第7話 散策
過去の記録を調べてくれていたセレスさん達を呼び戻し、ベンデルさん達に権能を調べる手段が見つかったことを報告しに行った。調べた文献の中にも、≪天啓≫の魔法具についての記述はあったそうだが、その魔法具の所在については記録が残されていなかったそうだ。所在不明だった魔法具が水瓶領にあるとわかり、皆安心したからか、さっき迄の緊張した空気は和らいだように感じた。魔法具が届く迄、頭首さんたちで他のことを話し合うことになった。
「ベンデル様。此度は水瓶の君のおかげで事なきを得ましたが、やはり記録の詳細は残すべきかと。」
セレスさんが頭首の白鳥族は、歴史書官と呼ばれる情報収集や歴史を記録する等を専門とする魔族だ。しかし、魔族の歴史の全てを事細かく書くことは情報漏洩がうんたらかんたらで禁じてきたそうだ。今回の魔法具の件も、どうやらその一つだったらしい。
「仕方あるまい。万一の為に記録を残さないようにしてきたが、このようなことが将来起こらんとも限らんか・・・。“魔神の遺産”の記録だけでも残すべきなのだろうか。」
ベンデルさんの言う“魔神の遺産”とは、≪天啓≫の魔王がその権能を魔法具に残したように、魔王が自分の権能を封じた魔法具の総称だ。全ての魔神の遺産を魔族が所持しているわけではなく、永い歴史の中で失われた物もあるそうだ。それこそ人類に渡っていたら大変だろう、と思ったのだが、魔神の遺産は同じ魔王にしか使えないらしく、人類に渡っていたとしても脅威にはならないのだそうだ。こういう情報保護とか重大な話は聞いてもよくわからない為、他の決め事も含め全部頭首の皆さんにお任せすることにした。
俺の権能がわからないと今後の方針も決められないとのことで、魔法具が届くまで俺に出来ることは特に無い。
とりあえず自由にしていていいそうなので、それまで付近を散策したいとヴォルドさんに言った。間もなく昼食とのことなので、昼食後に付近を案内してくれることになった。
昼食を終えると、さっそくヴォルドさんと館の外へ散策に出かけた。
青い空に白い雲、そして真っ昼間にも関わらず、月のような白と黄色の天体が二つ空に浮かんでいる。はるか天空には、昨夜見たとの同じ彗星のような光がいくつも風に流されていくのが見える。狼の館は高台にあり、ここから見える景色はとても綺麗だ。遠くの方は雲でよく見えなかったが、この辺りは見渡す限り緑に包まれているようだ。
ヴォルドさんは俺の後を数歩下がった距離を保ちながらついて来てくれる。
星の湯の傍を流れる川沿いを歩きながら、辺りを見渡す。
山と言えるほど大きな山は無いが、大きな森に囲まれている。自生している木々は、よく見ると元の世界の物とは少し違うが、森の匂いは元の世界とほとんど変わらない。
ド田舎出身者にとって、やはり自然は欠かせない。暖かい日の光、川のせせらぎ、森の匂い、そして時折吹く心地よい風に癒される。食後の運動にもちょうどいい。こんなに居心地のいい世界で、魔族と人類は争い合っているなんて信じられない・・・と思ったが、それは地球も同じか。同じ人間同士で争っているのだから、魔族と人類なんて違う生き物が争い合うのも不思議じゃないのだろうな。
「ヴォルドさん。」
俺は立ち止まり、ヴォルドさんの方を見ずに名前を呼んだ。
「正直に言って欲しいんですけど。」
「はい。」
「俺、ちゃんと魔王やれると思います?」
一番話しやすい狼のヴォルドさんにしか聞けない質問。
権能が使えるようになるとわかってから、だんだん現実味を帯びてきた、「戦う」ということ。正直、戦いのイメージなんていくら考えても、想い浮かぶのはゲームやアニメの戦闘場面。本当の戦争なんて知らない。話を聞いて、想像するしかできない。そんな人間が、実際戦えるのだろうか。考えようとすればするほど、気が重くなる。誰かが「大丈夫」と言ってくれれば、大丈夫な気がする。
そんな言葉を期待をして、ヴォルドさんを見る。
「ちゃんとやれなくてもいいんじゃないですか?」
意外な答えが返ってきて、俺は一瞬言葉に詰まる。
「今までちゃんとやれた魔王様っていたと思います?」
「え・・・だって、勇者倒して、人類滅ぼすってのが魔王の役目ですよね?今までの魔王だって、倒された人もいましたけど、皆戦って、魔族代表として勇者倒そうと戦ったんですよね?人類滅ぼそうと頑張ったんですよね?皆ちゃんとやってきたんじゃないんですか?」
