戦いの先に
混戦する中、レイトは魔弾銃を構える。
飛行型の魔物相手ならば、速度も殺傷能力もあるレイトの武器は何よりの強みだ。おまけに今はセアラ姫率いる魔導師達が結界を張っていて、空高く逃げられる心配も無い。射程距離も充分。
グリップを握り、ゴーグルの照準機能を起動させ、片目に現れたポインタを黒鳥に合わせる。そして引き金を引いた。
──パアンッ!
音を立てて弾丸が発射され、一体の魔物に当たる──と、その弾丸に仕込まれた風魔法が発動し、近くに居た数体を巻き込んで爆発する。そのまま彼は立て続けに撃ったが、どれも寸分の狂い無く魔物を仕留め、殲滅していった。しかしさすがに数十発も撃てば弾倉が空になる。彼が弾を補充しようとした隙を魔物は見逃さなかった。
滑空してきた魔物がレイトを狙って鉤爪で引き裂こうとし──駆けつけた近衛騎士達の剣で斬り捨てられる。
「悪い、助かった」
レイトが短く礼を言うと、近衛騎士の一人、レナートが微笑んだ。
「いやこちらこそ。さすが、いい腕してるな」
確かこの男はアランの副官だったはず──レイトは彼に微笑み返しながら、補充の終わった銃を再び空へ向けた。上に注意を向けざるを得ないレイトを、地上から狙う魔物もいる。離れたところで剣を振るっていたアランがこちらを見て、叫んだ。
「レナート!そのままそこでレイトを護っていろ!ヨシュア、クイン、陣形を崩すな」
「ハッ!」
上官の言葉に彼らは短く応じ、周囲を警戒する。
「カイル、ディーナーは右!ガレス、アルウィンは俺に続け!」
普段のアランからは考えられないほどに厳しく、鋭い声で指示を飛ばす──けれどあれが、本来の“隊長”としての彼なのだろう。
いつもああしてりゃいいのに。ふとかすめた思いは、つい口に出てしまったのか。レイトの隣で近衛騎士がクスリと笑みをこぼす気配がする。
「やるときはやる人なんだよ、うちの隊長は」
「はじけ過ぎる上官を持つと大変だな」
レイトの言葉に、レナートは微笑みを苦笑に変えた。彼は嗜めるでも無く、言葉を返す。
「隊長の強さは、我らの憧れでもあり、願望でもあるのさ。……困ったことに、ふざけ過ぎてそうとは分からないことも多いけれどね」
レナートもまた、美しく聡明な王子に心酔して近衛騎士を目指した一人だ。
念願の第三部隊に入って早々、年下の上官を持つことに抵抗が無かったわけではない。けれどもアランの強さも、王子への忠誠心も、他の誰よりも確固たるものだったから、反発心などすぐに消えた。
「『主の為に、我らはこの命を捧げる。だからこそ、常に打ち勝ち、生き延びよ』……それが、隊長が私達に求めた唯一だ」
我らは誇り高きセインティア近衛騎士団。主の身を末永く護り続ける為に、簡単に死んだら許さない。ラセイン王子の為に、生き続けろと。
「……ほんっとに、“皆のおにーさん”らしい言葉だな」
レイトの呟きに、レナートは魔物を斬り捨ててから頷く。
「ご自分は真っ先に王子の為に突っ込んで行かれるのにな。まあそれを後方支援するのも副官の務めさ。また困ったことに、私はそういう人間を嫌いではない。……君もだろう?」
悪戯めいた瞳で返された問いに、レイトは不覚にも言葉を失った。そう言われて初めて、自覚したからかもしれない。
アランがレイトを諌めてくれなければ、彼は何も知らないままリルディカを失っていたかもしれない。あるいは真実を知っても、信じなかったかもしれない。そして今でも彼は、レイト達を見守り続けているのだと知っている。
「……まあね。俺もああいう奴、嫌いじゃない」
視線の先ではアランが騎士達を指揮しながら、魔物を次々と倒していた。その後ろで彼と背を合わせるように戦う、青の王子がいる。
今は厳しいその瞳がそれぞれ、美しき金の薔薇を映す時に、可憐な月の女神を映す時に、柔らかく弛むのを思い出して。自分がリルディカに向ける視線も、同じなのだろうと思う。
「──だから、無事に結婚式をさせてやりたい。アランも、ラセイン王子も」
