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暁の巫女 -月の女神2-  作者: 実月アヤ
第五章 真昼の月
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立ち向かう理由

 アランの言葉を聞きながら、レイトは新しい煙草を咥え、シーファが魔力を込めた弾丸を装填してリルディカへ問いかけた。


「あれも支配できるか?」


 四属性の竜のように、巫女の力で従えることが出来るかと。そう思って問えば、リルディカはわずかに眉を顰めながらも「やってみる」と呟く。彼女の一瞬の迷いを見抜いて、レイトはゴーグルを掛けようとした手を止め、亜麻色の瞳でリルディカを覗き込んだ。


「リルディカ、無理はするな。何の為に俺がここに居ると思ってる?」


 自分の指先を見つめ、巫女は深く息を吐く。

 未だに覚えている、崩れてゆく自分の身。独りで消えてゆこうとした、昏い絶望の日。けれど今は──包み込んでくれる手がある。

 震えるリルディカの手に重なった大きな手の温もりに、彼女は微笑んだ。


「ええ、そうよね。あなたがいてくれる。だから、私やってみるわ」


 二人のやりとりが聞こえたのだろう。視線を向けた先に、月の女神が静かな瞳で彼女を見つめかえしている。あの日、リルディカの真意を問うた瞳と同じ色で。


「青の王子と月の女神は、私の命と私の一番大事な人を取り戻してくれた。新しい居場所をくれた。だから私は、あのひとたちの為に魔導士になった」


 それは本心だけれど、それだけが本音ではなくて。


「レイト。あなたとずっと一緒に居たい。この国で、幸せに暮らしたい。あなたとの平和を守りたい。だから私は、今ここにいるの」


 それが、今のリルディカが目の前の敵に立ち向かうための想い。

 彼女の言葉に、レイトは眩しそうに目を細め、複雑な表情に笑みを浮かべた。溜息ともつかない息に、言葉を混ぜて。


「強くなったな、リルディカ。いや、俺が知らなかっただけか」


 公国にいた時には、彼女を拒み、見ようともしていなかった。それなのに意識して、傷つけずにいられなかった。本当のリルディカは、ずっと見えない傷を広げ続けていたのに。

 今はもう、リルディカは嘘をつかない。心を隠さない。まっすぐにレイトを求めてくれる。

 それが、王子と女神のいる、この国だからこそ叶う望みなら。


「俺も同じ気持ちだよ、リルディカ」


 引き金を引く指は、決して迷わない。



 銀の魔導士は、レイトの魔弾銃の弾丸に魔力を込め、彼に手渡した。本来なら込められた魔法の特性で色を変える弾丸が、大魔導士の特別仕様で青銀に輝き、強い魔力が揺らぐ陽炎のように漏れ出している。


──また、力が上がっている。月の女神に引きずられたか。


 魔導士なら喜ぶべきことだろう。が、人より桁外れのアルティスの魔力を持つシーファには、楽観視できない事柄だ。

 だから。

 シーファは自分の杖を構え──わずかに躊躇った。

 そこらの竜ならば彼の敵ではない。けれど黒竜は月の魔力を歪めて出来上がった魔物だ。普通の魔法は効果はあっても決定的な一撃にはならないだろう。彼の絶大なる魔力の制御装置である杖を手放して戦えば──あるいは通用するかもしれない。

 ただ、シーファの魔力は絶大であるが故に、諸刃の剣だ。魔力が上がっている今は特に、危険の方が大きい。セインティアの象徴であるフォルディアス湖を干上がらせてしまうことも、森を焼き払うことも彼の望みではない。女神の暴走が胸に痛かったのは、弟子と重なるからだけではなく、彼もまた自分さえも制御できない力を恐れているからだ。

 杖を握り、けれどそれを放すことも出来ずにいたシーファの手に、白く小さな手が重なった。その手の持ち主は、大きな瞳でまっすぐに彼を見つめる少女。


「リティア?」

「お師匠様、私が止めますから。あなたがどんな大きな魔法を使っても、ちゃんとセインティア王国を護ってみせますから。あの黒いの、やっつけちゃってください」


 以前にもリティアはシーファの杖制御無しの爆発魔法から、城を守ったことがある。それでもその時は、まだまだ頼りなかった。いつの間にこれほど、しっかりと師を見据えられるようになったのか──。


──そうか。


 シーファの魔力が上がっているならば、リティアも同じだ。本来アルティスの魔力はリティアに継がれたもので、シーファの中にあるのは欠片なのだから。シーファへはそれを、経験とセンスと覚悟で大魔導士と呼ばれるまでに高めたが、リティアもまた、努力と想いで近づきつつある。信じて、と。


「……生意気だ、馬鹿弟子」


 ポツリと呟いて、けれどシーファは嬉しそうに微笑んだ。冷たく見えるブルーサファイヤの瞳に、暖かい光を浮かべる。それに気付いたリティアもまた、深く微笑み返して、師の耳元に彼にだけ聴こえるように囁いた。


