第6話 権能
自室へ戻る廊下を、重い足取りで歩いていく。
昨日までのつまらない人生から、せっかく脱出できたと思ったのに。
異世界召喚っていったら普通勇者でしょ?
勇者のチートスキルで周りを驚かせて、もてはやされて優越感に浸れるはずでしょ?
それが魔王で、しかも使えるはずのチートスキル使えない。
もてはやされるどころか、なんか皆で俺が悪いみたいな雰囲気出しちゃってさ。
俺のせいじゃないよね?つーか、神さまが召喚してるんなら、ちゃんと説明してから送り出すべきじゃない?すげー不親切。
だいたいさー、異世界から来た人なんだから、この世界初心者に決まってるよね?
今まで使えない力使えとか言われたって、使い方なんてわかるわけないやん。
馬鹿じゃないの?そうだ、ゲームならチュートリアルあるじゃん。
チュートリアル頂戴!神さま、チュートリアル!
不平不満が頭の中でグルグルしている。
何度目かのため息をつくと、無言だったヴォルドさんが立ち止まってこちらを向いた。
何かもの言いたげな顔をしている。
そりゃそうだ。期待していた魔王様のお世話係になったのに、実は使い物にならないハズレでした――なんてなったら、萎えるよね。
すいませんねー、期待外れで。でも勝手に期待する方も良くないと思いますよー。
「魔王様。」
ホラ来た。
文句ですか?ため息すんなとか?何さ、俺の気持ちも知らないくせに。
「ひとっ風呂、浴びません?」
――――――――――――――――――――――
――狼領・別館――
木造りの長い階段を下りていく。
一歩一歩足を進めるたびに、階段が少し軋む。
ヴォルドさんに連れられて別館にやって来たのだが、こちらの建物は少し古い建物のようだ。
雰囲気はまさに、山奥にある歴史を感じる旅館といった感じだ。
階段を降りていくにつれて、だんだん山の匂いがしてくる。
建物の古い木の匂いと山の匂いが、嫌な気持ちを落ち着かせてくれる気がした。
長い階段の奥には、少し薄暗い扉があった。
扉を開けると、すぐに脱衣所があった。
脱いだ服をカゴに入れ、浴場に向かう。
昨夜のような露天風呂とは違い、浴場全体は黒い木材が使われている。
中に灯りが見当たらないが、外からの光が部屋を優しく照らしている。
「ん?狼か。」
声のする方に目をやると、色白のさわやかイケメンが湯船に浸かっていた。
俺はとっさにヴォルドさんの後ろに隠れる。
ここからでははっきりとは見えないが、間違いない。あの雰囲気はイケメンだ!
(何あのイケメン!?)
想定外のイケメンとの遭遇に、さっきまでの沈んだ気持ちはどこかにいってしまった。
ヴォルドさんも好みだが、それ以上にエロ・・・魅力的だ。
咄嗟にヴォルドさんの後ろに隠れてしまったが、ここで自分が犯した失態に気づいた。
驚いたフリをして、ヴォルドさんに抱き着く絶好のチャンスを逃してしまったのだ。
今さら抱き着いたところで、もはや手遅れ。
そんなことをすれば、ただの変態だ。自分の判断ミスが悔やまれる――。
(チッ・・・イケメンに気を取られすぎたかッ!)
「ジン様。いらしてたんですね。」
ヴォルドさんはそう言うと、俺の手を掴んで湯船に浸かる男の方へ近寄った。
(えっ、エスコート!素っ裸でエスコートですか!ヴォルドったら大胆なんだから――)
妄想が安定の暴走をしつつも、改めてジンという男に目をやる。
俺の目に狂いはなかった。
近くでみたイケメンは、想像以上のイケメンだった。語彙力の無さが悔やまれるが、「イケメン」以上の言葉が出てこない。
個人的には色黒マッチョよりも、色白マッチョが好みなワケだが。
そんな色白イケメンが、こちらの顔をまっすぐ見る。俺はつい、照れのあまりに視線をそらしてしまった。
「魔王様、こちらは水瓶の頭首、ジン様です。ジン様、こちらが今代の魔王様です。」
「ほぅ。今代の魔王は男か。」
「は、初めまして。成瀬真って言います。よろしくお願いします、ジン様!」
色白イケメンのジン様は、キョトンとした顔でこちらを見る。そしてクスリと笑った。
「面白いな、今代の魔王は。俺を様付けで呼ぶとは。」
「え、あ、すみません。ヴォルドさんがジン様って呼ぶので、その方がいいかと思って。」
「魔王様。ジン様は我ら同様頭首の一人ですが、水瓶は精霊の一種で他の魔族よりも高位の魔族なのです。しかし魔王様の配下であることに変わりはありませんので、魔王様まで呼称に様を付ける必要はないんですよ。」
「そうだぞ、魔王。好きに呼んでくれてかまわん。俺も好きに呼ぶ。ナルセ。いいだろう?」
(おっふぉ。呼び捨て!結構偉そうだけど、この人も頭首なんだよね?なんか凄い俺様感がするけど・・・アリだな。いや、凄くイイ。)
「もちろんです!俺なんて右も左もわからないなんちゃって魔王なんで!」
ジン様と並び、俺とヴォルドさんは一緒にお湯につかる。
昨晩のお湯に比べて、温度はぬるめのようだ。これなら長く入れそうだ。
お湯の中は残念ながら暗くてよく見えなかったが、それにしてもジン様の肌の綺麗さに目を奪われる。
(あぁ・・・濡れた肌を伝う雫になりたい。)
「ふむ。それにしても、ナルセ。お前はこれまでの魔王とはどこか違うな。」
「え、そうなんですか?」
(ヤバイ。いやらしい視線に気づかれたか。)
「あぁ。上手く説明できぬが、何か惹かれるものがある。」
(俺に惹かれている・・・だと?この俺様イケメンが!俺を!求めているのか!え!え!エマージェンシー!エマージェンシー!成瀬真に春到来の予感!!エヘヘヘヘヘヘ!!)
