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暁の巫女 -月の女神2-  作者: 実月アヤ
第二章 暁の巫女
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プロローグ

 リルディカとレイトがセインティア王国に来てから、一ヶ月が経った。

 ディアナの義父ディオリオ・アルレイ伯爵が便宜を図り、彼らは王都の騎士団宿舎にほど近い小さな家を与えられ、そこで二人きりで暮らしている。

 セイは城から侍女を与える事を提案したが、リルディカはそこまで厚意に甘えるわけにはいかないとそれを断った。元王女で巫女姫、そして今は幼い少女である彼女が家事をこなせるようにはしばらくかかったが、ディアナがイールとアレイルと共に彼女の元へ通って教えると、みるみるうちに上達し、今は大抵の事はひとりでもできる。


 レイトは警備兵の仕事をしていたが、騎士団の広報担当者に目を付けられて、内勤の仕事を手伝う事になった。が、その経緯がとんでもなかった。

 たまたま仕事の合間にアランに声をかけられて、話をしていたレイトのところに通りかかった広報担当のリエッタは、見かけないタイプのイケメンに目の色を変えて捕獲に走り、


「あなた!うちの広報班の広告塔になってよ!ラセイン王子もアラン隊長も婚約しちゃって、世の淑女の皆さんのテンションダダ下がり!うちへの寄付も下降一直線なのよ!このエロ甘い顔を利用しない手はないわ!せいぜい媚を売って我が騎士団に金を落とせ、色男!!」


と建前もかなぐり捨てたド本音で叫んだのだ。アランは彼女の勢いに、


「あはは、熱烈だね~レイト、任せた」


と完全に丸投げし、事情を聞いたセイは考え込んで。


「……そうですねえ。いいかもしれませんね、確かにうちには居ないタイプかも」


と、事実上の許可を与えてしまった。

 セインティア王国は王家を筆頭に、整った顔立ちの者が多く、騎士団──特に近衛騎士団は見目麗しいのも重要な素質だ。それを見慣れているリエッタが目を付けたのだから、間違いはないだろう。


「警備兵の仕事は勤務時間も不規則だし、危険度も高いでしょう。家で待たせているリルディカ嬢の為にも、内勤の方が良いのでは?」


 にこりと微笑んで、もっともらしい事を述べる美貌の王子に、レイトは舌打ちしそうになって抑える。このお綺麗な王子様が、実は溺愛する婚約者以外の事では少々腹黒いのは分かっているが、一応は恩人だ。しかし、自ら見世物になるのは気が進まない。迷うレイトに、セイはにこりと微笑んで何気なく言った。


「騎士団のほうが、給料も格段に良いですよ」

「やります」


 やはり王子は一枚上手だった。

……仕方ない、居候は立場が弱いのだから。



 異動の話をすると、リルディカは複雑そうな顔でそう、と言って彼へお茶を淹れる。

 一緒に住むようになって、彼らの会話は増えて来た。昔のように遠慮のない関係には戻れずに、未だぎこちないこともあるが──それでも二人で居る事が自然にはなって来た。

 近所の住人には、外国から移住してきたアルレイ伯爵の遠い親戚ということになっていて、もしかしたら二人は兄妹だと思われているのかもしれない。特に詮索される事も無く、受け入れられた──ある程度の年齢の住人には。

 やはりと言って良いか、若い娘にはレイトの甘い顔立ちや外国風の着崩し方などはこの上なく魅力的に映ったようで、やたら赤い顔で迫られたり、リルディカへ姉のように接して来たりと分かりやすいアプローチを受ける。彼は護身用にと魔弾銃の携帯は許可されてはいるが、日常的に必要ではなくなったサングラスも、


「ミステリアスに見えて魅力が増すよね!眼鏡男子萌え!!」


と親指をグッと立てて言い切ったリエッタにつけさせられているままで、それもまたもの珍しいのだろう。レイトが誘いに乗る事はないが、他国で王族に便宜を図ってもらっている立場上、あまり悪目立ちもしたく無い。近づく女達をやんわりと断ってきたが、当然、そんな事で恋の病に目がくらんだ乙女達は引き下がらなかった。


「きっとまた人気が出るわね」


 リルディカは彼へと笑いかけて、食事の終わった食器を片付け始めた。寂しそうな表情は、きっと気のせいではない。けれど、彼女は何も言わなかった。──レイトに、そんな仕事をするなとも、他の女に笑いかけるなとも。

 どうやらリルディカは、自分にはそんな主張をする権利はないと思っている。確かに今の彼女とレイトは、恋人同士ではないのだから、嫉妬されてもどうしようもないが、最初から諦めの目を向けられるのも心外だった。


