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暁の巫女 -月の女神2-  作者: 実月アヤ
第五章 真昼の月
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祝福を君に

 セインティア王国の全ての国民が、その日を心待ちにしていた。

 青の聖国という異名通りに、セインティアを象徴する青いリボンが街のあちこちに飾られ、それに精霊達が月の光に見立てた金色の粉を降りかける。

 フォルディアス城の前門は解放され、前庭広場へと自由に入れるようになっており、民は麗しき王族の結婚式を見ようと早くから集まっていた。

 魔導師達に演出にと作られた、きらきらと虹色に輝く蝶があたりにいくつも舞い、つられるようにいつもより多くの精霊が姿を見せ、子供達ははしゃいだ笑い声をあげながら虹色の光を追いかけて走る。

 それを微笑ましく見ながら、国民はその時を待っていた。




 城には儀式の間と呼ばれる一角がある。

 大きな広間の奥にあるのは、繊細な装飾を施された真っ白な祭壇。その上にある紺色のビロードを敷き詰めた装飾箱に今、かつてあったときのように退魔の剣フォルレインが収められていた。

 広間の天井の一部はくり抜かれており、月の女神が青の騎士に剣を授ける姿を描いたステンドグラスの天窓になっていて、そこから差し込む光がちょうどフォルレインを照らし、幻想的に見せている。

 祭壇の前には王と祭司がおり、隣には王妃が控えていた。広間に居並ぶのは、臣下や賓客たち。アディリス王国のレオンハルト王子、王子の従兄弟であるキルスウェル、イールを肩に乗せたディオリオ、レイト、シーファとリティアもその中にいた。

 入り口から祭壇に至るまでの両側に、セインティア近衛騎士団が整然と並んで道を作っている。その後ろに魔法兵団も並び、アレイルとリルディカは魔導士の正装でその列に加わっていた。


 そして──


「これより王太子ラセイン・フォル・ディアス・セインティアとアルレイ伯爵家息女、ディアナ・アルレイ、並びにアラン・フォルニール公爵と王女セアライリア・フォル・ディアス・セインティアの婚礼の儀を執り行うものとする。前へ」


 彼らが護る道に現れた聖国の太陽と月の女神、騎士と金の薔薇の姫に、そこに居た者たちから一斉にうっとりとした眼差しと、感嘆の溜息が漏れた。


 ラセイン王子──セイは光の加減で艶めき方の変わる深い青色の地に、金糸で刺繍の入った礼服を身に纏い、その上に紺色のマントを金の装飾で肩に留めている。いつもはまとめている金色の髪を下ろして背中へと流しており、その頭には王太子の冠が乗せられていた。豪奢な衣裳にも全く負けず劣らず、その美貌はいつにも増して輝いている。

 澄んだ泉のようなアクアマリンの瞳はまっすぐに前を見据え、堂々たる王太子の姿に、人々は未来の王への希望を重ねて期待に胸を踊らせた。


 そしてその隣に寄り添う令嬢──ディアナ。身を包んでいるのは煌めく紫水晶の瞳と同じ色のドレス。王子と同じ金糸の刺繍がされている。それは裾にいくにつれて幾重にも重なりつつ、後ろへ流れるような曲線を描いていて、濃紺のふんわりと透ける素材でできているマントが重なると、まるで夜の精霊のような神秘的な美しさだ。

 結い上げられた栗色の髪から零れ落ちるようにちりばめられた真珠が揺れ、その隙間から覗くほっそりとした白い首筋には、可憐さと甘さが漂っていて、花嫁の初々しい愛らしさは人々の微笑みを誘う。


 もう一組──アランは濃紺の騎士団の正装服を着ている。ただし、一目で階級が上だと分かる凝った装飾のものだ。彼の若さとその肩書きが、あり得ないほどの優秀さを示していると気付いた他国からの賓客は、感心したように息を吐き、彼の滅多に見せない着飾った姿の凛々しさに、令嬢達は羨望を込めてうっとりと溜息をつく。いつもは彼を多いにからかう同僚や侍女たちでさえも。

