第3話 汗と湯気と狼と
妄想力をフルバーストしてご覧ください。
空気が澄んでいるのか、夜空には無数の星が広がっている。星空の中に、明らかに元いた所では見たこともない色に輝く星が数多く視認できる。雲の下では、彗星のような光が風に流されるように過ぎていく。
「綺麗だなぁ。」
露天風呂――というには大きな、川のような温泉につかっている。湯気がたちのぼり、星空の光もあってか幻想的な風景が広がっている。お湯の温度も、ちょっと熱めでちょうどいい。温泉どころか、こうやってお湯につかるのは何年振りだろうか。時折吹く涼しい風が、凄く気持ちいい。
「魔王様、いかがです?われらの自慢の『星の湯』は?」
後ろから、銀髪の男が声をかけてきた。40代前半だろうか、190cmはあるだろう身長に、盛り上がった筋肉の迫力が凄い。ところどころ傷が目立つが、それでも彫刻のような魅力的な体が、布を腰に巻いて少し離れて横に座った。
(エロイ・・・これはもうたまりませんね!)
変に思われないように、慌てて目線をそらす。
「えーっと、ヴォルドさん・・・ですよね?すごく綺麗ですし、気持ちいいです。」
ヴォルドさんは、俺が目覚めた時に狼の被り物をしていた大男だ。
「あと、その呼び方なんとかなりませんか?」
「では、なんとお呼びすれば?」
「あ・・そっか。すみません、自分の名前言ってませんでしたね。成瀬真と言います。成瀬で良いですよ。」
「わかりました。では、今はナルセ様とお呼びしますね。」
あの後、俺は狼に抱えられ、ヤギ達と一緒に広間のようなところに連れていかれた。そこでヤギからいろいろ説明を受けた。ヤギは『神官』といわれる立場の人らしく、ここで一番偉い人らしい。ヤギ神官の話をまとめると、こうだ。
ここは『アイネリーヴァ』と呼ばれる異世界で、俺はやはり召喚されたらしい。この世界では、人類と魔族と呼ばれる二つの種族があって、大昔から争っている。争いの理由は、大昔この世界に終焉が近づいた時、神さまがどこからともなく現れ、『どちらかを滅ぼせば、世界は救われる』と神さまが言ったからだそうだ。それからいたる所で、人類と魔族が殺し合いを始めたそうだ。それでもどちらかの種族が滅ぶには時間がかかりすぎて、世界の終焉が間もなくやってくる――そんな時、再び神さまが現れて言った。『人類と魔族それぞれに代表者となるものを与え、どちらかの命をもって世界の終焉を引き延ばそう』、と。それから、人類には『勇者』、魔族には『魔王』と呼ばれる存在がどこからか現れ殺し合い、神さまの言った通りに世界の終焉は引き延ばされてきたらしい。それを何度も何度も繰り返してきたらしいのだが、今代は俺に白羽の矢が立ったらしい。
(しかも、勇者じゃなくて魔族側の魔王って。勇者勝つやん。あかんやん。)
しかし、今までの歴史の中では、勇者が死んだり魔王が死んだり、相打ちで死んだりと、魔王が勝ったことも多くあったという。そういったことを大昔から繰り返してきたそうだ。異世界召喚で現実逃避できたという喜びから、殺し合いをさせられる為に呼ばれたという話で、俺の頭はショート寸前。とりあえず今日はゆっくりお休みくださいと言われ、身の回りの世話をしてくれるという狼のヴォルドさんが『星の湯』とよばれる露天風呂に連れてきてくれた。魔族というから、てっきり人外の見た目かと思って興味津々だったのだが、ヴォルドさんが狼の被り物をとった姿は、普通の人間そのものだった。ただ、瞳の色が金色だった。外見についてヴォルドさんに聞くと、大昔はいろんな姿をした魔族が多かったらしいのだが、時代を経るごとに見た目が人類とほとんど変わらなくなってきたそうだ。ただ、魔族には人類とは異なり、魔力を持つため、体のいろんなところに特徴として今も現れるのだそうだ。
先程までの話を思い出しながら、なんとか話を整理してみたけど、今いち話がつかめない。
(なんでわざわざ異世界人呼んで、殺し合いさせるんだろ。どちらかの種族滅ぼせって言って、なんで他の世界から人呼んで代理戦争みたいなことさせんの?この世界の事情なら、この世界の人から代表者選べばいいのに。神さま容量悪くね?)
念願の異世界召喚も、いざ自分が立たされている状況を考えると、だんだん憂鬱になってきた。
(嫌だなぁ・・・面倒くさい。)
「ナルセ様は、元の世界では何をされていたんです?」
「え?」
「魔王様も、勇者も、ここではない異世界より召喚されるのですよね?元の世界ではどんなことをされていたのか気になりまして。」
「あぁ・・・」
(仮にも魔王として召喚されたんだから、一般人です、なんて言ったら幻滅されちゃうよな。)
「えーっと、いろんなことをしてましたよ。人にいろんなことを教えたり・・・いろいろな経験の為にも、いろんな仕事をしてました。」
スポーツクラブで運動指導したり、転職したから、嘘ではない。
「さすが魔王様ですね。」
「ヴォルドさんは?」
つっこまれるとボロが出そうで、すぐに質問で返す。
「以前は前線で戦っておりました。しかし、もう歳ですので、今は兵の育成に従事しております。」
「歳って・・・おいくつなんですか?ぜんぜんイケるん・・・若く見えますけど。」
「歳は40です。我々魔族は、歳をとると魔力も衰えてくるのです。まだ戦えるつもりではありますが、前線ではいつ限界が来るかわかりませんので、皆40になると前線から退き、若者を鍛えるのですよ。」
「ちなみに、ヴォルドさんご家族は?」
「若いころから前線で戦いばかりでしたからね。寂しい独り身ですよ。」
ヴォルドさんはそう言うと笑った。
「ナルセ様は、前の世界でご家族は?」
(ヴォルドさん結構かっこいいのに。こんなイケてるおじ様が一人なんて・・・しかも俺のお世話係ですよね?え、そういうことですか?ソッチなんですか?いいんですか?ヤギ神官様!これはそういうことだと理解してよいのですか?不幸中の幸い早くも到来!)