「キスして、シーファ。私の秘石を出してください」

「……自分で出せるのではないのか?」


 大胆な台詞を、けれど赤く染まる頬は隠せずに言う彼女が愛おしくて。彼はつい弟子をからかうような口調になってしまう。

リティアはそんな師の真意に気付いているのか、軽く睨んだだけで彼の銀色の髪に手を差し込んで、シーファの両頬を包み込んだ。


「言葉よりも、伝わるでしょう?──私の心が」


 唇を重ねれば、虹色の光と共に魔力を凝縮した美しい水晶が彼女の身体から現れる。リティアが愛し愛された相手とのキスで封印が解ける、アルティスの秘石が──


 シーファはその手から白い杖を放した。



「守りの壁よ」


 リティアが結界呪文を唱えた。リベルザがディアナを閉じ込める為に使ったそれを、今度は森の外が竜の攻撃と魔導士達の魔法の干渉を受けぬようにという防御のために。

 戦闘態勢に入った皆の前で、黒竜が大きな翼を広げる。くわっと開けた口に並ぶ牙は、大岩をも噛み砕きそうな鋭さだ。


──ガアアアッ!


 黒竜の咆哮と共にその口から黒い炎が吹き出された。ディアナとセイは俊敏な動きでそれを避け、シーファが片手を振り光の盾で防ぐ。竜は首を振って女神を追った。


「ディアナ!」


 アレイルが鋭く呼び、風の魔法を纏わせた身体で女神へと飛ぶ。ディアナは頷いて手を伸ばし、ハーフエルフは彼女の背中を抱えて中空へ昇った。風竜を相手にした時に、上からの攻撃が一番効くと実証済みだ。魔物の頭上まで飛ぼうとして、気付いた黒竜が彼らへと黒い炎を吐く。


──ゴオォォッ!


「──ッ!」

「ディアナ!」


 アレイルは彼女を抱えたままそれを避けるが、空気が灼ける音と肌を炙る熱にがくんと身体が揺れた。

その隙を逃さず黒竜はなおも彼らを灼こうとして──その横腹をセイとアランが剣で切り裂く。


『──ガアッ!』


 竜はたまらずに痛みに身を捩り、アレイルとディアナを灼こうとしていた炎は逸れて、しかしハーフエルフの肩をわずかに擦った。


「クッ」

「アレイル!」


 ディアナが目を見開いて彼を見つめる。けれど彼は女神を離さない。


「アレイル、私を降ろして。あなたリベルザに受けた傷もまだ──」

「大丈夫だ。君の魔力が俺の回復を早めてる。それに……」


 金色の瞳を揺らして、アレイルはディアナを見た。彼の硬い表情に、女神は戸惑う。


「俺は君の護衛魔導士なのに、ずっと君を護りきれずにいる」


 更に高く飛び上がって竜の攻撃を躱そうとしながら、彼は言葉を継いだ。

 地上ではシーファが杖の無い両手を黒竜へかざし、いつもなら発動呪文すら省略するくせに、長い呪文を唱えている。セイがフォルレインを振り、その剣から氷槍が放たれ、魔物へと突き刺さった。それでも竜は黒い炎を吐き続けている。レイトが魔弾銃で続けざまに魔弾を撃ち込み、王子達を抉ろうとした黒竜の爪を砕き落とした。


「──私も、ずっとあなたを護りきれずにいたわ」


 攻撃のチャンスを見極めようと、ディアナは竜の頭を見つめながら口を開く。

 ずっと気にかかっていたことがある。

 手を差し伸べておきながら、彼女はアレイルの想いに応えられない。皇帝に捨てられ、兄と別離しなければならなかった彼に、なんとか生きて欲しかった。ただそれだけの想いで、ディアナはアレイルを繋ぎ止めたのだ。


「あなたは私の魔導士になってくれたけど、いつもどこか寂しそうだった。リエイルにあなたを頼まれたのに、私は自分のことで精一杯で……」

「それは違う」


 呟く彼女を遮るように、アレイルははっきりと告げた。

──ディアナを愛したことに後悔など無い。同じ気持ちを返してもらえずとも、彼女はアレイルの想いを、誠実に受け入れてくれた。


「ディアナのおかげで俺は今生きている。そりゃ最初は疎外感もあったけど、今はここが俺の場所だってちゃんと言える。だから」


 剣を握る彼女の手に触れた。飛翔の魔法を注ぎ込む。


「──幸せになってくれ、ディアナ。明日、ラセイン王子との結婚式で、一番の君の笑顔が見たい。今はそれが、俺の戦う理由なんだ」


 朱金の髪の隙間からのぞく、金色の光が。どこか寂しそうに、けれど愛おしげに細められた。


「──行け、月の女神」


 アレイルの手がディアナの身体をそっと押し──女神は竜の頭上へとまっすぐに落ちていく。ディアナは剣を構え──落下の勢いのままその頭を刺し貫こうとして──黒竜が真上を向いた。女神を赤い瞳に映して、大きく黒竜が口を開く。その喉からせり上がる紅蓮の炎に、ディアナは息が止まった。