「そうですね。これは個人的な考えなんですけど、魔王様は魔族の代表であっても、元は違う。ナルセ様同様、今までの魔王は皆異世界から来た只の人間なんです。この世界の都合で連れてこられて、俺たちの都合で戦わされて、俺たちの都合で、死ぬかもしれない状況にいた人たちが出来たことって何だと思います?」
「え・・・・」
考えるが、正解がわからない。
「それです。」
「え?」
「“考えた”んです。自分にできることを考える。ナルセ様にとっての“ちゃんとやる”ってのは、俺らの期待に応えられるかってことですよね?俺はそんなのに応える必要はないと思ってる。頭首の発言じゃないですがね。ナルセ様はこの世界の為に生きてきたわけじゃない。皆、自分の為に生きるべきだ。自分で考えて、考えて、その結果出した答えを、自分なりにちゃんとやればいい。歴代の魔王様たちの中にも、今のナルセ様ときっと似たようなことを考えた方がいたはずだ。そしてその方たちなりに、“ちゃんと”考えて戦ったんだと思うけどな。」
ヴォルドさんの言ったことを頭の中で反芻する。
「すみませんね、ちょっと自分でも何言ってんだかわかんなくなってきました。言いたいことなんとなく伝わってくれればいいんですが。生意気なこと言いましたね。」
「なんとなく、わかった気がします。」
ずっと抱えていたモヤモヤが、少しだけ晴れた気がした。
「悩んでください。そんでもって、辛くなったら俺が聞きます。それが、俺のしたいことですから。」
目頭が熱い。慌ててヴォルドさんに見えないよう、背を向ける。ありがちなセリフだが、今の俺には何よりも嬉しい。
「ヴォルドさん、ところどころ言葉遣い崩れてましたね。そっちの方が好きです。」
「いやぁ、申し訳ありません。気をつけてたつもりなんですが。」
「二人の時は、ヴォルドさんの話しやすいように話して欲しいです。俺も、砕けた感じで話したいんで。俺の方が年下ですし。これ、命令で!」
ヴォルドがクスッと笑う。
「わかりました。命令なら仕方ない。俺のこともさん付けなんてしないでくれ。いいだろ、ナルセ様?」
「たまりませんね。それでいこう!」
口調が変わると、それだけで距離が縮んだような気がする。
別にイイ男との距離感が近くなったとか、そういうのではなく、異世界という誰も知らない人しかいない世界で、心細さを埋めてくれるような感じ。人間は一人じゃ生きていけないとよく聞くが、魔王になった俺にだって当てはまる。
どの世界でも、人間関係の大事さをしみじみと感じる。
(もっと、こうやって話せる人欲しいな。)
一通り散策を終え、元来た道を歩いていく。
先ほどまで雲がかかっていて見えなかった遠くの景色も、よく見えるようになっていた。すると、遥か遠くに、ぼんやりとだが建造物のような物が見えた。はっきりした距離まではわからないが、相当巨大な建造物なのは間違いない。足を止め、目を凝らす。
「あのでっかいの何だろう?」
「あれは遺跡だよ。」
「えっ!あんな大きいのが?」
「三千年くらい前に、当時の魔王が創った建物らしい。魔王が亡くなって崩壊したそうだが、本来はもっと巨大な建物だったらしい。魔神の遺産以外で、魔王の権能の一端を見れるものなんてそうそうないからな。今は遺跡として残されているんだ。」
「建物をつくる権能?なんか・・・権能ってなんでも有りなんだね。」
「他人事みたいに言ってるが、ナルセ様も権能持っているんだからな。どんな権能か楽しみだな。」
権能か・・・。
なんか物凄い力みたいけど、ハズレの権能だったら終わるよね。せめて戦いに有利な権能だといいけどなぁ。≪天啓≫みたいな権能だったら負け確定だな。
「もし、俺の権能が使えない権能だったら俺どうすればいい?役に立たないよね?」
「そうならないことを願うしかないが、それでもなんとかするさ。魔王と勇者の戦いって言っても、別に一対一で戦わなきゃいけないわけじゃない。過去の魔王にも、戦いに参加しなかった魔王もいたらしいからな。さっきも言ったが、これは魔族と人類の戦争だからな。ナルセ様は巻き込まれただけって感じで、その時は俺たちが戦うさ。」
「責任重大やん。ハァ・・・お腹痛くなってきた。」
ヴォルドが俺の肩に腕を回し、自分の方へ強く引き寄せた。
「なるようにしか物事はならん!出来ないことで悩むなんて労力の無駄だ。そん時は、出来ることで悩めばいいさ。今までだって何とかなって来たんだ。」
ヴォルドは俺の肩にまわしている手に力をこめる。彼なりの励ましだろう。
しかし、ここで心に引っかかっていた点がより鮮明に疑問となって浮かぶ。
