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暁の巫女 -月の女神2-  作者: 実月アヤ
第四章 近衛騎士の反乱
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真相

 セインティア王国王女、ライアフィリナ姫はまだ少女の頃に、ドフェーロ皇帝ベルガに嫁いだ。ベルフェリウス公爵──当時はガルディオ・ディルレイズというドフェーロの下級貴族でしかなく、皇妃の護衛の一人として取り立てられたばかりだった。実家は栄誉ある役職に就けたことを単純に喜んでいたが、ガルディオは異国から来た美しい姫君にあっという間に心奪われた。彼女に仕えることが彼の喜びとなったのだ。

 ライアフィリナ姫は力の強い魔導師であり、幼いながらも輝くような美貌で、皆が初めは喜んで彼女を受け入れた。

しかし不運なことに──彼女はとても聡明過ぎた。


 会議に出席し、不正や汚職を糾弾するようになると、甘い蜜を吸おうとしていた高官たちから煙たがられるようになった。夫であるベルガ皇帝の行き過ぎた武力行使を諌めることも多く、やがて口論が耐えなくなったのだ。

 数年経ってライアフィリナ妃が後継者であるゲオルグを生むと、皇帝は務めは果たしたと言わんばかりに愛人の元を渡り歩くようになった。それだけではない。当てつけのように彼女の忠告も聞かず強硬な政治をも続け、やがて民の不満は爆発する。


 そして──ベルガ皇帝と高官達はこぞって彼女に罪をなすりつけ、孤立させたのだ。ライアフィリナ妃は息子とも引き離され、会うことすらままならなくなった。


「ガルディオ。わたくしは何を間違えたのでしょう。陛下の為、民の為に尽くしてきたというのに」


 蜂蜜色の髪を揺らして振り返る彼女は、やつれてもなお夢のように美しく。絶望に染まってもその顔は、毅然と前を見据えていた。


「わたくしは皇帝陛下の妻。陛下に必要とされていないとしても」


 病んでなどいなかった。その時点では。言いようの無い孤独に苛まれていても、彼女は誇り高き皇妃だったのだ。様子が変わったのは、珍しくも夫が彼女を尋ねて来た日からだ。


「珍しい酒を持って来た。そなたと呑もうと思ってな」


 ベルガ皇帝に勧められた杯を断れるはずもなく、彼女は飲み干した──毒入りの酒を。

 魔導師である彼女は、幸いにも即死には至らなかったが、ベルガ皇帝は何度も同じことを繰り返して。ガルディオはそれを傍で見ていながら、何も出来なかった。そして皇妃の精神は徐々に蝕まれていく。


「ガルディオ、帰りたい。セインティアへ。わたくしの故郷へ。おにいさま、どうしてわたくしをドフェーロに与えたの」


 幼子のように泣いて、ガルディオに訴える彼女に胸を痛め、何度抱き締めようと思ったことか。セインティアへ帰してやりたいと願ったことか。


──しかしそんなときに突然、ガルディオは皇帝からフレイム・フレイア王国への留学を命じられた。

 異を唱える間もないまま大陸を渡り、尋ねた異国でベルフェリウス公爵令嬢に見初められ、断れない縁談を持ちかけられた。そして皇国へ戻れないまま結婚し、ライアフィリナ妃が帰らぬ人となったことを人づてに聞いたのだ。

 今思えば、彼の留学も令嬢に引き合わされたのも、ベルガ皇帝の策略だったに違いない。それほどまでして、目障りになった妃を孤独に死なせたかったのだ。

 ガルディオは皇帝を憎んだ。けれど皇帝は自分の息子であるゲオルグに殺され、皇帝位を簒奪された。憎しみが行き場を失ったとき、セインティアの王子がゲオルグと敵対し、死に追いやったと知ったのだ。



「ラセイン王子、あなたを殺してやろうと思いました。ライアフィリナ様を皇国に売った、セインティア王の息子。そんな者がライアフィリナ様の息子を死に追いやったなどと。許せなかったのだ。あなたの大事な側近を奪い、婚約者たる月の女神を奪い、あなたを苦しめて殺す。そしてセインティアを混乱に陥れ、王に知らしめてやるつもりだった。妹を見捨てた罪を」


 ベルフェリウス公爵は懐中時計をパチンと閉じ、口元を歪める。

 ラセイン王子の最強の護り手であるアランが他ならぬ王子によって討たれたこと、月の女神がこの場に居ないことが、公爵の口を軽くしていた。


「しかしあなたは良く似ている──まだ正気であった頃のライアフィリナ様に。息子であるゲオルグ様よりよほど」


 彼の言葉に、セイは皮肉気に笑う。


「あなたも、ゲオルグよりよほど皇妃を想っていたようですね。だとしてもあなたのしたことへの免罪符にはならない。あなたは僕の婚約者と姉を苦しませ、僕のものを勝手に持ち出した。あなたの息子は僕の大事な女神にちょっかいをかけた。どれも許しがたい」