 儀式用の白い手袋に包まれた手を隣の姫君へ差し伸べ、エメラルドの瞳に柔らかい笑みを浮かべる彼は、若き公爵そのものだった。


 アランに手を引かれ現れたのは、セアラ姫。輝く金の巻き毛を結い上げ、弟王子と同じアクアマリンの瞳を煌めかせた彼女は、相も変わらず絶世の美女だ。瞳に合わせたやや深めの水色のドレスは裾に向かって金色の刺繍がされており、彼女の呼び名の如く、咲き誇る金の薔薇のように広がっている。

 彼女は儀式を終えれば公爵夫人となり、『姫』と呼ばれることは無くなる。そうと分かっていながらも、誰もが彼女を『王女セアライリア』と認識し続けるだろう。それほどに彼女はこの場においても、生まれながらの誇り高き姫君だった。


 儀式の間は王族の祭事を執り行う場所だ。本来ならば臣下であるアランとセアラはここに立つはずではなかった。けれどセイとディアナのたっての願いと、王女としてのセアラ姫の人気の高さに、どうしてもと臣下はじめ国民がこの場でのお披露目を希望したのだ。

 もちろん率先してそれを申し出たのは、王子と王女の直属の部下達で──今は最前列で道を作る近衛騎士達と魔導師達は、


「どうしよう、キラキラし過ぎてて俺目が潰れそう」

「ヤバいうちの王子さま、美しい、カッコイイ、月の女神めちゃくちゃ綺麗、可愛い、もう死んでもいい」

「ディアナ様可愛い!本当に女神が女神過ぎる!うちの王族以外で、ラセイン王子に並べるほどの美人さんがこの世に居たとは…!」

「王子……お綺麗になられてッ……違う、ご立派になられてッ……」

「ほらアラン隊長ってば、真面目にしてりゃほんっとにイケてるんだよな。若くてイケメンで仕事も出来てあんな綺麗な嫁貰うとか、何なの?ほんと何なの!?」

「あの礼服あと2、3ヶ月着ててくれりゃ、うちの隊の人気上がるかもだな」

「姫様、綺麗過ぎる。俺達の永遠の至宝がぁぁ」

「フォルニール、姫様泣かせたら殺す……」


などとヒソヒソ、もしくは魔法での秘密の会話を堂々としていたが、祭壇の前に立つ本人達に届いていたかは定かではない。



「宣誓を」


 祭司の言葉に、セイは片手でディアナの手をとって、もう片方の手を胸に当て、跪く。ディアナも同じように跪き、心臓へと手を当てた。王子が軽く目を伏せ、口を開く。


「セインティア王国王太子、ラセイン・フォル・ディアス・セインティアの名において。ディアナ・アルレイを妻とすることを宣誓する。彼女は私の月の女神であり、唯一無二の存在。青の騎士の血とこの心が定めし運命の伴侶である」


 魔法を織り込んだ言葉に、パッと青い光が舞った。それを見つめつつ、ディアナもまた宣誓する。


「アルレイ伯爵家が娘、ディアナ・アルレイの名において。ラセイン・フォル・ディアス・セインティアを夫とすることを宣誓します。彼は私の光であり、導き手。月の女神の末裔たる私の、剣と命と心を捧げる方です」


 宣誓の言葉は儀式に則っているが、相手を現す言葉はひとつひとつ違う。その本人の心からの表現を、相手と立会人に告げることで、愛情と誠意の証しとするものだ。

 ディアナから自分をどう思っているのか告げられて、セイは隠しきれない喜びに、熱を込めて彼女を見つめる。彼の視線に気付いたディアナも、ほんのりと赤く染まる頬で微笑んだ。

 そして同じように、アランも膝を付き、はっきりと言葉を紡ぐ。


「フォルニール公爵、アラン・フォルニールの名において。セアライリア・フォル・ディアス・セインティアを妻とすることを宣誓する。彼女は私の尊き金の薔薇であり、不滅の存在。私の還る場所であり続けてくれる、揺るぎなき星である」