それだけ権能という力が凄いなら、今までの歴史で魔王か勇者のどちらかが生き残った場合、生き残った方が相手を滅ぼせばこの戦いは終わっていたんじゃないのか?もしかして、敵の代表を倒すと、元の世界に戻れるとか?・・・でも昨日ヴォルドが、あの温泉施設は勇者を倒した後に、魔王が作らせたものって言っていたはず・・・。
考えてもわからないので、ヴォルドに聞くことにした。
ヴォルド曰く、魔族と人類は決して憎みあっているわけではないということだった。この戦いも、世界の終焉を避ける方法として神さまががどちらかを滅ぼせという言葉から始まっただけで、根本にあるのは全員同じ「死にたくない」ということ。世界の終焉を止めるには、相手を滅ぼすしかなかったから。そして、神さまが突然この魔王と勇者システムを入れて、今の代理戦争のような形になった。これはベンデルさんからも聞いた通りだ。
初代魔王と初代勇者は相打ちだったそうだが、その時神さまから世界の終焉が引き延ばされたと言われたそうだ。当時の人々は、世界は救われた、終焉は過ぎ去ったんだと思ったらしい。
しかしそれから数百年後、再び世界の終焉がせまっていることを神さまから告げられ、魔王と勇者が召喚されて最初と同じように戦い、どちらかの死とともに神さまからの終焉が先延ばしされたと宣言される、といったことが繰り返され、今に至る。
簡単にまとめるとこういうことだろう。
『①神さまから“もうすぐ世界の終焉のお知らせ”
↓
②魔王と勇者が召喚され戦い、どちらか死ぬ
↓
➂神さまから“世界の終焉延期のお知らせ”
↓
④次の終焉まで基本戦争無し
↓
数百年後に①へ戻る 』
やはりこの世界のシステムはおかしい。引っかかることばかりだ。
だが、これだけ長い間、どちらも滅んでない理由がようやく分かった。世界の終焉が先延ばしにされてから、次の終焉までのスパンが長いのだ。まるで地球の温暖化問題だ。
人間の生活の発展と共に、地球の温暖化は進んでいく。このままだと、数百年後には、地球は人間が住める星ではなくなる。そうわかっていても、全人類が温暖化を止める為に一丸となって徹底的に行っている有効策はあるか?――そんなものはない。
このままでは地球がヤバイと知っているのに、決定的な解決策を実行しない。それは、世界の終わりが“近い未来”じゃないからだ。世界の終わりが一年後あるいは十年後に差し迫っていて、人間が文明を捨てれば生き残れるとわかったら、おそらく焦って全員努力するだろう。
しかし、それが百年後、二百年後ならどうだろう。俺なら、「どうせその頃生きてないし」と思うだろう。しかもこの世界に関しては、この世界を創った神さま自身がそれを教えてくれるのだ。
大半が、「終焉が先延ばしされるなら、わざわざ相手を滅ぼさなくてもいいではないか」となるのは至極当然だと思う。
しかし、ここでさらなる疑問が浮かぶ。魔王或いは勇者が死ねば世界の終焉が先延ばしになるならば、戦争などせずに召喚された瞬間に、魔王と勇者を殺してしまえば済むのではないか?戦争による犠牲は減るはずだ―――。
(頭の良い人間であればなにか思いつくのかもれないけど、駄目だ。これ以上難しいことは考えられん。)
頭がいっぱいいっぱいになり、奇声を上げる。ヴォルドは驚きつつも、俺の様子を見て笑って言う。
「また難しい顔してるなぁ。魔神の遺産があれば、神さまと話せるんだろ。難しいことは神さまに直接聞けばいいだろう?」
「確かに。わかんないこと今考えても無駄・・・かぁ。さっすがヴォルド!」
(そうだ、無駄なことはしないに限る。)
昨日今日と、普段使わない頭を使ったからか、それとも1時間近く歩いたからか、なんだか疲れてきた。
「ヴォルドぉ、僕疲れたからお風呂入りたーい。」
甘える時は猫なで声、かつ一人称が「僕」になる癖が出てしまった――が、距離が縮んだ今なら別に良いだろう。
疲れた脳には糖分。
疲れた体にも糖分。
そして疲れた心には、お風呂と相場が決まっている。たぶん。
「おぉ、そうだな。まだ時間あるだろうし。どんな湯がいい、ナルセ様?」
「サウナとかいいな。それか、いろんなお湯はいれるようなのがあればなお良し!」
「あるにはあるが、今の時間だと貸し切りってわけにはいかないな。」
「あ、そうか。ここ保養地なんだっけ。いいよそれで。」
(チッ・・・。心の距離が近くなったからセクハラし放題!て思ったが、他に人がいるとさすがに出来ないな。しょうがない。まだいくらでもチャンスはあるだろうしな。お楽しみにしておくか。ムフフフフ。)
「ナルセ様―、こっちですよー。」
いつの間にか遠くからこちらを呼ぶヴォルド。
妄想を中断し、俺はまだ見ぬ温泉へと向かった。
次回は男湯回です。