 お前は俺のことが好きなんじゃないのか、と。時折、そんな自分勝手で最低な問いを投げつけそうになる。



「といってもさ、リルディカさんの前で散々当てつけに女遊びをしてきたんでしょうが。しかも、色っぽいおねーさんばっかり。そりゃもうアウトだよねー」


 セインティア王国、フォルディアス城。

 ラセイン王子とアラン、何故か銀の魔導士シーファと、ディアナの相棒イールという面々に囲まれてレイトは何故こうなった、と内心冷や汗をかく。

 休憩中のレイトを王子の執務室に呼びつけたアランは、リルディカちゃんとどうなってるわけ?とあっという間に彼の話を聞きだしたのだが。

 聞き出しておいて、真っ先に近衛騎士は溜息をつく。そのあきれ顔に、レイトは目を細めて聞き返した。


「……アウトって」

「リルディカ嬢は、完全に君のことを“色気のある女が好きな遊び人”と思ってるんじゃない?君自身がそう装ってきたんだから自業自得だけど」


 一つだけ年上でも、“皆のおにーさん”を自称する彼は、さすがによく人を見ている。


「っていうか、ヤキモチ焼かれたいの?」


 イールがセイにお菓子を分けてもらいながら問う。なぜ鳥にそんなことを言わなきゃならないんだ、と思ったが、イールは魔法で出来た鳥で、リルディカの身体の事ではおそらく頼りになる存在だ。これも彼女の魔力について必要な質問かと思って、渋々答える。


「……わからない。今のあいつは子供だぞ。あの姿見て、その……どうこう思えないだろう」

「どうこう?ああ、欲情するかってこと?」


 言いよどんだ彼に、アランがけろりと直訳した。あからさまな言葉に怯むが、どうせ男ばかりなのだ。構わないとレイトは開き直る。


「あんたらならどうだ。恋人が子供に戻ってしまったら」

「ディアナならどんな姿だって僕は愛しますよ」


 聖国の太陽は爽やかな笑顔でさらりと言い、


「セアラ様は小さい頃から超絶美しかったですよ」


 近衛騎士は全く動じない笑顔で言う。


「我ら魔導士に外見など意味はない。その気になれば姿などいくらでも偽れるしな」


 銀の魔導士は最初から障害だとも思っていない。


「あっそ……」


 今のリルディカは到底レイトとは釣り合わない。なにより彼女自身がそう思っている。レイトが溜息をつくと、王子は呆れを含んだ視線を寄越した。


「何も欲だけが愛ではないでしょう。巫女ではなくなって、リルディカ嬢は成長するようになった。今は11歳ほどの外見ですが、貴族なら12、13歳で結婚する者も居るくらいです。あと数年見守っていても良いのでは?」


 セイの言葉は正論だ。だからこそ、それが一番自然なのだとは分かっているが──。


「問題なのは今のレイトがリルディカをどう思うかじゃなくて、リルディカが彼を諦めているってことじゃないの?それにさ」


 イールがそんな風に言いながら、白い翼をバサリとはためかせて、彼を見た。相手は鳥だと言うのに、何故か圧倒されてレイトは言葉に詰まる。


「どんなに子供の姿をしていたって、中身はれっきとした20歳の女性だよ。一番辛いのは、リルディカじゃないかな」


**


 斜めがけのバッグに本を数冊入れて、リルディカは家を出た。

 彼女はセアラ姫とイールの勧めで、王宮の魔法医師に定期的に検診を受けている。最近では検診の後にディアナやリティア、セアラ姫とお茶をしながら話をするのが楽しみだった。


「……あら?」


 今日はリティアの師に借りた魔導書を返そうと、それを持って来たのだが。大した重みではないのに、妙にバランスを崩してよろめいた。


「っ!!」

「あっぶね!」


 転びかけた彼女の腕を掴んで止めたのは、少年だ。リルディカは彼を見て知り合いであることに気づき、息を吐いた。


「ありがとう、ユオ」


 ユオは14歳の少年で、王都でも人気のパン屋の息子だ。リルディカが一人で買い出しに行くと、店から出てきて運ぶのを手伝ってくれる親切な少年──と彼女は思っているが、実はユオが店の手伝いをするのは彼女が来る曜日だけで、特別な親切をするのも彼女にだけなのだ。当然、リルディカは少年のほのかな恋心など、全く気づいていない。


「あぶねーな。お前細っこいんだから、気をつけろよ。あのにーちゃん一緒じゃねぇんだろ?」


 実のところ弟のような歳の少年に、妹分(と彼女は思っている)扱いされるのは妙な気分だが、今の外見なら仕方のないことで。あれやこれやと世話を焼く彼を、ありがたく微笑ましく受け入れていた。


「レイトは仕事よ。私もお城に用事なの」

「じゃ、一緒に行ってやるよ!ちょうど俺、城の厨房に配達するとこでさ、ついでに!」


 つい先ほど母に配達を頼まれたのを、憎まれ口を叩いて断らずに良かった、とユオは内心ガッツポーズだ。二人は連れ立って歩き出す。しばらくはユオの家の新作パンの話や、市場のお買い得情報など、二人は他愛もない話をしていたが、ふとユオがリルディカの揺れる髪を見つめて口を開いた。


