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第8話 男湯の楽しみ方

※BL的表現が含まれています。

 控えめに表現していますが、苦手な方はご注意ください。


 温泉は素晴らしい。


 温泉でしか味わえない解放感。

 数多の効能を持つ様々な湯が、日々の心と体の疲れを癒し、リフレッシュしてくれる。

 人々は温泉に癒しを求め、英気を養い、人生の汚れを洗い流す。

 日本文化の象徴ともいえる温泉は、日本人には欠かせない。(ルーペス)領にその日本文化を持ち込んでくれた偉大なる魔王に、感謝の念を禁じ得ない。千年くらい前に作られてから、どんどん増築され、ここ狼領は現在魔族領一の温泉地としても有名なのだそうだ。


 異世界に召喚されて三つ目の温泉は、『百湯(ウンダート)』という多種多様な温浴法を楽しめる温泉だ。薬湯、泥風呂、蒸し風呂、サウナ、炭酸風呂、寝湯等、日本でも馴染みのある風呂に加え、魔力風呂、酒風呂、消化風呂等といった聞きなれない風呂等を合わせた全百種の入浴が楽しめる、人気の温泉だそうだ。

 俺が特に気に入ったのは、日本にもある箱風呂(もしくは箱蒸し風呂ともいう)だ。大人一人が入れるくらいの箱の中に座り、首から上だけを箱から出す。箱内は熱めの蒸気で満たされており、肩から下全体を優しく包んでくれる。サウナと違って首から上は熱くない為、呼吸が楽なのもポイントだ。

 ここでは専用のアロマオイルを体中に塗り込んでから入浴するとのことなので試してみたが、これまた地球では嗅いだことのない心落ちつく香りだった。しかもこのオイルが、蒸気で開いた毛穴から余分な皮脂や黒ずみを溶かし出し、汗と一緒に排出してくれるそうで、箱風呂から出たころには透き通った肌の出来上がりだそうだ。どうりで、この世界の人は皆肌が綺麗なワケだ。


 箱風呂には、俺だけの楽しみ方がもう一つある。首から上は苦しくない為、外の景色が見える場所では風景を満喫しながら入浴が楽しめるのだ。ここの箱風呂は、残念ながら外の景色が見えるところにはなかったが、風呂場全体を見渡せる場所にある。

 脱衣所に繋がる入り口がすぐ近くにあり、出入りする人に目を向ける。


 入ってきたのは、赤黒い短髪の若い男だ。切れ長の目が少し怖い印象を与えるが、鼻筋の通った端正な顔立ちをしている。日頃から訓練に励んでいるのだろう、無駄のないバランスの取れた筋肉がそれを物語っている。色黒の肌が、彼の日々鍛え抜かれた筋肉のラインをより際立たせている。できればもう少し胸の厚みが欲しいところだが、訓練だけで鍛えられる筋肉と筋トレで鍛えられる筋肉は違うのだからしょうがない。本来であれば抱かれたい男認定するところだが、ヴォルドのボディービルダー並みの最高の体を間近で見た今となっては及第点くらいだろうか。


(しかしこういう目つきの悪い人が部下にいたら目立つだろうから、上官に目を付けられて大変だろうな。きっと訓練後には一人呼び出されて、上官からの個別指導が待っているんだろう。屈服させたい上官と、黙々と課された無理難題をこなしていく部下。そのうち個別指導がどんどんエスカレートしていって、気づけば逸脱した個別指導へと発展。いつの間にかそこには上官と部下の壁を越えた何かが芽生え、訓練以外でもお互いを求めるように・・・。ムフフフ。たまらん!)


 次に入ってきたのは色白の若い男だ。年頃は十八~二十歳そこそこだろうか。背丈はそれほど大きくなく、どちらかというと小柄な方だろう。正直パッとしない。細身で一見筋肉が無いように思えたが、腹筋は見事に浮き出ている。しかし全体的に華奢な男子に興味はない為、アウトオブ眼中だ。顔はたんぱくな顔立ちで悪くはないから、将来に期待といったところか。

 彼に続いてもう一人入ってきた。歳頃は華奢男子と同じくらいだろうか。しかしこちらは背が高く、肩幅もあって筋肉もある程度ある。この世界にも学校があるなら、学年に一人はいる人気の爽やか男子と言ったところか。体系的に、水泳部に所属していそうな体をしている。こっちはこのままでも十分アリだ。それにしても、仲睦まじい様子で華奢男子と話す爽やか男子。これはまさかッ―――。 