 この体勢からでは、もう避けることは出来ない。けれども、不思議と恐怖は無い。手を放された時に、アレイルが防御魔法を掛けてくれている。彼女の月の女神の魔力も、無意識ではあるが彼女自身を護るだろう。なにより──


「ディアナ」


 堕ちる彼女に寄り添うように、傍に現れた気配と、その迷いのない声が。

 セイが彼女を抱き締めるように背後から両手を彼女の手に添えた。ディアナの持つ剣がフォルレインに変わる。同時にディアナにかかる魔法が力を増すのと、黒竜の口から吹き上げられた炎が二人を包むのは同時だった。


──ゴオォォッ!!


 身体を焦がし尽くそうとする魔物の炎は、けれどディアナにもセイにも傷一つ付けること無く。二人は共に落下した勢いのままに、剣を黒竜の眉間へと突き立てた──


『ギャアァァッ!』


 魔物の咆哮が空気を震わせる。その隙を逃さず、シーファの魔法が発動し、黒竜の身体の周りを取り囲むようにいくつも光球が現れ、派手な音を立てながら爆ぜた。黒く艶のある鱗がひび割れ、そこにレイトの魔弾が撃ち込まれる。


──ダンッ!ダンッ!ダンッ!


 竜に命中した魔弾はシーファの魔法と連鎖する爆発弾だ。レイトとシーファに立て続けに攻撃され、硬い鱗が弾け飛び、魔物は苦痛と怒りを混ぜた瞳を彼らに向けた。


「お前の相手はこっちよ」


 黒竜が彼らに向かって火を吹く前に、月の女神がそう言って。セイが突き立てた剣へ力を込め、その切っ先を更に黒竜の身体に埋める。竜は苦痛に頭を振って、二人を振り落とそうとしたが──


「私に従いなさい、白い月の魔力で生まれし黒き竜」


 リルディカの声は囁くようなそれだというのに、何故かその場に響き渡った。薄紫の髪が輝き、幼い少女の目くらましは解け、本来の彼女の姿に戻っており、その周りに精霊が集まっている。


「お前の本体の意志は、女神が愛した地を害することではないの。ましてや彼女自身を害するものでもない」


 精霊そのもののように儚げで、けれど強い意志を秘めた瞳で。リルディカは黒竜に呼び掛ける。


「止まりなさい!」


 竜は首を振るのを止めて巫女の言葉を聞いていたが、瞳にじわりと赤い光を取り戻すと、大気を震わせるほどの声で吠えた。


『ガアァァッ!!』


 巫女が黒竜を止めていた間に体勢を立て直したセイが、ディアナと向かい合う。先程と同じように、剣の柄を握る彼女の手の上から、彼は自分のそれを重ねた。


「ディアナ、とどめを」

「ええ」


 彼女を見つめるセイの瞳に、しっかりと頷いて。手に感じる彼の温もりが、大丈夫だと彼女を奮い立たせる。身の内から沸き起こる月の女神の魔力を、暴走を怖れずに解放した。フォルレインが強く輝く。

 セイが一緒に戦ってくれる。負けるわけがない。二人は手を重ねて、柄を握る指に力を込めた。共に口を開く。


「「フォルレイン──」」


 青の王子と月の女神の呼び掛けに。退魔の剣は赤く輝くその刀身に、稲妻を纏わり付かせて。突き刺した剣から、一気に雷の刃で黒竜の脳天から脚の先までを貫いた。


──ドオォォォンッ!


 神の裁きのように。それは魔物を貫き──黒竜の身体は弾け飛ぶ。


「やった……」


 皆の戦いを見守っていたイールだったが、「だめ!」というリティアの鋭い叫び声にハッと彼女の視線を追った。バラバラになった黒竜の身体が──そのひとつひとつの欠片が、黒い魔鳥へと変化していく。翼を広げた姿は、リティアと変わらないくらい大きい。無数の黒鳥がセインティアの空に舞い上がる。

 リティアが張っていた結界が、かろうじてそれを森の外に出すことを阻んだものの、その膨大な数に魔力を込めて体当たりされ、光る魔法の壁にヒビが入り始めた。それを見て彼女は魔法を重ねて掛けていくが、黒鳥はこちらへも狙いを定めて滑空してくる。


「危ない、リティア!」


 イールの叫びに彼女は咄嗟に、そちらへ炎の矢を撃ち込み、しかし意識の逸れた結界に大きなヒビが入った。少女が息を呑む。黒鳥を攻撃しながらでは結界の再構築ができない。彼女の焦りに、イールは結界が破れようとしているのに気づく。


「どうしよう、このままじゃ魔物が国中に」

「──それはよろしくないですわね」


 イールの呟きに──応えた声があった。

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