「そうだ!ナルセ様!」
ヴォルドさんが急に声を張る。
恋のライバル候補の出現に、俺への想いを自覚したのだろうか。
――なんてオイシイ展開なんだ!!
「ジン様は精霊です!我らと違って寿命がない為、歴代の多くの魔王様を知っています!」
(チッ・・・なんだ、そっちか。)
「ジン様、歴代の魔王様の中に、権能を使えなかったという魔王様はおりませんでしたか?」
「権能が使えない?・・・あぁ、いたぞ。」
「「!!」」
俺とヴォルドさんは顔を見合わせた。良かった。俺だけじゃなかったんだ。
「あの、ジン様。実は俺、自分の権能がわからなくて、ベンデルさん達をガッカリさせてしまったんです。過去の記録に手がかりがないか調べてもらってるんですけど、その方法がわかれば皆さんも喜ぶと思うんです。詳しく教えてくれませんか?」
「なんだ、そんなことか。あいつらは魔王の力を頼りすぎているようだな。ナルセ、お前は気にしなくていい。お前は魔王とはいえ、もともとは異世界から来たただの人間なのだろう?それを導くために、俺たちがいるのだ。なぁ、ヴォルドよ。」
「・・・ジン様のおっしゃる通りです。」
注意されたヴォルドさんが、申し訳なさそうな顔をしている。困った顔もイイ。
「いいか、ナルセ―。」
ジン様が一瞬にして横からいなくなった・・・と思った次の瞬間、俺の周りのお湯が浮かび上がり、俺の体を包むように動き始めた。周りを包んでいたお湯が人のカタチを成していく。それはあっという間に色白の綺麗な逞しい腕となり、後ろから俺の体を抱きしめている。耳元に肌の感触を感じる。
「魔王は、俺たちにとって何よりも大事な存在なのだ。お前は魔族の希望だ。そのことだけは忘れてくれるなよ。この中途半端な世界を作り出したポンコツの犠牲者にはなってほしくないからな。自分のことだけ考えろ。」
何か大事なことを言われている気がするのだが、この状況のせいで頭に入ってこない。イケメンが後ろから抱きしめてくるコースなんて予約した覚えはないんですが!さすがにこれはできすぎだろう。
きっとこの後、とんでもない不幸がやってくるに違いない。幸福と不幸の等価交換ですね、わかります。それでもいいかも――。
「おい、聞いているのかナルセ。お前に言っているのだぞ。」
「ジン様、ナルセ様が固まっております!お放しください!」
「なんだ。男同士なのだから緊張することもあるまい。可愛い奴だな、ナルセは。」
そう言うと、ジン様は先ほどと同じように背後から一瞬で消え、俺とヴォルドさんの前に現れた。
一瞬の至福タイムを噛みしめながら、荒ぶる高まりを抑えようと自分を制する。
心なしか、ヴォルドさんがホッとしているように見えるが、気のせいだろう。ジン様は笑いながら、話を続ける。
「まぁ良い。で、権能の話であったな。」
ジン様によると、ほとんどの魔王は召喚される際、この世界の神さまとやらに会い、力を与えられるのだそうだ。その力についても、神さまから教えてもらうらしい。
そんなわけで、ほとんどの魔王はこの世界に来ると、この世界の事情だけ聞いて、その日の内に人類に戦いを挑みに行かされたそうだ。権能についても、やはり魔王によって様々らしい。
時を操る権能、空間をあやつる権能等、魔法でも行使できないような強大な力らしい。しかし、中には戦いに向いていない力を持った魔王もいたそうだ。
≪生命の樹≫と呼ばれた権能は、生きとし生けるものの傷や病気の治癒だけでなく、失われた命の再生も可能だったらしい。しかも、たとえ体が消滅しても、きちんと復活可能。自分の命すら蘇らせることが可能だったそうだ。勇者に何度倒されても蘇り、決着がつかないまま、その代は勇者が病死するまで決着は着かなかったそうだ。それでも十分なチート能力だ。
そして、ジン様が把握しているだけで2人ほど能力が使えない魔王がいたそうだ。
一人は、自分の能力がわからず、その変わり魔法をできるだけ習得していったらしい。しかもどの魔法も普通の魔法に比べてあり得ないほどの威力を発揮したそうだ。そして、その時の勇者が持っていた能力は、万物を見通す権能だったそうで、勇者との会合の際、勇者が魔王の力を見通して「魔王の権能は卑怯だ!」と勝手に教えてくれたらしい。