 (学校では男女共に人気の爽やか男子は、水泳部のエース。いろんな女子に告白されるが、部活に集中したいからという理由で断り続ける今時珍しい硬派系。一方、勉強も苦手で人見知りな華奢男子は、友達も少なく地味でパッとせず、同じクラスの爽やか男子とは正反対な学校生活を送っている。そんな二人の共通点は、同じ水泳部に所属しているということだけ。才能は無いが、レギュラーを目指して毎晩遅くまで練習する華奢男子を見かけるうちに、いつの間にか惹かれている自分に気づく爽やか男子。そんなことに気づきもしない華奢男子は、ある日の帰り道、爽やか男子に想いを告げられる。初めは冗談だと思い断る華奢男子だが、その日を境に爽やか男子を意識し始める。そして水泳部の合宿で二人は禁断の関係に―――。アァッ、尊い!良き!ありがちな展開だが、たまらない!)


 妄想が安定の暴走をしてしまったが、やはり温泉は素晴らしい。

 腐の材料に満ち溢れている。

 そして何より、今更ながらこの世界の美形率は異常だ。ライオン顔のレグレスさんは除くとして、今まで会った人は全員一定以上の顔面偏差値をしている。もちろん好みかどうかは別な話だが、この世界の素晴らしい奇跡に感謝しよう。


 そうして俺が妄想の中で何組目かのカップリングを妄想して満喫していると、箱風呂の方へ一人の男が近づいてくる。明らかに他の者とは比べ物にならないほどの隆々と盛り上がった全身の筋肉が、男の存在感を際立たせている。色黒の肌が、太陽の下で宝石のように輝く汗をほとばしらせる姿を彷彿とさせる。


(このスペックで色白なら最高なんだけどなぁ。しかし・・・たまりませんな。)


 「ナルセ様、顔が赤いぞ。のぼせたか?」


 「なんだ、ヴォルドか。」


 色黒マッチョの正体はヴォルドだった。

 さすがに箱風呂といえど、三十分も入っていると熱くなってきた。少し横になろうと、箱風呂を後にして俺たちは寝湯へ移動した。

 ここの寝湯は、床上十センチほどの深さのぬるめのお湯で満たされていて、寝転がりながら入れるお湯だ。風呂に浸かるというより、寝ている感じに近い。他の人の目を気にしなくて済むように、左右には隣との間に仕切りの壁が設置してある。とはいっても、仕切りの下はお湯が流れる隙間が空いていて、隣を覗こうと思えば覗けるくらいの幅はあるのだが。


 それにしても、ヴォルドは本当にいい体をしている。

 地球にいたらフィジーク部門で優勝も狙えるだろう。四十歳とは思えないほどのセクシーさ。これが大人の魅力というやつなのだろうか。


 「ヴォルドってさぁ、本当にいい体してるよね。どうしたらそんな体になるの?」


 壁の隙間からヴォルドを見る。ヴォルドは仰向けになり、目をつむったまま答える。


 「そりゃぁ鍛えているからな。これでも狼の頭首だ。若い奴らの手本にならないといけないからな。ナルセ様の世界では戦争がないそうだが、鍛えたりしないのか?」


 「戦争はないけど、趣味で鍛える人はいるよ。さすがにヴォルド並の体の人はそうそう見ないけどね。」


 「ナルセ様も鍛えていたのか?筋肉はあるようだが。何もしていない体つきではないよな。」


 「昔はやってたんだけどね、仕事変えてから忙しくて今は全然。前はもうちょっと筋肉あったんだけど。」


 「思った通りだ。そういえば昨日言ってた話だが、ナルセ様は女じゃなくて、男が好きなんだよな?どんなのが好きなんだ?」


 「うーん・・・絶対コレ!ていうのはないかなぁ。でも、筋肉は絶対条件かな。体がよければ、顔はそんなに気にしないかな。あとは中身で判断ってかんじ。なんで?まさか興味持った!?」


