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暁の巫女 -月の女神2-  作者: 実月アヤ
第三章 失われた女神
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女神の奪還

 そして──流れる風の変わった気配に、皇帝がふっと顔を上げる。



「──僕の女神を返してもらおう」



 凛と響いた声が、皇帝の耳に届いた。崩れかけた広間の玉座についたまま、彼はニヤリと笑みを浮かべる。

 広間の入り口から現れた王子は、絶望に染まった顔ではない。まっすぐに皇帝を睨みつけ、怒りに燃える瞳は恐ろしいほどに美しい。今はもう魔法の力は無いと言うのに、フォルレインと融合したときの威圧感を思い出して、リエイルは圧倒される。


「……もう露見してしまったか。リエイル、余計なお喋りをしたのではあるまいな」


 自分の企みが知れていると気付き、皇帝はちらりと配下を見下ろした。リエイルは短く「いいえ」と呟いたきり──王子と共に居る弟を見つめて。

 現れた者の中に銀の魔導士の弟子と巫女は居ない。眠るディアナの身体を守っているのだ。


「キラッキラ魔導士?弟子の方についてなくていいの?」


 翼を広げたイールが小声で問うが、シーファは不敵に笑う。


「私の弟子だ、心配ない」


 それに──彼はちらりと親友を見やった。今はラセイン王子の方が放っておけない、と思うのはきっと間違いではない。杖を構えて、広間の中に居る兵士達に向ける。


「我が君、怪我なさらないで下さいね。俺がディアナさんに怒られちゃいますから」


 わざと軽口に紛らわせて、アランが主に囁く。それに二重の意味を込められているのを感じ取って、セイは頷いた。

 王子の身を案じての臣下の言葉と。ディアナを無事に生き返らせて、もう一度会うことを信じていると。


「お前もだ、アラン。もしまたディアナに抱きつかせるような真似をしたら、蹴るからな」

「あっ、思いっきり根に持ってるじゃないっすか!」


 冗談が言えるほど主が冷静になったかと、近衛騎士は安堵に密かに息を吐く。けれど張りつめた王子の表情に、剣を抜いた。レイトと視線を交わして、援護に務めるべく構える。

 そしてアクアマリンの瞳の王子は、フォルレインを握り、床を蹴った。


「ディアナを返せ、皇帝──」


 迫る王子の気迫に、皇帝は自らも剣を取り、玉座から立ち上がった。叩き付けられる剣の衝撃を正面から受ける。


“ガキィィン──”


 派手な音と共に散る火花と、その間から合わせた視線の激しさ。

 青の王子に負わせた傷は、魔導士によって治癒されても、大量に失った血がすぐに戻るわけではない。しかも精神的に受けた打撃と、なによりも退魔の剣の魔力を失って、王子の力は大幅に削いだはずだ。だというのに、この力は。

 皇帝は口元を歪めて笑う。


「なるほど、そなたの力をみくびっていたな」


 付加のない純粋なラセイン王子の技量も、その精神力も。これほどに強いとは思っていなかった。けれど──決定的に彼が失っているものがある。


「どうした、随分熱くなっているようだが。そなたの剣は冷静さを活かした先読みだろう。そんなことでは私を殺せぬぞ」


 ますます王子を嘲笑う皇帝に、セイはギリ、と歯を食いしばる。自分でも分かっている。冷静さを失ってはこの男に勝てない。けれど王子は青く燃える氷の瞳を合わせて、言い放った。


「──お前は僕の手で殺してやる。ディアナを冒涜したお前を許さない」


 そのひとかけらでも。他の誰かと替えれば良いなどと、よくも。


「ディアナの全ては彼女のもので、僕のものだ。お前に女神の魂を奪うことなど許さない」


 ディアナ。

 紫水晶の瞳の、可憐で神秘的な少女。優しくて強くて、脆い。甘えるのが苦手で、他人から信頼を寄せられたら絶対に裏切らない。誰よりも愛おしくて、誰よりも大切で。


「ディアナは僕のすべてなんだ」


 思い切り力を込めて、打ち払った皇帝の剣。

 セイの不意を突くように皇帝の回し蹴りが放たれるが、王子は反対に彼の脚を自分の脚で蹴り折ろうとする。それをわずかの差で避けられ、剣を振るうと見せかけて、皇帝の腹に柄ごとその拳を入れた。