 ちらりと氷の視線を向けられて、レイジールは背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。父から受けた命令は『女神を手に入れろ』というものだったが、途中からは完全に本気だったのだ。けれど、王子の殺気を向けられて、所詮は叶わぬ夢だったと知る。


「僕は何も失わない。あなた方が何をしようと」


 セイは悠然と微笑んで──足元のアランを爪先で蹴った。……思い切り。


「そろそろ起きろ、うつけ者め」

「「何!?」」


 ぎょっとするレイジールとベルフェリウス公爵の前で、レイトの銃弾で死んだはずのアランがガバッと起き上がる。彼はそのまま主に向かって勢いよく叫んだ。


「痛ってぇぇ!!なんスか、酷くないですか、起こし方!!もっとあるでしょ、優しくチューとか!」

「馬鹿を言うな、気持ち悪い」

「俺だってあなたにしてもらおうとは思ってませんよ!ここは姫君でしょうよ、俺の金の薔薇でしょうよ!!」


 目の前で繰り広げられる会話に、レイトは呆れ顔で煙草に火をつけてふーっと煙を吐く。


「……ホントに殺しとけば良かった」

「レイト、駄目よ。私だって我慢したのに」


 リルディカが横目で睨みつけて彼を諌めた。状況を把握できずに、レイジールは茫然と呟く。


「……な、なんで生きてるんだ」


 アランは、驚く彼らを見てニヤリと笑った。


「どーもー。皆のおにーさん、復活でっす」


**


 アランがセイを襲った後、ディアナは突然に笑い出した彼へ事情説明を求めた。王子は誰にも話が漏れぬように念入りに結界を張ってから──彼女とイールに驚くべき事実を打ち明けたのだ。


「実は、こんな事態になることを半ば予想していたんです」


 セイはディアナをソファに座らせて、自分もその隣に座った。イールはバサリとソファの背に舞い降りて、彼へとくちばしを向ける。


「やっぱりね。怪しい奴らをのんびり放置してたのは、わざと泳がせてたってわけ。キラキラ腹黒王子とヘラヘラ飼育係は何を企んでるのさ」


 イールの毒舌にもセイは苦笑して、説明を続けた。


「脅迫にしろ、魔法にしろ、味方が敵に操られる可能性は充分にあった。対象は僕に近しいものならより効果的。あなたとイールは月の魔法に、姉上と僕自身は王家の魔法に護られている。ならば城の奥深くまで入り込めて、かつ僕を殺せるのはひと握り──いや、アランだけといってもいい」


 だからアランには殊更に注意させていた。セイはそう言ってフォルレインを見る。退魔の剣は同調するようにカタカタと震えた。


『まあ、付け入られる隙など、本来はないに越したことは無いがな。近衛騎士はいささか無茶をしたのだろう。あいつはラセインに対して、少々格好つけたがるきらいがある』


 精霊の言葉に、ディアナは苦笑しながら、何とも言えずにセイを見つめる。セイもまた複雑そうに笑ってから言葉を継いだ。


「セインティアの騎士に暗示は効きにくい。更にアランは魔法が効きにくい体質だ。彼が本当に操られているのか、それとも操られたフリをしているのか、それを確かめる必要があった。それによって敵の実力はどの程度なのか知れるし、敵の目的もはっきりする。だから敵にそうと知られないように、僕とアランはお互いにだけ分かるサインを決めていたんです」

「……そう、なの?」


 ディアナは呆気にとられて聞き返す。

 さすがは魔法大国の敏腕王子だ。あらゆる事態に備えて想定していたのだろう。その用意周到さにディアナは舌を巻く。


「どうやって?なんかそれっぽいことしてた?」


 実はあの時ディアナと供に駆けつけたイールも彼らの会話を聞いていた。けれどそんなそぶりはどこにも──。


「アランはメッセージを伝える時には僕のことを『ラセイン王子』と呼び、真実を伝える時には『我が君』と呼びました。覚えていますか?」

「──あ」


『俺が護れるのは一人だけだ。あなたの傍に居たら、いつか俺は彼女を見殺しにする。もっと早くに気付くべきだった。俺はあなたが邪魔なんだ、ラセイン王子』

「敵はそう言って、アランを支配しようとした。彼に脅迫が通じるとも思えないから、おそらくは魔法で」

『──死にたくなければ剣を抜いて下さい、我が君』

「手加減は出来ない。だから剣を抜いて身を守れと。きっと敵の監視がついていたのでしょう。そして──」


 セイは言葉を切って、ディアナを見つめた。


「最後の言葉は、実は離別の言葉なんかじゃないんです」

『ラセイン王子、あなたが王になるときには、傍に居たかった。ディアナ様のことも妹のように思っていた。けれど同じくらい、憎しみが抑えられない。黒い炎のように俺を焼きつくして、いずれあなたを破滅させるだろう。もう昔のような幸せな日々は失われたんですよ。俺は俺の意志で、あなたに剣を向ける。永久に眠るまで』