「お前の髪、綺麗だな。薄紫色で、まるで──」


 少年が手を伸ばして、それに触れようとした瞬間──


「リルディカ。遅い」


 投げかけられた声に、リルディカはハッと顔を上げた。いつの間にか城の門前まで来ていて、そこにレイトが腕組みをしながら立っている。彼の不機嫌そうな顔に、リルディカは慌てて駆け寄った。


「ごめんなさい、レイト。わざわざ迎えに来てくれたの?」

「アランに様子を見て来いと言われた。──おい、お前はあっち」


 薄紫色の髪に触れることが叶わなかった手を引っ込めて、リルディカの後ろをついてきたユオに、レイトは顎で裏口を示す。確かに厨房にはそちらから出入りするのだが、レイトの横柄な態度に、少年は眉を上げた。険悪になりかけた雰囲気に首を傾げ、リルディカが彼に声を掛ける。


「ありがとう、ユオ」

「何?」


 レイトがそれを聞き咎めた。ユオが口を開く。


「リルディカがまた転びそうになってたから、付いてきただけだよ。アニキなら、あんたが気をつけてやれば」

「俺は兄じゃない」


 かすかな呟きは、少年の耳には届かず、ユオはリルディカに手を振って離れて行った。それを見送って二人で城へと入ると、兵士達がニコニコとリルディカに挨拶をする。


「リルディカちゃん、こんにちは」

「こんにちは」


 レイトはちらりと彼女を見下ろす。

 小さな顔に、薄紫色の髪と睫毛。白く細い腕や足、人形のように愛らしい姿。キャロッド公国では無表情だったその顔も、今は笑顔も増えて、誰の目にも美少女に映るようになった。

 リルディカの正体は城でも一部の人間にしか知らされていない。ディアナやレイトの関係者として良く出入りする彼女は、ちょっとしたマスコットのような扱いだ。


 可愛いとは思う。でもそれは、つい頭を撫でたくなるような可愛さであって。リルディカを膝に乗せていたヴァイスも、実はこんな気分だったのかなどと考えてしまう。

──なのに。ユオのリルディカに向ける好意が、鼻に付くのはどうしてなのか。まさか娘に対する父や、妹に対する兄の様な感情にでもなっているのか。考えかけたらモヤモヤし始めたので、彼は頭を軽くふってそれを追いやった。先程、気になったことを問う。


「……転んだって?」

「大丈夫よ」


 軽く微笑んでみせるリルディカに、レイトは口を開きかけ──


「ああっ、こんな所に居た、レイト!!」


 王城の廊下に響き渡った声に、レイトはしまった、という顔をした。彼がそちらを見る前に、走ってきた女性が、レイトに飛びついて来る。


「うわ、ちょっとリエッタ!何するんですか、アンタは!!」


 ガッチリと背中に抱きついたリエッタに、レイトは慌てて抗議したが、彼女は放さない。リルディカは目を丸くして彼らを見た。


「だって逃げるじゃないの!ほら、いい加減諦めて脱げ!怖いのは最初だけよ、すーぐ良くなるからあ!」

「いかがわしい言い方すんな!」

「大丈夫よ、優しくするから!ホラホラ、そのイイ身体を惜しみなく晒しなさいよ、稼ぎ頭!」

「単なる新しい制服のモデルだろうが!誤解を招く言い方をするな!」


 彼らの声にも、行き交う侍女や兵士も半ば笑いながら見守っていた。それくらい、リエッタとレイトのやり取りはもう日常的なのかとリルディカは気づく。


「ぜーったい逃がさなーい!今日こそ本領発揮してもらうわよぉ、お色気要員!」

「そんなもん、ラセイン王子とアランが居るだろうが!」

「騎士の制服を王子に着せられないでしょーが!!フォルニール隊長は既に侍女を6人失神させて、苦情が出てんのよ!」

「わ、わかった!わかったから離れろっつーの!悪い、リルディカ、一人で行けるな?」


 リルディカが頷いたのを確認して、レイトはしがみついたままのリエッタを引き摺りながら、広報部へと戻っていった。小さな元巫女は嵐のようなそれに、呆然としていたが──しばらくして溜息をつく。

 リエッタに会うのは初めてだが、レイトより一つ二つ年上だと聞いている。いささか予想外の言動をするが、見た目は美人だ。お互いの遠慮の無い態度は、そのまま二人の親しさを示すようで。


──お似合い、だ。

 リルディカは俯いた。もう諦めると決めているのに。痛みは消えそうにない。


『可哀想に』


 立ち尽くす彼女の耳に、精霊の声が届いた。


『失われし恋を持つ巫女。願いを叶えてあげようか?』

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