよ蓮華寺さん」
姫騎士さまもあおいに微笑みを返す。
修羅場になるかと思ったけど、無事に落ち着いてホッとした。
「じゃあもう食べ終わったし、席を占領してたら他の人に迷惑だよね。国定くん、行こうか」
姫騎士さまはそう言って席を立った。
「あ、そうだな。じゃあな、あおい。またな」
「あ、うん。またねゆーじ」
俺も席を立って、岸野と一緒に学食から廊下に出た。すると近くから男の罵声が聞こえた。
「おい、邪魔だ! どけよ!」
肩をいからせて歩いていたガタイのデカい男が、目の前に立っていた一年生らしき気の弱そうな華奢な男子の肩をドンと押した。男子はへなへなと床に倒れて尻もちをつく。
「あいたっ!」
「けっ、ちょろちょろすんなよ。雑魚は邪魔なんだからよ!」
デカい男は制服のネクタイをゆるく結んで、だらしない感じ。
アイツ……見たことあるぞ。同じクラスにはなったことがないけど、同じ三年生のヤツだ。確か名前は……大潟だ。
兄貴がチンピラみたいで、アイツ自身も学校外で喧嘩とかやってるって噂のあるヤツだ。かなり目つきも悪い。
その時、横から迫力のある力強い声が響いた。
「ちょっと待て、そこの男子! 彼に謝りたまえ!」
声の主は姫騎士さまだ。ガタイのデカい男子に向かってスタスタと歩み寄る。
そいつはやばいぞ、岸野。
「岸野さん、待って……」
俺が姫騎士さまを止めようとした時には、彼女は既に大潟の目の前に立っていた。
男は岸野を見下ろすように睨んでいる。岸野も背の高い男を見上げながら、鋭い視線で睨み返している。
さすが正義の姫騎士さまだ。ガタイのデカい男の視線にも全然ビビっていない。
「はあ? なんだお前。関係ないだろ?」
「私は岸野 姫。キミみたいな弱い者いじめをする者には我慢できないんだ」
「ほお……我慢できなきゃ、どうするってんだよ?」
「謝りたまえ。もしも謝らないって言うならば……」
姫騎士さまの右手がすぅっと上がっていく。いつものように、剣のような人差し指を大潟の鼻先に突き出すつもりだ。そんなことをしたら、あの男、激怒するかもしれない。
「岸野っ! 待て! 落ち着けっ!」
俺は姫騎士さまに駆け寄りながら声をかけた。