「──っ」


 甲冑に包まれている筈の身体に衝撃を受け、皇帝は眉を上げて──嘲う。




「ちょっと!ウチの王子様にあんなゴロツキみたいな戦い方教えたの、そこの陰険魔導士!?」


 アランが兵士をなぎ倒しながら言う。その背で火球を放った魔導士は、けろりと言い放った。


「喧嘩の仕方なら腐るほど教えたな。たまには役に立つだろう」

「お~ま~え~は~」

「言っておくが卑怯臭い罠とかはお前に教わったんだがな、実践で」

「何それ知らな~い。俺ってば品行方正な第一近衛騎士団第三部隊長だし」


 軽口を叩きながらも、二人はそれぞれの目の前の敵を倒す。二人の間にゴーグルをつけたレイトが割って入った。呆れたように言う。


「無駄口叩いてる場合じゃないだろう、二人とも」


 銃口を向け、彼らに迫っていた兵士を数人吹っ飛ばした。彼の魔弾銃には、シーファ特製の超強力魔法を込めた弾を詰めてある。威力を段違いに上げた魔弾を立て続けに命中させて、レイトは銃口にふわりと舞った魔炎で、咥えた煙草に火をつけた。彼に救われたアランとシーファが声を掛ける。


「悪いな、色男」

「すまないな、幼女趣味」

「おい今さらりとなんつった、大魔導士」


 余裕げに冗談を言い合っているように見えて、実のところアランは主から目を離しては居なかった。

 彼が合図をするとすれば、一瞬だ。決して逃したりはしない。近衛騎士の矜持に掛けて。

──二度と、主を失ったりしない。


 そしてシーファも、いくつも魔法を放ちながら、目を光らせる。

 出来るだけ派手にこちらへ兵士を引きつけて叩く。その為にわざとアランとふざけて兵士を挑発しているのだ。女神の元に残してきた弟子のことは信じている。けれど彼女へ向かう危険を少しでも減らすために。

──好きな女を守りたいのは、信頼とは別の感情だ。


 レイトはゴーグル越しに見える兵士達に、銃口を合わせた。

 煙草の煙を吸い込んで、集中する。狙いを違えることは無い。魔弾銃の扱いならば心得ている。だからこそ、待っている。その時を。

──リルディカを守る。今はそれだけを考えていればいい。それが女神への道になる。



 アレイルはふたたび兄と向かい合う。リエイルが手にしているのは、セインティア王国から盗まれた転換の聖杯だった。兄は赤い瞳を弟に向ける。


「私は皇帝を裏切らない」

「だろうな」


 リエイルの淡々とした言葉に、アレイルが目を細めた。


「けれどアレイル。──あの方の本当の望みが、今はもう分からぬのだ」


 二人の会話を聞いていたイールが、翼をはためかせて近くへと舞い降りる。じっとリエイルと転換の聖杯を見つめて言った。


「……先が分からないものって、怖くない?キミが皇帝に感じているのは忠誠じゃなくて恐怖だ」

「そう、だな」


 リエイルはかすかに嗤って。けれどふっきるように首を振った。弟へと口を開く。


「だとしても、今更道を変えられない。アレイル、転換の聖杯が欲しければ、力づくで奪ってみろ」




 セイはフォルレインを振る。皇帝はそれを避け、王子の剣を打ち返した。魔法剣であったら、稲妻を撃っていた。決して避けられない距離だ。ままならない相棒に、けれど不思議ともう重みは感じなかった。