 食い気味にヴォルドの方へ期待を込めた視線を向ける。


 「興味深いと思うぞ?その、“ドウセーナントカ”だっけ?昨日も言ったが、こっちの世界じゃ聞いたことないからな。向こうの世界では、どんな感じなんだ?」


 「“同性愛者”ね。男同士の場合は、“BL(ビーエル)”とか“ボーイズラブ”の方が言いやすいかも。“ゲイ”とか“ホモ”って呼び方もあるけど、俺はあんまり好きじゃないんだ。でも、男女の恋愛と変わらないよ。男が女を好きになる感覚と一緒。と言っても、俺の世界でも珍しいっちゃあ珍しいから、隠す人も多いんだ。国によっては、同性愛者ってだけで迫害にあったり、罰せられたりするところもあったらしいし。」


 ヴォルドは眉をひそめて仕切りの隙間越しにこちらを見る。難しかっただろうか。


 「・・・辛い目にあったのか?」


 「俺は別にそこまで酷い目にあったことはないかな。友達も理解はしてくれたから、イジメってほどの目にも合わなかったし。まぁ、中学の頃・・・小さい時ね、気持ち悪いとかからかわれたことはあったけど。若かったからね。」


 「なんでそんな目に合うんだ?男が男を好きになるってのはいけないことなのか?」


 ヴォルドは心配そうにこちらを見ている。


 「いけないこと・・・ではないと思うんだけど、いろいろな問題があるからじゃないかな。宗教で同性愛が禁じられているとこもあるし、同性間だと子供ができないから子孫繁栄ってわけにはいかないからね。長い歴史の中でそういった考え=悪ってなってきたのかもね。俺も難しく考えたことないからわかんないけどさ。」


 「弱者だな。くだらない。」


 「くだらない?」


 「そいつらがさ。弱者は自分たちの理解できない者を恐れる。そして無知から来る根拠のない理由から疑心暗鬼になって、身を守るために弱者を攻撃的にさせる。やられる前にやっちまえってな。無知であることに罪はないが、無知が生み出す化け物に飲まれることはあっちゃならん。飲まれるのは弱者だけだ。だから俺は体も心も鍛えるんだがな。」


 「ヴォルドみたいな考えの人ばっかりだったら、苦労しないんだけどねー。」


 「もしも今後、ナルセ様の前にそんな奴が現れたら、狼の頭首の名に懸けて、俺が直々に鍛えなおしてやるよ。」


 「え、それってむしろご褒美なんじゃ――。」


 「え?」


 「いやなんでもないです。そう言ってくれて嬉しいよ。でもね、愛って障害が多ければ多いほど萌えるって言うじゃん?BL鑑賞はその最たる例でもあるんだよなぁ。差別や偏見っていう障害があるからこそ、BLは萌えるってのもまた事実なんだよね。障害がない世界が理想だけど、障害がゼロになっちゃうとこれまたBLの価値が下がっちゃうっていうジレンマ。それでも見てみたいね、BLが受け入れられる世界ってのをさ。」


 「それなら、ナルセ様が広めればいい。元の世界で出来なかったことを、こっちで叶えるんだ。」


 「難しいこというねぇ。楽しそうだけどさ。」


 「ナルセ様は魔王だろ。魔王ってのはそれだけで力がある。勇者を倒したら、そのBLってのを広める活動をするっていうのも悪くないんじゃないか?俺も手伝うからよ。」


 「それってある意味、魔王の世界征服みたい。・・・でも、BLを広める活動か。それ超楽しそう!BLの布教活動だ!そうだよね、命かけて戦わされるんだから、魔王の立場利用して広めたっていいよね!決めた。俺、BL広めるわ!」


 「おう!その意気だぜ、魔王様。元気出たみたいで何よりだぜ。」


 「なんかメッチャやる気出てきた!頼りにしてます、ヴォルド様!」



 こうして、四十歳のイケメンマッチョが同志として加わった。

 厳密に言うと腐男子ではないが、それでもBLに理解ある人が増えるに越したことはない。

 目指せBL世界普及!そしていずれはGETするぜ、萌えるような恋!

 

 こうして、新たな人生の目標“BL腐教(フキョウ)”を掲げ、俺の異世界ライフは本格的に始動した。






※地球ではお風呂で他人の体をガン見するのは失礼なので、真似しないでネ。

余談ですが、作者は腐女子・腐男子をまとめて『腐り人』と呼んでいます。

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