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暁の巫女 -月の女神2-  作者: 実月アヤ
第一章 裏切りの巫女
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暁の国

「我は溢れし力を受ける器。月の女神の騎士、魔法の満つる地に在りし魔導の徒。──我が目は転じて定まりし門となれ」

「我は銀の魔導士シーファの唯一の弟子にして、偉大なるアルティスの秘石の器。──我が力は門を開く鍵となれ」


 二人の魔導士の詠唱は、心地よい歌のように。交互に、そして重なって流れる。

 高まる魔力に、リルディカは粟立った腕を押さえた。来る時に体験した転移門など比べ物にならない。リルディカの巫女の力とは根本的に異なる魔力の波。

 心細くなって目を伏せたが、誰に助けを求めれば良いのかも分からなかった。



「「遥か暁の国へ」」



 シーファとリティアの声が重なり、転移魔法が発動する。魔法陣に光が満ちあふれた。強い魔法に城が影響を受けぬようにと、魔導師達の用意した制御装置はことごとく壊れ弾け飛んでいく。空間を圧縮するような高圧さに、その場にいるもの達はたじろいだ。

 やがて視界が真っ白になるほどの光に覆われ、空気が変わり──


「アラン!」


 呼んだのは銀の魔導士だったのか、それとも青の王子だったのか。


「ぐ、ッ──!」


 アランは喉を押さえる。

 ぐらりと頭が揺れた瞬間、マズいと思った。セインティア王国とは全く違う魔力の流れ。加えてシーファの変換魔法にリティアのアルティスの魔力が加わった転移魔法は、あまりにも濃密な魔力に満ちあふれていて。

──魔法感知能力者であるアランの身体の許容量を軽く超えている。

 それでも強靭な精神力で持ちこたえて、みっともなく叫び出すような真似は免れたものの、脳を叩き割られるかのような痛みに吐き気すら覚える。

 意識を手放してしまえ、と囁く自らに、主を護らなければという騎士の心が相反したそのとき。強く引き寄せられて、誰かの肩に額を埋めた。そのまま子供のように頭を抱え込まれて。

 ふわりと香る、良く知った爽やかで甘い気配。


「ラセイン、様」

「……すまない、予想するべきだった」


 謝らないで下さい、と言いたくて。けれど息を吸うのも辛い。主の痛々しい声に、自分が情けなくて荒い息が漏れる。


「──ッ、は」


 生理的に滲んだ涙の向こうに、紫水晶が見えて。


「アランさん」


 柔らかな声と共に、王子に支えられたままのアランを、セイごと横からディアナが抱き締めた。彼女の胸元に下がる、滴型の紫水晶が輝く。その淡い光に、身体の不調が見る見るうちに治まっていき──。


「もう、大丈夫です。見苦しいところをお見せして申し訳ありません」


 未だ青い顔をしているが、とりあえず呼吸は元に戻った。主の肩に触れて頭を起こせば、アクアマリンの瞳が彼を見つめている。


「──無理をするな。僕ですらこれは辛い」

「主に気遣われるなんて、家臣失格ですよ……」


 何とか口元に笑みらしきものを浮かべるが、セイは硬い表情のまま、もう一度彼の頭を自分の肩に押し付けた。


「ならば弟として。義兄上の心配をしてはいけないか?」


 兄がわりの幼馴染としてだけでなく、王子の姉の婚約者たるアランは、公式にもセイの“義兄”なのだと。彼がそう言えば、アランは不意をつかれたように目を見開いた。


「……ああ。そういや、そうでした……ね」


 クスリと漏れた笑いは、次の瞬間、困ったような声音に変わる。


「……あの、ディアナさん。そろそろ王子がヤキモチ焼いちゃうんで、離れて頂いてもよろしいですか?」


 ディアナは未だに彼を抱き締めたままだ。セイと一緒にとはいえ、主の婚約者たる可憐な美少女に抱き締められていると、どうも落ち着かない。しかしディアナはそのまま顔を上げてセイを見た。


「……怒らないわよね、セイ?アランさんは私にとってもお兄さんだもの」

「それを言われると怒れませんね」


 アランに貸していない方の肩を竦めてセイが答えると、イールが呟く。


「キラキラはともかく、こっちのハーフエルフがヤキモチ焼いちゃってるんだけど」

「え?」

「い、いや俺はっ」


 言われたアレイルは、ディアナの視線を受けて頬をわずかに赤らめた。


「すみません、アランさん。大丈夫ですか?」


 魔法陣の光が消えるのを確認して、リティアが声を掛ける。しかし銀色の髪の師は鼻で笑った。


「鍛え方が足りないのではないか」

「すみませんねえ!!」


 アランは身を起こして悪友にしかめ面で吠える。シーファとリティアはさすがに動じた様子はないが、ヴァイスやレイトも半ば顔色が悪い。リルディカも高圧な魔法に当てられてか、地に膝をついている。アレイルとイールは硬い表情はしているものの、不調はないようだ。