その時の魔王の能力っていうのが、自分が見たものを何倍にもして放つという相当ヤバイものだったらしい。当時、人類が使った光学兵器(いわゆるレーザー兵器)で魔族が攻撃を受け、山が3つ消し飛ぶほどの超兵器があったらしいのだが、アホ勇者のおかげでそのレーザー砲をみた魔王はそれを再現・何倍にも威力を増幅して、勇者ごと人類圏の領地のほとんどを消し飛ばした。ただ、威力が強大すぎたせいか、その時の魔王は自身も巻き込まれてしまい、結果相打ちしてしまったそうだ。
勇者も勇者なら、魔王も魔王だな。
それから数世代後の魔王に、今までにない権能を持った魔王が現れたらしい。
その魔王の権能は≪天啓≫。たいそう立派な権能名だが、大ハズレな権能だったらしい。というのも、≪天啓≫という権能は「神さまと話ができる」というただそれだけの権能で、戦いには何の役にも立たなかったそうだ。
結局は勇者に倒されてしまったのだが、その魔王は死ぬ間際、自分の能力を魔法具に封じ込め、彼女の従者に託したらしい。その数十年後に召喚された次の魔王が、権能が使えない二人目の魔王だったそうだ。幸い、先代が残した魔法具のおかげで神さまと話すことが出来、自分の権能がわかったそうだ。ただこの時代は運悪く、勇者が先に召喚されすでに魔族領は押されており、能力を使いこなす前に魔王は倒されてしまったらしい。
ジン様の話を聞いた感じ、なんとなくわかったことがある。
この世界のゲームバランス崩壊しとるわ。
能力とか運じゃん!クジ引き!?クジ引きで能力決めてんの?
しかも俺も含めて三人も自分の能力知らずに死地におくられるとか・・・。
運営使えない・・・。
てか、まじその≪天啓≫の魔王様まじでグッジョブ!魔王史上最も尊いんじゃね?
運営仕事しろよ!
「では、その魔法具があれば、ナルセ様の権能がわかるのですね!」
「そういうことだ。魔法具は俺の城に保管してある。だから言ったであろう?ナルセ、お前は心配せずとも良いと。」
ジン様はそう言いながら、笑顔で俺の鼻をかるくつまんだ。
心のモヤモヤを取っ払ってくれたせいか、ジン様の笑顔が何よりも輝いて見える。
ここに来るまでの憂鬱さが、まるで嘘のように晴れた。
俺はこの人のために人類を滅ぼそう、そう心でつぶやいた。
「やりましたねナルセ様!わかった以上、すぐにベンデル殿たちに報告に参りましょう!」
「本当にありがとうございました、ジン様!」
「礼などいらんわ。魔法具は俺が持ってくる。それまで気楽に待てと伝えておけ。」
「「はい!」」
俺とヴォルドさんは、ジン様を浴場に残して、先に皆のところへ向かった。
――――――――――――――――――――――
「良かったですね、ナルセ様。」
「本当に。一時はどうなることかと思いましたよ。それにしてもジン様って凄いですね。ベンデルさんが一番偉いって思ってましたけど、ジン様の方が立場的には上なんですね。」
「役職で言うとベンデル殿の方が立場は上なのは間違いありません。ただ、ジン様は自由を好まれる方でして、まとめ役はベンデル殿に一任されたのです。順番としては、魔王様がいて、その下にジン様を含めた4人の高位魔族、そして我ら他の魔族の頭首がおります。」
「え、高位魔族って、ジン様以外にも3人いるんですか?」
「えぇ。ただ、あとお三方はこちらに来ることは滅多にありません。まぁ、そのうちお会いする機会があるかもしれませんが、皆様自由ですので。それでも魔王様が命じれば、必ずいらっしゃいますよ。」
(あのレベルがあと3人もいるなんて・・・。ゲームバランスは崩壊してるかと思ったけど、なるほど乙女ゲームとしては良ゲームのようだな。これは非常に楽しみだ。さっさと人類滅ぼして、乙女ゲームにシフトチェンジや!)
「ウヘヘヘヘ」
「ナルセ様?」
「すいません、心の声が。気にしないでください、独り言です。」
「ハハハ、元気戻ったみたいですね。安心しました。」
(すまんな、ヴォルドさんや。もうその程度の発言と笑顔だけでは俺の心は動かないのだよ。君も十分魅力的でそそられるが、俺の心は今ジン様でいっぱいなんだ。ごめんよ、俺のヴォルド。)
妄想全開絶好調。
皆のところへ向かう俺の足取りは、まるで蝶のように軽やかだった。