「ああ。その通りだ」
レイトの言葉に、レナートが力強く頷いた。彼の近くにいる二人の騎士も同じように頷く。
そのとき──高い悲鳴が上がった。レイトはその声に反応してその姿を探す。
「──リルディカ!?」
少し刻は戻って。
「リルディカ、キミに頼みたいことがあるんだけど」
魔法兵団長エルフォルニーとセアラ姫の指揮の下、アレイル、リティアと共に結界魔法を強化していたリルディカに、そう声を掛けたのはイールだった。
彼は相棒とは離れ、セアラ姫の肩にいる。イールはクレスの月の魔力から生まれた存在だ。ディアナのような強い力は無くても、魔導師達に何かしらの影響を与えるのだろう。彼は白い翼をはためかせて姫君の肩から飛ぶと、リルディカの杖の先へと舞い降りた。
「たくさんの黒鳥はただの残骸だ。あの中にリベルザの核があるはずなんだ。それさえ見つけてやっつければ、多分、他のオマケは魔力を失って墜ちる。リルディカ、キミの力で一緒に探して」
「力の源、ということかしら」
リルディカは空を仰ぐ。薄紫の髪が乱れるのも構わずに、ぐるりと見渡して黒鳥を見据えた。巫女の目で魔物を見つめれば、なるほど、意識の無い空っぽな塊ばかりが空を舞っている。
あっちではない、こっちにもいない、どこに──?
イールもまた必死で核を探した。リベルザはディアナを求めていたが、意志の無い残骸では女神の命など気にも留めない。相棒がこれ以上害されるなんて我慢できない。騎士も魔導師も強者揃いだ。魔物は次々と倒されていくが、核を消滅させない限り、魔物はまた生み出されてしまう。
「あ──」
リルディカの目に、微かに赤く輝く光が見えた。強い殺気の現れだ。視界の端に捉えたそれを追って振り返れば、黒い大きな翼を広げた魔物がこちらをちらりと見下ろしたところで。目が合った、と思った瞬間には、それが一気に彼女へと急降下して来た。
「きゃああっ!」
思わず漏れた悲鳴に、「リルディカ!」と彼女を呼ぶ声が、それぞれ近くと遠くから上がる。と、彼女を狙って振り下ろされた魔物の爪に、引き裂かれそうになり──バサリと大きな羽ばたきと共に、リルディカの身体に衝撃が走った。
「──ッ!」
イールが彼女に体当たりして魔物の攻撃から逃れさせたのだ。獲物を失った魔物はイールへとその爪を振り下ろし、片翼へ食い込ませる。赤い血の付いた白い羽がいくつも散らばった。
「くっ──」
「イール!」
もう一度白い鳥を叩き落そうとした魔物へ、こちらに気付いたレイトの銃弾が撃ち込まれる。しかし黒鳥はそれを身を捩って避け、ふたたび空へと舞い上がった。リルディカが地に堕ちたイールを抱き上げる。魔物に貫かれた翼が大きく損傷していて、痛々しい。
「イール!!」
こちらの状況に気づいたディアナが叫んだ。まとわりつく魔物を斬り捨て、相棒へと駆け寄る。
「イール!イール!」
彼女はイールを抱え、必死で呼びかけた。ぐったりと翼を下ろしたイールは、薄く目を開けて応える。
「大丈夫だよ、ディアナ……。そんな顔しないでよ」
ディアナは途方に暮れたような、ひどく弱々しい頼りない顔をしていた。先程まで戦っていた女神とは思えないほどに。
「イール、ごめんなさい!私を庇って」
彼に謝り、治癒魔法を掛け始めるリルディカに、女神の相棒は弱々しく瞳を向けた。
「ボクはいいから。リルディカ、ディアナに核の魔物を教えて。こいつらをやっつけるのが先だ」
「そんなの、私が全部斬るから!イールの治癒のほうが大事でしょう!」
首を横に振り、子供のようにディアナが言うが、イールは困ったように嘴を開いた。
「まるで初めて会った頃のキミみたい。もう王子のお妃様になるんだろ?大事なものはボクだけじゃない。……皆を守らなきゃ」
「そんなの嫌よ、イール……」
「……大丈夫だよ。ボクは魔法でできた鳥だもん。簡単には死んだりしない」
けれど、イールを傷つけたのは、普通の魔物ではなく、月の魔力から生まれたものだ。