『たとえ魔力を失っても、フォルレインはあなたをもう主と認めている』


 いつかディアナが言った言葉が耳に蘇る。

 あの時は、本当にフォルレインの声が聴こえなくなるとは思わなかった。今、魔力を失って。王子としての自分さえも見失いそうになって。

 けれど──剣に魔法を纏わなくても、フォルレインの声が聴こえなくても。セイは退魔の剣フォルレインの主で、精霊フォルレインの相棒だ。遠くなった気でいたのは自分だけで、きっと相棒は王子に語りかけている。だからこそ、今戦える。──だってフォルレインに認められないものは、鞘から剣を抜くことすらできないのだから。


 ディアナの言った通りだ。僕は今この瞬間さえも、彼女の言葉に支えられている。そして、彼女に逢えるという唯一の希望に縋り付いている。


「お前にディアナは渡さない、ドフェーロ皇帝」


 王子は金色の髪を揺らし、折れた石柱に脚を掛け壁を蹴って跳ぶ。皇帝が図った間合いを一気に詰めて剣を振り下ろした。光の軌跡にしか見えないあまりにも速いラセイン王子の剣筋に、レイトは目を見張る。皇帝も避けきれずに傷を負い、彼はそれでも愉しげに嗤っていたのだが。

 さすがにセイの剣が皇帝の喉元に突きつけられた瞬間、その目に不穏な色が浮かんだ。


「指輪を、渡せ」


 王子の言葉に、彼の唇が歪んだ。


「生意気だな、従兄弟殿」


 皇帝が片手を振り上げると、広間の四方八方から、一斉に金属音が響いた。レイトがハッと顔を上げる。これは魔弾銃の安全装置を外す音だ。見れば案の定、十数人のドフェーロの兵士達が彼らに向かって魔弾銃を構えていた。完全に囲まれている。


「剣を下ろせ、青の王子」


 皇帝は自らの優勢を確信して言い放った。レイトに見せつけた魔弾銃を王子に撃ち込む瞬間を思って、笑みを浮かべながら。

 イールは天井近くまで舞い上がり、アランとシーファ、アレイルは動きを止め、周りを警戒する。少しでも下手に動けば、銃口が火を噴くのは間違いないだろう。

 自分さえも射程圏内に入っていることに気づき、リエイルは諦めたように手のひらに浮かべていた火球を掻き消す。

 セイは皇帝に剣を宛てがったまま、ちらりと横目で兵士達を確認した。しかし彼もまた動じない。その様子に皇帝が眉を上げた。


「……離れろ、青の王子」


 セイはアクアマリンの瞳にふ、と皮肉げな笑みを滲ませる。


「──なぜ?」


──その表情を見て、初めて皇帝の笑みが止まった。

 青の王子は視線だけを周りに向けて、悠然と微笑む。


「僕にとっては、魔弾銃は脅威ではない。それは、キャロッド公国から奪った設計図で作った、模造品だろう?──オリジナルと全く同じに作った」


 その通り、外観も性能も全て本物と同じだ。この距離で撃たれれば、魔法の追加効果が無くても全員を蜂の巣にする威力の。いくら銀の大魔導士が居ても、全てを完全に防ぐことなど出来ないはずだ。

 けれど数十の銃口を向けられても、セイは皇帝から剣を引かない。その表情でさえ焦りの一つも浮かべないどころか、笑みを浮かべるなど、皇帝には予想外のことだった。王子の優美な口元が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「オリジナルと完全に同じ、ということは──弱点も同じ、だ」


 王子の言葉に思わずレイトを見るが、煙草の紫煙が揺らめいて彼の表情を覆い、皇帝には彼の言葉を待つしかなく。その視線の先で、レイトははっきりと──笑みを浮かべた。


「──魔弾銃には、こういう望まない技術流出時の為に、自爆コードが設定されてるんだよ。軍事大国の皇帝陛下」


 皇帝が彼らの思惑に気付き、ハッと目を走らせる。


「ッ、撃て──」



「コードゼロ起動──


“暁の裁きを”」

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