妄想が暴走しそうになるのをなんとか堪え、一抹の期待に胸を躍らせる。
「昔は恋人もいたんですが、忙しくて今は一人です。出会いがあればすぐにでも恋人が欲しいですね。」
(10歳差か・・・ありだな。ウヘヘヘ)
「魔王様が望めば、どんな女でも準備いたしますよ。我等の為に命を懸けて頂くのですから。どのような者がよいですか?」
妄想に支配されそうだった俺の頭が、すっと冷静な頭に戻った。
(チッ・・・そうだよなー。女だと思うよなぁ・・・ってことは、この人もソッチの気はなさそうだな。)
「あ、そういうのいいです。女とか興味ないんで。」
「え、でも先ほどすぐに恋人が欲しいと・・・」
「あぁ、男がいいんです。自分コッチなんで。女無理なんですわ。」
いっそのこと開き直って言った。
ヴォルドさんは、俺が何を言っているのか理解できない様子だった。普通の反応だろう。元の世界でも、別に隠してはいなかったが、初対面の人に同性愛者だというと物珍しい目で見られたものだ。そんな目で見られるのは慣れていたので問題はなかった。一番腹が立ったのは、好みでもない男子に警戒されたことだ。「ゲイなんだろ?俺のこと狙うなよな?」とか、目が合っただけで「俺そっちの気ないからな!」とか。「俺にも好みありますから!イケメンマッチョじゃないお前なんて興味ないんだよ。この●●●!」って毎回言ってやったし。まぁ、偏見と差別が和らいできたとはいえ、カミングアウトする人は少ないからしょうがない。ヴォルドさんがそんな反応してきてもしょうがないし、責められない。いくら好みとはいえ、俺は人の物や俺に興味がない人には興味ないから安心してほしい。
「ナルセ様、コッチとはなんでしょう?」
「えーっと、同性愛者です。おれ、男が好きなんですよ。安心してください。別にヴォルドさんのこと狙ってるとか、相手の同意なしに変なことは絶対しないんで。」
(一瞬狙ってはいたけど。)
「申し訳ございません、意味がよくわからないのですが、『ドウセイアイシャ』とはいったい何なのでしょうか?」
「あれ?もしかしてそういう言葉ないのかな?そういえば異世界だし・・・言葉なんで通じるんだろう?」
「召喚された者は、この世界に召喚された時、神さまの『言語の理』という力を授けられるのだそうです。それによって、どんな言語でも理解し、発せられる言葉は我らの言葉に変えて聞こえるのだそうです。」
「さすが異世界召喚。凄いですね。同性愛者っていうのは、同じ性別の人を愛する人のことです。男は通常異性である女を性的な意味で愛しますが、俺たち同性愛者は、男は男を、女は女を性的な意味で求め愛するのです。」
「魔王様のいた世界では、不思議な性の形があるのですね。」
ヴォルドさんは感心したように聞き入っていた。
「こちらの世界では、そういう人はいないんですか?」
「いないですね。というより、初めて聞きました。とはいっても、わたしは幼少のころから戦いにばかりあけくれておりましたので、世間を知らないだけかもしれませんが。」
「気持ちわるくないですか?」
「何故です?そういうものなのでは?」
「ほら、俺もヴォルドさんも男じゃないですか。俺が同性愛者だってことは、ヴォルドさんを性的な目で見てる・・・かもしれないってことですよ?普通気持ち悪がられるんですけど・・・」
「うーん・・・特になんとも思いませんね。」
(なんとも思いません、か。それはそれで寂しいなぁ・・・)
「じゃあいいんです。まぁ、そんなわけで、女はいらないですよ。男も・・・同性愛が認識されていないなら、相手を嫌がらせるかもしれないんで、やめときます。すみせん、変なこと言って。」
「ナルセ様が謝ることではありませんよ。こちらこそ、ナルセ様のご期待に応えることが出来ず、心苦しい限りです。お時間をいただければ、他の者にも聞いてみますよ。もしかしたらいるかもしれませんし。」
「それは結構です。あんまり言いふらすようなことでもないんで。」
「わかりました。では、俺とナルセ様だけの秘密ってことにしときますね。」
ヴォルドさんが、優しい笑顔を向けてくれる。
汗と湯気で、ヴォルドさんがより一層魅力的に見えた・・・が、叶わない恋はしないに限る。
とりあえず、ヴォルドさんは鑑賞用としての位置づけにしようと心に誓った。