「ディアナ、行って」
相棒の言葉に、ディアナは潤む瞳をギュッと閉じて俯く。
ずっと傍にいた、大事な友人。兄の想いと記憶を持ちながら、イールとしてディアナを支えてくれた相棒。だからこそ、イールの言いたいことは痛いほどに分かる。ぐい、と涙を拭って、彼女は顔を上げた。
「リルディカ、核の魔物はどれ?」
顔を上げたディアナに、リルディカもまた涙を堪えて頷く。イールの相棒である彼女が戦いを優先しようとするなら、リルディカが嘆いている場合ではない。もう一度空を見上げて、先程上空へ逃れた赤い意識を持つ黒鳥を探す。
「──いた!」
ひときわ大きな翼を持つ魔物。巫女の指差す先を睨みつけ、ディアナは走り出した。
「ディアナ様!」
彼女を横から狙って飛び出した黒鳥を、アランと騎士達が斬り捨てる。ディアナはその間を止まること無く走り抜けた。同時にふわりと身体を包み込んだのは、セアラ姫とリティアの防御魔法で。
「ディアナ!」
いくつかの魔物はその魔法に弾かれて、ディアナに傷を付けることはない。核の魔物の真下まで一気に駆け抜ける。
「ディアナ、跳べ!」
地面を蹴る脚に、アレイルと魔導師達の風魔法がかかり、女神は空へと舞い上がった。跳ぶ彼女へ何羽もの黒鳥が襲いかかるが、左右の魔物をシーファの魔法とレイトの魔弾が撃ち落とす。
黒い羽が宙を舞う中を、ディアナは空気を切り裂くように跳ぶ。戦いの女神はまっすぐに核の魔物へと向かい、その身体へと剣を突き立てようとしたが──身を捩る黒鳥の翼がバシンッと音を立てて、力任せに彼女に叩き付けられた。
「──くっ!」
痛みなど構わない、けれど衝撃に身体が吹っ飛ばされかける。かろうじて空中で身体を捻るが、黒鳥は彼女へ更に攻撃を重ね、月の魔力を込めた鉤爪を女神へ振り下ろした。先ほどイールを傷つけたそれを目の当たりにし、ディアナは怒りを込めて剣で受け止めた──ものの。
──パァンッ!
今の勢いで脚に掛かっていた跳躍と浮遊の魔法が弾け飛ぶのを感じた。しまったと思ったときには、一気に重さを感じた身体がぐらりと傾いでいて、ディアナの身体が落下して行く。このまま地面へと堕ちるのかと、身を強ばらせたが──
「──ディアナ」
力強い腕が、彼女の手を掴んだ。その向こうに見える、アクアマリンの瞳。
「セイ」
ああ、あなたは必ず、私が求めた時に来てくれる。私の、王子様。
その腕の中に引き戻された身体。
「危機一髪よ、王子様」
「あなたのためならば、空の上でも夢の中でも駆けつけますよ。僕の月の女神」
戦いの最中でも甘く響く声。
彼女をぎゅっと抱き締めてくれた彼の名を呼べば、相手が頷く。次の瞬間には彼の手にした退魔の剣が、強く赤色に燃え上がった。
『月の女神よ』
フォルレインの声と共に、セイが大きく剣を薙ぐ。剣の軌跡と共に生み出された炎が、黒鳥の翼を灼いた。
『──ギャアアアッ!』
精霊の炎から逃れることは出来ず、苦痛に暴れる黒鳥の翼が空気を揺らす。熱風に金色の髪が乱れるのも構わずに、セイはディアナを庇うように抱き込み、低く鋭く囁いた。
「月の魔物にとどめを。ディアナ」
「ええ」
紫水晶の瞳が強く応え、荘厳なほどに美しい彼女にセイは深く微笑む。もう一度、今度はフォルレインの風魔法がディアナを包んだ。それに重ねるように飛翔と、ありったけの防御と、身体能力の強化と、あらゆる加護魔法がかかるのを感じる。熱くなった身体のままに眼下を見れば──騎士達に囲み守られた、セインティアの魔法使い達の全ての杖の先が彼女達へ向いていた。
「──っ」
何よりも確かな信頼と、全員の意思を感じて、ディアナは強く剣の柄を握り。
そして青の王子は女神の手を掴み、その身体を魔物へ向かって思い切り振り飛ばした。
「リベルザ、女神の元へ還りなさい」
魔法に護られた女神の身体は、炎に灼かれることもなく、魔物の眼前へと迫り。
女神はその手の剣を黒鳥の眉間へ振り下ろした──。