「キーワードは、王、妹、憎しみ、黒い炎、失われた幸せな日々」


 セイはひとつひとつ指を折り曲げて挙げていく。イールはハッと顔を上げて飛び上がると、本棚から一冊の本を取り出してディアナの膝に落とした。


「ディアナ、キミこれ読んだよね」


 彼の言葉に、ディアナもハッと気付いて本を開く。最近の世界情勢についての本だ。ドフェーロ皇帝について調べていた時に散々読んだそれ。そこに載っていたのは、黒い狼が炎を纏った紋章──ドフェーロ皇国の印。


「アランさんが言った黒い炎っていうのは、ドフェーロの皇族を現しているのね」


 ディアナの答えにセイは頷いて、トン、とページへ指を落とす。それは前皇帝ベルガと皇妃ライアフィリナの肖像が描かれていた。


「ドフェーロ皇国に関係する『王の妹』となればセインティア王の妹、ライアフィリナ妃のこと。ベルフェリウス公爵がドフェーロにまだ居た頃の時期とも合いますし、『セインティア王の一目惚れ』の犠牲になった彼女の失われた幸せを哀れに思って、セインティアを憎んでいるというなら、必ず王か僕を殺すだろうと思ったのです。父上が視察で不在の今、セインティア王国にダメージを与えるなら、次代の王たる僕を害するのが一番だ」

「でもさ、ヘラヘラが本当に操られていて、サイン自体が嘘である可能性もあるんじゃないの?キミを利用しているだけかも」


 イールの言葉に、セイはニヤリと笑った。


「本当に操られているのなら、手加減などしないでしょう」

「手加減?」


 どこが?どこからどう見ても本気の殺し合いだった。

 キョトンとするイールに、今度はディアナが頬を緩める。


「イール、アランさんは本気で剣を使う時は左手なのよ。もともと左利きなの」


 あの時──アランは確かに、右手に剣を持ち揮っていたのだ。家族同然に親しくしていて、かつ剣士である彼らだからこそ知っている、これ以上ない事実。ぽかんと口を開けるイールに、セイはさらに笑みを深めた。


「さらにね、アランが言ったでしょう。『俺は俺の意志で、あなたに剣を向ける。永久に眠るまで』って。だから──」



 そこまで語って、セイは茫然と佇むフレイム・フレイアの者達へにこりと微笑んだ。美しく──氷のような冷たい微笑で。


「彼に使ったのは睡眠弾です。レイトに命じて、わずかな時間だけ完全に意識を奪う魔法をアランに撃ったんです。アランが死んだと思い込んだあなた方は、口がゆるんで何もかも自白してくださったでしょう?」


『永久に眠るまで』剣を向ける、と言う言葉は裏を返せば、『眠らせろ』というアラン自身からの指示だったのだ。セイの視線を受けて、レイトは煙草の煙を吐き出し、魔弾銃を手の中でくるりと回転させた。


「さすが、シーファの魔弾は性能がいい。文字通り死んだように眠ってくれたからな」


 銀の魔導士のような大物に出て来られては却って敵が警戒する。加えてシーファはリティアを護る為にフレイム・フレイア勢の前には姿を現さない。殺傷能力のない幻影の弾に込めた特殊な睡眠弾を作ってくれただけでも、大きな譲歩なのだろう。「なんで私があの馬鹿者のために。費用はアランに請求するからな」ときっちり文句を言いながらではあったが。

 そして俯いて顔を隠したリルディカは、泣いているように見せかけて、こっそりと覚醒の魔法を唱えていたのだ。幼い少女の姿をした魔導士に注意を向ける者はなく、彼女は公爵達に知られずに詠唱を完了させた。


「いやー、彼らの動機と目的を探るためとはいえ、ラセイン様に剣を向けるのは結構ヒヤヒヤもんでした。フォルレインに黒こげにされなくてよかったー」


 アランが能天気に言うと、リルディカとレイトが横目で睨む。


「……セアラ姫はすっごく怒ると思うわ。彼女に黒こげにされないようお気をつけて」

「皆に心配かけておいて、けろっと帰ってくるんだもんな。俺も幻影の弾じゃなくて実弾に睡眠魔法入れたかった」


 彼らは不穏な目をしてアランに呟き、近衛騎士は引きつった笑みを浮かべた。


「レイト君、それおにーさんマジで死んじゃう。睡眠どころか永眠しちゃう。リルディカさん、あのね、俺も独断がやや多めに混じっているとはいえ、一応王子の命令でやったことっすよ」


 思わず嫌な汗をかきつつ反論するアランに、二人は声を揃える。


「「それでもムカつく」」

「……息ぴったりだね、お二人さん」

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