「リルディカ、大丈夫?」


 アランから離れたディアナは、同じように小さな巫女を抱き締めた。するとホッとしたように彼女が笑う。


「ありがとう、月の女神。楽になりました」


 起き上がろうとする彼女に、レイトが無言で少女の腕を掴んで引き上げた。そんな風にされたのは久しぶりで、リルディカは驚く。


「あ、ありがとう」


 慌ててお礼を言う彼女に、レイトは一瞬だけ視線を向けた。だが開きかけた口は何も漏らさずに再び閉じて。リルディカは彼の真意が分からずに戸惑う。これなら悪態をつかれていた頃の方が会話があったかもしれない、などと思ってしまって、ちょっと落ち込んだ。

 それから彼女は自分の小さな手のひらを見て、そこについた軽い擦り傷に気付く。痛みはないものの、滲む血が止まらないことに眉を顰めた。


──この身体は、限界かもしれない。キャロッド公国に戻って来たことで、彼女の力がまたヴァイスへと流れ始めている。


 じっとそれを見つめるリルディカに気付いて、ディアナとレイトが彼女の傷に視線を落とした。ディアナの後ろから着いてきたアレイルが、同じように気付いて女神へ口を開く。


「姿が幼くなっても、巫女の身体は若返ったわけではない。むしろ人よりも脆い。魔力が尽きたら消えてしまう、俺達のような精霊に近い存在かもしれないな」


 彼の言葉に、思わずレイトはリルディカの手首を掴む。びっくりして硬直する彼女を引きずって、リティアに差し出した。


「治癒してやってくれないか」


 魔導士の弟子が慌てて頷き、リルディカへと手をかざすのを見てから、レイトはその場を離れる。先程からヴァイスの視線がこちらを向いているのは分かっているが、今は何かを聞かれても答えられそうになかった。レイトはそのまま近衛騎士へと近づく。ディアナも彼に続いてやって来た。


「──あんた、ただ王子様に心酔している臣下なのかと思ったら、すごく親しいんだな」

「幼馴染ですから、ねえ。今は本当に義理の兄弟になる予定だし」


 そう語るアランは誇らしげで、くすぐったそうで。レイトは彼らの関係に羨望を覚えた。


「あんたらのように俺達も信頼し合えていれば、俺はリルディカを信じられていたのかな」


 ぽつりと呟いた彼の声が、ディアナの耳に残って。それはいつまでも消えなかった。


**


 一行が転移したのはキャロッド公国のヴァイスの居城で、魔竜はすぐ近くで暴れている。火竜の吐いた炎に森が焼かれ、水竜の呼んだ濁流に村が沈み、風竜の起こした竜巻に家がなぎ倒され、地竜の揺るがせた大地に生き物が飲み込まれた。退治の為にヴァイスは兵士を集めたが、四頭の竜は今この瞬間も甚大な被害をもたらし続けていて、公主が突然連れて来た魔法大国からの客人に戸惑う間もない。


「この国の者達は魔竜に対しての先入観があり過ぎます。恐れは何よりも危険です。前衛は僕達だけで良い」


 一通り兵士達の様子を確認して発せられた冷静なセイの言葉を、シーファが分かりやすく遠慮なく訳してみせる。


「兵士は後方支援に回させろ。雑魚が何匹いても混乱するだけだ。ラセインは、魔竜に対抗できるのは私達だけだと言っているんだ」

「言ってくれるな。我が国の兵士は無能ではないはずだが」


 ヴァイスは苦笑するが、魔竜に対する身に染み付いた怖れは確かに消えるものではない。列島の者にとって、四属性の竜は古くから敵わない化け物なのだ。だからこそその力を制御できるリルディカが巫女と崇められたのだが。


「魔竜と意識が繋がりません。もう私の力ではあれに干渉できない」


 小さな巫女は硬い表情で項垂れた。


「大丈夫よ、私達が必ずあなた達を助けるから」


 ディアナは剣を持ち、少女へと微笑んでみせる。リルディカは頷いたが、その表情は晴れなかった。



 前衛として選ばれたのは、ヴァイス、セイ、ディアナ、シーファ、アラン、レイト。後方から魔法援護をするのはアレイルとリティアだ。キャロッド公国軍は周りを囲み、魔竜を逃がさないようにしている。リルディカはイールと共に後方で見守る役目を与えられた。