 良く通る声は、いつもの快活さよりも真摯さが伝わってくる。彼の言葉に、セアラは深く微笑んだ。


「セインティア王国王女、セアライリア・フォル・ディアス・セインティアの名において。アラン・フォルニールを夫とすることを宣誓致しますわ。彼はわたくしの心を護り、決して裏切らぬ者。望みよりも使命を全うし、その献身をもって愛を示してくれる者ですわ」


 アランとセアラの重なった手に力が篭り、セアラに向けられる瞳には甘さが強まる。

 それぞれの言葉を受けて、宣誓に込められた魔法が発動し、祝福の証しに彼らの頭上でパアッと光が弾けた。きらきらと落ちていく青い光越しに、父王は微笑みを浮かべて高らかに言う。


「セインティア国王、リライオ・フォル・ディアス・セインティアの名において。この者達の婚姻を認めるものである!」


 王の言葉を受けて、祭司がディアナの頭に王太子妃のティアラを乗せる。そしてセイは祭壇へと進み出た。箱に納められたフォルレインを掴んで取り出すと、広間にいる者たちへと示すように捧げ持つ。


「私は誓う。月の女神に賜りしフォルレインをこの手に、我が伴侶と共にセインティアに永遠の平和をもたらすことを」


 通常の儀式はここまでのはず──だった。

 退魔の剣は主人を選ぶ。代々の王でも、退魔の剣の主となれた者はそう多くなく、中には鞘から抜くことすら出来なかった者もいる。ましてや、剣の精霊フォルレインの姿を見ることができたり、話をすることが出来た者はさらに少ない。

 しかしセイはフォルレインと融合し、かつ完全に同調できるほどの完璧な主だ。ためらいもなくフォルレインの柄に手をかけると、一気に抜き放ち、その美しい刀身を天窓の光へと高く突き出した。

 すると、剣から水色と金色の混じり合った光が溢れ、パアッと広間中に広がっていく。驚く人々の頭上で、キラキラとした光の粒に変わり、降り注いだ。夢のような光景にディアナは目を奪われる。


「綺麗……」


 守り神にも等しい剣の精霊に祝福された王子と示した彼に、他国からの賓客はどよめきの声を上げ、セインティアの者たちは誇らしげに拳を掲げて歓喜の声を上げた。


「……派手過ぎやしないか、フォルレイン」


 にこやかな表情を崩さないまま、セイがこの演出をした張本人である剣の精霊へと、ぼそりと呟けば。彼とディアナにしか聞こえない声で、剣は答える。


『ほんのサービスだ。女神も喜んでいるではないか』


 その物言いに苦笑は漏れたものの、隣では確かに、彼の伴侶となった月の女神が、無邪気に光の雨に手を差し伸べて微笑んでいた。その紫水晶の瞳がセイを見て、柔らかく笑むのを見れば、まあいいか、なんて思えてくる。


「さあ、国民に晴れ姿を見せてやるが良い」


 王の一声で、二組の新郎新婦は城の前庭広場に面したバルコニーへと進む。彼らが姿を見せた途端、そこに入りきらないほど集まっていた多くの民たちが、一斉に歓声を上げた。その声は空気を揺るがすほどの熱に包まれ、いかに彼らが国民に慕われているかがわかる。魔法大国ならではか、民にも魔法を使える者が多い。

 人々は祝福の意味を込めて、淡い光を空に打ち上げた。魔導師たちが作り出した虹色に輝く鳥が羽ばたき、青空へと舞い上がる。それを追いかけるように、色とりどりの花びらが舞い上がり、空で弾けてひらひらと舞い降りてきた。


「セイ」


 小さな声で呟くディアナへと顔を向けたセイは、彼女の表情に目を奪われて息を呑む。

 今まで見てきたどんな顔よりも、惹きつけられるその微笑みに。


「私、幸せよ」


 絡ませた指に力を込めて、握り返して。返す言葉はたった一つだ。


「ええ、僕もです」

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