「まずは一体を撃破。なるべく散らないようにしましょう。リティアさんとアレイルは他の三体の動きを抑えて、後の魔法は防御のみに徹底して下さい」


 魔竜へと近づきながら、装備と作戦を確認し合う。自然と司令塔はセイになっていた。

 ほぼ全員が剣士である中、レイトは手の中の武器を確かめる。セインティア王国を訪問した際に預けたそれは、セイによって返還されていた。アランが彼の手元に気付いて、まじまじと見つめる。


「それ魔弾銃?初めて見た」


 レイトの武器は──銀の銃だった。

 一見リボルバー式の拳銃に見えるが、普通よりやや大きい銀色の銃身に、細かい意匠がされている。良く見ればそれは魔法の術式だ。銀でかたどられた弾丸の表面には術が刻んであり、その文字は魔法の種類によって色を変えてあるらしい。機械技術が進んだ国にはこういう武器がある事は知っていたが、技術的にはまだ発展途上な分野だ。まっとうな市場には出回らないため、セインティア王国にも現物は持ち込まれていない。


「へえ……よく出来てるな」

「銃そのものの殺傷能力と、魔法の追加効果がかかる。物理魔法どちらの属性もイケるってわけ」


 レイトはサングラスを外して今はゴーグルを掛けている。彼のそれは銃の火花と事故から目を守るためなのだ。むろん、顔を隠す為でもあるが。しかもサングラスには熱感知機能が、ゴーグルには対象に狙いを定めるための望遠照準機能がついていると知り、アランは目を見開いた。


「ただのオシャレかと思った」

「あのなあ。アンタの中で俺はどれだけチャラい男なわけ?」


 ぼそりと呟くアランに、レイトは抗議した。ごめん、と彼の肩を叩いて近衛騎士は笑う。まるで仲の良い友人同士のように。レイトのアランに対する態度も、少しずつ軟化してきている。


「あら、レイトさんの身軽さはなかなかのものよね?私、王宮で何人もの侍女にあなたのこと聞かれたわ」


 ディアナがからかうように亜麻色の髪の軍人を覗きこむと、彼はしまった、と言うように顔をしかめた。


「……情報収集の一環ですよ……」

「うーわー出たよ、この女ったらしー。そりゃウチの王子も老若男女たらしこむけどー。ラセイン様はディアナさん一筋だしぃ」


 アランの呆れ顔に、ますますバツが悪そうに、レイトは溜息をつく。


「あーわかってる。……もう、しない」


 彼らの様子を見ていた騎士の主は、少しの間考えこんで、ふとヴァイスに問いかけた。


「ヴァイス殿。リルディカ嬢の巫女の力が必要無くなったなら、彼らはこの国でどうなりますか」

「どういう意味だ、ラセイン王子?」


 アクアマリンの瞳が物憂げな色を浮かべて。わかっているだろう、と公主を見つめる。


「今は無きリンデルファの生き残り。特にリルディカ嬢は王女だ。もしあなたへの反乱分子でも出ようものなら真っ先に旗印として祭り上げられそうな危うい立場ですよね。それでなくてもあの二人はキャロッドでは異質でしょう。レイトも軍の中では階級こそ低いものの、半ばあなたの側近として特別扱いを受けている。国内での居心地は悪いんじゃないですか?」


 すらすらと並べ立てる王子に、ヴァイスは目を見張った。この短時間によくもそれを見抜いたものだ。特にこんな有事に。金色の髪は全く乱れもせず、彼の美しさは完璧だが、その瞳だけは妙に疲労を浮かべているような気がする。


「──あなたの言うとおりだが。それがセインティアに何か?」


 言外に、ラセイン王子には関係がないだろうと匂わせれば、彼は視線を横に向けた。その先に、美しい月の女神がいる。


「……ああ、女神が気に病むような事態を憂いているわけか」


 この完璧王子は、どうやら愛おしい婚約者の事となるとなりふり構っていられないらしい。他国の事情に首を突っ込むのも、危険を承知で魔物退治に赴くのも、すべて女神のため。


「ディアナが哀しむような事は、避けたいので」


 聡明な彼のことだ。魔竜を倒せなかった時の事も当然考えているのだろう。セイにはディアナを犠牲にすることなど選択肢に無い。同じくヴァイスは国を見捨てるつもりは無い。だとすれば、もし魔竜を仕留め損なえば、リルディカは消滅することになるのだ。


「僕はそのために、魔竜を倒します」


 他の誰の為でもない、ただ一人の為に。

 そう言い切る王子を、ヴァイスは好ましく──同じくらい疎ましく思った。


「見えたぞ、魔竜だ」


 銀の魔導士が杖を剣に変えて、木々の先を指し示す。そこに──四頭の竜が居た。

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